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デジャヴ視  作者: ケト
第1章 俊翔の能力
5/11

いつか

──1月17日 火曜日 15時50分

 

「きりーつ、礼」


 帰りのSHRが終わり、一斉に生徒がそれぞれの目的のために動き出す。

 部活動に所属している生徒は体育館やグラウンドへ、掃除当番の生徒は掃除場所へ、帰宅部の生徒は家路へ。


「さーて、帰ろ帰ろ」


 俊翔は掃除当番ではないので、帰宅部の活動準備──家へ帰る準備をする。


「帰ろうぜ、真人」


「はいよ」


 真人が応じる。

 すでに帰る準備が出来ているようだ。


「帰るぞ、芽唯」


「了解であります」


 芽唯がふざけて応答する。

 こういうのはいつものことなので、俊翔は特に反応しなかった。


「彩奈っち、は~や~く~」


「ちょ、ちょっと待って!」


「せかすなせかすな」


 佐々木さんが慌てて、カバンに荷物を詰め込む。

 今日は文芸部の活動が無いので、佐々木さんも一緒に下校だ。

 

 文芸部の活動日は水曜日の週1回だ。水曜日は3人で、水曜日以外は4人で帰るのが常だった。


 佐々木さんの準備が終わったので、4人は教室から出て玄関へ向かう。


「今日の課題面倒くさそうだな~」

 

 ため息交じりに芽唯が話し始める。


「ああ。英語のやつか」


「ちょっと量が多そうだったから大変そうだよね」


「まぁ金曜日までだから頑張れば大丈夫だよ」

 

 何気ない会話をし、玄関に到着する。下駄箱で上靴から外靴へと履き替え校門へ向かう。


「どうして日本人なのに英語が必要なの!」


 何万回と聞いてきた芽唯の愚痴が右耳から左耳へと流れていく。

 

「小鳥さんは海外とか興味無いの?」


 真人の問いに芽唯が首を横に振る。


「無いな~。絶対日本の方が良いよ」


「外国に行ったことないくせに」


 ぼそっと俊翔がつぶやく。


「俊翔だって行ったことないくせに」


 ぼそっと芽唯に返される。

 

「佐々木さんはどうなの? 海外行ったことある?」


 真人は佐々木さんに問いかける。


「中学の時、家族でグアムに行ったことあるよ」


 「おぉ~」と3人から歓声があがる。

 この様子だと真人も海外に行ったこと無いようだ。


「そんなにすごいことじゃないよ。家族旅行で行っただけだから」


「ウソ~。彩奈っちからまだお土産もらってないよ」 

 

「中学の時は知り合ってないだろ! あと、『まだ』って何だよ。『まだ』って。お土産を強要するなよ!」


 俊翔は怒涛の勢いでツッコミを入れる。

 もちろん冗談だと分かっているので、佐々木さんも笑って受け流していた。


 校門に到着したので、ちらりと腕時計で時間を確認した。

 15時53分。教室を出て3分経っていた。


 校門から教室まで意外と距離がある。今朝、間に合うかなというペースで走っていたら、思ったよりも教室まで距離があったので遅刻ギリギリだったことを思い出す。

 

 校門を出て4人は左へ曲がる。向かう先は駅だ。

 俊翔と芽唯は徒歩通学だが、真人と佐々木さんは電車通学だ。

 駅は俊翔と芽唯の帰り道の途中にあるので、4人で駅まで一緒に帰っている。

 ちなみに、真人と佐々木さんは反対方向の電車なので、そこで別れている。


 雑談をしながら駅まで一緒に歩いて帰るのが習慣になっている。


「でも1回は海外に行ってみたいなぁ」

 

 芽唯がつぶやく。 


「さっきは日本の方が良いって言ったくせに」


「でも1回は行きたいじゃん」


 確かに芽唯の言う通りかもしれない。

 初めての海外旅行というものに、俊翔も少しだけ憧れを覚える。


「だったらしっかり英語の勉強をしないとな」


 真人が芽唯に勉強するように促す。


「任せてよ!」


 芽唯が自信満々に胸を張り、言葉を続ける。


「彩奈っちが通訳してくれるから!」


「ふぇぇええ!?」


 急に自分の名前を呼ばれたので、とても驚いていた。


「私、英語話せないよ!」


「でも、英語の成績いっつも良いじゃん」


 佐々木さんは英語の成績が良い。というか、他の教科も全体的に良い点数を取っている。

 学年のトップレベルまではいかないが、4人の中では断然成績が良かった。


「話すのはまた別だからね」


 真人がフォローを入れる。


「まぁ、海外に興味が出たのは良いことだな」


 これで英語の成績が上がれば教えなくて済むのにな、と心の中で俊翔は思う。


「うん。この4人で海外旅行に行きたいなって思って」


 ずいぶんと唐突な提案に──

 

