代償のルール
──1月18日 水曜日 23時30分
今日のやるべきことは終わった。
宿題も終わったし、日課の動画視聴も終わった。
あとは寝るだけだ……というわけにもいかない。
俊翔は改めて状況を整理することにした。
内容はもちろん、今日の夕方に見たデジャヴ視についてだ。
まずは時間だ。
デジャヴ視で飛んだ先は、1月23日月曜日16時19分。
5日後の下校中の出来事だ。
「時間が確認できて助かった」
俊翔は安心し、ほっと息を吐く。
デジャヴ視で飛んだはいいものの、途中まで時間が把握できなかったので少し焦っていた。
だが、芽唯がスマホを落として割った際に、未来の俊翔が腕時計を見たおかげで、デジャヴ視で飛んだ先の時間を知ることが出来た。
これが、俊翔が常に時間を気にする最もたる理由だ。
デジャヴ視で飛んだ先では、自分の身体を動かすことが出来ない。
身体を動かすのは未来の自分だ。
それは、今までの自分の性格や行動が積み重なって成り立つものだ。
つまり、普段からの癖がデジャヴ視で飛んだ先で起こるということは十分にありえる。
俊翔は時間を確認する癖を意図的につけていた。そして、何か起こった時は"絶対に"腕時計を見るというルールを作っていた。
デジャヴ視で飛ぶ先は、何か大きな出来事が起こる未来だからだ。
デジャヴ視で飛んでも、時間が分からなければ意味がない。5日のうちのどこかで起こるという情報しか得られない。
5日間同じ状況が来るまで、常に気を張って待ち続けるというのは非効率だ。
腕時計を見る癖のおかげで、デジャヴ視でいつの時間の未来に飛んだかを知ることが出来る。
逆にこの癖のせいで、常に時間が分かる人だと周りから認識されるようになってしまった。
実際、俊翔は何かが起こらなくても気が付くと腕時計に視線が移るようになっていた。
「それで、今回はどうするのが一番か……」
スマホカバーが割れる時間は分かった。次は内容についてだ。
始めに、芽唯は俊翔に向かって「恥ずかしい写真があるよ」と煽ってきた。
それで、スマホの取り合いになり、手から滑り落ち地面に落としてしまった。
結果、芽唯のスマホカバーが割れて悲しい顔をしていた。
最初に芽唯が煽ったせいだとは思うが、俊翔が無理矢理スマホを取り上げようとしたせいでもある。
俊翔にもそれなりに責任があるので何とかしたいと考える。
未来が分かっているのだから、スマホが地面に落ちる前にキャッチすればいい──という訳ではない。
デジャヴ視の能力はそんなに都合の良いものじゃない。
代償のルールがあるからだ。
代償のルール──未来を大きく変える場合は必ず代償が必要になる。
スマホカバーが割れるという出来事は、次の日以降にも影響が出るので、恐らく大きい出来事の部類に入る。
そのため、スマホが地面に落ちる前にキャッチしたとしても、その後何らかの理由によって芽唯のスマホカバーが割れる。
この世界は必ず代償を必要とする。これは絶対的なルールだ。
いつ、どのように、スマホを落とすということが完璧に分かっていても、未来は簡単には変えられない。
──「簡単には」だが。
代償のもう一つのルールを使えば、未来を変えることは可能だ。
芽唯のスマホカバーが割れる代わりに。誰かのスマホカバーが割れればいい。
これが、"代償のルール"の2つ目のルールだ。
例えば、芽唯が大けがをしたとする。次の日まで持ち越されるので、代償のルールにより代償無しでは未来を変えることが出来ない。
だが、芽唯を庇って俊翔が大けがをすればどうなるのか。
結果は、芽唯が大けがを負うことはなくなる。俊翔が代わりに大けがを負ったからだ。
この世界は"誰が"よりも"何が"ということを重視している──と俊翔は仮説している。
