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デジャヴ視  作者: ケト
第1章 俊翔の能力
3/11

小鳥 芽唯

──1月16日 月曜日 16時08分

 

「今日も寒いね~」


「そりゃ、真冬だからな」


「もっと気の利いた返しができないの? 『俺が寒さを消し飛ばしてやるぜ!』とかさ」

 

 芽唯が俊翔を真似してなのか、いつもより2段低い声で右手を前に広げていた。


「どんな返しだよ……」


 俊翔は芽唯の冗談に呆れていた。

 二人で並んで歩いて、冗談を言い合いながら下校する。これが、彼らの日常の光景だった。

 

「何で冬なのにスカート履かなきゃいけないの! こんなの寒いに決まっているじゃん!

 男子だけ長ズボンでずるいよ!」


「俺に言われたってな。でも、夏は暑いから長ズボンだって大変なんだぞ。

 夏はスカートの方が涼しそうだし、夏は男子が我慢して冬は女子が我慢しろってことじゃないのか?」


「男子は夏ズボンがあるからいいじゃん。女子の夏スカートと冬スカートってほとんど変わんないんだよ!」

 

 芽唯は生地を確かめるためにスカートを触る。


「冬にちょっと生地が厚いだけの半ズボンを履くだけって考えたら寒いかもな」


 スカートの生地の違いなんて知る由もないので、俊翔は想像で語る。

 

「でしょ? そう思うでしょ!?」


 同意が得られて芽唯はうれしそうだ。


「ということで、俊翔は明日から半ズボンで登校してね」


「何でだよ!?」


「クヒヒッ。冗談、冗談」


 そう言いながら、小走りでちょこちょことその場で動き回る。

 まるで子犬のようだ。 


「あーあ。何で冬服がロングスカートだったらもう少しあったかくなるのに」


「ロングスカートって……長いスカート?」


 ただ直訳しただけだ。


「そうだよ。この辺まで長さがあるスカート」

 

 芽唯はくるぶしの辺りを指さし、身体でその長さを表現する。


「なるほど。それだったら暖かいし、制服って言われても違和感ないからいいかもな」


 俊翔は素直に感心した。

 

「フッフッフ~」


 芽唯は「どや!?」と言わんばかりの顔つきで腕組みをしていた。

 

「そしたら、男子の制服も夏は半ズボンにしてくれそうだな。すごいぞ、芽唯」


「フッフッフ~」


 芽唯のどや顔は止まらない。


「勉強の方はダメダメなのに、こういうところの頭の回転はさすがだな。すごいぞ、芽唯!」


「フッフ……って、それって褒めてないでしょ!」


 芽唯は頬をふくらませてを小突いてくる。


「ちぇっ、バレたか」


 俊翔はわざとらしく舌打ちをする。


 冗談めかして言ったが、芽唯の視点の良さに驚かされることは多い。

 意外と周りが見えており、普通の人では思いつかないような考え方をする。

 

(これを勉強の方にも生かしてくれればありがたいんだけどな)


 得意科目は平均、苦手科目は赤点で追試。芽唯の成績ははっきり言って悪い。  

 覚えは良いんだけどその分忘れるのも早い。地頭は良いのだが勉強はできなタイプだ。


 彼女の抜けた性格が記憶力にも影響しているのだろう。


「じゃあ、さっそく明日先生に"じかたんぱん"しに行こう!」


 "じかたんぱん"?


 じ、かたんぱん? じかた、んぱん? THE・勝たん・パン?


 最後のヤツは、頭の悪い中二男子のようなネーミングセンスだ。


 恐らく、「直談判」のことを言っているのだろう。


 決して、「直短パン」と俊翔に半ズボンを履くことを命令しているわけではない。


「直談判な」


「え、あ~うん。その"じかだんぱん"を先生にしに行こうって話」

 

 「本当にわかっているのか?」と俊翔はツッコミを入れたかったがスルーすることにした。

 

 さすが、行動力の鬼の芽唯だ。略して、鬼の芽唯。


 こんな話は出来たらいいなで終わるのが一般的だが、芽唯はやったほうが良いと思ったことについては即行動する性格だ。


「先生って誰に相談するんだよ?」


「生徒指導の先生。直接が無理そうなら担任の先生に言ってから、生徒指導の先生に伝えてもらおうかなって」


 意外と具体的かつ現実的な答えが返ってきて俊翔は少し驚く。


 芽唯の言動こそは突発的なものが多いが、彼女は裏ではしっかりと考えている。

 もしかしたら、突発的と思われているその言動も、芽唯の中では考えた末に出た言葉かもしれない。

 

