運動会
──1月23日 月曜日 16時20分
人の記憶というものは曖昧だ。
印象的な出来事さえ、人は忘れていく。忘れる瞬間は誰にも分らない。
だが、完璧に忘れるというのも難しい。
きっかけ1つで記憶というものは簡単に呼び起こされる。
頭から抜け落ちたはずの記憶が、思い出された瞬間にまるで昨日のことのように鮮明に蘇る。
「あの時……か……」
脳の奥底に沈んでいた記憶が浮かんでくる。
あの日の情景、音、感情──すべてが、思い出される。
「覚えてる?」
「うん」
芽唯の質問に俊翔は肯定する。
だが、「覚えている」というのは間違いだ。
今の今までこの写真に写っている時の記憶はどこかへ消え去っていたのだから。
芽唯のおかげで思い出した。
──いや、芽唯のせいで思い出してしまった。
忘れていたかった記憶を。
忘れていたはずなのに、掘り起こされてしまった記憶を。
◆
──6年前の5月
小学6年生の運動会。小学校で最後の運動会。
そして、今はその運動会の5日前──
「──ということで、運動会まであと5日です!
今日もグラウンドで徒競走の練習をしましょう!」
担任の先生が児童らに指示を出す。子供たちのあどけない返事が教室に響きわたる。
俊翔も同じく先生の指示に従い、赤白帽子をかぶり意気揚々と教室から飛び出る。
(よ~し! 頑張るぞ!)
今でこそ運動が不得意で身体を動かすことが苦手になってしまった俊翔だが、この時は勉強よりも体育の方が好きな普通の小学生だった。
運動会という一大イベントがもうすぐ始まる。俊翔がこれに並々ならぬ思いを掛けていた。
運動が好き、小学生最後といった理由もあるがそれは他のクラスメートだって一緒だ。俊翔はとある理由で去年の運動会には参加が出来なかった。
それゆえに、最後の運動会に誰よりも必死に取り組んでいた。
「俊翔~! 待ってってば~!!」
廊下にでると、俊翔の背中から大声で呼び止める女子の声が聞こえてきた。
振り向かずともその声の主を俊翔は知っている。
「遅いぞ! 芽唯!」
俊翔は彼女の名を呼んだ。
小鳥芽唯。
4年生の6月にこの学校に転入してきたショートカットの女の子。家が近所でいつも登下校を一緒にする関係だ。性格はおっちょこちょいで、いつも俊翔の後ろをついてくるのに必死な女の子。
「俊翔が速いんだってば~」
芽唯は肩で息をしながら不満を垂れる。
「おまえが遅いからだろ」
俊翔は芽唯に対して高圧的な態度をとる。
自分の方が上の立場にあると主張するように。
──あと数年もすればこの関係が逆になるとはこの時は思いもしなかった。
「……でもさ、今日の俊翔、いつもよりも張り切ってるね。何かあったの?」
息を整えながら芽唯が質問する。
「何かあったっていうよりかは、これから何かが起こるからな」
俊翔が答える。
「……?」
だが、芽唯は首を傾げるだけだ。
当然だ。俊翔の回答は意味の分からないものだったからだ。
これは、俊翔が小学生だからという訳ではなく、別の理由がある。
「おっと! これは言ったらいけないことだったな」
俊翔はわざとらしく自分の口を両手で抑えて、意味ありげな発言をする。
「どういうこと?」
「さぁ~って、速くグラウンドに行くぞ!」
芽唯の質問を無視してグラウンドに向けて駆け出した。
「あ~!! 待ってってば俊翔!!」
芽唯も慌ててその背中を追いかける。
(危ない危ない。もう少しでバレるところだった)
俊翔は心の内でほっと安心する。
バレてはいけないことだけど、自分から言いたくなるのは子供心としてよくあることだ。
俊翔のこの秘密は、友達はもちろん家族にだって教えていない。もちろん、芽唯にも教えられるはずがない。
言ってはいけない決まりなど無いが、言わない方がカッコイイと思い誰にも告げないことにしている。
だってこの力は、いつか未来を救う力になると信じているから。
──
入退場の練習を終え、競技の練習に移る。
6年生のプログラムはいくつかあるが、今日練習するのは100m徒競走だった。
「なんだか走る前から嬉しそうだな」
隣にいる男子から話しかけられる。
