魔力判定
「えー、それでは、適性試験に入ります。今期入学生の方々は整列してお待ちください……」
線の細い西洋人女性がか細い声でそんな事を言う。
この学園では入学前に適性検査が行われ、その適性によってクラスが分けられるとは聞いていたが、これはどうであろうか。
まるでこれから打首にされるのを待つかのような、この緊張の表情――小生はそんな同窓たちの顔を眺め渡して訊ねた。
「なぁエステラ、皆は何を緊張しておるのだ? まるでこれでは処刑待ちのようではないか。この適性試験とは如何なるものなのだ?」
「――逆にこの状況でそんな表情してるあなたの方が驚きよ。今後の学生生活が上手くいくかそうでないか、この試験にかかってると言っても過言じゃないのに……」
エステラは顔色悪く小生を睨みつけた。
「いい? 魔剣士の根本は、大気に含まれているエーテルと如何に交感し、それを如何に体内に溜め込めるかなの。一度交感し、体内に溜め込んだエーテルを、私たち魔剣士は魔力と呼ぶ――それはおわかり?」
それは当然だ、と小生は頷いた。
数世紀前、西洋で発見されたエーテルと、そのエーテルと交感することで発動する「魔法」の技術体系が産業革命に繋がり、人類史を大きく変えて久しい。
日進月歩で進化する魔法技術は真っ先に軍事技術に転用され、その中で誕生したのが「魔剣士」――つまり魔法を駆使して剣を振るう、我々のような兵士である。
魔法と剣術を複雑に組み合わせた魔剣技の体系を背景に、飛躍的に軍事力の飛躍的な増強を果たした西洋諸国は、火と鉄を以て世界の分割、そして植民地化に乗り出した。
その中でも抜きん出た軍事力、経済力、そして広大な植民地を獲得した五つの国――それがこんにち五大列強国と呼ばれる国々である。
そういう世界背景があればこそ、どこの国でも、いつ自分の国が植民地化されてもおかしくはない。
そういうわけで、ついこの間まで国を鎖していた小生の祖国、大八洲は、国を開き、新たな国となった今――世界の進運に遅れざるまいと、躍起になってその技術を学ぼうとしている最中なのだ。
小生が頷くと、エステラは続けた。
「その魔力の総量は人間個人のキャパシティに依るし、それが魔剣士の実力そのものの指標になる。つまり魔力量は多ければ多いほど実力があると見做されるし、その後に覚えられる魔剣技術の種類も変わってくる……」
エステラは小生から顔を離し、列の先頭にある石板を見つめた。
生徒たちはその石板に手をかざすと、石板が淡く発光し、数秒後にアラビア文字での数字が現れる。
今の生徒が叩き出した数字は520。本人はまんざらではなかったらしく、得意げな顔をして列に戻る。
「それを測定するのがあの石板よ。あれに触れるだけで魔力の総合値が一瞬でわかってしまう。アレで100以下を出しちゃったらもう最悪……才能不足の軽輩として見下される学園生活が待ってるってことよ」
ああ成る程、つまり――この瞬間、優等生なのか落ちこぼれなのか判明してしまうのが恐ろしいわけだ。
小生は嘆息した。
「なんだ、そんなことか。小生はてっきり新入生向けのシゴキでもあるのかと……例えば逆さ吊りにして割竹で百叩きにされて悲鳴を耐えるとか、石を抱かされてその枚数に応じてクラスが振り分けられるとか……」
「そ、そんなことあるわけないじゃない! あなたの国ではそんな感じで魔力測定してるの!? 信じられない!」
「流石にそんなわけがなかろう。そもそも我が国には、魔力を測定するという発想そのものがないのだ」
「は――?」
小生の言葉に、エステラが絶句して小生を見た。
小生は若干呆れて説明した。
「西洋列強の紳士淑女の集まる学園ともあろう施設が無駄なることを……魔力など数字にして著してどうするというのだ。ましてそれで人の優劣を定めようと? それではむしろ落ちこぼれをますます落ちこぼれさせるための理由になってしまうではないか。西洋列強の人々は何故にこうも身分を分けるのが好きなものか……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。聞き捨てならない事を聞いたわ。何? あなたの国では――魔力測定の概念がないの?」
「ああ、ないな。あるわけがない」
小生が即答すると、エステラがまさかという表情になる。
「小生の国ではエーテルをエーテルや魔力などと呼ぶ人間はまだ少数だ。そうだな……気、とでも言おうか。この表現が最も通じるであろうな」
「キ? キって何よ?」
「何よ、と言われても答えることが叶わぬ。やる気、元気、強気、闘気……そんなものの事を指す。要するに人間が生きる上での根源的な力のことをそう呼ぶのだ」
小生は長々と説明した。
「西欧の人々は不思議な発想をするものであるな……例えば小生は今、物凄く学生生活を楽しむ気満々であるが、西洋の人々はその小生のやる気を何点何点と数字で表現するのか? それは一体どれほど正確な数字なのだ。むしろ数字が人を縛るとは――考えぬのか」
「数字が――人を縛る?」
「そうであろう。エステラ、あなたが例えばここで魔力量1と診断されたとしよう。あなたはその後、そのせいでずっと魔力量1の凡愚として三年間もここで無為に暮らすことになろう。どれだけ努力しても魔力量が1だから、と言い訳してな」
小生の言葉に、エステラがなんだか虚を突かれた表情になる。
めんどくさいなぁ、と思いつつ、小生は石板に現れた数字に一喜一憂する同窓たちを眺める。
