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バオバブ千年桜  作者: summer_afternoon
それぞれの苦悩

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タイムワープ3連チャン

クリーンルーム?

とてもセンシティブな作業なので、ちり埃NGなのだそう。


「この研究所にはクリーンルームも3Dプリンタもいっぱいあるので……」


さっき注意されたことを少しは気にしている様子のサミュエルさんは、やや控えめな声で答えた。


かなり前から計画していたと分かる。一番期間が必要なのは、サミュエルさんの指の培養。


「ルツがタイムワープさせたサッカーボール、ここにありますよ」


ハオラン氏の言葉に、サミュエルさんがルツに頭を下げる。


「かたじけない」


どこで覚えたんだろ、そんな日本語。


「ルツ、ありがと。あの後、サッカーボールを探したんだ」


当然なかった。サミュエルさんと森羅は慌てなかった。タイムワープという奥の手があるから。

「ちょっといいかしら」とコノハナサクヤヒメさんがサミュエルさんを睨む。そして続けた。


「あのとき、警察から解放されたのは発信源が動いてたってことですけど、もしサッカーボールが見つかったら、2人とも逮捕されてた。ここに戻れなかったら、タイムマシンを使えない。その辺は分かってるのかしら」

「「ありがとうございました!」」


サミュエルさんと森羅はテーブルに頭をつけてひれ伏した。


「ふたりとも無事でよかったよ。エレベーターに閉じ込められてた人も助かったし」


やっとハオラン氏の声が穏やかになった。



2週間を経ても、世の中ではジャパニーズレポートの存在が囁かれ続けていた。

動画のライブ配信でカードを持って逃げたのは誰なのかは最大の関心ごとだった。ちなみに、司令を出したバービー人形は連邦政府の機関、連邦平和維持対策局長と判明している。


「参ったわ」


休憩スペースのソファに、コノハナサクヤヒメさんがぼふっと座る。


「どうしちゃったんですか?」

「上司に、コオロギのことを発表して、ジャパニーズレポートと思わせろですって。ムカつく。人のこと舐め腐って」


ヒメさーん。言葉が壊れてますよー。


「嫌なんですか?」

「百歩譲って、ジャパニーズレポートの中身を教えろって交渉したの」

「……」


それで譲ってるつもりですか。


「そしたら、そんなものはないって。だったら『ない』って発表すればいいじゃない。なのに、わざわざ連邦が声明文なんて出すと、大事(おおごと)だと思われる、ですって。だからって、連邦のみんなをコオロギで騙せって。それどーよ」

「不本意なんですね」

「あったりまえ。ストーリーまで考えてあるの。まず、ハオランが学会でタイムマシンについて発表する。注目される。それを人間として初めて利用したのが私。私は2127~2132年で日本を調査して、日本人を滅ぼしたコオロギを見つけた。日本人のことがクローズアップされる。みんなが、ジャパニーズレポートはコオロギの話だ、となんとなく思う。もう、学会発表がロンドン、ストックホルムで終わったでしょ? だからせっつかれてて。くっだらない」

「誰も信じませんよ。それだったら、データセンターで隠す必要ありませんから」


ルツは、サミュエルさんが研究員にマイクを仕掛けて仕入れた会話を公表すればいいと思う。問題は、もうサミュエルさんのチャンネルが閉鎖されてしまったこと。それに、盗聴は犯罪っぽい。敢えてリングに確かめはしないが。


「なんか、嫌だなー」


ごろん


コノハナサクヤヒメさんは、ソファの上で寝っ転がった。

ハオラン氏と森羅は学会旅行。サミュエルさんは雲隠れ。研究室は閑散としてた。


そろそろ充電できたころ。

ルツは、コノハナサクヤヒメさんがコオロギ部屋へ行くのを身届けてから準備に取り掛かった。タイムマシンは既に予約設定済み。必要なのは、氷点下で身を守ること。それから……持つのが大変だと思う。


スノボウエアを出した。コノハナサクヤヒメさんとツェルマットに行ったとき着たもの。頭には、コオロギ部屋で使った頭ごと覆うマスクを被る。ポケットの空気銃は、森羅が護身用に21世紀のナイロビへ持って行ったもの。手袋、そして、折りたたみスーツケース、スマホ。


シャッ


ルツはスノボウエアを着て、ファスナーをしっかり上げ、防寒する。凍傷防止に頭ごと覆うマスクを被る。


本来なら、タイムマシンは過去見で成功を確かめてから使う。それができない。なぜなら、目的地は屋内だから。2304年11月28日8:45。武漢極秘研究所遺伝子保存庫内。マッチョから、人工大理石の床は、当時の、施設への期待だと説明された。その部分は場所も標高も31世紀まで変わっていない。その位置を探るため、マッチョのデータを調べた。


ルツの計画は、

①人工大理石部分にタイムワープ

②隠れて日本人の遺伝子が運ばれるのを待つ

③保管される場所を確認

④研究員が保管庫を出る

⑤日本人の遺伝子を救出

⑥ タイムワープで31世紀へ


1回目の武漢へのタイムワープから2回目の31世紀へ戻るタイムワープまで、設定は25分間。


2304年11月28日8:45。

タイムワープ成功。第一段階クリア。ルツはすぐさま、21世紀から持ってきたスマホのストップウォッチをタップした。着地した地点に目印のセロテープを貼る。

暗い遺伝子保存庫の中、ところどころ非常口を示すための小さな灯りがあった。それを頼りに、柱の影に身をひそめる。スノボウエアの性能は素晴らしく、今のところ、全く寒さを感じない。