だが、代償のルールは存在することは俊翔が何度もデジャヴ視を使って実感してきたことだ。
芽唯の不幸を俊翔が代わりに受け持つことで、芽唯の不幸が起こる未来を防いだことは何度かある。
今回も、芽唯のスマホカバーが割れる代わりに俊翔のスマホカバーが割れれば、未来を変えることが出来る。
「スマホカバーを買い換えないといけないのか……」
俊翔はためらう。
当然だ。自分から不幸になりに行くことはかなりの覚悟が必要だ。
たとえ、スマホカバーが割れるという小さな不幸だとしても。
だが、別の選択肢は2つほどあることにはある。
1つ目は「見捨てる」という選択肢だ。
芽唯のスマホカバーが割れる未来はもともと決まっていること。だから、何もしなければいいのだ。
何も余計なことはしない。ただ、決まった未来を受け入れればいい。
しかし、俊翔はこれを許さない。
理由は簡単だ。友達を見捨てたくないからだ。
過去に、芽唯の代わりに不幸を負うのが嫌で何もしなかったことがある。
内容は──よく覚えていない。とても小さくてどうでもいいことだったと思う。
だが、芽唯のあの悲しみに暮れた表情は鮮明に覚えている。
「ごめん」と、俊翔は謝ったが芽唯は困った顔で驚いていた。
当然だ。芽唯にとっては、俊翔は何も悪くない。芽唯にとっては、俊翔は無関係なんだから。
助けることが出来たのに、助けなかった。
俊飛は深く後悔した。
それ以来、友達の不幸は自分が背負うように決めている。
どんなに辛くて大きい不幸が来たとしても、自分が代わりに背負う。
自分が友達を助ける。俊翔はこれを自分ルールとして決めている。
理由は単純だ。
友達を見捨てる方が苦しいからだ。
だが、俊翔だって人間だ。
他人を助けたいという気持ちはあるが、全員の不幸を肩代わりしようという考えはない。やはり、我が身は可愛いものだ。
だから、友達以外が大けがをする未来を見ても、俊翔は肩代わりしないことにしている。
特に文化祭の時のアイツは絶対に助けないと心に決めている。
かといって、俊翔は悪人ではない。
そこまで大きくない不幸の場合は、見知らぬ他人でも俊翔が肩代わりするようにしている。
困っている人が居れば、自分が出来る範囲なら助けるというのは、人として当たり前の行動だ。
これぐらいの犠牲なら自分が負ってもいい、と思えたら俊翔は代償のルールを使い、不幸を肩代わりする。
不幸を必ず肩代わりするのは友達と家族の時だけ。
それ以外の人間に対しては、不幸の大小によって行動を決める。
これが、俊翔の自分ルールだ。
助けたいと思う友達は3人だ。
芽唯と真人と佐々木さん。この3人は特別な友達だから、絶対に自分が代償を負うようにと決めている。
今回の不幸が起こる対象は芽唯だ。よって、「見捨てる」という選択はナシとなる。
そして、もう1つの選択肢は「なすりつけ」だ。
代償のルールに乗っ取れば、芽唯のスマホカバーが割れるという出来事を俊翔以外の誰かに置き換えることだって可能なはずだ。
重要なのは"誰がした"ではなく、"何が起きた"なのだから。
だから、1月23日月曜日16時19分に自分のスマホカバーが割れたら喜ぶ人物を呼び出し、その人のスマホカバーが割れれば全員が幸せな未来が訪れる。
「いったいこの世界のどこにいるんだよ。そんな奴……」
俊翔は自分に呆れ、ツッコミを吐く。
当然だ。そんなのはただの出来すぎた妄想話だ。
代わりに負うのは不幸なのだから、誰かが不幸にならなければこの式は成り立たない。
マイナスをプラスにするには、何かをマイナスにしないといけない。
全員がプラスになる、なんてことは絶対にありえない。
「なすりつけ」をする場合は絶対にその人も不幸になる。
そもそも、「なすりつけ」が本当に可能かどうかを検証したことがない。
なすりつける相手が嫌いな人だとしても、するべきでは無い行為だ。