「そもそも、人のやる気や元気に等しいものを数字で測定しようとするのがおかしなことではないか……。気などというものは、あると思えばあるし、ないと思えばないものであるからな」
「あると思えば、ある――?」
「ああ、気だけではない。色即是空、空即是色、山川草木、一切衆生、森羅万象がそうなのである。それがこの世の全てを貫く法――それを人間如きが測って数字にしようなどとは恐れ多いこと――」
「うおおおっ! 魔力量1500だ! あのデカブツすげぇ!」
その瞬間、どっと湧いた歓声が小生の言葉を遮った。
見ると、「1500」と表示された石板の前で、なんだか妙に険のある金髪の青年が、自慢げに手首をさすって笑っていた。
長身、なおかつ頑強な体躯の青年は、後ろに居並んだ小生たちを見渡し――そして明らかにエクセラに向かい、凶暴に微笑んでみせた。
その瞬間、まるで毒刺に刺されたかのように、エステラの体が硬直した。
青白い顔はいっぺんに色を失って蒼白になり、怯えを全開にして青年から目を逸らしてしまう。
その様をさも面白いもののように一瞥して、青年はのしのしと列に戻った。
「……なんだ、知り合いか?」
「それ……二度と口にしないで。あんな下衆野郎と知り合いって言われるだけで反吐が出るの」
エステラが明確な憤りと、それでも隠しきれない怯えを堪えるよう、低い声で呻いた。
「今朝のロザリオを奪われそうになったの、きっとアレもあいつがけしかけたのよ。――私を威圧して、怯えさせて楽しんで……相変わらず最低の男だわ」
「な、なんと……! 今朝のアレの下手人があの大男! それは許せん、後日きちんと話しを通して謝罪に……!」
「いいわ、いいの。憤ってくれるのは有り難いけど、私が下手に強気に出たら、私の家族の身が危うくなるから」
家族の身が危うくなる? どういうことだ。
小生の質問の視線にも答えず、エステラは震える左手を右手で押さえ、歯を食いしばって、次の瞬間、明確にそう言った。
「必ず、必ずこの学園で殺してやる……!」
その言葉の物々しさに、はっ、と小生が驚いた瞬間だった。
「次! エステラ・マリナウスカイテさん! あなたの番です!」
さっきの線の細い女性に言われ、小生は石板とエステラを交互に振り返った。
「エステラ……大丈夫か?」
「大丈夫。気にしなくても大丈夫よ」
「だが、そんな様子で大事な適性試験に臨むなど……」
「心配いらない。私は私のやるべきことをやるだけだし。行ってくるわね」
エステラは小生を残して石板に歩み寄り――手をかざした。
しばらく待つと石板がぼんやりと発光し――そこに現れた数字は「800」。
おおっ、と周囲がどよめいたところを見れば、悪くはない数字なのであろう。
だが一方のエステラは少し無念そうに俯き、そうするのが何かを堪える時の癖であるのか、下唇をきゅっと噛み締めてしまう。
ふむ――やはりこの試験はよくない。
こんなやり方では真の魔剣士など育つわけがない。
これは小生が少し範を示してやらぬことには、同窓たちに落ちこぼれが増えてしまう。
「次、ええっと――クヨウ、クヨウ・ハチースカ君!」
小生の名前が呼ばれ、小生は石板の前に立った。
小生は二、三度、掌を握ったり締めたりを繰り返して、石板に手をかざした。
明鏡止水、身心脱落、泰然自若不動心――。
小生はそれだけを念じ、静かに瞑目した。
小生の中にある何かの炎がゆっくりと鎮火してゆくのを感じた、その瞬間。
試験官の女性が短く悲鳴を上げるのが聞こえ、小生は目を開いた。
石板に示されていた数字は「0」。
小生の中に、魔力が一滴も「ない」事を示す数字だった。
「えっ、えええっ――!? すっ、すみません、不具合が発生したようですッ! ま、魔力がゼロだなんて……!」
「いやいや試験官殿、これで合っておる。この石板は正確だ、ある意味でな」
「だっ、だって! 魔力がゼロだなんて有り得ませんッ!!」
試験官の女性はガタガタと震えた。
その側で硬直しているエステラでさえ、まるで怪物を見ているかのような驚愕の表情で小生を見つめている。
「だっ、だって! だって魔力がゼロってことは、死体と一緒ってことですよ!? 生きるためのエネルギーが身体の中になんにもないってことに……!」
「それでも、測った結果ないというならないのであろう。小生は魔力ゼロで構わぬ。次がつかえます、小生は移動してよいかな?」
「いっ、いいわけありません! も、もう一度測り直して……!」
「よい。お手間を取らせることになるのでな。エステラ、戻ろう」
「えっ、ええ……!? あなたこれでいいの!? 史上最悪の落ちこぼれの数字よ!? い、いや、こんなの落ちこぼれどころの話じゃ――!」
「構わぬ構わぬ、後で実力で挽回すればよいだけだ。行こう」
小生がそう促しても、エステラはまだ信じられないという表情だった。
小生たちを見つめる周囲の視線が、さっきとは明らかに違う。
魔力が「ゼロ」の小生は、彼らにとっては歩く死体と同義なのだろう。
だが小生は生きている。呼吸もしている。
本当に小生の中の魔力がゼロならば、もちろん有り得ないことである。
魔力がゼロでありながら、生きており、立ち、歩き、呼吸をしている小生を、同窓たちはどのように解釈するのだろう。
全く――数字だけに縛られるから、そういう愚かな錯覚を生むのである。
いやはやこれはなんとまた、水準が低いものよ――。
そんな落胆と呆れを同時に感じながら、小生は列に戻っていった。
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