彼は、いつも1位でゴールする男子だ。
徒競走は6人1組で走る。
だいたい同じ足の速さの児童で構成され、俊翔はいつも2位か3位だった。
1位の彼にはいつも大差で離されて勝ち筋が見えなかった。
だけど今日は違う未来が訪れることを知っている。
「まぁね」
自信ありげな様子で俊翔は答える。
なぜなら俊翔は自分が1位になることをすでに知っているから。
デジャヴ視の力で。
「パァン」
スタートの合図のピストル音と共に、前の組がスタートを切る。
次は俊翔らの番だ。
スタートラインに立ち、準備をする。
「いちについて、ようい」
左足を一歩下げ、構える。
「パァン!」
ピストル音が聞こえるや否や、つま先に力を入れて思いっきり地面を蹴る。
腕を思い切り振り、とにかく走る。
ゴールまであと数m。
左斜め前に彼の背中が見える。だけど、追いつけない距離じゃない。
疲れて動かない身体から、さらに力を精一杯振り絞る。
(いける……いける!)
ゴールまであと数cmのところで、彼に追いつき、追い抜いた。
そして、自分の身体にゴールテープが触れるのを感じる。
(やった!! 1位だ!!)
苦しくて心臓が張り裂けそうだったけど、それ以上に嬉しい気持ちで胸がいっぱいになっていた。
俊翔はゴール地点で芽唯を探す。
「やったね、俊翔!」
すでに走り終えていた芽唯が、手を高く差し出す。
2人の手の平がぶつかり、心地の良い音が響く。
俊翔にとって、芽唯とハイタッチすることは分かり切っていたことだ。
だって、ここまでがデジャヴ視で見えたことだから。
興奮が冷めやらぬまま、その日の練習は終わった。
──
「今日の俊翔すごかったね」
「へっへ~。そうだろ~」
芽唯と俊翔が2人並んで、帰り道を歩いていく。
俊翔の足取りはいつもよりも軽やかなことから、まだ興奮がおさまりきっていないことが容易に汲み取れる。
デジャヴ視で見た通りになったことも嬉しいが、何より日頃の練習の成果が発揮できたということが俊翔にとって一番喜ばしいことだった。
「廊下で言ってたことってこのことだったんだね」
恐らく、芽唯に呼び止められた時に、これから良いことが起こるとほのめかしたことについてだろう。
「でも、どうして1位になるって分かったの?」
芽唯は再び質問する。
「それはな……」
俊翔が口を開くと、芽唯がじっとまっすぐの目で俊翔の顔を覗く。
「やっぱり教えない」
「え~」
俊翔のもったいぶる態度に、芽唯が頬を膨らませる。
そうやってふざけ合っているうちに解散場所にたどり着いた。
「今日も遊べないの?」
「うん。運動会までは毎日練習するって決めているからな」
俊翔が芽唯の誘いを断る。
「わかった……」
芽唯が悲しげな表情をする。
これまでは帰る際に公園で遊んでいたが、ここ最近は俊翔の運動会の練習のせいで遊べていない。
「じゃあ、来週になったら遊べるよね」
「そうだな」
俊翔はぶっきらぼうに返事をする。
「また明日ね!」
芽唯はブンブンと手を振り、家に向かって駆けて行った。
「……ふぅ」
俊翔は芽唯の背中を見送り、姿が見えなくなったところで小さく息を吐いた。
湧き出る興奮を抑えるために。
小さく握りこぶしを作り、そっと手を開く。
「やった、1位になれた」
周りに誰もいないことを確認し、それでも小さくか細い声で喜びをかみしめるように言葉を出す。
俊翔はここ数日、ずっと今日のことを楽しみにしていた。
5日前から1位になることが分かっていたから。
デジャヴ視のおかげで。
ふとした瞬間に右手を左肩にのせて念じてみると、未来の世界を見ることが出来た。彼はこの力を"デジャヴ視"と名付けて、それ以来ずっとデジャヴ視に夢中になっていた。
デジャヴ視を覚えたその日からこの力を毎日のように使っていた。
今日の徒競走の練習で1位になって芽唯とハイタッチをするということも、5日前にデジャヴ視で見た未来だった。
だから、「今日は良いことが分かる」と自信をもって芽唯にほのめかすことが出来た。
だけど、このデジャヴ視は誰にも言ってはいけないという自分ルールを作っていた。
