異世界胎児転生〜子宮から始まる母と子の救世主物語〜
ちょっと変わった異世界転生モノです。
よろしくお願いします。
目が覚めた瞬間、視界は真っ暗だった。
「……ここはどこだ。何もわからないぞ」
俺は南雲メシア35歳。小説家になって一攫千金を狙ってたweb作家だ。ちゃんとした仕事はしていたのかって? 無粋な事を聞くのはやめてくれよお前ら。仲間だろ?
今までつまらない異世界転生モノをたくさん書いていたからだろうか。締め切りに追われる中、電気が止められて慌てて外に出た瞬間、トラックに轢かれてしまったんだ。
その時、俺の元に女神様が空から降ってきて、お決まりの言葉を告げるんだ。
「南雲メシアよ。今からあなたに救世主としての力を授けます。どうか、私が導く世界を救って下さい」
……おーけーおーけー! ここからの展開はよく存じてるよ愛しき女神よ! 目が覚めたらアクションありーのお色気ありーのバラ色ファンタジーが俺を待っている!
俺は名ばかりのメシアから真の救世主に生まれ変わる。これでドブ色の前世とはもうオサラバだ。
目が覚めたら俺は異世界に転生している事だろう。行く先はどんな世界なのか。そして俺はどんなナイスマンなのか。楽しみで仕方ないぜ! 待ってろよNew World!!
「頼みましたよ、南雲メシア。その新しい命が無限の愛に包まれますように……」
意識が落ちる瞬間、女神は確かにそう言ったんだ。
※ ※ ※
……そして、冒頭の台詞に戻る訳なのだが。
目が覚めると視界はほぼ真っ暗で、微かな光しか見えなかった。聞こえるのは一定のリズムで響く鼓動音とザーと何かの液体が流れている音。
こんなパターンは初めてだ。
他の人もそう思うに違いない。
周りを何か液体?に包まれている感じがするが、その他の感覚も乏しい。一体なんだこれは。
ただ、前世には無かった独特の力・感覚が身体中に漲っている。これが「魔力」というモノなのだろうか。
もしかして、俺の転生先は人間ではない別の生命体……
その時、遠くから?壁の向こう側?から声が聞こえてきた。
『きゃあっ!』
『マリア無理するな! お腹の子に何かあったらどうする!』
『わかってるわ! でも、この神聖な神殿が私たちの最後の希望なんだから! 魔物から守らないと!』
女性の声がすぐ近くから聞こえる。声は少し高めで柔らかい、優しげな声だと思った。一方、男性は少し離れているらしい。
そして外界の音が妙にハッキリ聞こえるのは魔力ブーストされているようだ。
……いやいやいや! 緊迫した声に加えてガキンッ!という重めの金属音まで聞こえてきた!
もしかして戦闘中じゃないか!?
俺、動けないぞ!!
それ以前に待ってくれ。いきなり戦闘中に転生させるのはダメだろクソ女神!
俺の周りの鼓動が大きく速くなっている。それに合わせて何故か俺までドキドキしてきた。
『マリア!右だー!』
『えっ!!?』
その瞬間、ドクンっと鼓動が一際大きくなる。まるで身体が硬直するような緊迫感が俺を襲う。
それと同時に、何か巨大なモノがこちらに向かって突進している音が聞こえてくる。
……これがさっき言っていた魔物って奴か!
その直後、その魔物の咆哮がすぐ近くで聞こえた。明らかに殺意のある雄叫び。
その瞬間。これは俺自身の危機だと本能的に理解した。
冗談ではない! 転生した直後に魔物に殺されるなんて出オチにも程がある! ふざけるな!
