ボンバーヘッド工事現場
「こんなにはしゃぐなんて、ハオラン氏っぽくないですね」
ルツは、ボンバーヘッドのおっさんと肩を組んでいる満面の笑みの画像に目をやった。手にはビール。雨の中。背景はパリピっぽくプールで騒いでいるおっさん達。
あれ? この手。
ルツは、ハオラン氏と一緒に写っているおっさんが、変わったリングをしていることに気づいた。支給されているものとは違う。
「ヒメさん、これ、この人」
「なに?」
「*****さんっぽくないですか?」
サミュエルさんは雲隠れ中。リングに会話を拾われないように配慮した。
コノハナサクヤヒメさんは、じーっと画像を見つめる。
「この能天気なにやけた顔、雨をシャワー扱いする無神経、誰もが一目置くハオランに肩を組む図々しさ。間違いないわ。*****ジジイよ」
あらら。サミュエルさん、サミュエルジジイんなっちゃってる。
コノハナサクヤヒメさんは、サッカーボールの中に指が入ってたことを根に持っている様子。
「それにしても汚いプールですね。土色。プールじゃないんじゃないですか?」
ルツは21世紀の幸川と互角の濁りの水を指差す。
「変ねぇ。ここってどこかしら」
コノハナサクヤヒメさんはリングのSNSで「#サミュエル」で探す。ない。急上昇しているワードがあった。
「ゴールドラッシュですって」
#カリフォルニア、#データセンター、#ゴールドラッシュ、#ジャパニーズレポートといったタグの画像がざくざくと出てきた。
ボンバーヘッドの男が「レッツゴー、カリフォルニア」というCMのような動画で語る。ちなみにサミュエルさんが扮した人ではない。髪型は美しい球。よく見ると、左上にアフリカ大陸の形にボンバーヘッドが浮き上がっている。右側は南アメリカ大陸。
『排水系がダメになったらしい。雨が降ってこの通り。工事現場では技術者募集』
ドローン撮影をしたのか、遥か上、空からの一望。それは、巨大な円形の水溜りだった。映像の高度が下がり、ただの円形ではなく、3つの同心円の黒曜石の平らな屋根部分を映す。
『計画としては、2つのドーナツ型と真ん中の円いプールの水を、同じ水位に保ちながら水を抜く。だが問題がある。これだけの量の水を外に放出すると周りに影響が出る。それを考えて少量ずつにすると恐ろしく時間がかかる』
画面に大きく黄色い文字で「技術者募集!」と出る。
『地下にはお宝があるかもな。ネットで観ただろ? ほら、拡散されてる、あれ』
地球ボンバーヘッドは口パクで「ジャパニーズレポート」。それを言い終わらないうちに画面に大きく黄色の文字「レッツゴー、カリフォルニア」。
動画が終わるときに『ははは、発掘だな』『31世紀のゴールドラッシュだぜ』と何人もの雑談の中からその言葉だけが耳に残る。
いたー!
何人もが雑談している中に1人。ハオラン氏と肩を組んでいた人が。
「ね、ね、これって。*****さんだよね?」
ルツは森羅に技術者募集の動画を観せた。特に手。
「ああ、ずりぃ。自分だけ」
それが森羅の第一声。その場にコノハナサクヤヒメさんがいたら、厳重注意されていただろう。そして、森羅は、ハオラン氏以外の人達が、全員ボンバーヘッドであることを指摘した。
「ホントだ。この人はカツラだね。雨で崩れちゃってる。こっちの人はシールド」
シールドの人のボンバーヘッドはもっこりしたまま。工事現場で社会奉仕するには、ボンバーヘッドになることが条件? まさかね。
ルツは、サミュエルさんのチャンネルのライブ配信をもう一度観たかった。すでに垢BANされてしまっている。が、ネットではその複製動画が増殖している。リングに再生してもらい、それを、2127年から持ってたパソコンで録画した。何度もじっくり観たい。けれど、すでに問題を起こした身、これ以上危険分子とみなされる情報をリングに拾われたくない。敢えてパソコン。
ルツは、2127年のパソコンで何度も動画を再生した。200年間発動されなかったゼロとはなんだったのか。データセンターの核の部分を切り捨てるほどの秘密はなんなのか。
200年って、なんで?
まずそこから。それはリングに尋ねた。結果はすぐに分かった。210年ほど前、データセンターが現在の建物になった。それまでリングの研究所は分散していたが、1箇所に集められた。
つまり、ゼロは建物を造る段階で仕掛けられたもので、あのとき初めて発動された。
どーなってんだろ。埋まって泥塗れになっちゃったんかな。ゼロのために最初っから地下にフロアがあったんかな。建物ごともっと下の方へ動いたんかな。
ルツは動画を観て、空間の広さ、高さ、表示されていたGPSから地下何メートルくらいなのかを推測。ゼロが発動されたときの音や映像から、データセンターの4棟がどこまで沈んだのか調べようとした。
ダメだ。ずーっと映ってないし。
カメラを仕掛けられた研究員は逃げているとき前を見ている。なので、長い廊下を走る間、4棟が沈んでいく様子は画面の端に少ししか映らない。研究員が立ち止まってゼロを見たとき、建物の人工黒曜石の天辺は地面と同じくらいの高さから更に沈んで土が雪崩れ込んでいるときだった。
この光。
ルツは、研究員が走っているときの4棟の中にある赤い光に注目した。アラートと共に狂ったように点滅していた光。4棟には窓のようなガラスの部分がある。そこから地下の赤い光の光源が1つ見えていた。ゼロが発動され、4棟の建物が下へ沈んでいるとき、光源の高さは変わらない。もしも、4棟が建物ごと下へ動いているのならば、光源も動くはず。
蓋?