「無理だな」「無理だな」「無理だね」


「一斉に否定された!?」


 3人の意見が一致した。

 

「高校生だけで泊まりの旅行っていうのは親の許可が出ないから無理だろうな。しかも海外なんて」


「うぐ……」


「海外旅行ってだいぶお金かかるからな」


「うぐ……」


「私たちだけってなると危ないと思うし」


「うぐ……」


 まさに三者三様の理由で全否定された。


「にしても、ずいぶん唐突だな」


「だって、修学旅行楽しかったから」


 12月上旬、今から約1ヶ月前に修学旅行があった。


 行先は沖縄。冬に沖縄はどうなんだと思ったが、気温がちょうどよくて良かった。

 海には入れないのは残念だったけど、修学旅行だから仕方がない。

 観光地に行ったり、トラブルがあったり、先生に怒られたり、と色々あったなと思い返す。


「懐かしいな」と俊翔が思い返す。


「1ヶ月前の話だろ? 1ヶ月前で懐かしいは言いすぎだろ」


「そうかな?」


 真人から指摘が入る。

 懐かしいと思ったから仕方がない、と俊翔は思った。

 

「商店街楽しかったね」


 佐々木さんが楽しそうに話す。

 

 自由時間にこの4人で商店街巡りをしたのは良い思い出だ。

 数時間という短い時間だったが、とても鮮明に覚えている。

 お昼ご飯を食べて、買い物をして、お菓子を食べて、大したことはしてないはずだけど、この4人だからきっとあそこまで楽しかったのだろう。


「うん。だから、この4人で旅行へ行きたいなって思って」


 4人で遊びに出かけたことは何度もあるが、旅行となると1度もない。それは、高校生という制約がどうしても付きまわってくるからだ。


「私も行きたいけど、泊まりってなるとやっぱり難しいよね」


 仕方ないといった様子だった。


「良い方法があるぞ」


 そう言いだしたのは真人だった。


「留年すればいいんだよ。そしたら、もう1回修学旅行に行ける」


 目から鱗のアイデアだった。


「なるほどいいアイデアだね!」


「芽唯ちゃん!?」


「その手があったか」


「岸君もそっち側なの!?」


 いつも芽唯を止める側の俊翔に裏切られたので、佐々木さんがうろたえていた。


「これで俺も留年すれば3人でもう一回2年生だ。佐々木さんも留年しないかい?」


「どうだい佐々木さん?」


「彩奈っち。私たちずっと一緒だよね?」


「私は……」


 佐々木さんがオロオロしていた。

 いくら冗談と言えども3人から離れるのは嫌だという様子だった。


「あっはっは。冗談だよ、冗談」


 真人が大きな声を上げて笑い飛ばした。


「もう! 中口君!」


 珍しく、佐々木さんが声を張り上げた。

 それだけ心底焦っていたのだろう。


「え? 冗談なの?」


 約1名のバカは放っておくことにした。


「確かに海外旅行は良いかもな」


「そうだよね!」


 芽唯の目がキラキラと輝いていた。


「なら、英語の勉強はしないとな」


「うぅ……」


 芽唯の目がドロドロと濁っていた。


「大丈夫だよ芽唯ちゃん。グアムやハワイは日本で人気の観光地だから、日本語だけでもなんとかなるよ」


「そうなんだ!」


 芽唯の目にまた輝きが戻った。


「卒業旅行とかは、もしかしたらどうかな?」


 佐々木さんの提案になるほどと俊翔は思う。

 その時だったら、4人で旅行に行くのも親が許してくれるだろう。


「海外は……やっぱり厳しいかな。主にお金の問題で。行けたとしても、泊まりの国内旅行ぐらいだろうな」


 真人と同意見だ。

 高校生の小遣いじゃ、せいぜい1泊2日の旅行が限度だろう。


「じゃあ、いつかは海外旅行に行こうよ!」

 

「そうだな、芽唯」


「その時はさ! グアム行くついでにハワイにも寄ろうよ。1回の旅行で2つの国に行った方が効率がいいでしょ!」


「そうだな、芽唯。お前は英語の勉強だけじゃなくて地理の勉強もしような」

 

 ハワイからグアムまでは約6000km。飛行機だと7時間もかかる。

 ついでに行くとかいうそういう距離じゃない。

 あと、どっちもアメリカの領土だ。


「でも、いつかはこの4人で行けたらいいね」


 佐々木さんの言葉に真人は頷いた。


 "いつか"っていうのはいつになるんだろうか。


 高校を卒業するまではこの関係は続くだろうが、その先はどうなるだろう。


 真人と佐々木さんの進路先は知らないが、恐らく卒業した後は遠く離れていくだろう。

 いつかはこの関係が無くなるかもしれない。


 でも、今はこの関係を崩したくない。 

 それだけこの3人のことを大事な友達だと思っているし、それだけこの場所がとても心地の良いものだと思ってる。

 

