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4話 厄介な先輩





 友人Fと知り合って、一年が過ぎた頃だっただろうか。

 今の時期の様に桜が舞う季節だった記憶がある。


 Fに不幸事があり、家族で田舎に帰ると言いFは不在だった。

 多分、春休みだったのだろう。

 私は友人の関口と一緒にまだ肌寒い公園で何をするでもなく、一日過ごす事があった。


 関口が腹が減ったというので、公園を出て、有名な牛丼屋へ行き、飯を食って、また公園に戻ろうとしている時に、改造した煩いバイクが目の前を通り過ぎて止まった。


 ヘルメットも被らずにバイクに乗った若い男は振り返ってじっとこっちを睨む様に見ていた。


「やばいな…」


 と関口が私の横で呟く。


「何がやばいの…」


 と訊くと、どうやらそのバイクに乗った男は関口たちの学校の先輩らしく、そこまで親しくも無いのに、やたらと付き纏う人らしい。


「よぉ、セキ」


 とその北谷先輩は関口に声を掛けて来た。


「ども」


 と関口は軽く返事をして通り過ぎようとした。


「待てや…。お前、それが先輩に対する態度かい」


 と何か少し苛立っている感じだった。


 関口は露骨に嫌な顔をしていたが、私は知らない先輩なので、普通に先を歩いた。

 そしてそのまま公園の入口にその煩いバイクを止めて、私たちの後ろを着いて来る。


「あの先輩、友達おらんねん。ちょっとややこしい人やから…」


 と関口は小声で私に言った。


 なんとなくわかる気がする…。


 私はそう思いながら、関口と話す、その北谷先輩の背中を見ていた。


「今日はFは何処におるねん」


「知りませんよ。いつも一緒じゃないし」


「コイツ誰やねん。この辺の奴ちゃうやろ」


「違うけど、友達ですわ」


 なんてやり取りを後ろで聞いていた。


 すると突然振り返って、


「おい」


 と北谷先輩は私を呼んだ。


「お前、ちょっと来い」


 少しその言い方にムカついたが、関口の顔も立てる必要もあると思ったので、素直に北谷先輩の傍に立った。


「自分、名前なんて言うねん」


 私は簡単に自己紹介して友好的である事を見せた。


「ああ、やったら〇〇知ってるやろ。俺の友達や」


 と言われたのだが、その〇〇という人を知らなかった私は、


「いや…。すみません。ちょっとわからないですね…」


 と返事をした。

 知ってると嘘を付いてややこしくなっても嫌だったので…。


「お前、何かムカつくな…」


 北谷先輩は細く剃り上げた眉を寄せて睨んで来る。


 めんどくせぇな…。


 と私はそんな顔をしていたのだろう。

 関口が、


「北谷先輩。俺の友達ですから、許して下さいよ」


 と言ってくれて難を逃れた。






 池に突き出た屋根のある休憩スペースみたいな場所があり、そこに座って三人で話を始める。


 北谷先輩の話は嘘なのか、本当なのか、大袈裟に話しているのかわからず、黙って頷くしかなく、私も関口も何も面白く無かった。


 前歯の無い先輩はタバコを咥えたまま、その武勇伝の様な自慢話の様な話を延々と話す。


 関口は何度も聞いた話だったのか、迷惑そうに相槌を打っていた。


 しばらく北谷先輩の話を黙って聞いていたのだが、少し胸騒ぎの様なモノを感じ始めた。

 ふと休憩スペースの入口を見ると小さな女の子が立っているのに気付いた。

 