「なるほどな。確かに校則関係の質問は生徒指導の先生に聞けって言われてたな。もしかしたら、校則を変えられるかもな」


「うん。マフラーもつけれるようになったし、制服も変えられるよね!」


 昔はマフラーの着用が禁止だった、数年前に生徒の要望で登下校時の着用が認められたというのを聞いたことがある。


 その話を聞いたとき、俊翔は「高校生にもなってマフラー禁止だなんてどんなブラック校則だよ」と思っていた。

 うちの高校では校則が変わった実例はあるし、もしかしたら芽唯の言う通り制服を変えられるかもしれない。


 だが、芽唯は大事な点を1つ忘れていた。


「芽唯、俺たちは今何年生だ?」


 小さな子供に話しかけるように、ゆっくりとした口調で問いかける。


「え? 高校2年生だけど」


 当たり前のように芽唯は答える。


「それで、今日は何月何日だ?」


「1月……1月13?」

 

 今日は1月16日だ。

 1日間違えることはあるが、3日もずれるのはなかなかないぞ。

 

「1月16日な。つまり、俺たちが高校を卒業するまであと1年と2ヶ月ぐらいだ」


「ふむふむ」


 食い入るように話を聞き、大きくうなずく。

 

(ここまで来たら自分で気づいてほしかったんだけどな)

 

 こういうところでの芽唯の勘は相当悪い。

 付き合いの長い俊翔は、ある程度予想がついていたので説明を続ける。


「明日制服を変えてほしいって言いに行って、仮にOKがもらえたとしてもそこからデザインやら何やらで多分1年以上かかると思う。

 つまり、制服が変わるのは早くても再来年度になる」

 

「再来年度ってことは……。あれ? 私たち着れないじゃん!」


 ようやく芽唯は真理に気づいた。

 ルールが変わったとしても、一番望んでいた人がいなくなるなんてなんと嘆かわしいことよ。


「はぁ~あ~。来世は、ロングスカートの制服の高校に通う人生を望むよ」


「ずいぶんと小さい望みだな」


 あと1年、この制服を着続けなければいけないことは確定事項となった。


「でも、明日先生に制服のことを言いに行こうね」


 意外な返答だった。


 自分が着られないことが分かったとしても、制服を変えたいらしい。

 考え自体は悪いことではないし、下級生にとっては良いことだろう。


「おお。頑張れよ」


 俊翔はエールを贈る。


「俊翔も頑張るんだよ」


「え? 俺も?」


 俊翔は、自分は蚊帳の外だとばかり思ってたので素っ頓狂な声が出てしまった。 


「あたりまえ。元はと言えば俊翔が言い出したんだから」


「え? 俺からだっけ?」


 この会話が何のきっかけで始まったか俊翔は覚えていなかった。


「ほら、『俺が寒さを消し飛ばしてやるぜ!』って俊翔が言って──」


「それ、俺の台詞じゃない!!」


 その台詞は芽唯が俺の真似をして言っていた台詞だ。

 全然似ていなかったが。

 

 俊翔は中2っぽい台詞回しは言わないように普段から気をつけているので、芽唯の発言が捏造だと瞬時に気づいた。


「クヒヒッ! そんなに強く否定しなくてもいいじゃん」


 いたずらっぽく笑う。俊翔が慌てる様子に芽唯はずいぶん気に入っているようだ。

 

「じゃあ、明日先生に言いに行こうね」


「え、あぁ、うん」


 半ば強制的に決められてしまった。こうして、俊翔の明日の予定が勝手に1つ追加される。


 芽唯の突発的な行動で、俊翔の予定が埋まっていく。これはいつものことだ。

 芽唯の行動にいつも振り回される。


「ありがと!」


 芽唯がにぃっと白い歯を見せて笑いかける。

 

 素直にお礼を言われると、芽唯に振り回されるのも悪くないと俊翔は思うのだった。


 会話が一段落したので、俊翔は腕時計に目を向けた。

 時計の針は16時11分を指し示していた。





──1月16日 月曜日 16時18分


 どんなに親しくても、会話が一度途切れてしまうとなかなか次に続かない。

 彼らも同じように、制服の話が終わった後はポツリポツリと短い言葉を交わすだけだった。


(まぁ、こうやってのんびりしながら歩くのも嫌いじゃないんだけどな)


 俊翔は沈黙の時間を気にするタイプの人間ではない。

  

 先ほどからお互いに何も喋らない時間が長くなってきたが、あまり気にしなかった。

 いや、芽唯とだから気にしないのかもしれない。

 

 気心の知れた芽唯が相手だからこそ、この沈黙の時間に不安を覚えないのかもしれない。

 もし、隣で歩いているのが目に傷の入った強面のおじさんだったら、


(いや、それは会話が弾んだとしても怖すぎるだろ!)