よって、「なすりつけ」という選択もナシとなる。
他人が大きな不幸が起こる未来が見えた時、俊翔は毎回3つの行動を考える。
「見捨てる」、「なすりつけ」、「自分が代償を負う」。
友達だった場合は、必ず「自分が代償を負う」を。友達以外の場合は大きさによって、「自分が代償を負う」か「見捨てる」を選んでいる。
今回は芽唯のスマホカバーが割れる未来が見えた。俊翔がこれからやることは決まっている。
芽唯の代わりに自分のスマホカバーが割れればいい。
そうすれば、芽唯の不幸を回避することが出来る。
未来を変えることが出来る。
自分が大きな不幸が起こる未来が見えたとしても、不幸が起こる場所を変えるぐらいのことしか出来ない。
だが、他人が不幸を起こす未来が見えた場合、俊翔はそれを変えることが出来る。
この時に、初めてデジャヴ視の能力が役に立つ。
デジャヴ視には未来を変える能力がある。人を助けることが出来る能力がある。
しかし、必ずそこには代償が必要だ。やはり、簡単には未来を変えることが出来ないことを意味する。
漫画やアニメのヒーローみたいになるのは不可能だ。
ヒーローは特殊な力を使って、みんなを救うことが出来る。
デジャヴ視は1人しか救えない。それも、自分が傷つかないといけない。
これがデジャヴ視の限界だ。これが現実の限界だ。
「もう少し便利だったらな……」
何度同じことを考えたことだろうか。
これから自分に不幸が降りかかるとわかると、アンニュイな気持ちになりこの能力の歯がゆさに悩まされる。
4日後に起こる不幸に対してたっぷりと時間を使って頭を回す。
そして、ようやく俊翔は覚悟を決める。
「よし! 俺のスマホカバーを割ろう!」
俊翔は今回も自分が代償を負うことに決心した。
本来であれば、この判断は一瞬でしないといけない。
だが、デジャヴ視のおかげでたっぷりと時間を使って心の準備をすることが出来る。しかも、未来が分かっている状態で。
俊翔は人よりも、たっぷりと時間を使って大きな判断をすることが出来る。
「さて、どうしようか」
俊翔は行動を立てる。
今すぐ、自分のスマホカバーを割れば芽唯のスマホカバーが割れなくなるかというとそういう訳ではない。
同じ時間に同じ状況で代償を負う必要がある。
「もう1回見てみるか」
デジャヴ視を再度使い、状況を再確認することに決めた。
デジャヴ視で飛ぶ未来は、5日のうちの最も大きなことが起こる1分間。
それを超える大きなことが起こらない限り、何度使っても同じ1分間に飛ぶことになる。
スマホカバーを割ろうと決意しても、デジャヴ視で見る光景は変わらない。実際にその未来が訪れて行動を変えることで、ようやく未来が変わる。
なので、これから1月23日月曜日16時19分までデジャヴ視を何度使っても同じ1分間を見ることになる。
スマホカバーが割れる以上の大きな出来事の未来が来ない限りは。
現在の時刻は23時39分。
気持ちを落ち着けて、右手を左肩に触れる。
(デジャヴ視発動!!)
俊翔の精神がこの世界から消え、視界は切り替わった。
◆
意識が入る。
独特な感覚が俊翔の中に入り込む。
「──を見つけたんだよね」
芽唯の声が聞こえる。
やはり、全く同じ時間の未来に飛んでいたのだった。
「懐かしいなぁって見返してたんだよね」
「それで?」
「面白いモノを見つけたんだよね──」
前にデジャヴ視で飛んできた時と、一言一句同じだった。
会話の流れから察するに、アルバムか何かを見つけて昔の写真を見つけたのだろう。
それで、俊翔の恥ずかしい写真を見つけたのでスマホに入れたということだろう。
もちろん、俊翔をからかうために。
「──から、明日見せよっかな」
芽唯がスマホを横に振り煽ってくる。
(ここだ!!)