「うおおおおおお!」
俺はこの見えない世界の中、がむしゃらに手を動かして音のする方向へ向けると、身体中に漲っているこの力を放出しようとする。
それに応えるかのように俺の中で何かが暴れはじめる。この身体は不自由な筈なのに、万能感すら感じてしまう。
「……よし、やっちまえー!!」
ーーそしてその瞬間、向こうから大きな音が聞こえてきた。
ガィン!という聞いた事が無い衝撃音。ここに突進していただろう巨大の何かが何かに叩きつけられる音。
そして、マリアという女性と一緒にいる男性の戸惑っている声だ。
『マリア。今のは何だ……?』
『わからない……。私のお腹が急に温かくなって、何かが放出された気がする。そしたらモンスターが吹っ飛んで……』
『今の力、魔法じゃないよな……!』
『わからない。そもそも私は剣士で魔法なんて使えないよぉ……』
『もしかして、マリアのお腹の赤ちゃんが!?』
『そんな事って……! でも、今のは……』
「……えっ」
そこまで聞いて、俺は急に眠くなった。
今ので力を使い果たしたのだろうか。起きていたくとも身体がそれを拒否する。
しかし、これで大体わかった。
ーー俺は、マリアという女性の胎内にいるんだ。
胎児転生。そんなアホな設定あるもんか。あのクソ女神は何て事をしてがしたんだ。
あいつは初心者女神なのか? それともわざわざ胎児に転生させる理由があったりするのか?
どちらにせよこれは許せない。産まれたら覚えとけよクソ女神……!
そこで、俺の意識は完全に途絶えてしまった。
※ ※ ※
衝撃の胎児転生から数ヶ月後、少しずつこの世界の事がわかってきた。
ここはレフガルド国。魔族に滅ぼされかかっている小国だ。
国王は最後の望みとして大神殿で救世主転生降臨の儀式を行った。
その結果、やってきたのがこの俺ってわけ。
しかし、国の反応は微妙だった。
救世主の降臨自体には成功したものの、それが女性剣士、マリア・ネネットの胎内という前代未聞。
一撃で複数の魔物を吹っ飛ばすくらい強大な力を持ってはいるものの、持続時間は短くておまけに良く寝る。
俺の成長に伴い少しずつ改善はしているものの、ベースが胎児だから限度がある。そしてコミュニケーションが取れない。
つまり、この救世主はとても使いにくい。
俺からしたら「知らんがな!望んで胎児になった訳やない!」のツッコミで終わる話。の筈だった。
しかし、今の俺には望みがある。夢がある。
早く産まれてユリアの顔が見たい。1日でも早くマリアとお話がしたい。ママと呼びたい。
この数ヶ月、俺はユリアの愛により包まれながら生きている。胎内という絶対的な安心感。
たとえ不自由でもこの幸せを体験出来るのは幸せとさえ思う。母親という存在がここまで大きいモノだったとは……
だから俺は、母ユリアの為にこの世界を救ってみせる。
そう思いながら、俺は抗えぬ睡魔の誘惑に負けてしまうのだ……Zzz
※ ※ ※
『3時ですよ~私の坊や~』
昼3時になると、マリアは椅子に座りお腹をさすりながら歌を聞かせてくれる。
前世では聞いた事の無い独特の曲調で、異世界にいるんだと実感する幸せなひと時だ。
「絶妙な音痴なのがこれまた味深い」
初めて聞いた時、大笑いして思わず胎内で暴れてしまった。
それをマリアは喜んでいると感違いした結果、ソングタイムが生まれた経緯を持つ。
マリアは聖堂の守りとして重宝されるくらい強い女性剣士。そのギャップが更に愛くるしくさせる。
『……パパにも会わせたかったな』
不意にマリアはそう呟く。俺の父親はレフガルド1の戦士で、昨年の魔物大侵攻で聖堂を守って幹部モンスターと相打ちしたらしい。
『でも、この子はパパの生まれ変わりだから大丈夫だよね』
俺は、見知らぬパパの為にも頑張らないといけない。
※ ※ ※
そして、いよいよ臨月となった。
あまり不自由で退屈で、そして幸せだったこの胎内生活もいよいよ終わる。
外界に放たれた時、俺の目にはどんな景色が映るのだろうか。大気の下、魔力ブースト無しの生耳で聞くマリアの声はどう聞こえるのだろうか。
俺の楽しみは尽きない。バラ色の人生よ、待っていろ!
