周りと一緒に裸足になる
「ルツが、私の研究を殺傷能力という視点で評価してくれた勇気に対してのアドバイスです」
「勇気?」
どういう意味だろう。
大学教授だか博士だか知らんけど、話し方、難っ。
「誰もが無用と唱えたのは、非道徳的な発言を避けたから。ルツ、正直過ぎる人間は、連邦では危険分子としてマークされかねません。暗号資産を準備しておいた方いいです」
あ”ー。そーゆーこと。
「あの、申し上げにくいのですが、会話は録音しています」
おずおずとルツは、音声データが線になって表示されている画面を見せた。
「データを作りかえればいいだけの話」
「……」
「私は、砂埃と汗の匂いがする異国に抜邦します」
「お元気で」
「ルツ」
「はい」
「私のような抜邦者は、少なからずいると思いますよ」
「え?」
「連邦にいる人間の多くはデザイナーベイビーです。自然交配禁止のとき、皆が能力差を実感しました。デザイナーベイビーであるだけで、自然交配の人間より能力があります。抜邦先に行けば、優秀な者としての扱いを受けられます。他の人にはできない生活ができます」
「博士、そこが理解できません。連邦ではどんな生活もできますよ?」
「連邦では誰でもできる。けれど、連邦ほどの生活でなくても、自分しかできない、それがいいのです」
ルツには永久に理解できない気がした。
大袈裟に例えるならばーーー多くの人達が裸足の中で自分だけがゾウリを履く。今のままなら皆と一緒に靴を履けるのに。
ルツだったら、皆と一緒に靴を履きたいし、万が一別の場所に行くことになったら、周りの人達と一緒に裸足になる。
普段のルツだったら、データに手を加えるだろう。けれど、これはVR。現実に影響なし。
別に、成人設定だから「暗号資産」はOKだよね。酒、タバコ、ドラッグ、セックス、暗号資産は未成年のみNG。
博士との会話のデータをそのまま提出すると、ルツは上司に「一言も引き留めていない」とため息混じりに言われた。
さーせん。
会議が行われた。
議題は、連邦からの抜邦をどう考えるか。
「知的財産の消失でしょう」
「博士の場合は危険分子の消失だろ」
「水が合わないってやつじゃないか?」
「連邦社会不適合者」
「それは言い過ぎです」
「しかし、兵器を考えたなら社会不適合&危険分子だ」
「たまたま兵器だっただけです」
ルツは、このVRの中で自分が抜邦を選ぶことになるかもしれないと予測した。自分の意思は関係なく、運命を弄ばれるように。その方が、連邦以外の環境を味わうことができ、VRのストーリーとして合理的だから。それに備え、暗号資産の買い付け方法を調べなけらばと思案していた。
「ルツ、直接会った君の意見は?」
意見を求められても困る。暗号資産のことを考えていたから。
「注目されず承認欲求が強くなったところへ、ちょうど研究に対しての評価があって、機が熟したのでしょう。社会不適合には当てはまらないと思います」
ルツの当たり障りのない意見にはお構いなしで、話が次に進んで行く。
「博士が言ったように、連邦から外への抜邦者はたびたびいる。先日、バスケの選手が抜邦した。理由は、連邦では自分にチャンスがないから」
連邦内は、遺伝子レベル最強軍団だもんね。選手層が分厚い。
「他にも、自分の子供が欲しい女性が1人」
女性職員が「オーノー」と首を横に振る。
「抜邦して激痛出産。あり得ない。しかも、相手は抜邦先の自然交配の人。どんな子が生まれるか分からないのに。クレイジーだわ」
「何億という人間の中のたった数人です、神経質になりすぎではないですか? 人が増えるのは問題ですが減る分には歓迎ではないでしょうか。政府は人口削減に頭を悩ませてきましたから。グラフを出して」
各席の前にある液晶に、人口推移の折れ線グラフが映し出される。
2640年から始まっている。
2640~2644年はヨコヨコ。2645~2649年に爆発的に増えている。たった4年で人口が30%増。2649年が自然交配禁止となった年。そこがピーク。2650年にガタンと下がり、そこからは微々たる減少を続け、2750年~2780年はヨコヨコ。2780~2799年僅かに減少。本年2800年の結果はまだ出ていない。
2645年に連邦以外の国で戦争があり、多くの人が連邦へ避難してきた。彼らは通貨のない社会で安心して子供を増やし、人口が30%増。このペースで増え続けるのは人類存続の危機であると明白だった。食料問題、エネルギー問題、環境問題、そして、デザイナーベイビーと自然交配の人間との能力格差。多くの問題を解決するため、2649年、自然交配禁止となった。去勢を拒んだ多くの移民男性が連邦を出て祖国へ帰り、大幅減少。2650~2750年、100年かけて、少しずつ人口が減少するよう調整したのだろう。2750~2780年の30年間に人口増減がほぼないのは、環境とのバランスが取れていると判断されたから。2780年以降、連邦以外の地域での人口増加とエネルギー問題を考慮して再び減少に転じている。
