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14話 ドッペルの憂鬱





その日は珍しく、友人Fからも関口からも連絡がないまま、私は町に出て、一人本屋だの喫茶店だのをフラフラと歩いていた。

激しめの夕立があり、私は関口がよく行くパチンコ屋の駐輪場の屋根の下で雨宿りをしていた。

関口の自転車も無く、今日はその店には居ない様子だった。

毎週毎週連絡してきて、呼び出すのに、何もないのは本当に珍しい。

少しほっとしているのか、それとも虚無的な何かを感じているのか、自分でもよくわからない。

そんな気持ちを引き摺ったまま、大粒の雨が止むのを待っていた。


私は、当時からいわゆるマセガキで、綿生地のワイシャツとジャケットを常に着ている感じで、高校生には見えない風貌だった。

よく大学生に間違われた事もある。

Fは服装にはこだわらないタイプだと思っていたが、今考えると結構こだわりがあったのかもしれない。

関口は、夏は当時流行っていた柄物のタンクトップなんかで結構ラフな感じが多かった気がする。


ふと振り返ると、私の後ろにFが立っていてタバコを吸っているのが見えた。


しかし、Fは私の姿を見ても何も言わず、ただタバコを吸って、そのままパチンコ屋の中に入って行った。


どうしたんだろ。


何も言わないFが気になり、私もパチンコ屋の中に入るが、何処にもFの姿は無く、私は店の中を数周して外に出た。


何か、怒らせる様な事でもしたかな……。


私はそんな事を考えて、いつも行く喫茶店へと小降りの雨の中を歩いた。


喫茶店へ入ると、店のママ、と言ってももう七十を過ぎた婆さんなのだが、私たちがいつも座る席を指差した。

そして水を持って来て、


「珍しいね。一人なんて」


と言い、テーブルにグラスを置く。

私は適当に返事をしてアイスコーヒーを頼んだ。

ママがカウンターに戻ると私は買って来た文庫本を開いて、読み始める。


この店に一人で入る事も本当に珍しい。

そしてどれくらい時間が経ったのか、テーブルの上のアイスコーヒーは汗をかいて、かなり薄くなっている様だった。


「今日は来ないね……」


ママが私に言う。

私は本を閉じて、脇に置くと、アイスコーヒーを飲んだ。


まあ、そんな日もあっておかしくはない。


すると、喫茶店のドアが開いてFが入って来た。


「おう、来てたか……」


Fはそう言うと私の向かいに座った。

しかし何かおかしい。

さっきパチンコ屋で見たFと服が違う。

それを私が指摘すると、


「何言ってんねん。今日は朝からこの服やし」


と言い、タバコを咥える。


私は他人の空似だったかと思い、小さく頷く。


「今日は、セキは……」


Fが私に訊くが、私には連絡がない事を伝えた。


「パチンコ屋にもおらんのか……」


とFは運ばれて来たアイスコーヒーをストローで飲む。


「なあ、少し変な話があってよ……」


とFが身を乗り出した。

私も少し前のめりになり、Fの話を聞いた。


Fや関口と同じ学校の一つ上の先輩の話だった。

その先輩は程よく不良だったせいか、目立っていて、女にも人気がある先輩だったらしい。

ただ、Fや関口なんかとはあまり絡む事も無く、話もした事が無いと言っていた。


「その先輩が実は死んだらしくてよ」


私は眉を寄せて話の続きを聞く。