今はまだ5日先までの1分間しか見えないけれども、いつかは世界を救えるような能力に覚醒するほどの力を持つようになると信じているから。
「ただいま~!」
俊翔はランドセルを玄関に投げ、
「行ってきま~す!」
すぐにまた外にでる準備をする。
「今日も練習するの?」
たまたま玄関にいた母から尋ねられた。
「うん!」
俊翔は元気いっぱいに答える。
運動会までは放課後は徒競走の練習をする。これも自分ルールで決めたことだ。
「行ってきま~す!」
「気を付けてね」
勢いよく玄関のドアを開けて外へと飛び出す。
そして、練習場所に向かって飛び跳ねるように走りだした。
──
この道路の電柱から4つ先の電柱までのダッシュをする。
ここが俊翔の秘密の特訓の場所だった。
平坦だし、道も広いし、いい環境がそろっていた。
そして、何より人通りが少ないので誰にも見られないというのが俊翔にとって最も大事なことだった。
俊翔はいつものメニューを終えて、少し休憩する。
そして、デジャヴ視の準備をする。
昔は、学校の教室でもグラウンドでも使っていたのだが、ここ最近は人が居ない場所で使う用にしていた。
最近は、この時間にデジャヴ視を使うのが日課になっていた。
大きく息を吸って吐く。ゆっくりと深呼吸をする。
気持ちを落ち着けないとデジャヴ視は使えない。
周りに誰も居ないことを確認した後、目を閉じる。
真っ暗な視界の中で、意識を遠くに飛ばす。
この世界の外へ。自分をこの世界から居なくなるように念じる。
「デジャヴ視発動!」
声高に唱える。
世界を変える呪文を。
その瞬間、俊翔の精神がこの世界から消えた。
◆
意識が入る。
視線が上下に動く。うるさいほどの子供たちの叫び声が聞こえる。
俊翔は全速力で走っていた。
(……これは)
徒競走の真っ最中だということがようやくわかった。
観客席から大勢の人数から察するに、今は運動会本番だろう。
「……はぁ、はぁ」
自分の口から息を切らす声が聞こえる。
デジャヴ視で入っているだけなので、疲れは全く感じない。
視線の先には5人の背中が見えた。
(……なんで)
俊翔は最後尾を走っていた。それも、ぶっちぎりで。
必死に手足を速く動かすが、今から間に合うはずもなく、そのまま最下位でゴールした。
いつもは2位か3位、一番下でも4位までしか取ったことがない。
それなのに6位なんて、それも5位に大きく離されての結果だ。
がっくりと肩を落として、俊翔の身体は着順の旗に向かってトボトボ歩く。
目線が動く。芽唯の方に向かって。
芽唯は1位の旗の場所で座っていた。
芽唯の姿を捉えた後に、視界が歪んだ。
まるで、水の中に入った時のように。
「……うっ、うぇ」
嗚咽が漏れる音が聞こえ、目から涙が零れ落ちた。
泣いていたのだ。
「……うぇ。ひっく……うっうっ」
うつむき、必死にこらえようとしていたが、声と涙は止まることは無かった。
俊翔の泣き声と共に、誰かが近寄る音が聞こえる。
「……大丈夫?」
声を掛けてきたのは芽唯だった。
芽唯と目が合うと、さらに泣き声が増して涙の量も増えた。
「よしよし。大丈夫だよ」
小さな赤ん坊をあやすように、芽唯はゆっくりと頭をなでてきた。
デジャヴ視で飛んできた俊翔にとっては、その光景は情けなくて、恥ずかしくて仕方がなかった。
今の俊翔はただこの光景を見ることしか出来ない自分のふがいなさが悔しかった。
◆
デジャヴ視から戻ってきた俊翔は恐怖に襲われていた。
「……何でだよ」
率直な感想を呟いた。
認めたくない現実──いや、認めたくない未来だった。
今日は運動会の5日前だ。
時間を確認する術はないので確定はできないが、あの光景は運動会で間違いないだろう。
となると、先ほどみた光景は運動会本番で徒競走で最下位になる未来ということになる。
最下位になるだけでも嫌だというのに、みんなの前で泣いてさらには芽唯に慰められることになるなんて。
本当にこんな未来が起きたら、みんなの笑いものになってしまう。
徒競走で負けることは百歩、いや無量大数歩ゆずってありえるかもしれないが、それで泣くなんて絶対にありえない。
