人工黒曜石、光の断末魔
やや笑い声を交え口々に言い合う研究員達にバービー人形は警告した。
『危機感を持ちなさい! 警察がそこに向かっています。気をつけて』
『『『『はい』』』』
『警察だって?』『ここには入ってこられない』『入られたら困る』『入ったらゼロが発動する』
『今、1棟、2棟、3棟の警備ロボットのモードを緊急対応にしました。カメラは堂々と4棟に入り込んでいます。全員、服に何かついてないか調べて!』
『『『『はい』』』』
研究員達が自分の服の襟や肩からズボンの裾までを触って確認している姿が映像に流れる。
ルツはSNSで「#サミュエル」「#データセンター」と検索してみた。
げっ。
「いま、SNSで『データセンター周りがタクシー渋滞って』」
「「えええっ」」
「近くの人や観光客が見に行ってるみたいです」
データセンターの画像も出てきた。建物の前に人が集まり始めている。ルツは森羅を探した。いない。建物の前には森羅の背景にあったような木々はない。
SNSには大きなうねりが現れていた。
「パトカーが来た」「警察?!」「サミュエルさんが捕まってしまう」「捕まったらどうなるの?」「裁判→消去」「なぜ」「連邦が隠していることを暴こうとしているからですか?」「連邦は全ての情報を公開する義務があるはずだ」「罪状は不法侵入か盗撮でしょう」「もし情報が何かを隠しているなら連邦に非がある」「別の罪で消去される?」
「サミュエルさんを救え」
「サミュエルさんを救うためにデータセンターへ行こう」
「1人でも多く、サミュエルさんの正当性を訴えるんだ」
「サミュエルさんを救え」
サミュエルさん、めっちゃ味方多いじゃん。
きっと森羅はデータセンターの近くにいる。ルツはリングに頼んだ。
「リング、過去見で森羅を探して。ついでにサミュエルさんも」
「いつの時間でしょうか」
「!」
リングに尋ねられて気づいた。サミュエルさんは、過去見が使えない時間帯を選んでいる。10~14時は過去見を使えない。過去見は太陽光の反射を利用している。正午を中心とした4時間は反射した光が太陽光に吸収されてしまう。
ハオラン氏がルツの肩を軽く叩いた。
「ルツ、落ち着いて」
コノハナサクヤヒメさんもルツを宥める。
「心配なのは私達も一緒。それから、」
ルツのリングにコノハナサクヤヒメさんが触れた。
不用意にサミュエルさんと森羅を探してはいけない。言葉を発する時も考えなければ。リングが全てを聞いている。
それを考慮して、ハオラン氏は言葉を選んだ。
「きっと何かの間違いだ。サミュエルさんを救う方法を冷静に考えよう」
データセンターの映像に、別のバービー人形の上半身が現れた。
『警備ロボットが収集つきません。なんとかしてください。一般研究員は2棟から先に入れません。公開されているエリアはどうしますか? 閉鎖した方がいいでしょうか? 入場者が増えています』
『今日は天気がいいから入場者は多いでしょう。極秘に動いてください』
『了解しました』
別のバービー人形だけが消えた。
『万が一のために、ジャパニーズレポートを送ります』
誰かの言葉にバービー人形の声が低く響いた。
『ダメ! 送ってはいけません。ネットに繋いではいけない。ハッカーから確実に守るにはネットを物理的に切り離すしかありません』
『ではジャパニーズレポートは』
『カードデータのまま持ち出してください』
『分かりました』
顔のぼやけた研究員が空間の中央にある掌サイズの箱を手にした。
『皆、ゼロの発動に備えて避難の準備を。警備ロボットは誰か対処してください』
『はい。では、ロボットの対処に行ってきます』
返事と共に、映像と右下の小さな数字が動き始めた。
『その人! 今、行ってきますってエレベータに乗ろうとしてる。捕まえてっ』
バービー人形の叫び声に振り向いたのか、ぐるっと映像が流れる。と、観ている自分に向かってくる研究員達。ゾンビゲームのように、ぼやけた顔と伸ばされた手が向かってくる。掴みかかられそうになりながら、ぎりぎりエレベーターに乗り込んで扉を閉めた。
エレベーターが上昇する間、映像は忙しなく動き、襟や肩、服をぱたぱたとはらっている白い手がちらちらと見える。
『くそっ。なんで』
独り言が聞こえる。
p
エレベーターの扉が開くと同時にスタートダッシュ。入れ違い、前方から走ってくる誰かが映った。それは一瞬。
『よせ!』『消去されるぞ!』『戻れ!』
正面で警備ロボットに押し留められている人が叫んでいる。
『本望。生きてるのに飽きたとこ』
声を変えられた機械音がすれ違いざまに聞こえる。振り向く。扉が閉まっていくエレベーターに声の主がスライディング。閉まる音と同時にアラートが鳴り始め、空間の中が点滅する赤い光に支配される。
『『『なんだなんだ?』』』
『『『なんだなんだ?』』』
映像は正面で警備ロボットに押し留められ、騒いでいる人達に向かっていく。画面の揺れと動く速さで、走っていることが分かる。はあはあという息遣い。横から別の警備ロボットが、管を踏み切りのように動かして行く手を阻もうとする。その下を潜る。床に着いた手が映像に一瞬映り込む。視界が高くなる。立ち上がった。走る。再び警備ロボット。走っていることに反応し『フロアでは静かに歩きましょう』と向かってくる。
