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バオバブ千年桜  作者: summer_afternoon
それぞれの苦悩

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隠蔽できるけれど要相談

ルツはゲロった。

ジュンユー・ホーのペンのロックを外したことを。自分が2304年の武漢極秘研究所の遺伝子保存庫から、残された日本人の遺伝子1000人分を持ってきたことを。


「日本人の遺伝子1000人分を?!」


すぐさまコノハナサクヤヒメさんは、本状の皮膚辺集2冊を開いた。皮膚辺は四角か円。小さな透明の袋の中にジェル状の物と一緒に入っているはずだった。


「なにこれ」


コノハナサクヤヒメさんは訝しげな顔。


「皮膚だと思います」

「ルツ、これが?」


森羅が、動けないルツに開けた状態の本を見せてくれた。


「え」


びっしり並んだ小さなビニール袋には一様に穴が空き、そこから透明のジェルがじわりと零れ出している。皮膚辺はほとんどなく、所々に残っているものは焦茶色に変色してしまっている。

ルツは、武漢の遺伝子保存庫の中で見たとき、ビニール袋に穴など空いておらず、中には肌色の皮膚辺が入っていたことを伝えた。


「タイムワープしたとき、変だったんです」

「「変?」」

「今までだったら、ぱっと場所が変わるのに、斜め下に引っ張られるみたいな感じがして、この本、落ちたんです。落ちたってゆーか、飛んだ感じ。で、その上に私、倒れちゃって」

「森羅が言ってた、電源が落ちたことと関係あるのかしら」


森羅は眉の間にシワを寄せて一瞬考える。


「かもしれないです」


ルツはもう1つ報告した。


「靴、置いてきちゃいました」


温度と湿度で素材が変わる靴。

コノハナサクヤヒメさんは、額をとんとんと指で叩く。


「とりあえず、ハオランの帰りを待ちましょう。タイムマシンの履歴を消して隠蔽することもできる。でもね、まず、ハオランに相談してから」

「「はい」」

「すみません。ヒメさん。私。とんでもないことしちゃって」

「ルツ、自分がしたいことをするのが連邦よ」


コノハナサクヤヒメさんの目には強い光があった。


森羅がトイレに行くと席を外した。きっと顔を洗ってくるのだろう。

この2日間、森羅は飲まず食わずで泣いてばかりいたらしい。


「森羅も帰ればいいって言ったら、帰っても、ルツはいないかもしれないって、また泣き出すの」


ルツは31世紀に戻る予約設定をしておいて、心底よかったと思った。


休憩スペースに森羅がアイスコーヒー3人分を持ってきた。ルツのカップにガムシロとミルクを入れて手渡してくれる。


「ルツって、どれくらい動いちゃダメなんですか?」

「2時間よ」


確かに皮膚が削られたわけだが、例えば捻挫したとしても、その場から動いてはいけないとは言われない。そのことをルツが言うと、


「だから2時間で治るの」


とコノハナサクヤヒメさん。


「2時間で治っちゃうんですか?」

「皮膚が再生するの」

「「ええ?!」」


森羅までルツと一緒に驚いた。


「21世紀はまだだった? 再生医療。人間の体には自然治癒力があるの。それを促進する薬によって治す。骨折なんかも同じようにして修復できちゃう。骨折の場合は、もう少し長い時間がかかるかな。内臓疾患になると、ちょっと違ってくるけどね」