 心の中でノリツッコミをする。


 俊翔が沈黙の時間に耐えられる本当の理由は、こうやって1人でも楽しめるからだろう。

 

 だが、芽唯は違うようだ。


 先ほどから腕を組んで「う~ん」と唸ったり、頭をぐるんぐるんと回したり──分かりやすく頭を悩ませていた。

 どうやら、俊翔の興味を惹く決定的な話題を探しているが、見つからないらしい。

 

(そんなに難しく考えなくていいんだけどな)


 俊翔は何も言わずにその様子を見守る。


 だが、時間は永遠ではない。

 俊翔は腕時計をちらりと見る。


 分かれ道まであと1分といったところだろう。

 それまでには、何か見つかればいいのだが。


(いや、考えてる顔が面白いからこのままでいっか)


 そんなことを考えつつ、芽唯の歩くペースに合わせる。


「そういえばさ……」


 芽唯が話し始める。どうやら、話す内容が決まったようだ。


 だが、こういう時の芽唯はオチのない話になることがほとんどだ。

 俊翔は期待せずに、芽唯の話を聞くことにする。


「そういえばさ、『月が綺麗ですね』ってあるじゃん。あれって、『I love you』を日本語に訳したんだよね?」


 芽唯にしては珍しい話題だ。


 いつも芽唯から話し始めるのだが、その話題のほとんどが学校のことだったり全く中身のない話だったりする。

 芽唯から恋愛関係の話が出るなんて、もしかしたら初めてのことかもしれない。


(芽唯も女子高生の端くれだし、少しはそういうのに興味があるのかもな?)


 さすがに失礼だと思ったので、この冗談は心の中だけにとどめておくことにした。

 俊翔は、茶化さずに芽唯の話題に真剣に答えることに決めた。


「だな。たしか、夏目漱石が言ったんだよな。日本人は『あなたを愛しています』なんて直接的なことは言わないからっていう理由で」


「だよね」


「まぁ夏目漱石が言ったなんて証拠もないから、あくまでも都市伝説みたいなものだけどな」


 芽唯はあまり勉強ができる方ではなかったので、この逸話を知っていたことに少し驚いた。

 

 芽唯は言葉を続ける。


「何で『月が綺麗ですね』っていったら、"好き"っていう意味になるのかな? って思ったの」


 褒めているのは相手ではなくて月だ。

 それで、どうして相手のことが好きという意味になるのだろうか。

 

 芽唯はそう言いたかったのだろう。疑問を抱くのも当然のことだ。


「そんなことも知らないのか。俺が教えてやるよ」


 俊翔はポケットからスマホを取り出し自信満々に答える。


「そんなこと言いながら俊翔だって知らないじゃん」


「……」


 俊翔は芽唯の言葉を無視し、立ち止まって必死にスマホを操作する。


 気づけば2人はいつもの分かれ道にたどり着いていた。


 何もなければここで解散、会話が続いていればこの場所で。もしくは公園で、2人が飽きるまで話をつづけて解散というのが彼らの日常だった。

 芽唯が話をするのが好きなのか俊翔が話を聞くのが好きなのか、1時間以上喋り続けていたこともある。

 

「ねぇ~まぁだ~」


 芽唯が俊翔をせかす。


「ちょっと待てって、今読んでいるんだから」


 俊翔が必死に文字を追う。

 書かれている情報が多すぎて、頭の中で整理するのに時間がかかっているようだ。

 

 全文に軽く目を通して、俊翔の中で仮設が1つ立ったので説明を始める。


「えぇっと……。昔は、月が出ている夜に男女が2人で出歩くことってすごく親密なことを意味しているんだってさ。

 つまり、すでに"通じ合ってる"2人だから直接『愛しています』だなんて言葉は野暮だろうって。

 そこで、相手を想う気持ちを伝えるにはどうすればいいかってことで、『月が綺麗ですね』って言葉が最適だ、って夏目漱石が言ったってさ」


「じゃあ、告白する前から2人はずっと仲良しだったんだね」


「そういうことだな」


 初対面の女性にいきなり『月が綺麗ですね』って言ったところで、相手は困惑するだろう。


 告白というのは台詞だけじゃなく、ムードや関係性が大事だと俊翔は改めて実感した。

 