旧エジプトとイスラエルの間は「無境の境」。移民は入ってくる。そして、連邦の人間は老いを止めている。医学の進歩によって、死は基本自死のみ。人口調整は大変だろう。
「いやぁ、、、どうなんですかね。この議論、意味ありますか? 人口増減やどんな遺伝子の人間をどれだけどうするかという方向性を決めるのは政治家です。我々は、現状の制度で解決できない問題点を列挙するだけです。権限はありません」
実に現実的な意見が出た。
ルツの頭に「どんな遺伝子の人間をどれだけどうするか」という言葉が残った。
「そうだな。博士の抜邦理由は事例の1つとして挙げておこう。バスケット選手と子供を産みたい女性も」
会議の後、先輩が軽口を叩く。
「なールツ。オレ、バスケの選手は理解できる。こっちにいたらトップチームに入れなくても、あっちに行けばナショナルチームだろ。モテまくり」
ルツは否定した。
「いえいえ、イギリスは抜邦者を受け入れません。バチカンにバスケチームはありません。行くとしたらイスラム圏。モテませんよ」
イスラム教の女性は慎み深い。結婚してから夫と恋愛をする。
「マジか。じゃ、分かんね。純粋にバスケしたいってこと? だったらこっちでいいのに」
んー。
博士とバスケット選手の抜邦理由は、同類なのかもしれないとルツは思った。
「先輩、そんなにモテたいっすか?」
謎。
「モテたい。」
「……そーなんっすね」
「モテたいモテたいモテたいモテたいモテたいモテたい。バスケやアメフトの選手みたいにモテたい。モテたいから、オレ、連邦職員になったし。モテたいからランチタイムに出歩くし、ジム行くし、ジョギングするし、カフェ行くし」
「マチアプとか使わないんですか?」
「それも使う。モテは全方位ウエルカム」
何それ。
それより、
「どんな遺伝子の人間がどれくらいいるかって、分かってるんですね」
「大まかには」
先輩は、2つの円グラフを表示させた。1つは、昨年のタイプ別の割合。減少した部分がタイプ別に分かるようになっている。もう1つは今年のタイプ別の割合。増えた部分がそれぞれ分かるようになっている。
「昨年のグラフに少しずつある、これって何ですか?」
「未成年で減少した分」
「未成年も自分で死を選んじゃうの?」
それって問題。
「いや。消去された子。犯罪、酒タバコドラッグいじめをすると消去だから。社会的ルールからの逸脱はダメ」
「え、いじめも消去対象?」
「平和な社会を維持するためには必要なことだろ。成人してから攻撃性を発揮されたら困る。それに、極端な攻撃性は精神的に問題を抱えてるってことじゃん」
「そっか。ところで、セックスは?」
「未成年は一応禁止されてるけど、ルツ、君だって分かってるだろ?」
先輩はちろーんとルツを横目で見る。
「は?」
「またまたー」
えー、なになになに。黙認されてるってこと?!
タイプの項目を見ていく。研究者、芸術家、技術者、政治家、アスリート。研究者と技術者が70%を占める。ルツは、いつかコノハナサクヤヒメさんが言っていたことを思い出す。
・ほとんどの人が研究者か技術者だろうと言われている、
・実はタイプが設定されていない人が相当数いるだろうと言われている。
・ハオラン氏は社会性を欠いてでも作り出された天才ーーーつまり、遺伝子段階から特別な存在がいる。
「これって、具体的な数字はありますか?」
「ない。毎年グラフだけ発表」
「都市伝説で聞いたことあるんっすけど……」
ルツはVRの中で尋ねてみることにした。
「実はタイプなしがいるって話?」
あらら。先輩の方から言っちゃってくれた。
「マジ?」
「どーなんだろな。どんな人間作るか決めてるとこに聞いてみないと」
「武漢の遺伝子研究所ですか?」
「そこは発注された遺伝子をデザインしてるとこ」
「発注してるのは?」
「カリフォルニア」
「ワシントンとかパリじゃないんですね」
「遺伝子のデザインと実際の人生とはちゃうちゃう」
スポーツ選手としてデザインされた遺伝子を持って生まれ、実際には料理人になった場合、遺伝子としてはスポーツタイプが-1。社会的には料理人が-1。社会的欠員を補うためには、料理人+1が必要となるから遺伝子の料理人が+1されるとの噂。
「ま、ここに人口調整が入ってくるんだろーな」
変なの。社会的にはロボットとAIが回してるじゃん。
料理人がどのタイプに属するのか質問しても、答えは「知らね」だった。
「そんなことより、ルツ。今日、行こーぜ」
「どこに?」
「またまたー」
夜、先輩に連れられてバーへ行った。初めてのバーボンの感想は「変な液体」。逆ナンしてきた2人組の女性と飲みながら思った。
カイトと喋ってたときの方がずっと楽しい。
ダーツをしたり、踊ったり、首筋に腕を巻きつけられたり、胸をさりげなく押し付けられたり。いつの間にか先輩は女性の1人と消えていた。ルツは残された女性をタクシーに乗せて家に帰し、自分は1時間以上歩いて帰った。
森羅がいない。
VR体験は脳に記憶を埋め込むようなもの。実際には1時間程度だったりする。それでもルツにとっては体感数年。
橋から眺めるマンハッタンの夜景は、寒々しかった。