俊翔は負けず嫌いの性格だが、あまり感情を露わにしないほうだと自己評価している。
だから、いくら悔しくても徒競走で負けたぐらいでは絶対に泣かないと思っている。
これが占いで言われたことなら絶対に信じないだろう。
だけど、これはデジャヴ視で体験した光景だ。
デジャヴ視は未来で絶対に見ることになる光景を先に見る能力。だからこそ、俊翔はこの能力を"デジャヴ視"と名付けた。
普通の人間であれば、これからとてつもなく不幸な未来が訪れると知ればただ怯えるだけだろう。
だが、俊翔は違った。
「……ふふっ」
わざとらしく悪者を演じるようかのに笑ってみせる。
「面白い! 受けて立とうじゃねぇか!!」
自分を奮い立たせるように大声を出す。
周りに人が居ないことを確認した後に。
俊翔はこれを神様が自分に与えた試練だと受け取った。世界を救う力を得るための。
今はただ、未来をみることしかないデジャヴ視だが、この試練を乗り越えればデジャヴ視は未来を変えることが出来る力を持つようになるんだと捉えた。
今までデジャヴ視を何度も使ってきたが、ほとんどデジャヴを体験するだけで終わってしまった。
だが、一度だけ不幸な未来を変えたこともあった。だからこそ、今回も同じように乗り越えられると確信もあった。
「俺は不幸な未来を絶対に変えてみせる!」
そう宣言すると同時に全速力で走り出した。
この時、俊翔は徒競走で1位になればいいと考えた。そして、そのためには前よりもたくさん練習すればいい。
そう考えた。だから、ただひたすらに走った。
運動会本番まで。必死に、毎日練習した。
だが、デジャヴ視には「代償のルール」がある。
代償を負わない限りは絶対に未来を変えることは出来ない。
この時の俊翔は「代償のルール」の存在を知らなかった。
代償を負わずに、未来を変えられると信じて俊翔は必死に走り続けた。
そして、運動会当日を迎える。
──
「調子はどう?」
教室で芽唯から話しかけられる。
「ばっちりさ」
俊翔は自信満々に答える。
あれから、一生懸命練習した。
2日前の最後の練習の時は惜しくも2位だった。だから、今日は必ず1位を取ってやるとやる気十分だった。
(大丈夫。……大丈夫)
気持ちを落ち着かせるように何度も心の中で唱える。
当然、デジャヴ視で見る未来は変わることは無かった。
その時が訪れない限りは何をしてもデジャヴ視で見る光景は変わらないことを知っていたのだが、どうしてもきになってしまい何度も見てしまった。
やはり、最下位でゴールして、泣いて、芽唯に慰められるという光景は今日の朝まで変わることはなかった。
「俊翔、勝負しようよ」
いきなり芽唯から勝負の誘いがきた。
「今日の徒競走の順位で上だった方が勝ち。やるでしょ?」
こうやって芽唯の突発的な提案が来ることは特別なことじゃない。
今までだってあったし、俊翔はそれに何度も乗ってきた。
だが、今日は違う。
「なんで同じ赤組の俺と芽唯が勝負しないといけないんだよ」
今日の俊翔はスマートにかわす──
「へぇ、負けるのが怖いんだ?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあ決まりだね」
スマートにかわすことはできなかった。
──
「いちについて、ようい」
破裂音と共に大人と子供が入り混じった歓声がグラウンドに響き渡る。
天気は絵に描いたような五月晴れ。絶好の運動会日和だった。
俊翔はちらりとゴール地点の方を見る。
芽唯はこちらに気づき、笑顔でVサインを送ってきた。
「く……アイツめ……」
芽唯はすでに1位でゴールしていた。
デジャヴ視で知っていたので分かっていた結果だが、悔しくないわけではない。
それに、デジャヴ視で見た光景にだんだんと近づいてきて少しだけ不安になってきた。
それをかき消すようにぎゅっと力強くこぶしを握る。
そして俊翔の番がやってきた。
スタートラインに立ち、軽く前傾姿勢になり足を後ろに引く。
全神経を走ることだけに集中させる。
(ずっと練習してきたんだ……やれる!)
