地下に遺伝子第3の規定
「外側から2番目の2棟までは撮影OKだったんだが。3棟は5日目にしてやっと入れた。でまあ、真ん中の第4棟について聞いたんさ。何があるんだって。大したもんはないなんて抜かしやがる。だったら見せろっつっても、どっから入るのかすら教えてくれない」
真上からの建物の映像の真ん中辺りが拡大された。1棟、2棟、3棟のドーナツ形の建物はところどころ廊下で繋がっている。けれど、中央の円は独立している。ぐるっと一周、緑の芝生が見える。
「庭を通るんじゃないんですか?」
「3棟の内側の壁にドアがなかった。真ん中の4棟にもドアはナシ」
「じゃ、地下で繋がってるとか」
「それしかないだろ」
「なんでわざわざ。変なの」
「実は、地下はすっげー広いって可能性もある」
「秘密基地っぽい」
「はは」
サミュエルさんはデータセンターに日参し、根気強く案内人と会話し、小さな質問を重ねた。未成年の消去について話しているときだった。
「消去。怖っ」
「事件や事故、災害で複数人が亡くなったとき、急遽クラス編成をし直すって聞いた。は?って思ったわけだ。データセンターにあるのはリングの記録。確かに生死は分かるだろうが、だからってクラス編成をデータセンターがする必要はないと思わないか?」
「ですね。学校の先生がする方がいいと思います」
21世紀は教師が行なっていた。
「何を基にクラス編成をするのか聞いたんだよ。そしたら、遺伝子の規定だとさ。知識のダウンロードでは遺伝子の規定は固定ってことだった。主に疾患を防ぐために。ぜーんぶ一緒のとこ見て、どーやってクラス分けるんだよ」
「一緒だったら分けられませんね」
そこで、ルツは、遺伝子を調べていたときに、規定なのに異なっていた部分があったことを思い出す。質問したとき「でしょう」「考えられます」とリングの語尾が曖昧だったことも。
「そしたら、規定の中には3種類あって、一般に知られている固定のやつと、人間であるためのやつと、もう1つ第3の規定があるつった。内容ははぐらかされた。データセンターと遺伝子研究所ではもう1コの第3の規定を重視してると教えてくれた」
それ、教えてくれたってゆーより、ムリヤリ聞き出したんですよね。
「第3の規定ですか」
「いったいいつから第3の規定があるんだって聞いた。案内人は、カレーのナンをちぎりながら思い出そうとした。そのとき小っさい声が聞こえたんだよ。『えーっと、2305じゃなくて、2649だから』ってな」
「2305?」
「でまあ、質問の答えは400年。完全に実行されたのは自然交配禁止から」
「表向きはそうなりますよね」
デザイナーベイビーに適用したから。連邦が子供の遺伝子を決められるのは、正式には自然交配禁止以降。それまでは発注式だったもん。
「オレは案内人の靴にGPSとマイクをつけた。両方とも0.8mm角の極小で、お手製の出回ってないやつだ。見つかってもゴミと思われる。記録する部分がないからリモートの機器にデータを飛ばして、記録はそっちでする」
「サミュエルさん、すごーい」
ルツはぱちぱちぱちと手を叩いた。
「ところがどっこい。建物の外からは電波を拾えなかった。オレはデータセンターの博物館や食堂でデータを拾った」
サミュエルさんは、ルツにそのデータを見せてくれた。中央の建物は地下にある。GPSの標高の数字は1~3棟よりも低い位置で動いていた。そして、マイクが最初に拾ったのは謝罪だった。
『サミュエル氏に第3規定の話をしてしまいました』
『まあ、気づく人は気づく。仕方ない』
『申し訳ありません』
『遺伝子研究者の多くが気づいてきたことだ。公表されていない規定が存在することまでは知られて構わない。その内容となると、素直に受け入れる者、疑問を持つ者、反発する者に分かれる』
『内容については話していません』
『そうか。不審がられなかったか? サミュエル氏の反応はどうだった?』
『特別何も。カレーの話に移りました』
『カレー?』
『自分はカレーを食べてました。ナンをひとかけ、サミュエル氏にあげました』
『はっはっは。ならいい』
ゆっくりとした2人分の足音が聞こえた。
『壮観ですね。全てをプリントアウトする必要があるんですか?』
『電子データはコンパクトだが消失する恐れがある。2250年の大規模なデータ廃棄で多くの物が失われた。その教訓からだ。紀元前のものであっても残っているのは石文と竹簡』
『それはまだテクノロジーが発達していなかったからですよ。コンクリートも鉄も化学素材もなかった』
『いやいや。現代のコンクリートは劣化する。鉄は錆びる。化学素材も耐久性は実績がない。ここに岩石に掘られたデータと化学素材に印刷されたデータがあるのは意味がある。ちょっと量が膨大すぎるがね』
『遺伝子情報自体膨大ですから。しかし、なぜ日本だったんでしょう』
『日本は島国で外とのやりとりが少なかったからだろう。たまたまモデルケースになって残っていた。もちろん、他の場所にも理想的な時代はあっただろうが、遺伝子という視点から研究され、記録が残されていたのは日本人だけ』
『ジャパニーズレポート、ですか』
『当の日本人は、自分達の遺伝子が収集されていたことすら知らない。それどころか、選りすぐられた1000人分の遺伝子が販売されようとしていたなどとは』
『高額だったでしょうね。なにせ、KamikazeとKaroshiの民族ですから』
!
