ライブ配信視聴者数莫大
2人の行き先はカリフォルニア。そう聞いても、ルツは楽観していた。
データセンターのこと調べ直すのかな。ジャパニーズレポートとか。
そう思っていた。
一応ルツは毎日連絡する。森羅の1日の終わりとなる時刻を狙って。
カリフォルニア5日目夜の森羅の声を聞いた日だった。10時間時差があり、カリフォルニアが22時のとき、ヨハネスブルグは朝の8時。
「しーんら。おつかれ」
「はは。おはよ」
いい! 遠恋っぽい。
森羅と話すルツは、自然に目尻が垂れて口角が上がる。声がちょっと甘くなる。
「アプリ見た?」
MOLLYアプリ。
「見た。最初に。りんご創業者の家も見てきた」
「保管されてるんだ?」
「復元されてた」
「今日は観光したの?」
「散歩」
「じゃね。森羅、おやすみなさい」
めっちゃ元気出る。
その日もルツは目一杯脳みそを働かせて、遺伝子や時空を歪めることについて理解を深めた。
コノハナサクヤヒメさんはコオロギが増えすぎて困っていた。
「共食いするのよね」
きもっ。
バキバキと音を立てて仲間を食べていそうで怖い。ルツは想像力を働かせないよう努めた。
コノハナサクヤヒメさんは飼育するケースを増やし、コオロギを移し替える作業ですっかり遅くなっていた。ルツは先に帰るよう言われたが、帰っても1人。待ちながら遺伝子について調べ続けた。ハオラン氏も、本日は別室で工具を使ってタイムマシンの電力チャージ部分を変更中。
21時、コノハナサクヤヒメさんとハオラン氏は、久しぶりに遅くまで研究室にいたと笑い合う。
「ハオラン、プロジェクトが始まったばかりのときを思い出しちゃった」
「あのころは、2人で途方に暮れてた」
「そうなんですか?」
「そーなの、ルツ。私達ね、何からどう手をつけるかも、ぜーんぶ任されてて」
「しかも、ヒメは歴史分野。僕は物理分野。方針を決めようにもお互い分からなさすぎだったんだ」
「ハオラン、久しぶりに食べる?」
「そーだね」
コノハナサクヤヒメさんとハオラン氏は、日本人消滅解明PJが立ち上がったころ、遅い時刻までたくさん話し合った。そんなとき、食堂でカップ麺を食べた。
3人で食堂に向かう。いつもと違う夜の廊下は、人がいる部分とその少し先が明るくなる。慣れていないルツには、行く手の真っ暗闇がホラーっぽくて怖い。
食堂に人は少なかった。ところどころ席に灯りが点き、通常と同じ様に利用できた。24時間営業はロボットのなせる技。
何人もが座っている出入口近くのテーブルに着いた。カップ麺をチョイスすると、お湯を注いで2分50秒後の状態でテーブルに届けられる。なんて素晴らしい。
「これも日本人の発明なんですってね」
コノハナサクヤヒメさんがカップ麺を指す。
「「「いただきまーす」」」
3人でカップの蓋を開けたときだった。隣のテーブルの1人がガタッと立ち上がった。
「オレ、VRでリアタイする」
と急いで走り去った。
「私も」「研究は?」「サミュエルチャンネルはもう始まってる」「そっち優先」「VRのイスが埋まっちゃう」
ばたばたと食堂から出ていく人達。
「どうしたのかな」
一緒にいたハオラン氏は首を傾げる。
「サミュエルさんの名前、聞こえなかった? VRとか」
コノハナサクヤヒメさんは眉根を寄せる。
ルツは、そういえば、チャンネル登録の後ほとんど観てなかったな、とリングでサミュエルさんのチャンネルを表示してみた。ライブ配信中だった。ルツは宙に表示させた映像を観ているが、VR体験もできるようになっている。
カリフォルニア?
窓からの自然光が明るい建物の中、映像は前進している。10時間の時差。カリフォルニアはまだ午前11時のはず。
ときどき説明の文字が入る。「食堂横」「 1棟から2棟へ」など。映像の右下には、目的地に向かってピンクの点が移動している。その下に表示されている、何桁もの数字の末尾が動いている。
緯度と経度と標高?
映像を一緒に観ていたコノハナサクヤヒメさんとハオラン氏は、怪訝な顔。
「んん? サミュエルさんは何やってるのかな?」
「私のリングで、ここまでを観てみるわ」
コノハナサクヤヒメさんは、サミュエルさんがしていることを確認して青ざめる。
「連邦が隠していることを暴くんですって」
「バカな。じゃあここはデータっ……。不法侵入。消去される」
ハオラン氏は慌てた。連絡しようとリングを口元に持ってきて、そこでストップ。
「ハオラン、だめ。サミュエルさんが見つかる」
サミュエルさんのリングが音を出したり光ったりしたら危険。
「私、森羅に連絡します」
ライブ映像をそのままに、ルツは森羅に電話した。
「うっす、ルツ」
森羅のアップが出てきた。
「森羅、今どこ? サミュエルさんが危険」
「何が?」
森羅が視線を逸らす。
「ちょっと。サミュエルさんが何やってるか知ってんの?!」
「えーっと。別に何も。一緒に来た? 的な?」
この目の泳ぎ方、黒。共犯。ふざけるな! 消去されたらどーすんの。あっちでもこっちでも悪いことしないでって言ったじゃん。
「やめてやめて、今すぐやめて」
「いそがしーから」
プッ
通話を切られた。
あ、れ?