俊翔は全力でスマホの画面を見ようとした。
──が、顔の向きを変えられないので、視界の端でしかスマホを捉えられない。
いくら足掻いても、画面の中身は確認できない。
「おい、バカやめろ!」
俊翔が動き出す。
芽唯が一度かわしたので、もう一度つっこむ。
「ひゃあっ!」
大きな悲鳴が上がり、スマホが宙を舞い地面に叩きつけられる。
鈍い音が鳴り、スマホカバーが割れる。
俊翔の視線が時計に移る。
1月23日月曜日16時19分。
俊翔と芽唯が何度か言葉を交わすと、視界が暗くなってくる。
その後、俊翔の意識が途絶えた。
◆
23時40分。
デジャヴ視の効果はちょうど1分で切れ、俊翔は元の世界に戻る。
再度試したが、大した成果は無かった。
恥ずかしい写真が何なのかという、一番知りたかった部分が分からなかった。
代償を負う場合、同じ状況である方が良い。
今回は16時19分に下校中にふざけ合って誤ってスマホを落とした結果スマホカバーが割れた。
これに、対象の人物を置き換えるようにすれば成功する確率が高まる。
なるべく、デジャヴ視で見た光景と同じ状況にすること。これが、一番のポイントだ。
例えば、16時19分にスマホカバーが例の集合場所で割れることが分かっているので、16時30分まで学校の教室に残っていることにしたらどうなるのか。
その場合、いずれかの理由によりスマホカバーが割れることになる。
デジャヴ視で同じように教室で俊翔にスマホを見せびらかして落とすか、1人で歩いていて誤って落とすか、机の上に置いているスマホに他の人がぶつかって落とすか。
状況が変われば、スマホカバーが割れる理由もデジャヴ視で見た時から変わってしまう
。
だが、絶対にスマホカバーは割れる。代償のルールによって。
では、スマホカバーが割れる直前にデジャヴ視を発動すると一体どうなるか。
例えば16時17分、2分前の時点で教室に残っていたとする。
ここでデジャヴ視を使った場合どうなるか。
結果は──何も変わらない。ただ、例の集合場所で同じようにスマホを見せびらかして落とす光景が見えるだけだ。
2分で教室から集合場所まで移動するのは不可能だ。だが、デジャヴ視は"不可能の未来"を見る。
それは、一度確定した未来だから。
つまりデジャヴ視で一度見た光景は、いくら行動を変えたとしてもデジャヴ視で見る光景は何度使っても変わらない。
なので、その時が訪れるまで未来が本当に変わるかどうかは分からない。
スマホカバーが割れる日まで普通に過ごし、16時19分が訪れた時に初めて代償を負うように行動する。そうしなければ、予測がつきにくくなる。
小さな行動の変化により場所や時間がずれて、代償を負うのが難しくなってしまう。
だが、スマホカバーが割れるという未来だけは絶対に変わらない。
どれも俊翔の実体験だ。
代償を負わずに救う方法を何度も試みたが、全て失敗に終わった。
訪れる未来までは普通の行動をして、デジャヴ視で見た光景になった時に自分が代償を負うように行動する。
これが、ほぼ確実に成功する方法だ。
今回の事象について整理しよう。
まず、芽唯が俊翔に恥ずかしい写真を見せようとスマホを出してきた。つまり、俊翔も同じように芽唯に恥ずかしい写真を見せようとスマホを出せばよい。
そのために、芽唯が言っていた恥ずかしい写真が何なのか知りたくてデジャヴ視を使った。だが、不発に終わってしまった。
スマホが視界にほとんど入らなかった。身体を動かせないデジャヴ視の弊害だ。
「──ということは、自分なりに芽唯の恥ずかしい写真を用意するか」
俊翔はスマホの電源を付け、今まで撮った写真を見る。
その中で、芽唯が写っている写真をピックアップする。
中学の卒業式、学校で撮った何気ない1枚、4人で撮った文化祭の写真、2人で買い物に行った時の写真──。
全て見返したが、ただ懐かしいという気分になっただけだった。
当然と言えば当然だが、芽唯の恥ずかしい写真なんて俊翔が持っているはずがなかった。
つまり、あと5日で芽唯の恥ずかしい写真を撮らなければいけない。
「芽唯の恥ずかしい写真をどうやって撮ればいいんだ? あと5日で?
ってか、恥ずかしい写真ってなんだよ!?
そもそも、何で芽唯は俺の恥ずかしい写真を持ってんだよ!?
恥ずかしい写真ってなんだよ!? 芽唯のスマホには何が入ってるんだよ!?」
誰も居ない自室で喚く。
どこからも答えは返ってこない。
「ダメだ……今日は寝よう」
時間を確認する。
23時44分。
俊翔はいつもより少しだけ早く眠ることにした。
電気を消し、ベッドに入る。
──……。
──…………。
──………………。
普段なら直ぐに眠りにつくのに、今日はなかなか寝付けない。
身体に反して、意識がどんどんと覚醒していく。
(──恥ずかしい写真って……)
悶々とした思考の渦に捉われ、なかなか眠りにつけなかった。




