第3話 湖魚と回復アイテム
金曜の夜。
終電に揺られて、頭がカックンカックン。
吊革を握る手がゆるんで、スマホを落としかける。あわててポケットにしまい込んだ。
「やべ、今日も限界……」
駅に着いて、夜風を吸う。
街灯に照らされた道がやけに静かに見えた。
コンビニにも寄らずにまっすぐ家へ。
玄関前に通販の段ボールが山積み。
……でも今日はもう無理。
靴を脱ぎ捨てるみたいに脱いで、リビングもスルーしてベッドに直行。
マットレスに倒れた瞬間、頭が真っ白になった。
意識が落ちるまで三秒。
おそらく、今週いちばん幸せな瞬間だった。
* * *
目が覚めたら、もう昼すぎ。
カーテンの隙間から刺す光が強すぎて、顔をしかめる。一瞬、ここがどこかわからなかった。
「あ、別荘か……」
そう思った瞬間、ちょっと笑った。
都内のワンルームじゃ、こんな光の入り方しないもんな。
とりあえず荷物をひとつ開けてみる。
中から出てきたのは、ドライフルーツティー。
お湯を沸かして淹れると、部屋いっぱいに甘い香りが広がった。オレンジとベリーと、ちょっと酸味のある匂い。ひと口すすいで、思わず笑みがこぼれる。
「これ、当たりだわ」
そのまま次々と箱を開ける。
釣竿、スピーカーケーブル、吸音材、雑貨いろいろ。リビングが一瞬で散らかって、床が見えなくなった。
片付ける気も起きずにソファへ。
クッションに体を沈めると、あっという間に夕方だった。
「一日これで終わったのか……まあいいか」
窓の外はオレンジ色に染まって、湖面がきらきら光ってる。
ああ、これも贅沢だ。
* * *
次の日、やたら早く目が覚めた。
まだ湖は白んでて、空気がやけに冷たい。
窓を開けると、ひんやりした風が頬にあたる。
空気が澄んでるせいか、湖面が鏡みたいに静かで、水の中を魚が泳いでるのが見えた。
「いるじゃん」
つぶやきながら、昨日届いた釣竿を引っ張り出す。ケースを開けるだけでワクワクする。
バルコニーに出て、初キャスト。
スッ、と糸がきれいに飛んで水面に落ちる。
広がる波紋に、なぜか胸が高鳴る。
しばらく待って──竿先がピクリと動いた。
心臓が一気に跳ねる。
「きた!」
慎重にリールを巻く。
水面に銀色の魚影が見える。
竿がぐぐっとしなって、手元に振動が伝わる。
引き上げた瞬間、思わず息を呑んだ。
体が半透明。
光を透かして、内臓まで見えそうなぐらい。
目が青く光った気がした。
「……まあ、食えそうだよな」
つぶやきながら、バルコニー脇で捌く。
手元の動作に集中してると、世界がやけに静かに感じる。
フライパンにのせると、ジュウッと音がして、
あっという間にいい匂いが広がる。
焼き上がった切り身を、ハイボール片手にひと口。
「うまっ!」
白身がほろほろ崩れて、口の中でとろける。
湖から吹く風と、グラスの中の氷がカランと鳴る音。
この瞬間のために一週間働いたんだ、って思える。
* * *
食べ終わった瞬間、体がぽわっと光った。
部屋の空気まで一瞬だけ明るくなった気がした。
「え、なにこれ」
でも嫌な感じはしない。
むしろ一気に目が冴えて、肩こりも消えてる。
昨日までの疲れがリセットされたみたいだ。
「……回復アイテム?」
笑いがこみ上げる。
グラスをもう一口。
あれ、酔わない。
「週末ルーティン、決定」
そうつぶやいて、釣竿を片付ける。
湖の向こうから朝日が昇ってきて、
水面がきらきらと輝いていた。
バルコニーの手すりに腕を置いて、しばらく眺める。
これ以上の週末、ある?