何か違和感があった。通話映像を再生してみる。森羅の背景は屋外。空や木々が映り込んでいる。そして、森羅はサッカーボールを膝の上に置いている。
少年サッカーをしていた森羅は、ボールと友達。膝の上に置いている姿は不自然。いつもボールは、足元でなんとなく転がしていたり、小脇にかかえて走ったりしていた。膝の上などという丁寧な扱いを見た記憶がない。
ルツはサミュエルさんのチャンネルのライブ映像を観る。明らかに屋内。右下では数字の末尾が動き続けている。
「ヒメさん、この映像がどこかって、説明出てきました?」
「ううん。連邦が隠してることを暴くってだけ」
どーしてGPSなんて表示させとくかな。どこにいるかバレちゃうじゃん。
見る人が見れば、3つの数字が緯度経度標高を表していることに気づく。気づいたらどこか調べるだろう。ルツは試しに、地図を開き、リングに緯度経度を告げてみた。カリフォルニアのデータセンター内にピンが立った。
カップからの湯気が弱々しくなり、麺はどんどん伸びていく。
「おかしい。配信なんてできないはずだ」
ハオラン氏が難しい顔をした。
「配信できないってどういうことでしょう」
説明を求めるルツ。
「まず、あの施設内はリングの電波の圏外。というか、あの施設では、リングは施設内のAIとのみ繋がる。それに、ネット配信する場合、匿名が許されない。必ずリングが要る。だから、リングをはめたサミュエルさんが配信エリア、つまり、建物の外にいることになる。何らかの方法で森羅が関わっているとしても、サミュエルさんのチャンネルを森羅が配信することはできない」
「チャンネルの運営をグループにしてるんじゃない?」
「成人ならそれができる。でも、森羅は未成年。配信できないはず」
なんて未成年に厳しい社会。配信NG。
と、そこで、コノハナサクヤヒメさんは静かに口の前で人差し指を立てた。聞かれてはまずい。
「とりあえず、研究室へ行きましょ」
「そうだね」「はい」
絶対にぶよぶよに伸びているだろうカップ麺を持って、3人は研究室へ急いだ。
研究室。ルツは、汁を吸い切ってすすれない麺を一口飲みこんで、カップをテーブルにトンと置く。
「サミュエルさんだから、なんか、変な方法使ってるんですよ」
自作のリングはめてるくらいの人だもん。
「だろうね。だけどルツ、チャンネルから不法侵入の配信をしたら、サミュエルさんがOUT。どういうつもりなんだろう」
「どうしましょう。誰かが警察に通報してるかもしれない。見て。視聴者がもう少しで1000万人」
はああ?!
コノハナサクヤヒメさんの言う視聴者数にルツは驚いた。表示されている数字をルツは二度見。確かに990万台後半。桁数の数え間違いではない。
映像は自然光の差し込んでいた廊下から、人工的な光の中に移っていた。ドアが現れ、指をかざす。指紋認証。両開きの自動ドアを過ぎる。
ルツは観ていて思った。
「これ、サミュエルさんじゃない気がします」
「「え?」」
そして映像の左端、ウエーブした線を指差した。
「これ、金髪じゃないですか? サミュエルさんは黒髪です。それにさっきの手、サミュエルさんっぽくなかった」
サミュエルさんの手は、もっと日に焼けてごつごつしていたよーな。さっき指紋認証をした手は、白くてぽよっとしていた。
「そうね。おかしい。じゃ、これ誰? 森羅以外の協力者かしら」
「アンドロイドですか?」
「いや。アンドロイドだったら指紋認証のドアは開かないはず。リングと一緒で、あれは生きてる者しか認証しない」
映像は前進を続ける。再びドア横に手をかざし、指紋認証。今度は狭い空間。エレベーターっぽい。両開きの自動ドアが開くと、先ほどよりは暗い、目に優しい光の広い空間が広がっていた。天井が高い。
壁には石板と鈍色の板が並ぶ。1枚1枚の大きさはA4ほどのサイズ。それは壁紙のように横縞のストライプ模様を作っている。何人もの研究員がいて、1人がこちらを向いて口を動かしている。けれど研究員達の顔はぼやけ、目鼻立ちが分からないようになっているし、会話は機械音声で人の名前の部分が不自然に無音になる。
空間の中央部、空中に美人のバービー人形上半身が現れ、口を開いた。
『内部の様子がネット配信されています』
場は騒然となった。
『この極秘エリアが?』
『ライブ配信です』
『『『ライブだって?!』』』
『『『カメラを探せっ』』』
『カメラは人が持って動いています』
研究員達はお互いにじろじろと顔を確認し合う。映像内の全ての研究員から、こちらにも視線が飛んでいる模様。顔がぼやけていてよく分からない。
『偽物がまぎれてるのか?』
『シールドで成りすましているかもしれない』
誰かの言葉は即否定された。
『それはない。未登録の人間が入って来たら、ゼロが作動する』
ゼロが作動。特異な響きの言葉だった。
ルツもコノハナサクヤヒメさんもハオラン氏も「ゼロ」に反応し、顔を見合わせた。
『いや、ゼロの前にアラートがなるはずだ』
『ゼロはないだろ』
『いくらなんでも』
『200年以上発動されなかったのに』