 あれ…。


 不思議な感覚。

 まるで生気が無い。


 私はそれを感じ、その子から目を逸らした。


 するとその女の子はそのまま北谷先輩の横に座り、じっと先輩の顔を見つめている。


 ただ、私にはその女の子がどんな理由で北谷先輩の傍に座ったのかはわからなかった。

 ただじっと見つめているだけで、瞬きもしない。


 多分、良くないモノ…。


 それは私にもわかった。

 しかし関口も北谷先輩もその女の子には気付いていない。


 女の子が北谷先輩の服を掴む。


「何か此処、寒くないか…」


 とその瞬間に北谷先輩は言う。


「陽の当たる場所行きますか」


 と関口が立ち上がる。


 多分、そうじゃない…。


 私はその女の子をじっと見た。


「いや、此処でえーわ」


 と北谷先輩はタバコを足元に落として踏み付けている。


「おい、お前、缶コーヒー買って来い」


 と北谷先輩は私に言う。


「はい」


 私は返事をして立ち上がった。

 そして公園の事務所の傍にある自動販売機へ向かおうとすると、


「おい」


 と北谷先輩が私を呼び留めた。


「銭、持って行け」


 とポケットから財布を出して、私に投げた。

 カエルの形をした可愛い財布だった。


「何すかその財布」


 ヤンキーの北谷先輩が持つには可愛すぎる財布だった事を関口が笑う。


「ああ、これな、拾ってんけどな。可愛かったからそのまま使ってるねん。女にウケるやろ」


 先輩はそう言うと笑ってた。


「温かい奴な」


 私はその財布を持って自動販売機へと向かう。


 自動販売機の前でその財布を開けると、財布の内側にひらがなで名前が書いてあった。


「つかはらようこ」


 私はそれが少し気になった。


 温かい缶コーヒーを一本だけ買って戻る。


「お前らの分は…」


 と北谷先輩は言うが、


「ああ、俺らさっき飲んだんで…」


 と関口がフォローしてくれた。


 ふと気付くと北谷先輩の横に居た女の子の姿は無く、私は胸を撫で下ろした。

 しかし、その女の子は私の横に座っていた。


 私は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「あ、先輩、コレ…」


 と私はポケットに入れてたカエルの財布を先輩に返した。


「おう」


 と先輩は財布を受け取り、ジャンパーのポケットに入れる。

 するとその女の子は私の横から先輩の横に移動してまた座った。

 

 間違いない…。

 この子が「つかはらようこ」だ。

 

するとその女の子は北谷先輩の腕を両手で掴んだ。


「やっぱまだ寒いな…」


 と先輩は缶コーヒーを開けて飲み始めた。


「そんな寒くないっすよ。先輩、最近やり過ぎちゃいますか」


 と関口はシンナーを吸うジェスチャーをする。


「アホか、やってへんわ」


 ニヤニヤしながら先輩はそう言う。


 そんな事じゃない…。


 私は苦笑しながら二人の話を聞いていた。


 しばらくすると、


「ちょっとしょんべん行って来るわ」


 と先輩が立ち上がった。


「トイレ何処や」


 と関口に訊いた。

 関口は一緒に休憩スペースを出てトイレの場所を教えていた。


「今のうちに逃げるか…」


 関口は私に言う。


「俺、嫌いやねんな。あの先輩」


 そんな事は見てればわかる。

 私は、関口に訊いた。


「Fっていつ帰って来るんやった…」


 関口は嫌な顔をして私を見た。


「まさかとは思うけど…」


 私は頷く。


「あの先輩に何か憑いてる…」


「やっぱり…」


 迷惑そうな表情の関口は溜息を吐いた。






 なかなか帰らない北谷先輩の話に疲れて、私は用事があるのでと言い、先に帰る事にした。

 心配そうな表情の関口だったが、


「後で電話する」


 と言い、その場を離れた。






 そのまま家に帰り、Fに電話をしたが、留守の様で、誰も電話に出なかった。

 その夜だった。

 関口から電話があり、少し慌ててる様子だった。


「あれから大変やってん。北谷先輩、ガタガタ震え出してな。寒い寒い言うから、帰ってんけどよ」


 そこまで寒い日でもなく、もちろん震える程では無い。

 間違いなく、あの女の子の仕業だろうと思った。


「お前、先輩の家わかるか」


 関口は、


「ああ、わかるで。あの下品な単車止まってるし」


 と言う。


「明日、行ってみるか」


 関口は本当に嫌そうだったが、何故かそうしなければいけない気がした。






 翌日、関口と合流して北谷先輩の家に行く。

 確かに家の前に、下品なバイクが止まっていて直ぐにわかった。

 

 北谷先輩は昨日から熱を出して寝ているらしく、先輩の母親が部屋に案内してくれた。


 部屋に入ると、直ぐに気付く。

 先輩の散らかった部屋の隅に昨日の女の子が座っている。

 そして、その後ろに女の子の母親らしき姿もあった。

 

