虫の死らせは本当だった
しーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのう
死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう
もういいもういいもういいもういいもういいもういいもういいもういい
もういいもういいもういいもういいもういいもういいもういいもういい
しーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのう
死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう
やくたたずやくたたずやくたたずやくたたずやくたたずやくたたずやく
役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず
しーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのう
死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう
森羅の目を見て、ルツは森羅の防護服の頭の部分を取る。それから、森羅が常に付けている両耳珠の白い翻訳豆を剥がした。
しーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのうしーのう
死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう死ーのう
もういいもういいもういいもういいもういいもういいもういいもういい
役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず
虫の声が空間に溢れる。それはうねるように言葉になって鼓膜と心を直撃してくる。
「ルツ、森羅、どうしたの?」
コノハナサクヤヒメさんは驚いて、ルツと森羅の腕を掴んでを前室へ引っ張った。
殺菌室となっている前室で、コノハナサクヤヒメさんはルツと森羅に空気のシャワーを浴びせようとスイッチを入れる。
「ヒメさん、大丈夫です。それから、分かりました」
ルツは殺菌の空気シャワーのスイッチを切った。
「分かった?」
「『虫の死らせ』は虫の鳴き声です」
日本語を知っているはずのコノハナサクヤヒメさんに、虫の鳴き声は、シャー、ジャーというただのうるさい雑音に聞こえるらしい。
「死のう? もういい? 役立たず?」
「オレにもそう聞こえます」
「僕には聞こえない。ただの虫の声。日本語を知らないってのもある」
とハオラン氏。サミュエルさんは腕組みをして天井を見る。
「オレには、She knows. Eat more. Yeah touch. と聞こえる」
ーーー彼女には分かってる。オレはまだまだだって。そうさ、触って。
え、どーゆー状況?
サミュエルさんは絶対に死なないと思ったルツだった。
コノハナサクヤヒメさんは結論を出した。
「つまり、虫の声を言葉の響きとして捉える人がいるってことね。そして、日本人にはその傾向が強い。え? みんな? そーなの? 日本人は全員。虫の声というか、羽を擦り合わせてオスがメスを呼ぶ音が『死のう』『もういい』『役立たず』と聞こえてしまう。だから、秋の夜、虫の音を聞いて死を選ぶ。え、日本人の高齢者って鬱なの?」
美しくて能力があって華々しくて、常に前進している人には分からない。
ルツは死ぬ前、認知症になった曽祖母を思い出した。
『もうね、いいよ。痛いの。白菜漬けるとき、あかぎれに塩がしみてね。それより足が痛いわ。尾てい骨から下。でもねぇ、生きとるからこれくらいするよ。他に何もできないから。足痛くて畑仕事できなくて、ごめんね。お医者も自分で行けなくて、迷惑かけるねぇ。仕事もしてこなかったから、お葬式代も申し訳ない』
祖母は一生懸命否定していた。
『お義母さん、いっぱいいっぱい畑仕事してきたから、足腰が弱ったんです。いっぱいいっぱいお祖母さんやお祖父さんの介護したじゃないですか。私らにもいろいろしてくださいました。仕事って。私だってずーっと家にいましたよ。まだまだ長生きしますよ。ほら、ルツの子を見なきゃ』
曽祖母は、高齢までかなり元気だった。体力の衰えと共に外へ出かけなくなり、家族に謝るようになった。もし、あの状態の曽祖母が虫の声を聞いたら、自ら死を選んだかもしれない。
コノハナサクヤヒメさんの何気ない言葉を、ハオラン氏がフォローする。
「ヒメ、日本人の高齢者が鬱ってわけじゃないと思うよ。ヒメが言ってたじゃない。当時の日本の地方は、高齢者が残って、家族は仕事がある都心部へ行くって。孤独が精神によくないことは一般的に知られてる。ここにライフラインが潤沢でないことや、医療が発達していなくて体が衰えることが加わる」
サミュエルさんも補足した。
「日本人は不安遺伝子が多いことで有名だしな」
それって、鬱の肯定だから。ぜんぜんフォローになってないから。
「本当に、虫の死らせだったってことね」
コノハナサクヤヒメさんは締め括った。
分かる気がする。
ひっそりとした秋。中秋の名月、ススキ、お月見団子。
稲刈りが終わって、1年で1番の仕事の後。月が照らすのは何もない田んぼ。家には家族がいない。友人知人は次々に天へ旅立っていく。
窓を開けると気持ちのいい風が入ってくる。虫たちの声と共に。死のう死のうもういいのういい役立たず役立たず死のう死のう。呼ばれていると感じるだろう。
若くて健康なルツであっても、その状況で「死にたい」と思わない自信はなかった。
あ、ら?
