ジャパニーズレポート?
ルツは分析を開始した。リングに画像を見せればサッカーボールまでの距離から緯度経度を求めててくれそうだが、それをするとサッカーボールが意味のあるものと分かってしまう。ハオラン氏の力を借りて計算した。画像の位置情報、チラ見えしているサッカーボールの弧、5号球の大きさ、カリフォルニア午前9:58の過去見の映像からサッカーボールの位置を特定した。
「これで合ってる。標高以外は。ルツ、タイムマシンを使おう」
「はい」
「今の状況を観てみるわ」
コノハナサクヤヒメさんは、研究室から出てからリングをはめ、SNSのライブ動作に戻った。
「警察の捜査ロボットがいろんなところを探し回ってる!」
それを聞き、ルツとハオラン氏は、タイムマシンのカリフォルニアの設定時刻をサッカーボールが写り込んでいる画像の10秒後にした。タイムワープさせる範囲は、サッカーボール5号球のサイズ22cmよりも少し大きめ、30cm。最も不安な標高は過去見のデータに従った。
実行。
「成功」
ガラスの向こうに草と土、サッカーボールが現れた。緊張が解けたルツは、へなへなとイスに座り込み、リングを外したコノハナサクヤヒメさんは、嬉々として飛行機のドアのように分厚いガラスを開けてガラスの壁の向こうに行く。
「!」
ばたん
コノハナサクヤヒメさんは気を失った。
「ヒメ!」「ヒメさん!」
急いで駆け寄ると、横たわるコノハナサクヤヒメさんの横をサッカーボールが血を流しながら転がっていく。
サッカーボールの中から、数本の管が繋がった指の付け根から第二関節までが出ている。ポンプで血流を発生させていたらしく、循環用の血液が床に広がる。
惨状をロボットの映像に残せない。ハオラン氏はロボットを呼ばず、コノハナサクヤヒメさんを運んだ。休憩スペースのソファに寝かせた。
「ルツは大丈夫?」
「はい。グロいですね」
「あれはたぶん、サミュエルさんの細胞から造った指だろうね」
「生きてるんですか?」
「半分は」
「半分って」
「ポンプで血を循環させれば、リングは、生きてるサミュエルさんの指だと勘違いする。細胞も生きたまま。まったく。よく考えつくよ」
さっすがサミュエルさん。
ルツは思わず口から出そうになった賛辞を飲み込む。
「ヒメさん、虫は大丈夫でも、こーゆーのは苦手なんですね」
とルツが言ったとき、コノハナサクヤヒメさんが気づいた。
え、こんなに早く気がつくもんなんだ。
ばちっと開眼したコノハナサクヤヒメさんは「ワタクシのしたことが。不覚」と呟く。更にルツには聞こえてしまった。
「くそっ。あのジジイ」
研究室へ歩き始めていたハオラン氏は聞こえていない。
セーフ。
「ヒメさん、大丈夫ですか?」
「ええ、もう平気。ルツ、それで、警察にはバレなかった?」
「まだ確かめてません」
ぜんぜん時間経ってないし。
「ああ、ヒメ。もういい?」
「ええ。ありがとう」
休憩スペースから研究室へ行くと、サッカーボールは外から見えない袋に入れてあった。3人で血で汚れた床を何事もなかったかのように掃除した。
結果、サミュエルさんと森羅はお咎めなしで解放された。
動画に警察がどこから連絡を受けたときの言葉が入っている。
『はい。え、チャンネルの発信地が動いてた? 3カ所も? はい。はい。では、逃げていたということですか? 消えた?』
動画には何人もの見学者が映っていた。
「あれだけ大勢の前で、逮捕もしずらいだろうね」
とハオラン氏。
警察が去った後、サミュエルさんは多くの人達から状況説明をされている。
『ええっ。オレのチャンネルでライブ配信だって?!』
としらじらしい反応。
ハオラン氏は、無言で首を横に振っている。「やれやれ」という言葉が聞こえてきそう。
SNSでは「サミュエルさんはチャンネルを乗っ取られた」ことになった。それに関する処置なのか、サミュエルさんのチャンネルは即垢BAN。それでもSNSではデータセンターの動画が増殖した。
『ジャパニーズレポートっておいしーの?』
がトレンド入り。
「よ」
「ただいま帰りました」
少し日焼けした森羅とサミュエルさんが研究室に現れたのは、それから3日後だった。
ルツは無事だった森羅に飛びつきそうになった。けれど、ハオラン氏が大股でサミュエルさんに向かっていく横で体が固まった。
「なにをしてるんですか、サミュエルさん! やりたいことをするのはいい。けれど、未成年の森羅を巻き込むのはダメです」
見る見るうちにサミュエルさんがしゅるしゅると小さくなっていく。
ルツは、コノハナサクヤヒメさんよりもハオラン氏の方が怖いと悟った。絶対的な正義。
小さな声で森羅が庇う。
「あ、あの。オレが言ったんです。半分はオレの案だから」
え。
そして、カラクリの説明が始まった。
もちろん、全員がリングを外している。
サミュエルさんは真剣な目で訴える。
「オレは、ジャパニーズレポートの存在を公にしたかった。データセンターと呼ばれてるけど、カリフォルニアのはリングの研究所だ。連邦中の人についてのデータにアクセスできる。その1番核の部分で守ってるものを連邦のみんなが知らないのはダメだろ」