「そうだな。いつか行けたらいいな」


 そんなことを考えつつ、俊翔は答えた。


 そんな雑談をしていると駅についてしまった。

 15時58分。校門から出てちょうど5分だった。


「じゃあね2人とも」

 

 芽唯が2人に別れの挨拶をする。


「じゃあね」

「またな」


 2人が手を振ってきたので、俊翔も振り返す。

 2人の姿が見えなくなったので、俊翔たちは再び歩き出した。


 

──



「制服どうなるんだろうね」

 

 駅から数分歩いたところで、芽唯がポツリと言葉をこぼす。

 今日、生徒指導の先生のところに行った時の話だろう。


 昨日の宣言通り、俊翔は芽唯に無理矢理連れていかれた。

 10時50分。2時間目と3時間目の間の休憩時間のことだ。


 芽唯はスカートをロングスカートに変えてほしいと直談判した。スカートだと冬が寒いこと、ロングにしても制服としての品性を損なわないことなどを熱意をもって伝えたが、先生からの「検討します」という一言でこの会話が終わってしまった。

 あの様子だと、少なくとも俊翔たちがいる間に何か起こることは無いだろう。


「まぁ、無理だろうね」


 俊翔は、気遣い無しで答える。


「だよね」


 芽唯もそこまで馬鹿ではない。

 先生の様子を見て無理だと察したのだろう。


「何でダメなんだろうね」


「きっと、大人には大人の事情があるんだろう」


 俊翔たちは高校2年生。まだ大人とは言えない年齢だ。

 先生も、子供の言うことにいちいち構ってられなかったんだろう。


「でも、私たちももうすぐで大人か~」

 

 芽唯がしみじみと言う。


 1年経たないうちに18歳、つまり成人になる。

 1年とちょっと経てば、高校卒業だ。


 高校を卒業して働く人は大勢いる。

 気づけば、大人の一歩手前という年頃になってしまっていた。


 俊翔は高校を卒業したら大学に行くつもりなので、働くのはまだ先の話だ。

 それでも、大人になるまでのタイムリミットはあまり残されていない。


「俊翔も私と同じ大学に行くんでしょ?」


「うん、多分な」

 

 曖昧な口調で俊翔は答える。

 

 ここから通えて、俊翔たちの学力に見合った大学となると1つしか残っていなかった。

 高1の時に進路希望を聞かれて、俊翔と芽唯はその大学の名前を書いていた。


 当時は、適当にその大学の名前を書いたが他に行きたい大学も無いので、結局はその大学に行くことになると思う。

 

「じゃあ、あと5年は一緒だね」


「そうだな」


 もし同じ大学に受かれば、高校の残り1年と大学の4年で合わせて5年。

 この腐れ縁はまだまだ続きそうだ。


「あ~あ。俊翔の面倒をまだまだ見ないとね」


 「どっちが面倒を見てるんだよ」と心の中で考えたが、口には出さないことにした。

  


──16時18分

 


 いつもの集合場所、もとい、解散場所に着いた。


「じゃあね」


 今日は特に話すこともないのですぐに解散する。


「明日はアラーム忘れんなよ」


「お任せであります!」


 「大丈夫かよ」と俊翔は思ったが、お昼に芽唯のスマホを見た時にきちんと設定されたことを思い出したので何も言わなかった。

 芽唯に背中を向けて、1人で自宅へ向かい歩き始めた。


「もうすぐで大人か~」


 周りに誰も居ないのを確認して、俊翔は独りごちる。


 世間一般の高校生が大人になることをどう思うのかは分からないが、俊翔は大人になるのは乗り気ではない──避けられるものでもないが。


 この先、自分だけで仕事を決めたり、自分だけで家事をしたり、自分だけで色々手続きをしたり。今まで、親がやってきたことを全て自分がやらなければいけない。

 

「まぁ、いつか考えればいっか」


 それも全て将来の話。

 遠い未来の話だ。


 ちょうど家に着いたので、俊翔は考えることをやめた。


 俊翔はカバンから自宅のカギを取り出す。

 父は仕事で母はパート。なので、この時間は家に誰も居ない。


「ただいま~」


 玄関を開けるが、当然誰も迎えてくれないし、反応もない。

 俊翔は靴を脱いで、手を洗いに向かう。


 18時すぎに母がパートから帰ってくるので、今から約1時間半は1人だけの時間だ。

 ゲームに漫画にテレビ。いつも通り好きな時間を過ごした。


 さっきまでの将来の悩みは、頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。



──19時30分


 