過去見の真上からの映像では分からなかったが、2304年の遺伝子保存庫は1階部分に出入り口があり、2階はないようだった。マッチョに案内されたときと同じ人工大理石。その上のセロテープ周りを観察。31世紀に戻るときの1辺2mの立方体の空間は確保されている。

保存庫は2重扉。ルツがいるのは、外から入ってすぐの場所。もう一つドアがある。遺伝子が保存されているのはその中だろう。2304年、そのドアには暗証番号や生体認証のロックの(たぐい)はなさそう。恐らく、屋外から入るときだけ必要となる。


8:59。外にトラック到着の音が聞こえた。トントンと遺伝子倉庫のドアがノックされる。ルツは息を潜めた。

トントンという音は一旦止んだが、ドンドンに変わった。ルツの記憶では、トラックは到着してすぐ水色のみかん箱サイズの荷物を引き渡し走り去った。なのに、遺伝子保存庫には誰もいない。確か過去見では、建物から人が出てきた。


あれって、私?!


冷静に考えようと努めるルツ。過去見の映像を思い出す。31世紀、遺伝子保存庫は2階部分の渡り廊下によって他の建物と繋がっていた。2304年の遺伝子保存庫は2階がない。過去見では、人の出入りはなかった。少なくとも8:45から9:10までは。


ドンドンドンドン

ドンドンドンドン


ドアが激しく叩かれる。

覚悟を決め、ルツはドアを開けた。早口の中国語で荷物を渡された。サインを要求されることはなく、運転手はにこにこして行ってしまった。

マジか。

あっさりと目的の物が手に入り、拍子抜けしてしまった。

タイムワープの予約設定の時刻まで、あと8分。さすがに指先が冷たくなってきた。


軽い。

受け取った水色の箱は、想像していた重さと全く違う。フライドポテトサイズの両側に金属がついているガラスの筒1000本は5kg以上はあるだろうと考えていた。中には液体が入っているし、それが破損しないような緩衝材や外側を覆う頑丈なケースがあるのだと。だから、スーツケースを用意している。

ルツは好奇心が湧いた。みかん箱ほどの水色の箱はファスナーや留金を外せば蓋が開く。


オープン。

中にあったのは、大きな本のような物2冊だった。

スマホで明るくして見る。


ぱか


ページのように開くと、柔らかい透明の袋状のものがびっしり並んでいた。それには番号がついていた。袋の中はジェル状。中にあるのは遺伝子なのだろうか。ルツは目を凝らした。ジェルに守られているのは、1cm角くらいの正方形や直径1.5cmくらいの円形の肌色。

皮膚。

1ページに250人分。左側と右側で500人分.。2冊とも同じ。2冊で1000人の皮膚片。

ルツは水色のケースは放置し、2冊にまとめられた1000人分の皮膚片を抱えた。床のセロテープを剥がし、その位置に立った。スーツケースは折り畳んだまま。


スマホのストップウォッチの表示を見る。あと1分が長い。


戻った。

3方がベージュ色の壁、1方がガラス。成功?

大きな計画を無事遂行できたことに体の力が抜け座り込む。そして、頭に被っていたマスクを脱いだ。

ガラス越し、森羅と目が合った。

え? 学会のはず。


森羅はガラスの扉を開け、泣きそうな顔をする。


「何やってんだよ、ルツ。なんなんだよ、それ」

「しんら、どーして」


驚いたルツは、床にぺたんと座ったまま、日本人の遺伝子1000人分を自分の後ろにやった。


「どーしてじゃねーよ。あっちでもこっちでも悪いことすんなよ」


ええーっ。なんでそれ言われるのが私なの?!


「ルツ、万象(ばんしょう)んとこへ帰れ」


森羅は走ってタイムマシンを作動させる装置のところへ戻ると、入力を始めた。


「森羅!」


ルツは急いでタイムマシンの照射から逃れようとした。が、立ち上がろうとしたとき、ガクンと体が傾いた。立ちくらみかと思うほど、体が左斜め後ろに落ちるような感覚が一瞬。折り畳んだままのスーツケースが倒れ、皮膚片集の本が舞う。

あ!

気づいたときには、ルツは皮膚片集の本の上に尻餅をついていた。握りしめていたスマホの日付と時刻が変わった。4月11日17:30。急いで皮膚片集の本から降りる。それは開いたまま。2冊とも、皮膚片の袋がびっしり並んでいる開かれた側が下になっていた。

木蓮の風。視界に皮膚片集の本しかなくても、ルツには自分のいる場所が分かった。

到着したのはルツの家、リビング前の庭だった。

ルツは、森羅と自分の発想が似すぎていて、きゅっと胸が締まった。


灯りが点いたリビングで、Qちゃんがイスから立ち、ルツの母親は目をぱちくりさせながらリビングの掃き出し窓を開けようとする。

え、なんでQちゃんがいるの?


掃き出し窓が10cmも開いていないのに、体でこじ開けたフォルテが飛び出してきた。

きゃー、ダメ!

ルツは大慌てで皮膚片集の本を閉じて抱えた。


どすっ


大型犬の体当たりで、ルツは芝生の上に倒された。

緑、茶色、白い木蓮。夕暮れ時。

起き上がり、一歩、二歩。柔らかい芝生に足元がふかっと微かに沈む。

靴を脱いで家に入ると、母親はルツを不思議そうに眺める。


「おかえり。どっから入ってくるの。そんなカッコして」


Qちゃんもルツをじーっと見る。


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