森羅は、サミュエルさんが何かをしようとしていることを感じ取った。
サミュエルさんの計画は、研究員に隠しカメラをつけてデータセンターの核の部分の様子を撮影して配信するというもの。しかし、服や靴などに付着させることしかできず、映像はスボンの中のすね毛や服のシワしか得られなかった。
マイクに関してはうまく行ったが、音声からは、肝心の何をしているのかという全貌がなかなか見えなかった。
更に、公開した場合、録画録音データでは信憑性がない。ライブ配信を思いついた。問題は、データセンター内は通信が遮断されることだった。
周波数の低いものなら障害物を通りやすいという情報を森羅から得、カリフォルニアのデータセンターででテストした。なかなかうまく行かなかった。まず、地下から外はNG。地下から地上はOK。地上から外はOK。なので、データセンター内の地上でサミュエルさんが中継し、外の森羅に送った。
但し遠くまでは飛ばない。建物の外、近くで森羅が電波を拾って変換し、遠くへ飛ばすことにした。
もう1つの問題はカメラ。研究員の中にメガネをする人間を探した。いた。
「ラーメン屋でメガネを取り替えた」
とサミュエルさん。
ラーメン食べるときメガネ曇るもんね。ってか、曇り止め塗っとけよ。
その研究員は、街のラーメン屋に足繁く通っていた。それに目をつけたサミュエルさんは、同じメガネを手に入れてカメラを仕込んだ。
そして、研究員が逃げようとして取り押さえられたどさくさに紛れて、もとの細工なしのメガネと交換。
メガネの履歴が残らないよう、オタク仲間に入手&送付してもらうという事前準備。あっぱれ。
ライブ配信すると、サミュエルさんが危険分子として消去される可能性が出てくる。
「もうかなり長いこと生きたし、命張る価値はあると思ったんだが」
それを森羅が止めた。受け取った電波をサミュエルさんのチャンネルとして発信するキットを作った。
ハオラン氏が尋ねる。
「リングがなければ発信できないはずです。だから、リングをはめるための指だけを造ったんですか?」
「あ”ー、あれは違う。アリバイだ」
とサミュエルさん。
サミュエルさんのアリバイが必要だった。リングの位置情報は連邦政府機関の管轄。生体認証。サミュエルさんは細胞を培養して自分の左中指を造った。ホテル暮らしのサミュエルさんは、宿泊する部屋がプライベート空間なのをいいことにやりたい放題。
「オレは、ネズミの背中に生やそうと思ったんだよ。ポンプも血もいらない。そしたら森羅に大反対されて、泣く泣く、あんなもん作ったんだ」
ネズミの背中じゃなくてよかったぁぁぁ。
「じゃ、どうやって配信したの? 発信しながら動いてたって警察が。しかも3カ所。なぜ?」
コノハナサクヤヒメさんは怪訝な顔をした。それには森羅が答えた。
「調べたら、チャンネルの動画配信にリングの認証は必要なかったんです。動画配信をしてるのは連邦政府とは関係ない企業です。なので、リングからの信号は登録のときに使うだけで、配信するときに使われていたのは、割り当てられた登録アカウントの信号だけでした」
受け取った電波をサミュエルさんのチャンネルとして配信するキットを、森羅はなるべく小さく作った。そして、それを魚に仕込み、ペリカンに食べさせた。
「「「はああ?!」」」
「海辺にいったら結構ペリカンがいて、魚あげると食うんだよ。別にその辺で遊んでてくれるだけでよかったんだ。それが」
カリフォルニアの海岸にいたのは、アメリカシロペリカン。渡り鳥だった。1羽だけでは不安だったので、3羽に魚をあげた。偶然にも、ライブ配信のとき、渡った。
マジか。
「だから動いてたのね」
コノハナサクヤヒメさんはもう呆れていた。
警察が「消えた」と言っていたのは発信源のこと。それはサミュエルさんが電波の中継をやめたから。
「なかなか大変だったんだ。森羅もオレも、ライブ配信を観るなんて命取りだから」
うまく行っていたことは、警察から解放され、他の人達に教えられてから確認できたのだと言う。
「ペリカンは大丈夫……ですか?」
ルツは、森羅の作ったキットを運ばされたアメリカシロペリカンが気になった。
お腹壊してない?
「だいじょーぶだいじょーぶ。あいつら、なんでも丸呑みしやがる。フンと一緒に出るサイズだから」
サミュエルさんの言葉に、ルツは安堵した。
それが見つかることはないだろうとのこと。サイズは縦1mm横2mm厚さ0.5mm。その10倍のサイズでもアメリカシロペリカンなら大丈夫。小さくしたのは、発見されることを避けるため。
「作ってから縮小したんだ」
と森羅は嬉しそう。なんでも、21世紀では高度な技術すぎて、大規模な半導体メーカーしかできなかったことらしい。「トランジスタをさ、物質の層にして回路作んの。でさ、3Dプリンタの精密なやつで印刷。すごかった」と興奮気味。
ハオラン氏が鋭く突っ込む。
「サミュエルさん、そこまで精巧な3Dプリンタを持ってるんですか? クリーンルームはどうしました?」