そーうえば。

とルツは思い出す。知識のダウンロードの「医療技術」に、再生についてがあった。薬剤や細胞の働きについて詳しく頭の中に残っていた。

自分の傷と結びつかんかったわ。まさか何時間なんて短い単位だったなんて。


森羅は「痛い?」と心配そうにルツの顔を覗き込む。


「ぜんぜん。傷のとこはなんも感じない。周りはちょっとひんやりしてる」

「神経を麻痺させてるのよ」


とのこと。


「この時代、病院ってあるんですか?」


ルツは不思議に思った。万能なリングと家事ロボットが全てできそう。


「少ないけどあるわ。リングに症状を診せて、家で治療できないと判断されると、病院に行くことになる」

「薬を飲むときもですか?」

「ドローンで薬が届く」


なんと。


「じゃ、家でほとんど治療できちゃうんですね」

「そうね。ひどい怪我や病気のときは、手術台と手術キットが届いて、リングを介して、ロボットに手術プログラムが読み込まれる」


そんな話の後、コノハナサクヤヒメさんは研究に戻った。


「ルツ、ありがと。ハードディスク」

「一応、ね」


ところで、ルツには言いたいことがある。


「あのさ、森羅」

「ん?」

「『あっちでもこっちでも悪いことすんなよ』って何」

「げ」

「それ、こっちのセリフだから」

「わーった。もう言わん。そっちもゆーな」

「……」


森羅はルツの足元に小さくなった。おすわりをするフォルテのように。


「おばさんに会えた?」

「うん。偶然、Qちゃんも来てて。充電器返しに」

「タイムワープのこと、喋った?」

「うん。信じてないかも」

「だよな」

「でも、万象は信じてると思う。目の前で消えたから」

「そっか」

「「……。」」

「な」

「なに?」

「万象んとこ、戻んなくっていーの? 会ったんだろ?」

「それゆーなら、21世紀でしょ」


21世紀の代表を万象にすんな。


「告られたって喜んでたじゃん」

「喜んでねーし」


困ってたの! 私はずーっと森羅一筋だもん。


「逆に、どこが不満? 顔よし体よし頭よし運動神経抜群で性格よし」

「自分そっくりなのに自慢かよ。で、体よしって何?」

「エッロ」

「そっちが言ったんじゃん」

「健康ってこと」

「……」

「社会性があって、信頼されてて、将来有望じゃん」


あ、なんか、森羅とは反対の部分出てきた。

ルツは、森羅の肩をぽんと叩いた。


「そんな落ち込むなよ」

「うっせーわ。オレは世話になってきたんだよ。オレがなんとか幼稚園から小中とやってこれたのは、万象のおかげじゃん」

「自覚あるんだ」

「うっせーって。『双子なのにぜんぜん違う』ってどんだけ言われてきたことか」

「出来のいい兄弟いると、苦労するよね。お互い」


ルツも兄2人と比べられてきた。家族は比べない。親戚と教師、塾が比べる。でもまあ、下の兄は「兄貴と比べられて嫌」と言っていたし、兄弟姉妹で比べられるのは世の中の常なのかもしれない。


「オレの方がゲーム上手いじゃん? たぶん、周りが思ってるほど劣等感ない」


ゲームかよ。


「私も。フォルちゃんが1番好きなの私だもん。母には負けるけど」

「ふーん」


なんだかんだで、森羅は傍にいてくれた。

優し。


「ルツ、帰りたい?」

「あんま、よく分かんない。友達と騒ぐの好きだったから、それができないのはちょっと寂しい。Qちゃんとかテニス部とか、高校で新しくできた友達とか。だけど、森羅が一緒じゃないなら戻らないよ」


絶対に一人にしない。


「どーして」


もう泣かせないよ。


「私が未来にいたこと分かってくれるの、森羅だけじゃん」

「たった1年。一生のうちのちょっとだろ」

「人生1番の重大事件だよ。森羅は? こっちにハードディスク置いてけば、戻っても安全だよ。帰りたい?」

「オレ、それよりも、ここの世界を見たいってのが強い」


ルツは、森羅森羅森羅の自分がときどき少し嫌になる。

そんな大した男だっけ?

家族+友達+高校の新生活と天秤にかけられるほどの気持ちがあるのかと問われれば、答えはNO。31世紀の体験は、自分1人では持て余すほど大きい。ときには一緒に背負ってくれる理解者が必要。好きという気持ちより、それの方が大きい。


もし帰ったら、憧れの高校生活を満喫できる。知識のダウンロードが済んでいる科目は無敵。国語以外は高校レベルどころか、最先端のその先の知識まである。

んー。歴史はすっかすかだったっけ。

21世紀から31世紀の分の濃度が高く、古い時代は詳しくなかった。

理系だったら無双できるじゃん。医学部現役合格コース。ヤバみ。

文系も考えてみた。英語、物理、化学、生物は既に完璧。勉強を歴史と現国、古文、漢文に全振りすればいい。あるいは、英語を生かして奨学金ありの留学。ルツは、今の自分なら、海外の大学でも授業についていける気がしていた。

21世紀に戻ると人生有利。


31世紀に居続ける想像は難しかった。

ルツは特別な未成年という存在のため、狭い世界で生活している。接する人は少数。

仮に残るとしたら、未成年なので里親のところへ行く。森羅とは離れるだろう。何よりも、遺伝子レベルで優れた人々に混じることになる。普通に生きていける自信がない。働かなくてもいいし経済的な心配もいらないというのに。

一緒に遊ぶ友達、見つかるのかな。

誰と喋っても劣等感に(まみ)れて、ひきこもってしまう未来が見える。


31世紀の人は本当に能力が高いと思う。全てにおいて。人間的にも素晴らしい。

スタンダードがレベチなんだよ。


治療2時間5分後、家事ロボットはまだルツに終了の合図を出さない。


「ね、まだ?」


ルツは痺れを切らした。


「あと40分ほどで終了します」

「はーい」


コノハナサクヤヒメさんが様子を見に来た。


「どう? ルツ」

「あと40分って言われました」


ルツが答えると、コノハナサクヤヒメさんは「見た目より傷が深かったのかしら?」と不思議そうに家事ロボットが診断したルツの傷の情報を見ている。


「どうも表面だけじゃなく、皮膚の中まで損傷してたようね。ちゃんと確かめずに2時間なんて言っちゃってた」

「いえ、そんな。あと40分、このままでいます」


実は傷が深かったと知って、森羅は心配した。


「痛くない?」

「ぜんぜん」


家事ロボットがOKを出したとき、皮膚が再生されたところは赤ちゃんのようにつるつのすべすべだった。

魚の目、治ったし。ひょっとして、魚の目直すのに時間かかったのかも。







待ち人ハオラン氏は「カリフォルニアで知り合いに会った」と、出張を1週間延期した。カリフォルニアの様子が動画で届く。

コノハナサクヤヒメさんはハオラン氏の帰りを首を長くして待っていた。


「詳しく話したいし、相談したいのに。リングで話せないじゃない」


コノハナサクヤヒメさんを悩ませているのは、明らかにルツのしでかしたこと。


「すみません」


思わず謝ってしまうルツ。


「ううん。コオロギの件も話したいのよね。上から言われてるし」


日本人消滅解明PJは終わりを迎えようとしている。


「すっごく仲良いんですね、この知り合いと」


コノハナサクヤヒメさんの悩みなどどこ吹く風。ハオラン氏は友人達と雨の中でプールで泳ぎ、缶ビールで乾杯している。おっさん達ばかりで楽しそう。

カリフォルニアは雨季とのこと。


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