どうやらバイクで山を走りに行っていて、事故で死んだらしい。


「話は此処からなんやけど……」


更にFは身を乗り出した。


「先輩が死んだ日によ、その先輩の事を見たって奴が三人居てよ」


Fはタバコを消してアイスコーヒーを飲む。


「街で見た奴、その辺で見た奴」


Fは店の外を指差した。


「そして、海の傍で見た奴」


Fはソファの背もたれに寄り掛かる。


「どれもあり得ないんよな……。その先輩はそいつらが見たって言う時間には既に山を走ってた筈なんよな……」


私は、ドッペルゲンガーって奴かとFに訊いた。


「うーん。そんなのもあるよな。だけど、そんなん実際に有り得るんかな……」


Fはグラスに残ったアイスコーヒーを一気に飲み干した。


「ドッペルゲンガーって自分で見てしまうと死んでしまうって奴よな……。だけど、その先輩は自分では見てない思うんよな」


確かにそうかもしれない。

しかし、見たら死ぬドッペルゲンガー。

見た人の話を訊く事も出来ない。

それが起こり得る事なのかどうかは誰にも確認出来ないのだ。


Fはアイスコーヒーのお代わりを二人分、カウンターのママに頼んだ。


「まあ、そんな事、調べようもないんやけどさ」


Fは笑いながら身体を起こした。


「世の中には自分に似た人間が三人おるって言うからな。その先輩に似た奴がこの辺に三人集結してたって事なんかもしれんし」


Fはそう言うが、それは確率的にはあり得ない。

その先輩が三つ子や四つ子だったとしても確率的には低い。


「仏教の世界でも、それに似た話はあるんよな。俺も爺さんに聞いた事ある程度やけどさ。この世に未練があると、それを果たすために魂が実体化するって事……」


残留思念というモノに近しいのかもしれないが、確かにあるのかもしれない。


「だけど、仏教の話では生前にそれが起こるってのはいわゆる生霊って奴の話になるんよな」


生霊。

強い恨みや念が実体化して人の前に現れる事などを言う。


「まあ、生霊ってのは、結構恨み辛み絡みの話でさ、結構厄介なんよな。場合によってはかなり強引な封じ方をする必要があったり、それ自体が無理だったりする」


Fにも無理な事があるという話をその時、初めて聞いた気がする。


私は、ママが運んで来た二杯目のアイスコーヒーを一口飲んだ。

気が付くと口の中が乾ききっていた。


「ドッペルゲンガーの正体って何やろうな……。仏教の知識では説明できんのよ」


それ自体は西洋の幽霊の話で、確かに仏教では説明できないモノなのかもしれない。

自分に対し不満のある人間だけが見るモノなのかもしれない。

自分に対する警告を発するために自分の前に現れる。

そんな話だと辻褄は合うのかもしれない。


「例えば霊ってよ。誰かに何かを伝えるために出て来ているんやったら、それはちゃんと伝えられる様にしてあげたら、救われる人も居るかもしれんやん」


Fはまたタバコに火をつけながら言う。


「だったら、俺やお前はそれに力を貸す事は出来そうやん」


かもしれないが、それは私には難しいだろう。

私は苦笑しながらFの話を訊いた。


「キリスト教の話では地獄に落ちた霊を悪魔になるって事にしてるんやけど、仏教の世界には悪魔ってモンが存在しないんよな。死んでから出て来るモンは全部幽霊でよ。それに善悪があるのはあるんかもしれんけど、良い幽霊だろうが、悪い幽霊だろうが、出て来てはいけないモンなんよな」