しかし、気になる事もあった。
俺の誕生が近づくにつれ、国の魔物達の様子が怪しくなってるらしい。
その原因は、俺から溢れる強大過ぎる魔力によるものらしい。
今から産まれる俺は単なる勇者では無い。それを上回る救世主といういわばチート的存在だ。
それを本能的に察知している魔物からしたら、考える事は決まっている。
ーーまだ産まれていない内に俺を、そしてマリアを殺す事だ。
※ ※ ※
そして出産時期になり、儀式の間で出産の準備が進む中、ついに恐れていた事が起こった。
『あいつら遂に来やがった!魔物の総攻撃だ!』
『奴らの目的は間違いなくマリアと救世主だ!命懸けで二人を守るぞ!』
周りの人達は気合いを入れるが、その口調からは焦燥感が溢れている。
その証拠に、俺の耳にも魔物の集団が出す地鳴りのような音が聞こえている。
今までとは違う。俺はそう直感した。
『剣を頂戴。私も、戦う!』
マリアはそう言って戦う準備にとりかかる。
『マリアはダメだ! この身体で戦える訳ないだろ!』
『そんな事言ってられる状況じゃないでしょ!? 魔物はもうそこまで来ているんでしょ!』
身重になっているマリアはおそらく胴体の防具を着ける事は出来ない。それでも気丈に剣を取る。
『きっと大丈夫。このパパの剣が私達を守ってくれるわ……!』
その力強い言葉とは裏腹に胎内に響く鼓動は速く、緊迫感が嫌でも全身に伝わってくる。
おそらく今すぐにでも、この儀式の間に魔物は入り込んでくるだろう。
……いいぜ、魔物ども。お前らの好きにはさせない。返り討ちにしてやるぜ!
俺は救世主。母親を守らなくてどうする!
身体に溢れる魔力は十分だ。たとえ10体の魔物がこの部屋に入りこんでも、一撃で吹き飛ばしてやるぜ!
ーーその時、今までとは比べものにならない巨大な足音が聞こえてきた。
そして、羊水に包まれてる俺の身体にも直接振動が伝わってくる。
「この迫力。もしかして、ここの魔物のボス……!」
次の瞬間、重厚な扉が破られる音と沢山の人の悲鳴、そして数え切れない無数の魔物の足音が耳に飛び込んできた。
※ ※ ※
それから数分後。神聖な儀式の間は完全な混戦となっていた。
俺はマリアに接近してくる魔物を吹っ飛ばすのが精一杯だ。数が多すぎる上に、敵味方が乱れていて攻撃に転ずる事が出来ない。
「ここまで混沌としてたらどこに敵味方いるかわからねぇ!せめて外界が見えたら対応出来るのによ!」
思わず俺は女神に対して吠える。
「おい! ここまで窮地な国なのに何故胎児から転生させやがったんだ! 頼むよ女神。このままではマリアが殺されてしまう!」
遂に魔物のボスがマリアの側まで近づいて来たらしい。マリアの鼓動が急激に跳ね上がり、みんなの叫びが聞こえてくる。
胎内からでもわかる。絶体絶命のピンチだ!
その焦りからか、それとも数回魔力を使ったからか疲労感と眠気が襲いかかってきた。
「くっ。マジかよ! こんな時に寝ちゃうなんてありえねぇ……!」
どれだけ能力が高いとしても所詮胎児。全てはこの未完成な身体がベースなのだ。
まるで強力な睡眠薬を飲んだ時みたいにズブズブと意識が底へ引き摺り込まれていく。
なんとか、なんとかしなきゃ……!
その時、俺の頭の中にとある歌が流れてきた。この絶妙な音痴っぷりは……マリア十八番の子守唄だ!