ルツは、4棟は上にあった部分だけが蓋のように地下のスペースを覆ったのではないかと考えた。建物ごとごっそり地下へ動いたのではなく、地上部分だけが沈んだ。巨大な地下空間には違いないが、1~3棟の下には広がっていない。4棟の内側だけの範囲になる。
地下空間の広さを調べられないか動画を観ていたときに気づいた。
壁がページュ色と鈍色のストライプ模様になっている。その壁の模様が隣り合う上下で、ベージュ色の部分と鈍色の部分が同じ。
セット? え、同じこと書いてあるじゃん。
ベージュ色はエジプトのピラミッドのような色。文字や記号が金色。彫った溝に金が流し込んであるように見える。鈍色の方は金属っぽい。文字の線は窪んでいる。背景にちらっと映った映像から分かる部分だけ、書かれていることを見てみた。それは遺伝子に関するものだった。
ルツは、リングに、自分がメモした遺伝情報に関するデータを出してもらった。
ここ! これ。従順さに関わる遺伝子んとこじゃん。
それは「規定」であるにも関わらず、アスリートタイプと研究者タイプで異なっていた部分だった。常日頃、簡潔明瞭に答えるリングが曖昧な表現をした。「でしょう」「考えられます」と。
第3の規定?
そこには、全体に占めるパターン別パーセンテージが書かれていた。全体のサンプル数は1万人。比較として、他の地域でのパーセンテージもあった。
映像の壁の模様を見ていく。ほとんどの場面では壁までが遠く、判別できるのは2~3行がやっと。遺伝子配列の化学的な記号の一部だった。
ルツは、サミュエルさんから聞かされた盗聴の音声を思い出す。
『壮観ですね。全てをプリントアウトする必要があるんですか?』
『電子データはコンパクトだが消失する恐れがある。2250年の大規模なデータ廃棄で多くの物が失われた。その教訓からだ。紀元前のものであっても残っているのは石文と竹簡』
『それはまだテクノロジーが発達していなかったからですよ。コンクリートも鉄も化学素材もなかった』
『いやいや。現代のコンクリートは劣化する。鉄は錆びる。化学素材も耐久性は実績がない。ここに岩石に掘られたデータと化学素材に印刷されたデータがあるのは意味がある。ちょっと量が膨大すぎるがね』
だったら、ベージュ色んとこって石板。鈍色は化学素材。
あのときルツは、その後の会話で登場した「ジャパニーズレポート」「1000人」「Kamikaze」「Karoshi」という言葉ばかりに気を取られていた。
『壮観ですね』が、フロアの壁を眺めての会話なら、壁一面にあるのは、、、
サンプル数が1万人分。ジャパニーズレポート?
「これに日本人の遺伝子1000人分が?」
ヨハネスブルグの研究室、ハオラン氏はルツのしでかしたことを聞いても穏やかなままだった。それよりも、森羅がルツを21世紀に送ったときに起こった異常を分析し始めた。
コノハナサクヤヒメさんと森羅は、静かに傍観する。
「充電についてはちょっと調節したんだよ。15分間充電しなければタイムワープできなかったのを、それ未満でも開始できるように。1000年タイムワープするときも15分間、1秒のときも15分間。だから1分以上充電すればタイムワープできるようにしたんだ。一応、5分以下の場合は注意する」
ハオラン氏によれば、例えば6分の場合でも1000年のタイムワープを受け付けてしまう。タイムマシンを使う人間は限られている。主にハオラン氏と森羅。おまけでルツ。なので、電力消費のことは分かっている前提だった。
「3回続けてタイムワープしたのが原因だね」
2304年という約700年のタイムワープの往復。1000年のタイムワープ。
ハオラン氏はルツが21世紀の横浜へタイムワープする時の映像を観た。
「斜め後ろ下に引っ張られたような感覚だったんだね?」
「はい」
「ちょっと再現してくれないかな」
ルツは、お菓子の袋を皮膚片集の本に、空になったジュースのカップを折り畳んだスーツケースに見立てて再現。
最初は立っている。お菓子の袋を抱きしめ、足の横にジュースのカップ。ぺたんと床に座る。森羅が来た想定で胸にあったお菓子の袋を背中の後ろへ回す。森羅に21世紀へ送られるとき、立ち上がろうと腰を浮かす。
「このときです。斜め後ろ下へ引っ張られた感じがして、スーツケースが倒れて、持ってたこの本みたいなのが、飛んで」
ルツはジュースのカップを倒し、思い出しながらお菓子の袋を舞わせる。
「気づいたら、こーなってました」
ルツはお菓子の袋を床に置き、その上に尻餅をついた。
「ありがとう。ルツ、スーツケースは?」
あれ? スーツケース。森羅に21世紀にタイムワープされたとき、ひっくり返って……。うちの庭に転んだとき、あったっけ?