 これは少し厄介かも…。


 私は蒲団の中にいた先輩に挨拶をした。


「お前も来たんかい」


 と先輩は言うが、その言葉に力は無い。


 私は散らかった雑誌を避けて座った。


「ちょっと訊いても良いですか」


 私は先輩に言う。


「なんやねん。体調悪いねん」


 と北谷先輩は言うが、相当に寒そうで、蒲団から顔だけ出していた。


「先輩の拾った財布。何処で拾いましたか」


 先輩は脱ぎ捨てたジャンパーを手繰り寄せて、ポケットからカエルの財布を出した。


「これか…」


「それです」


 北谷先輩は私の前にその財布を投げた。


「何やねん。お前のんとか言うんちゃうやろな…」


 面倒な先輩だった。


「国道の地蔵の所や」


 地蔵…。


「何やねん。はっきり言えや。その財布がどないやねん」


 少し苛立っている北谷先輩に関口が言う。


「先輩、コイツ、Fと同じ様な力持ってますねん」


 先輩もFの力は知っている様で、突然起き上がった。


「何や…。俺に何かあんのか…。変なモン憑いてるんか」


 先輩は声を荒げた。


 私は、少し前に出て、親子がいる場所を指差した。


「そこに居ます」


 先輩も関口もほぼ同時にその場所を見る。


 北谷先輩は関口を見て、


「お前にも見えるんか」


 と訊く。


「まさか、俺には見えませんよ」


 と関口は首を振った。


 北谷先輩は少し考えて、


「おい、セキ。コイツの事信用出来んから、Fを呼んでくれ」


 と先輩は言う。

 私を信用出来ないのは無理も無い事。


「早よう、呼べ、Fを呼べ」


 と先輩は怒鳴り出した。


 先輩の部屋に引き込まれた、長いコードの電話が部屋の隅に転がってた。

 関口はその電話を取って、Fに電話した。

 

 関口が電話をすると電話に誰か出た様だった。


「F君、帰ってますか」


 と関口は訊いている。


 帰って来てたのか…。


 私はものすごく安心した。


「俺や、直ぐ北谷先輩の家に来れるか」


 どうやらFもいる様だった。


 Fがやって来たのはそれから半時間程してからだったと思う。


 北谷先輩の母親に連れられて、Fは部屋に入って来た。


「北谷先輩、まだ死んでなかったんかいな」


 とFは北谷先輩にも容赦ない。


「うるさいわい。お前殺すぞ」


 なんて先輩はFに言う。


 しかし、Fは直ぐに気付いた様子で、部屋の隅をじっと見ていた。


「何やったん。死にかけやん」


 Fはそう言いながら先輩の傍に座った。


 私はFの横に北谷先輩のカエルの財布を置いた。


 Fはその財布を手に取ってじっと見ている。


「先輩。人のモン盗ったらあかんで」


 Fはその財布の中の小銭を先輩の枕の横に全部出す。


「お前何すんねん」


 と先輩はその小銭をかき集める。


「俺の全財産やのに」


 Fはその財布の中に書いてある名前を先輩に見せた。


「この財布は「つかはらようこ」さんの財布や…。何、盗ってるねん。そういうの泥棒って言うねんで」


 先輩は、


「アホか、拾ったんじゃ…」


 と言うが、その声は小さかった。


「お地蔵さんに置いてあってん」


 と囁く様に言う。


 なんとなく、供えてあったモノを北谷先輩が持って来た。

 それはわかっていた。


 バツが悪かったのか、先輩はまた蒲団に潜り込んで、背中を向けた。


「先輩。起きろよ」


 とFは北谷先輩を蒲団の中から引き擦り出す。


「持主が怒ってはるから、ちゃんと謝らんと」


 そうなのだ。

 女の子は表情こそないが、多分、北谷先輩に怒っている。

 

 何故か、Fの言う事を聞いて、先輩は蒲団の上に正座した。

 