この言葉をルツは、ナイロビで見つけたペン型携帯機器から見つけた。KamikazeとKaroshi。更に、コノハナサクヤヒメさんが武漢の極秘研究所で見つけた1行。
ーーー9000 廃棄、1000 保管、「ジャパニーズレポート」ーーー
サミュエルさんからルツに強い視線が送られる。
『1000人分の遺伝子はどこへ行ったのやら』
『謎ですね』
その会話の後はマイクが充電切れとなった。GPSはその後も機能していたが、データセンターの公開部分の施設が閉館となり、翌日は充電切れ。
「サミュエルさん、すごい情報ですね」
いきなりVRのチャンネルを始めたのはなぜですか? 何をしようとしてるんですか?
「地下にはジャパニーズレポートがある」
サミュエルさんは、そこまでしか口にしなかった。
ルツは、頭の中でサミュエルさんの話を再生する。ひっかかったのは、案内の研究員が「2305」と小さな声を出したこと。共に出たのは、自然交配禁止の2649年。連邦内に国境がなくなったのは、2303年。なのに2305。
心当たりがある。武漢の極秘研究所ができた年。それは2305年。
連邦はジャパニーズレポートを入手済みのはず。ジュンユー・ホーがデータを送った。カリフォルニアのデータセンターにあるのは、ジュンユー・ホーが入手したものの可能性がある。
ジャパニーズレポートの内容は推測できている。日本人の遺伝子がドメスティケーション遺伝子だということ。
そんなこと、今のルツにとってはどうでもよかった。ルツにはしたいことがある。
そのために、コノハナサクヤヒメさんから拝借したカードのデータを何度もしつこく観た。問題は、マッチョのデータが31世紀のものであること。本当に知りたいのは、新築状態の遺伝子保存庫の中。
「忙しくなるわね。ハオラン」
「まだ、黒い靄について解明してないんだけどな」
「虫の羽の音についてはどうしようかしら。録音? ルツと森羅にそう聞こえたってだけで納得してくれると思う?」
コノハナサクヤヒメさんとハオラン氏は、研究成果の発表に向けて準備している。
「ヒメは終わったらどうする?」
「まだまだ未定。ゆっくり、日本観光でもしようかしら」
「希望があれば、好きな時代にタイムマシンで送るよ」
「いいわね。ふふ。ハオランは?」
「僕は、黒い靄についての解明ができるまでは、ここにいることを希望するかな。ヒメ」
「なーに?」
「2132年の横浜に送ろうか?」
「ありがとう。ハオラン。大丈夫。とてもとても不便な生活だったの。それもまた楽しめたけど、もう一度って言われてもムリ。戸籍がない。歳を取らない。秘密があるから友達も作れない。自分が自分でいることが難しかった」
2人は、すぐそばにルツがいたと気づく。
ルツは、話が聞こえてしまったことには触れなかった。
「プロジェクト、終わるんですね」
「しばらくは今まで通り。ルツは、ここへ通って知識のダウンロードをしましょう」
「はい」
「これから、研究発表が続くんだ。ロンドン、ストックホルム、カリフォルニア。ルツ、森羅を借りるよ」
「いえいえ。私のものじゃありませんから」
ルツは照れながら両手と首を横に振る。
「ははは。実は、1人で大きな学会に出席するのは寂しいんだ。研究は5人くらいのチームが多い。森羅に来てもらえるから助かるよ」
「リモート出席じゃないんですね。いつですか?」
ハオラン氏が不在になる。タイムマシンを使うチャンス!
えーっと、学会発表はリモートでヒメさんと観るから、タイムマシンを使うなら、その前の日。それから。
ルツは、ハオラン氏が研究室で席を立った隙に、予約設定を行った。
物事は忘れたころに展開する。
ルツは、サミュエルさんのチャンネルに登録したことを忘れていた。1日1分ほどVR紹介やVR制作時の面白話があったが、視聴していなかった。他にやることがありすぎた。タイムマシンについての理解、遺伝子に関する勉強、魔改造ルツ計画。そしてタイムワープ計画。
そんなとき、森羅とサミュエルさんが旅行にでかけた。
「ねぇ、森羅。1日の終わりに声を聞きたいな」
ルツは甘い言葉を言ってみた。
「は。自分が旅行したときは連絡1つよこさなかったくせに」
と一蹴された。