効果は抜群だ。俺の眠気は一気に吹っ飛んだ。そうだ。俺は無事に産まれて、この歌の主と対面するんだああぁぁ!
その瞬間、俺の全身から今までとは桁違いの魔力が放出されていく。
真っ暗な筈の胎内が光に包まれていく。きっと、マリアのお腹からは直視出来ない程の輝きが部屋を包んでいる筈だ。
……グオオオオオオン!
それと同時に今度は魔物達が絶叫し始めた。
原理はわからないが、少なくともこの光は魔物に対して有効らしい。
そしてボスは大きい音を立てて地面に倒れ、その後はピクリとも物音を出さない。死んだのだろうか。
同様にマリアの近くにいた魔物達も倒れ、他の魔物は苦しみながらも逃げているようだ。
それから少しして、みんなの歓声が聞こえて来た。安堵と興奮の混じった勝利の声だ。
よく知らんが、俺はスゲー事をしでかしたらしい。
これが真の救世主の力……。
俺、そんなに強いのか!?
マリアと皆んなを守れた事がとても嬉しくて、俺は歓喜の叫びを上げようとする。
しかし、先程の眠気が倍率ドンで襲いかかってきた。
このタイミングかよ……。でも、まぁ仕方ないか。これだけの力を出して何も無い訳無いもんな……。
『あなたが胎内から私を守ってくれたのね。ありがとう、本当にありがとう……!』
初めて聞くマリアの泣き声。ううん。笑ってよ。……ママ。僕、頑張ったんだからさ。
そう呟いた瞬間、俺の意識がブラックホールに吸い込まれる様に落ちた。
※ ※ ※
俺は、意識の底で懐かしい声を聞いた。
「メシア、南雲メシアよ……」
なんだ。もう出演しないと思ってたぞ。女神。
「はい、予定外ですが。私にどうしても聞きたい事があると思うので」
女神は微かに申し訳なさそうな表情を見せる。偉いのか下っ端なのかイマイチわからん。
そうか。ここまでオチを引っ張ったのはアレだけど、ありがたく伺わせていただこうかな。
「はい」
何故、異世界転生を胎児から始めた?
そう聞くと、女神は真剣な表情を見せて語り始めた。
「今回、私があなたに授けたのは救世主の力。普通は与える事の無い強大な力です」
胎児の時点でこの強さだからな。大人になったらどうなる事やら。
「ですから、あなたには善の心、愛の心も授けないといけませんでした」
……その結果が“0からやり直し"って訳か。
「はい。命の神秘、そして母親の愛を知りあなたは変わりました」
……おーけーおーけー。わかった。もういい。
強引過ぎるが言いたい事はわかったし、今の俺は心からこの世界を救いたいと思っている。
……やってやんよ。
「ありがとうございます。それでは、あなたのご活躍をお祈りしております」
そう言って、女神はゆっくり消えていく。
「……ありがとう女神。マリアの子供として転生させてくれて」
これからの俺の生き方は決まった。
俺は新しい人生を母親であるマリアと共に歩んでいく。そして、この世界を救ってみせる。
そして、意識の底から解き放たれて、少しずつ時が進んでいった。
※ ※ ※
魔族が退けられ、神殿が一時的に安全になった直後、マリアの出産儀式が始まった。
そして数時間後、俺はついに生まれ、初めてマリアの顔を見る事が出来た。
念願の愛するママの顔を見た瞬間、思った事は一つだった。
「音痴な歌声の主、めっちゃ美人じゃん!」
それから、レフガルド国は救世主の誕生により希望を取り戻し、魔族の脅威を一時的に後退させる事が出来た。
俺は赤ちゃんとしてマリアに育てられながら、将来の戦いに向けて成長を誓う。
これからどんな人生を歩んでいくかわからない。しかし、今の気持ちは最後まで忘れずに生きていこうと心に誓った。
----- 終わり ----
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