第4話 片手でドア外す人たち
平日の午後、客先で打ち合わせを終えて駅へ向かう途中。
信号待ちでぼんやりしてたら、いきなり名前を呼ばれた。
顔を上げると、あの不動産屋のお姉さんだった。
両手に資料バッグ下げて、満面の笑み。
「別荘、どうですか?」
「あ、はい。サイコーです」
反射で即答してた。
お姉さんは満足そうにうなずいて、でも次の一言で刺してきた。
「でも、ちょっと遠いですよね?」
「……え、あ、まあ。そうですね。二、三時間かかりますし」
つい本音が漏れる。
毎回、金曜の夜に終電で行ってるんだ。
そりゃあ遠いって思うときもある。
お姉さんは、ふっと意味深に笑った。
「それなら、オススメの方法がありますよ」
なんだそれ、裏ワザか?詳しく聞こうとしたら、
「今度の土曜日、伺いますね」って勝手に予定を入れられた。
いや、勝手にって言うか、僕がうなずく前に話が終わってた。
スマホに予定が追加されてて、ちょっと笑う。
土曜の午前、家で待つことに決定。
* * *
土曜の午前。
チャイムが鳴ってドアを開けると、お姉さんだけじゃなかった。
店長と、受付にいたあの子までいる。
全員そろって僕の玄関前に立ってる絵面、なかなか圧ある。
「お邪魔します」
言うが早いか、店長が玄関にズカズカ入ってきた。いやいやいや、遠慮とかないの?
次の瞬間、店長が片手でドアを外した。
片手だぞ?え、そんな簡単に外れる?
工具も使ってないし、音もほとんどしなかったんだけど。
「ちょっ……ドア外しちゃうんですか!?」
思わず声が裏返る。
店長は平然とドアを横に置いて、袖をまくる。
スーツの生地がパツパツ。二の腕が人間じゃないレベルで太い。
口が勝手に動いた。
「……鍛えてますね」
店長は肩越しにチラッとこっちを見て、
当たり前みたいに言った。
『ドワーフですから』
いや、前にも聞いたそれ!
でも今回は完全に納得した。
この腕、確かにドワーフじゃないと説明つかない。
その横で、受付の子がしゃがんでドアに細工を始める。金属のプレートとカギ穴の部品を取り出して、ぶつぶつ呟きながら工具でカチャカチャやってる。
呪文詠唱みたいに聞こるけどラップの練習だよね?1人サイファーだよね?
「…え、それドア外さなくてもできたんじゃ?」
思わず口に出た。
お姉さんが笑って誤魔化す。
「やりやすいらしいですよ」
そういう問題か?
まあ、店長がもうドア持ち上げてるし、今さら止められない。
しばらくして「終わりましたー」と受付の子。
店長がまた片手でドアを持ち上げて、元の位置にパチンと戻した。
いや、戻すのも片手かよ。
しかも寸分の狂いなく収まるし。
「すご……」
感嘆しか出てこない。
ドアが元通りになったところで、受付の子が立ち上がる。ちょっと得意げな顔をして、手のひらに乗せていたものを見せてきた。
「はい、これが新しいカギです」
小さな真鍮のカギ。
持った瞬間、ひんやりして指先がゾワっとした。
ただの金属じゃない気がする。
「これを差し込めば、別荘に直接つながりますよ」
笑顔でさらっと言う。
さらっと言うけど、今、何て言った?
“つながりますよ”って何?
お姉さんがにこにこしながら補足する。
「今まで二時間かけて通ってたじゃないですか?これならドア開けたら一瞬です」
いやいやいや、なにそれ、瞬間移動ドア?
僕は思わずカギとドアを交互に見る。
「そんなことできるんですか……?」
「できます」
全員、声が揃った。
やばい、なんか本気っぽい。
心臓がドクンとする。
でもお姉さんがあまりにも自信満々で、
なんか試す前から信じそうになる。
「……じゃあ、ありがとうございます」
お辞儀して受け取った。
手のひらに乗せると、じんわり温かくなる。
ただのカギじゃない感がさらに強まった。
「よかった〜、これで移動時間が半分……いえ、ゼロですね」
お姉さんが満足そうにうなずく。
僕はうなずきながら、ポーカーフェイスで受け流した。
* * *
カギを眺めてニヤニヤしてたら、ふと気になってしまった。
「……どうして、ここまでしてくれるんですか?」
我ながら唐突だったけど、口が勝手に動いた。
だって普通、ここまで手厚いアフターサービスないだろ。
お姉さんは一瞬だけ目を細めて、それからあっさり言った。
「外貨獲得のためですよ」
「……え?」
今、何て?
外貨?
僕がフリーズしてる間に、受付の子が小声で言った。
「姫様、それ言っちゃ……」
姫様?
いやいやいや、待って?
僕は聞こえなかったフリをした。
ここでツッコんだら絶対に面倒なことになるやつ。
「そういうことですので、こちらに」
店長がいつの間にか取り出していた請求書を差し出す。分厚い紙、やたら豪華な封筒。
「は、はい……」
ポーカーフェイスを装いながら受け取った。
心臓はバクバク。
三人は満足そうにうなずいて、帰っていった。
玄関ドアが閉まる音がやけに静かに響く。
* * *
……いや、今の、夢じゃないよな?
ドアを振り返る。
カギ穴が、ほんのり青く光ってる。
「これ、ホントに繋がってるやつじゃん……」
思わず笑いがこみあげる。
さっきまでの緊張が一気に抜けて、肩の力が抜けた。
冷蔵庫から炭酸水とウイスキーを出して、いつものハイボールを作る。
氷の音がカランと鳴る。
「よし、来週が楽しみだ」
グラスを掲げて一人乾杯。
夕方の光が玄関を照らして、ドアの青い光と混ざった。