「そういえば、進路決まったの?」


 母というのは心底恐ろしい生き物だ。


 進路のことなんて今までほとんど聞いてきたことが無いのに、なぜか話題に上がった今日という日をピンポイントに当ててくる。


「あそこの大学のままだよ」


 1年の頃に進路希望調査票は親に見せたので、俊翔は淡々と答えた。


「そうなのね」


「うん」


「あそこだったら、俊翔なら受かりそうだね」


「うん」


(良かった。この会話はスムーズに終わりそうだ)


「学部は決めたの? 科目は何を受けるか分かってる? ちゃんと調べた?」


 やはり母というのは恐ろしい生き物だ。

 俊翔があまり真剣に考えていないのを知ってか、矢継ぎ早に質問が飛んできた。 


 俊翔は顔を逸らすように、ちらりと母の隣を見る。

 父は黙々とご飯を食べていた。

 この話に介入する気はないようだ。

 

 俊翔は父とはあまり込み入った話をしない。

 大体の決め事は母と相談して、結果を父に報告するということになっている。

 別に仲が悪い訳ではない。会話の頻度があまり多くないだけだ。


 俊翔にとっての父は、穏やかに傍観する人という印象だった。


 母の印象は父とは正反対だ。

 

 よく喋り、よく動き、よく笑う。感情が豊かで忙しないという印象だ。

 俊翔のしたいことを先回って動き、俊翔の言いたいことを先に言う。

 俊翔の家は母を中心に動いていた。

 

「それで本当に調べた?」


 母の追及は止まらない。

 

「し、調べたよ」

 

 俊翔は分かりやすい嘘をつく。


「そろそろしないと手遅れになるから、気をつけなさいよ」


 高2の1月というこの時期だから親として焦るのは当然だ。

 だが、学校からは特に何も言われていない。


「いつか調べるよ」


 そう答えてこの会話を終わらせようとした。


「次聞いたときに調べてなかったら、大学じゃなくて就職することね」


「就職!?」


 とんでもない選択肢に、俊翔は驚きの声を上げる。


「当然よ。大学だってタダじゃないんだから。俊翔のクラスだって就職希望の人いるでしょ?」


 聞いたことのない話だ。


 だが、毎年数人は就職希望の人間は居るので、無い話ではないかもしれない。

  

「お父さんだって高卒で就職したんだから。ね、お父さん?」


 初耳だった。


 父親の話はほとんど聞いたことがなかったので、とても意外だった。

 考えてみれば、自分の親が今までどういう人生を送ってきたのか見当もつかなかった。


「まぁ、金がなかったからな」


 父がゆっくりと答える。


「だから、俊翔も就職すればいいんじゃない? どうせ何も考えてないでしょ?」


「失礼な! 俺だって考えてるよ」   

 

 俊翔は、はっきりと答えた。

 就職が嫌で、大学に行きたいという意志だけはしっかりと持っていた。


「ごちそうさま」


 これ以上ここに居ると面倒だと思い、逃げるように階段をかけ上がる。



──



「はぁ~」


 自分の部屋に入り、大きくため息をついた。


 将来のことを考えるのは嫌いだ。というより苦手なのかもしれない。


 小学校、中学校は考えなくて済んだし、高校だって一番近くの良い高校を選んだだけだ。

 振り返ってみれば、真剣に何かを決めたという経験が俊翔には無かった。


 自分は人より決断力が劣っているのかもしれない──と俊翔は考える。


(俺が見えるのはせいぜい5日後までですよ)


 デジャヴ視で見えるのはたった5日間のうちの1分だけ。

 もう少しこの能力が使えるものだったらと何度願ったことか。


 今日だって遅刻する未来を回避できなかった。せめて、トラブルが起こる直前になにか知らせてほしいものだ。

 結局、デジャヴ視という能力が使えたところで、他の人とほとんど変わらない。今からでもデジャヴ視を失う代わりに他の能力が伸びて欲しいなと思っている。

 主に身長とか。


 そんなゲームみたいに考えは当然叶うはずもない。

 俊翔もまた普通の人のように生活して、普通の人のように将来に悩んで生きていかなければならない。


「将来のことはまたいつかでいっか」


 そう自分に言い聞かせて、先延ばしにすることに決めた。

 

 だけど、宿題に関しては"いつか"じゃダメだ。

 大人しく机に向かって、今日の英語の課題に取り組む。


 課題が終わった後は自由時間だ。

 ゲームをしたり、漫画を読んだり、スマホで動画を見たり。

 

 ──23時59分


 いつもの寝る時間だ。俊翔は電気を消してベッドに潜り込む。


 今日も予想通りのいつも通り──朝の遅刻は予定外だったけど、特に大きな事件は起こらずにいつもの1日が静かに幕を閉じる。

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