「いちについて……」
声が聞こえ、さらに体重を前に移動させる。
「ようい……」
パァンという小気味良い音が耳に届く。
俊翔は地面を思いっきり蹴る。
──が、足を滑らせてしまう。靴裏がすり減っていたせいで。
バランスを崩し、そのまま前に倒れ込む。
「痛っ!」
地面に転んでしまった。
その間、他の人は俊翔の横を走り抜けていった。
俊翔は急いで立ち上がり、全力疾走をする。
「……はぁ、はぁ」
さほど走っていないというのに、息をするのが苦しい。
いつもより身体が重い。
何か黒い大きなものがのしかかっている、そんな感じだった。
現在の俊翔の順位は6位。最下位だ。
やはりスタートのミスが致命的なものなってしまい、追いつくのは絶望的だった。
視界の遠く先に5人の背中が見える。
実際には一度も見たことがないのに、どこかで見たような感じ。
デジャヴだ。
(……嫌だ、嫌だ!!)
必死に走る。少しだけ距離は縮まるが、追いつくことは出来ない。
結局そのまま最下位でゴールとなった。
変わらなかった。
あんなに頑張ってきたのに、結局はデジャヴ視で見た未来と同じ結果になってしまった。
ふいに頭を動かす。視界に芽唯の姿が入る。
その瞬間、せき止めていた思いが溢れだす。
「……うっ、うぇ」
必死にこらえるが、嗚咽が漏れてしまう。
止めようと思っても、どうしても目から溢れ出てしまう。
「……うぇ。ひっく……うっうっ」
練習してきたのに負けて悲しい。
スタートで失敗して恥ずかしい。
芽唯に負けて悔しい。
色んな思いで感情がぐちゃぐちゃになる。
「……大丈夫?」
ふと声がする。
芽唯の声だ。
きっと、憐れんでいるだろう。
いや、いつものように馬鹿にしてきたのだろう。
そんなことを考え、俊翔は顔を上げる。
だが、俊翔の予想は間違っていた。
芽唯の表情は優しいものだった。
ただ、優しくまっすぐな目で俊翔のことを見つめていた。
その目を見たら、更に涙が溢れ出す。
「よしよし。大丈夫だよ」
芽唯が優しく俊翔の頭をなでる。
優しく。優しく。
ゆっくりとなでる。
みんなに泣いているのを見られて恥ずかしい。
女子に慰められて恥ずかしい。
感情がさらにぐちゃぐちゃになる。
ぐちゃぐちゃな感情の中に、1つだけ大きな感情があった。
デジャヴ視で見た未来を変えられなかった。
このことが情けなくて、悔しくて、やるせなくて、涙があふれ出した。
俊翔はこの時悟った。
自分の力がちっぽけなことに。デジャヴ視に世界を救う力なんてないことに。
現実が非情であることに。
俊翔は現実に絶望した。
俊翔はデジャヴ視に絶望した。
俊翔は自分の力に絶望した。
小学校最後の運動会。
俊翔にとって、最も忘れたい思い出となった。