ミーティングのとき「虫の死らせ」が本当に日本人の死因だとしたら、2200年には遺伝子的な日本人は0~3%と聞いたよーな。それって、もう、消滅だよね。ヒメさんとハオラン氏が依頼されたのは、日本人消滅の原因を探ること。
プロジェクトは終わり、解散となる。
ちょっと待った。タイムマシン、使いたい。
ルツは、まだ、母親とQちゃんに「心配しないで」と言っていない。万象の告白を断ることもまだ。
問題は、研究室に常にハオラン氏がいること。
思いっきり個人的なことにタイムマシンを使いたい。とても言い出せない。
ハオラン氏は土日祝日以外は休まない。どころか、土曜も研究する。
参った。
それでもルツは、絶対にタイムマシンを使いたかった。
「しーんら」
「うす」
「ね、ね。森羅ってMOLLYアプリ作るの、パソコンではやってなかったんだっけ?」
「外付けのハードディスク使ってた」
「ふーん」
「どした、ルツ。もう忘れてたし」
「ほら、森君、警察にいろいろ没収されてたから。知らないだけで、森羅ん家にも実は警察来たんかなって。過去見じゃ時間に制限あるじゃん」
「机の2番目の引き出しの1番奥に入ってる」
「ハードディスク?」
「ん。バレねーって。ってか、家、来ないっしょ。川で行方不明んなったのに」
「やっぱ、そーゆー扱いかな」
「じゃね?」
もしも、タイムマシンで21世紀に行くことができるなら、ルツは森羅のハードディスクを持ってくるつもりでいる。なんなら、万象に「好きな人がいる」と伝えるよりもプライオリティが高い。
コノハナサクヤヒメさんから、こっそり(無断で)カードを拝借した。マッチョの足の爪の下から出てきた青い小さな棒から読み取ったデータ。しっかり見ておきたい。
ルツは、森羅にすら内緒でタイムマシンを使う予定でいる。
「登録、っと」
休憩スペースでサミュエルさんのチャンネルに登録しながら、疑問が湧いた。サミュエルさんは、いったいどうやって、第3の規定のことを知ったのだろう。そして、何十年も、いや、百年以上VR制作をしてきて、なぜ今更VRのチャンネルを始めたのだろう。
サミュエルさんには、何か企んでいるかもしれない。
「サミュエルさん、第3の規定は、どうやって知ったんですか?」
モヤるよりもはっきりさせたい。ルツは直接聞いた。
「案内人がうっかりゲロった」
「うっかり?」
「オレはVR作成をしたいからって、機材を持って行った。丁寧に案内してくれたよ」
「案内人はセクシーなアンドロイドですか?」
セクサロイド。
「こーら。ちゃんと人間が」
「え、人間? 案内ってAIとかドローンとかアンドロイドだと思ってました」
横浜の桜の公園でルツを案内したのはドローン、武漢の極秘研究所でコノハナサクヤヒメさんとルツを案内したのはセクサロイド。
「こう見えて、オレはそこそこ有名なんだよ。ってことじゃなく、優秀な人材を集めたいから、宣伝してほしいんだな。だから、マニュアル通り案内するアンドロイドじゃなくて、人間が出てきたんだと思う」
31世紀になっても人間だからできる特別なことがあることは救い。
サミュエルさんはルツの前に、データセンターの真上からの映像を出した。幅のある同心円の建物が3つ。中央の4つ目は円形の建物。
「かっこいいデザインですね」
1番外側のドーナツ、1棟は、携帯機器の進化を見られる博物館や一般公開されている著名人のリングの展示、イベントスペース、休憩スペース、食堂などがある。外側から2番目のドーナツ、2棟では、回収されたリングのチェックやリングの機能についての研究をしている。3番目のドーナツ、3棟には、犯罪者や連邦からの移住者の一般公開されていないリングと、研究室。中央の円4棟では、遺伝子の規定に注目して研究している。
「分かりやすいだろ。中心へ行くほど機密性が高くなってる。真ん中が核だ。なっかなか大変だったんだぞ、聞き出すの。近くのホテルから毎日通って、少しずつ中心に近いとこを見せてもらえるようになった。それでも真ん中は入れなかったけどな」
「頑張ったんですね、サミュエルさん」
「おう」
サミュエルさんの目的は、抜邦者のリングの情報を得ることだった。
「犯罪者の情報はいらないんですか?」
「犯罪は、ほぼほぼ個人的な恨みだから。抜邦は違う。連邦のシステムに合わないヤツ」
「そーなんですね」
ルツには違いが今ひとつ想像できなかった。刃向かうか逃げるかの違いではないかと思ってしまった。全てが顔に出てしまうルツ。こいつ分かってねーな、と察したサミュエルさんは補足。
「何かがあったとき、危害を加える方向が犯罪。逃げるって手もある。その場合、連邦内で十分だろ。生活が保障されてる。抜邦するってのは、連邦の社会やシステムが、そいつに合わないってこと」
「分かったよーな気がします」
サミュエルさんは「本当に?」という顔をしつつ話を続けた。




