第2話 ハイボールと広すぎる部屋
金曜の夜。
時計を見たら、終電ギリギリ。
もう頭回らないし、肩パンパン。
ディスプレイの明かりが目に刺さる。
受信トレイ? はいはい、見積もり依頼と注文ね。今日の僕はもう見ない。
見た瞬間、月曜の僕にパス。
「……よし、ここまで。」
PC落としたときの、あの「フッ」と消える画面が最高に気持ちいい。
昔の僕なら絶対明日も出社してたな。
たぶん土曜出社が当たり前だと思ってた時期もあった。
でも今は違う。
別荘が僕を待ってる。
そう思った瞬間、体が勝手に片づけ始めてた。
書類まとめて、机片づけて、
コート引っかけて、駅まで小走り。
電車に飛び乗ると、車内は週末モード。
酔っ払って大声で笑う人、寝落ちしてる人、スマホぽちぽちしてる人。
窓に映った自分の顔が、やけに楽しそうで笑った。週末にこんな顔するの、いつ以来だろう。
電車を乗り継いで、真っ暗な道を歩く。
冷たい夜風が気持ちいい。別荘が近づくたびに、足取りが軽くなるのが自分でもわかる。
カギを開けて玄関に入った瞬間、木の匂い。
ほっとする。コートを脱いでソファに沈んだら、もう動けなかった。
ここからが僕の週末。
* * *
翌朝。
外はまだ暗いのに、目が覚めた。
平日なら絶対二度寝する時間なのに、不思議と眠くない。
リビングに行って氷を落とす。
コロンって音が、やけにいい響き。
炭酸水を注いでシュワッ、ウイスキーを入れて軽くステア。
ひと口。
「……効くぅ」
喉を通る冷たさが、体の奥までしみる。
窓を開けると、外の風が一気に入ってくる。
ちょっと冷たいけど、頭がシャキッとする。
湖はまだ静かで、砂が夜の匂いを残してる気がする。都会じゃ絶対に嗅げないやつだ。
ソファに腰かけて、グラスを傾けながら湖を見る。空がゆっくり白んで、鳥の声が少しずつ増えていく。世界が目を覚ます音。
「あ〜、これだよこれ」
思わず独り言。
一週間分の疲れが、じわっと溶けていく。
* * *
酔いがほんのり回ったところで、部屋をぐるっと見回す。
「いやこれ、外観と広さ合ってなくない?」
外から見たら1LDK。でも中は3LDK。
廊下長いし、部屋も多い。何回見ても不思議。
隣の部屋を覗いて、にやっとする。
「ここ、スタジオにするか。」
決めたら即、頭の中でレイアウト開始。
吸音材、マイクスタンド、ミキサー……
考えてるだけで楽しい。
ギター、ベース、キーボード。
実家から持ってきた機材、置いただけでテンション爆上がり。
試しに弦を一本鳴らすと、壁に音が跳ね返った。
「うん、悪くない」
声に出してニヤニヤ。
DIY動画を流しながら、次は何を揃えようか考える。
気づいたら昼まで爆睡してた。
「いや、昼寝ってレベルじゃねぇ」
頭ガンガン。でもそれすら贅沢。
二日酔いすら、週末の味。
* * *
冷蔵庫から炭酸水とウイスキーを出して、また一杯。氷がカランと鳴る音が気持ちいい。
テレビつけたら普通に映った。
アンテナ立ててないのに。
「……まあ、映るならいっか」
バルコニーに出たらスマホ圏外。
一瞬焦るけど、週末だからまあいいやで済ませる。
写真でも撮ろうかとカメラ起動したら、真っ黒。
「おいおい、まだ一年しか使ってないぞ」
再起動しても直らず。
でも湖見てたら、もうどうでもよくなった。
「スマホより今だろ」
ひとりごちて、三杯目を作る。
琥珀色の液体が窓の光でキラッと光る。
* * *
あの日、書類を渡してきたのは店長だった。
ドア開けた瞬間、圧がすごい。
肩幅広い、腕太い、首も太い。
スーツの生地がちょっと張ってたもんな。
つい聞いた。
「すごい体ですね、鍛えてます?」
店長、真顔で一言。
『ドワーフですから。』
……は?
今なら笑えるけど、あのときは完全に固まった。
返事するの忘れて、数秒変な沈黙。
そしたら店長が、にやっと笑った。
「最近は珍しくないでしょ?」
その笑いがなんか悔しくて、
「そうですね」って意味わからん返事をした覚えがある。
耳長のお姉さんの顔も思い出す。
あれ、絶対ただの人間じゃないよな。
でも確かめる気にはならない。
面倒だし、今こうしてここにいるだけで十分だから。
氷がカランと鳴る。
グラスを空けて、またウイスキーを注ぐ。
窓の外はもう夕方。
湖がオレンジ色に染まって、光が揺れてる。
「……ま、いいか」
声に出した瞬間、全部どうでもよくなった。
夕陽が部屋の壁を赤く染めていく。
今日もいい週末だ。