確かにそうかもしれない。

この世の存在してはいけないモノは出て来るべきではないという事なのだろう。


「けど、生きている人ってまだこの世に存在している訳やんか。それを無きモノにするってのは、どんな宗教でもあり得ない話でよ。扱いが難しい訳よ」


私は小さく何度も頷く。


私たちはしばらく無言になり、アイスコーヒーを飲んだ。


「しかし、今日はセキ、遅いな……。風邪でもひいたかな……」


Fは立ち上がって、喫茶店の中にあるピンク色の電話に十円を入れて関口の家に電話をかけた。


私は脇に置いていた本をバッグに入れた。


「セキ、家にはおらんみたいやな……」


そう言いながらFは戻って来た。


窓の外を見るとまた夕立が思い切り降っている様で、何人かの客が雨宿りのために店の中に飛び込んで来た。


私とFはその人達を見て、また外に視線を移した。






その日、結局、関口は喫茶店にも現れず、Fが何度か家に電話を入れていたが、会う事は出来なかった。

そして夕方早めにFと別れ、家に帰った。






その翌日だった。

朝早くに関口から電話が入り、私は寝ぼけながら電話に出る。


「お前、昨日、無視したやろ」


関口は開口一番私にそう言った。

私は何の事かさっぱりわからず、首を傾げた。


「昨日、街に行っててよ。お前を見たから何度も呼んだんやけど、無視してどっか行ったやろ」


昨日は街には出ていない事を関口に伝える。


「ホンマか……。角曲がったらもう居らんしよ。何か俺、怒らせる様な事したかと思って一晩悩んだやんけ」


私は少し考えた。

私が昨日見たFもそうだった。

無表情なままパチンコ屋の中に消えて行った。


「まあ、それはええけど、今日暇か」


といつもの様に関口は言った。






昼前に町に出て、関口が居るパチンコ屋に行く。

その日もかなり勝っている様子で、コインの入ったドル箱を足元に積んでいた。


「今日は焼肉やな……。何も食わんと待っといて」


関口は大音響の中大声でそう言うとニヤリと笑った。

私はいつもの喫茶店で待つ事を伝えてパチンコ屋を出た。

そのまま喫茶店に行っても良かったのだが、昨日買った本の続きが欲しくて私は本屋に向かった。

そして本を買って喫茶店に向かう途中で、私が初めて関口と会った小さなショッピングモールの横を通りかかった時、その裏に入るドアが勢いよく開いてFが出て来たかと思うと、それを追う様に一人の男が出て来る。

Fはその男に蹴りを入れてドアを閉めた。


何やってんだよ……。


私はドアの向こうで苦しんでいる奴を横目にFの背中を追うと、Fは細い通りに入って行く。

その後を追って角を曲がるとFの姿は無かった。


え……。


私はその場に立ち尽くして首を傾げる。


どうなってるんだ……。


少し躊躇ったが、私はFにやられた奴らが居るドアを開けた。

三人の男がそこに立って痛そうに顔を顰めていた。


「何やこら、見せモンちゃうぞ」


一人の男が私にそう言った。

私はその男に掴み掛り、壁にそいつの背中を押し当てた。


誰にやられたかを私は訊く。


「誰にもやられてへんわい」


別の男がそう言って私に掴みかかろうとしたので、蹴りを入れると、近くに積んであった番重にぶつかってそれが崩れる。


流血している奴もいる。

それでやられてないも無い。


「いきがって歩いている奴が居ったから、ちょっとカツアゲでもしてやろうって思ったら、えらく強くてよ……」


私が襟首を掴んでいる奴がそう言う。


Fなのか……。


私に蹴られて番重を倒した男が立ち上がってまた私に掴み掛ろうとしたので、もう一発蹴りを入れるとそれが鳩尾に入り、苦しそうに濡れたアスファルトの上に倒れた。


「さっきの奴のツレか……」


何も出来ずに立ってた奴がそう言って私の肩を掴む。


私は壁に押し付けている奴から手を離して、その男を今度は壁に押し付けた。


結局、そいつらは短時間に二人にやられた事になる。


倒した番重を元に戻しとけと伝え、私はその場所から出た。

 