ゴゴ……ゴゴ……ゴゴ……
地鳴りのような音が聞こえてきた。それはアラートの中、徐々に大きくなっていく。アラートの間隔が狭くなり、狂ったように連続音を発する。
ゴゴゴゴゴゴゴッゴッゴゴ
ざざざざざざ
空間の中は赤い光が点滅し、連続でアラートが鳴り響くまま。窓から見える芝生の向こうの建物が沈んでいく。円形にカーブした壁の、ドアのない建物。人工黒曜石の壁は、透明の窓ガラスよりも鋭く日光を反射する。映像は前進しながらもガタガタと激しく揺れる。一瞬、立ち止まり、窓に両手をつく。
『これがゼロ……』
揺れる地面と平な建物の天井が同じ高さになっていく。広大な円い人工黒曜石の天井は断末魔のように激しく日光を反射する。まだ終わらない。更に天井は沈み込み続け、その上に周りから土が雪崩れ込む。
再び映像は動き出した。走っている。行く手に警備ロボットが立ちはだかる。
『フロアでは静かに歩きましょう』
『うぜぇ』
3本の管が向かってくる。今度はロボット本体に蹴りを入れる脚。
ガシャン
警備ロボットは音を立てて倒れ、青い光がグラフのように本体に点滅する。
走る。再び。
『フロアでは静かに歩きましょう』
『くっ』
画面が躍動。飛び越えた? それを繰り返す間も、画面右下の緯度経度標高の数字は動き続ける。
自然光が燦々と降り注ぐ広い空間に出た。赤い光の点滅なし。アラートも止んだ。多くの人々の視線が向けられる。
『サミュエルさんを救え!』『警備ロボットが』『そいつを捕まえろ』『顔が違う』『たぶんシールドだ』『フロアでは静かに歩きましよう』『守れ』『違う、ここの研究員だ』『逃がせ』『退きなさい、警察だ』『サミュエルさんを救え!』
機械音に加工されたたくさんの声が近づいてくる。その直後、もみくちゃにされ、画面が暗転した。
え? 捕まったの?
しばらく、何がどうなったのか分からなかった。研究室は静まり返る。もはや、カップ麺のことなど3人とも忘れてしまっている。
「ルツ! SNSに動画がアップされてる」
コノハナサクヤヒメさんが指す画面では、金髪で色白の人が3人の警察に取り押さえられている。周りにいる多くの人は、警備ロボットや警察に羽交いじめにされている。
『違う。オレは違う。サミュエル氏じゃない』
取り押さえられた人は訴えている。
『じゃ、なぜ逃げようとした』
『追いかけられたから。怖かった。消去はやめてくれ、消去は嫌だ、消去はっ』
『安心しろ。我々に消去の権限はない。それに衆人環視の中の消去はない』
SNSへのアップに間があったのは、ネットに繋がる建物の外に移動したからだろう。
捕まった人は、本当にサミュエルさんじゃないと思う。シールドで外見を変えているわけではなさそう。
SNS動画を観終わると、今度はハオラン氏が別の投稿を見つける。
「『公園でパトカーが止まった。リングの位置情報からサミュエルさんを探しに来ている模様』」
POLICEと背中に文字のある警官2人の画像がある。広い公園。緑に囲まれている。
ここかもしれない、森羅がいた場所。
どくん どくん どくん
心臓の音がルツの思考を奪う。
落ち着け、自分。警察が探しているのはサミュエルさん。でも、森羅は共犯。配信の実行犯の可能性がある。
ライブ動画があった。
『みなさん、ご協力ください』
と警察が歩いている。事件が起こった場所ではないせいか、人はまばら。それでも動画では、次々とタクシーが止まって人を下ろす。
やじ馬多っ。
平穏に飽きているのだろうか、それとも、多くの人の遺伝子に正義感でも組み込まれているのだろうか。そして別の動画。
『いました!』
映像から声が聞こえた。早足で声の方へ移動しているのが分かる。
そして、サミュエルさんとハリウッド俳優になった森羅が映った。2人は頭の後ろで両手を組み、地面に膝をついている。警察官は2人の所持品を調べ始めた。
サッカーボールがない。
ルツは画面の中に森羅が膝の上に載せていたサッカーボールを探した。ない。
SNSにある動画や画像を次々と探す。
あった!
1枚の画像の中、サッカーボールがベンチの後ろの草むらにちらっと見えていた。
「タイムマシン、使います!」
宣言してから、ルツはガラスの向こうの部屋へ入り、タイムマシンに電力のチャージを始めた。この作業に時間がかかるから。
即、ガラスの部屋からタイムマシンを操作する場所へ戻る。
「ルツ、2人をここに連れてきても事態は解決しないよ。それに、危険だ」
ハオラン氏はルツを止めた。森羅とサミュエルさんの体をタイムワープさせるつもりだと思われている。ルツは、まずコノハナサクヤヒメさんとハオラン氏にリングを外してもらった。ルツはすでに外している。
「サッカーボールをタイムワープさせます」
「「サッカーボール?」」
「電話したとき、森羅が膝の上に載せてたんです。きっと、機材か何か入ってます」
「この時間、今の状態を過去見で確認できない。危険だ、ルツ」
「はい。危険です」
それは承知している。サミュエルさんと森羅を救わなければ。2人が犯したことに比べれば、これからルツのすることなど危険のうちに入らない。