 そして親子が居る方向を向いて頭を下げる。

 Fの力に絶大な信頼があるのだろう。


「すみませんでした…」


 先輩はそう言いながら親子に頭を下げた。

 勿論、親子の姿が見えている訳ではない。


 Fは頭を下げた先輩の背中に手を添えて、読経を始めた。

 関口も私の隣で手を合わせて目を閉じている。


 私はじっとその親子を見ていた。元々見えているのは私とFだけなのだろうが。


 親子は頭を下げた北谷先輩を見ている。

 そしてFの読経が終わる頃にはその親子の姿は消えていた。


 Fは頭を下げたままの先輩の背中をポンポンと叩いた。


「もう大丈夫っすよ」


 北谷先輩はゆっくりと頭を上げた。

 そして首を鳴らした。


「何か、寒く無くなったわ…」


 と先輩は言う。


「先輩…。普段使うモンって、それなりに愛着みたいなモン生まれるじゃないすか」


 Fは財布を手に取って中を見た。


「この「つかはらようこ」さんもそうなんすよ。それを下品な単車に乗ったヤンキーに黙って持って行かれたらそりゃ怒りますわ」


 北谷先輩は二本ない前歯を見せて笑う。


「お前、ホンマに口悪いな。先輩を先輩と思ってへんやろ」


 Fはニコニコ笑いながら立ち上がる。

 そして北谷先輩のTシャツの襟元を掴んだ。


「お前、ただの泥棒やんけ。何、先輩ぶってんねん」


 と大声を出した。

 その声に私も関口も驚く。


 北谷先輩は剣幕なFに驚いて、


「す、すまん」


 と謝った。


 Fは北谷先輩を睨み付けたまま、


「わかったら早よう着替えろや…。財布、返しに行くで」


 と言った。






 その後、四人で北谷先輩が財布を盗ったお地蔵さんまで歩いた。

 そして其処に財布を戻して、手を合わせた。

 そこでも同じ様にFは読経を始める。

 

 私はFの後ろで手を合わせたままそのFの声を聞いていた。


 ふとした瞬間にその周囲の空気が変わった気がした。


 Fの読経がすんで、私たちはその地蔵を離れた。

 視線を感じて振り返ると、その場所にあの親子の姿があった。

 二人は私たちをじっと見つめていた。





 いつも行く喫茶店に入り、四人で昼飯を食う事になった。


「すまんかったな…。色々と迷惑かけて」


 北谷先輩は私たちに頭を下げた。


「おう。ええけどや…。俺が一番ムカついてるのなんかわかる」


 Fはタバコの煙を吐きながら言う。


 先輩は首を傾げながら眉を寄せている。


「お前、コイツの事、信用出来んって言うたらしいな」


 Fは私の肩を叩いてそう言った。


「お前、コイツに助けられたんやで、それを信用ならんってどういう事やねん…。お前、一回殺したろか」


 Fは北谷先輩にも一歩も引かない様子で、怒り狂っていた。


「ああ、すまんかった…」


 と北谷先輩は私に頭を下げた。


「会ったばっかりやったし…。お前と同じ力持ってる事もわからんかったし…」


 Fはドンとテーブルを蹴った。

 それに北谷先輩は驚いてびくっと身体を震わせていた。


「先輩…」


 Fは身を乗り出し、向かいに座る北谷先輩を覗き込む様に見た。


「人って出会った時に、まず尊敬する事から始めろってのはどんな宗教でも同じで、何処にも馬鹿にする事から始めろなんて教えは無いねん」


 Fはタバコを消して、テーブルに肘を突く。


「俺も、初めはお前の事、尊敬してたわ。だけど、お前のやる事見てたら、何処を尊敬したらええんかわからん様になったわ。だから年下の俺が説教たれてるねん。それわかってんのか」


 そう言うとまたテーブルの脚を蹴った。


「挙句、お地蔵さんのお供え盗むとか、あり得んやろ…。ええ大人のくせしてよ」


 Fの言葉に、北谷先輩は何も言えずに下を向いている。


「ええか、この先、俺の友達見下したら、俺が黙ってへんからな…」


「はい…」


 北谷先輩は小さな声で返事をした。






 北谷先輩と別れて、私たちはいつもの公園に行き、昨日、北谷先輩の話を聞いた休憩スペースに三人で座った。


「あの親子は、あそこで事故に遭って亡くなったんやな…」


 とFは言う。


「あの女の子は財布を買ってもらって、それを持って一緒に買い物に行く途中やったんやろうな…。カエルの財布を持って買い物行くのが嬉しくて仕方ないって感じやな…」


 私はFが話すのを黙って聞いていた。


「モノってな。念が籠る事、結構あってな。特に大事に使ってたモノとか…。あのアホはそんなん何にも考えん奴やからさ、あの子は怒ってたんやな。大事に使ってくれてるなら、まだ救いもあったんやろうけどな」