「じゃあ、『月が綺麗ですね』って言われた方はなんて返せばいいの?」


「えぇっと……」


 俊翔は画面をスクロールする。思ったよりも、言葉がたくさん並んでいたので少し焦った。


 OKの場合、NGの場合、保留の場合。大きくは3パターン分けられており、そこからさらに細分化されていた。


 その中から、気に入った1つを俊翔は読み上げた。


「相手の告白に応じる場合は、『あなたの隣で見る月だから』」


「へぇ~……」


 いつもより、声のトーンが少しだけ高い。

 どうやら、芽唯もこの言葉を気に入ったらしい。


「まぁ、いまどき『月が綺麗ですね』なんて言っても伝わらないって思うけどな」


 俊翔は用事が済んだので、スマホの画面を閉じてポケットに入れる。


「そうだね。『月が綺麗ですね』って言われたとしても、私気づかずにスルーしちゃいそうだし。クヒヒッ」

 

 芽唯は上機嫌に笑う。


「『月が綺麗ですね』って言ったところで、ただの感想って思われるだろうな。今の時代だと、男女で夜に出歩くのも普通にあることだもんね」


「だね。もう少し時間が経ったら月が見えるからね」


 俊翔と芽唯は東の空を見る。

 今はまだ月が見えないが、あと数時間もすれば太陽が沈み月が明るく光り輝く夜が訪れる。


 俊翔と芽唯は何度もその時間に歩いたこともあるし、部活があるクラスメートにとってはちょうど下校の時間だ。

 やはり今の時代では、男女が夜に出歩くことはあまり特別なことではない。


「それに、ちょっとロマンチック過ぎて告白された方は冷めると思うし」


「そうかな?」


 芽唯はきょとんとした声を出す。

 

「私、ロマンチックなの好きだよ」


 思わぬ答えが返ってきたので、少し驚き俊翔は芽唯の方に顔を向ける。


 芽唯は穏やかな表情ではにかんでいた。

 やさしい表情だった。


 今までに見たことのない表情だ。


「意外だな。なんでだよ」

 

 芽唯の表情に戸惑いつつ言葉を返す。 


「だってさ、好きな人からの告白って夢のようなことなんだよ」

 

 芽唯はその場で身体をくるりと1回転させる。


 両手を大きく横に広げる。その姿に俊翔は目を奪われる。


「ロマンチックな台詞ってさ……」


 羽の生えた天使のように、ふんわりと舞い踊る。


「好きな人が夢の世界で踊ってくれるんだよ」


 芽唯の目はとても生き生きとしていた。


 まるで、おとぎ話のお姫様が王子様のことを話すように。

 自分の好きがあふれ出して止まらない。


 俊翔の心臓がドクンと大きく動く。

 大気はひどく冷たいというのに、胸の奥が熱くなっていくのを感じる。

 

 見惚れてしまっていた。

 芽唯の一挙手一投足が俊翔の脳に深く刻まれていく。


 深く、深く、深く。

 脳裏に刻まれていく。 

 

「……ロマンチックな台詞だと、芽唯は気づかないと思うけどな」

 

 緊張を悟られないように。唾を飲み込みながら俊翔は芽唯を小馬鹿にする。


「そうかもね」


 芽唯が俊翔に視線を向ける。


「私は『好き』って言葉が言われたいから、ストレートな告白の台詞も良いと思うけどね」


「結局どっちなんだよ」


 俊翔はツッコミを入れる。


「クヒヒッ。分かんないや」


 特徴的な笑い声をあげる。

 いつものように。

 

 話はここまでらしい。

 芽唯の表情がいつもの感じに戻ったので、俊翔は一安心する。


 俊翔には恋人も居なければできたこともない。それどころか、好きな人も居たことが無い。

 なので、俊翔はこの手の会話は苦手だった。


 クラスメイトから芽唯についてよく話を振られるが、何も話すことはない。


 芽唯に対して恋愛感情は抱いてない。

 芽唯は放っておけない存在で妹のようにしか思ってない、とその話を振られる度に答えるのだった。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


 俊翔が話題を切り上げる。


「そうだね」


 腕時計を見る。現在の時刻は16時21分。

 

 さっき腕時計を見た時から、3分しか進んでいなかった。

 この会話はたった3分弱の出来事だったということだ。

 

 俊翔の感覚だともっと長く感じていたので、腕時計を見た時は針が止まっているのだと勘違いしてしまうほどだった。


 秒針を見るともちろん、ちゃんと動いている。

 針は1秒ごとに時間を正確に刻んでいる。


「じゃあな」 


 俊翔は軽く手を挙げる。 


「じゃあね~」


 芽唯が手を振っているのを確認して、背中を向ける。

 

 俊翔の家はここから3分、芽唯の家はここから見えるほど近くにある。

 2人はそれぞれの帰路についた。

 

 俊翔は家につくまでの3分間、芽唯のことばかり考えてしまっていた。

 こんなことは初めてだ。

 

 自分の意志とは違う何かによって、先ほどの光景が想起させられる。


 芽唯の言葉が、芽唯の笑顔が俊翔の脳裏に焼き付いて離れなかった。

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