 納得の行く話だった。


「まあ、アイツは痛い目合わなわからん奴や」


 Fはそう言うって笑った。


「まあ、これでアイツが絡んで来る事は無いやろ…」


 関口はそれを聞いて大きく息を吐いていた。


「ただ、アイツ、もう一つあるな…」


 Fは北谷先輩の家の方を向いて言う。


「まだあんのか…」


 関口は苦笑しながら言った。


「もう、アイツには教えんけどな」


 Fはニヤリと笑っていた。






 それから何年かして、私は体調を壊して大きな病院に行った。

 受付を済ませて診察室の近くで順番を待っていると、車椅子が私の前を通り過ぎた。

 それは北谷先輩だった。

 しかし、向こうは私の顔など覚えていない様子で、周囲の人に頭を下げながら診察室に向かっていた。

 見た感じ、どうやら足が動かない様だった。

 

 私も診察を終えて、病院の外でタバコを吸っていると、車椅子に乗った北谷先輩がやって来て、タバコを咥えていた。

 先輩は手に持ったライターを落し、それを拾おうと手を伸ばしていた。

 

 私はそのライターを拾って先輩に渡した。


「あ、すんません」


 先輩は私に礼を言ってタバコに火をつけた。


 その日は寒い日で、外でタバコを吸うのも厳しい風の日だったと思う。

 私と北谷先輩以外、そんな場所でタバコを吸う人なんていなかった。


「今日は寒いですね…」


 と北谷先輩は私に話しかけて来る。


「そうですね…。こんな寒い中タバコ吸う人もいないですもんね」


 私は先輩の顔を見て微笑む。


「足が動かん様になっても、タバコは止めれなかったです」


 先輩はそう言う。


「事故ですか…」


 先輩はコクリと頷き、


「若い時に単車でこけて、背骨折ってしまったんですよ」


 と先輩は動かない脚を叩きながら微笑んでいた。


「バイクは怖いですね…」


 北谷先輩は頷く。


「やんちゃしてましたからね…。罰が当たったんですよね…」


 それを聞いた時にふとFの言葉を思い出した。


「アイツ、もう一つあるな…」


 確かあの日、Fはそう言っていた。


 そうか…。

 もう一つとは北谷先輩のバイクの事だったのか…。

 

 私はそう思った。

 

 しかし、それで北谷先輩は真っ当に生きる事になったのかもしれない。


「北谷さんですよね…」


 私は先輩にそう訊いた。

 

 先輩は不思議そうな表情で私を見ている。


「何処かで会った事ありましたっけ…」


 と先輩は私に言う。

 私は小さく頷き、


「Fの友人です」


 そう言うとじっと私を見ていた。


「ああ、ごめんなさい。F君の事は覚えてるんですけど…」


 私は先輩に微笑んで頷いた。


「F君は元気ですか…」


 その当時、Fは仕事の関係で関東へ行っていたので、それを先輩に教えた。


「そうですか…。F君には本当に世話になったんで」


 先輩はちゃんと揃った歯を見せて笑っていた。


 以前の先輩が想像できない程、ちゃんとした人だった。


 その後、二人で駐車場に向かった。

 私の車の傍に北谷先輩も車を停めていた。

 不自由な足を車に乗せると、車椅子を畳んで、隣に乗せていた。

 先輩は私に会釈して車を走らせた。

 ルームミラーにカエルのマスコットが揺れているのが見える。

 

 私はそれを見て微笑むと、エンジンを掛けた。


 




 関口にこの話をすると、彼は北谷先輩の事を良く知っていた。

 

 二十歳になる頃にバイクで事故を起こし、下半身不随になったと言っていた。

 しかし、その後、先輩は中古車屋を始めたという。

 結構評判の良い中古車屋らしく、女性のための軽四を中心に取り扱っていると言っていた。

 

 実際に先輩の中古車屋で車を買った人の話を聞いた。

 先輩は、


「中古車だからって乱暴に乗るとか、手入れしないとか、そんな人には売りません。もし、自分で手入れ出来ないのであれば、持って来て下さい。代わりに手入れしますから。車が「乗ってくれてありがとう」って思う様な乗り方して下さい」


 と言っていたらしい。


 あんなに厄介な先輩だったのに、本当に痛い目に遭って気が付いたのかもしれないですね。


 




 Fが他界した事を、先輩に関口は話したらしい。

 北谷先輩は手に持ったペンを落し、俯いて目に涙を浮かべていたと言っていた。

 

 私も一度、先輩の店を訪ねてみたいと思っている。








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