そのまま喫茶店に行くと、Fがいつもの席に座っていた。


「よお、遅かったな」


と手を挙げて私に言う。


さっき見たFの背中とやはり服装が違っている気がした。


「何や……。怖い顔してどないしたん」


とFはタバコを吸いながら言う。

私はその言葉に苦笑して喧嘩してきた事をFに伝えた。


「お前な……。無暗に喧嘩なんてするモンちゃうで、人類皆兄弟って笹川さんも言ってるやろ」


笹川良一がそう言っているのは知っているが、Fにそんな事を言われる筋合いはない。


私はFにさっき三人相手に喧嘩しなかったかと訊く。


「喧嘩……。してないで。そんな野蛮な事する訳ないやん」


そんな事ばっかりしてた奴の台詞ではない。

何度も問い質したが、Fはしていないと言う。


私はさっきの一部始終をFに話した。

Fは表情を変えてじっと私を見た。


「って事は、お前はそいつらをやった俺の後を追ったけど、見失ってしまって、そいつらに訊こうとして喧嘩になって、更にそいつらをシバイてきたって事か」


私はFに頷く。


「まあ、多分お前の事やから、その俺らしき奴がやったよりもえげつなくシバイたんやろうな」


Fは苦笑しながら私に言った。


そうかもしれん。

と私が言うと声を上げて笑った。


そこに関口が入って来た。


「おーカルビが来た」


とFが大声で言うと店に居た客が一斉に私たちの方を向いた。






汚いが味の良い焼肉屋に入り、私たちは関口の奢りの焼肉を食べながら話をした。


昨日パチンコ屋で見たF。

今日、ショッピングモールの前で見たF。

そして関口が昨日街で見た私。

これがすべてドッペルゲンガ―であれば、私たちはそろそろ死ぬのかもしれないという話になった。


「おいおい、そんな話はやめようぜ……。お前らの怪談話の引き出しは何処までもあるんやな……」


関口はビールを飲みながら焼肉を口に放り込む。


「怪談話ちゃうわ。そのドッペルゲンガーに俺とかこいつが会ってしまうと死んでまう可能性もあるんやぞ」


Fは膝を立てて、ビールを飲んでいた。

私は何か物足りない焼肉のタレにニンニクを入れながら二人の話を聞いていた。


「要はさ、お前らに似た奴が居るって事やろ」


関口はそう言うと、空になったグラスにビールを注ぐ。


「そう言えばホラーでも何でもないのによ」


不服そうに言うとまたビールを飲み干した。


「最近、暴れてないからな……。それが俺の生霊になって彷徨ってるんかもしれんな」


とFは好物のカルビを続け様に口に入れる。


「そのドッペルなんちゃらってホンマに死ぬの……」


関口は私に訊く。


私は、芥川龍之介がドッペルゲンガーを見たという話を二人にした。

そして芥川龍之介はそれを見た数か月後に睡眠薬を大量に飲み、自殺した事を話した。


「何それ……。自殺って事か」


関口は焼肉を食べるのも忘れてそう訊いた。

私はそれに頷く。


「お前ら自殺とかせんやろ」


と私とFに言う。

私とFは顔を見合わせて声を出して笑った。


芥川龍之介は精神的に病んでいた事を付け加えて話す。

そしてドッペルゲンガーは精神的な病の一種ではないかと言われている事も。


「なら、大丈夫やん。お前らが精神的に病む様な奴じゃ無い事は俺が一番よく知ってるしな」


関口は大声で笑っていた。


「でも、ドッペルゲンガーとは違うかもしれんけど、あの先輩の話はそれでは片付かん気がするんやけど……」


Fが関口の前に置かれた瓶ビールを取って、自分のグラスに注いだ。


「ああ、あの先輩か……」


と関口も黙り込んだ。


Fは焼けた肉を取りまた口に放り込む。


「人ってさ、怖い、見たくないって思っているモンが見えたりするねん。幽霊怖い、見たくないって思ってるから見てしまうって事もあるんよな。それって実際に見てる訳じゃなくてよ。そいつの頭で作り上げたモンやったりするんよ。あるやん。心霊写真でもさ、木の重なり具合が人の顔に見えたりとか、影がそう見えたりとかさ。そんなモンなんかもしれんで。あの先輩にこっ酷くやられた奴なんかは会いたくないって思ってるやろうし、逆もあるやろ。会いたいって思っている人が居ると、全然違う奴がそう見えたりとかも」


Fは店員にライスを頼んでいた。

私もついでに注文する。

関口はまだビールを飲むらしい。


「そんなんもあるからよ。こいつも俺に会いたいって思ったから、他人が俺に見えたんかもしれんし」


とFは私の顔を見ながら言う。


特に会いたいと考えていた訳では無いのだが……。


「お前もこいつに会いたいって思ってたから街の中で、こいつに似た奴がそう見えたんかもしれん」


関口もそう言われて首を傾げていた。






私たちは焼肉屋を出て、いつもの公園に向かった。

今日は昨日とは違い晴天で、暑い夏の日だった。


「もう食えんな……」


「ああ、焼肉はしばらくええわ……」


などと言いながらお会計の後にもらったアイスを食べながら歩いていた。

そして缶コーヒーを買うといつもの場所に座ってFと関口はタバコを吸い始める。


「しかし、ドッペルゲンガーに会ってしまったら、死なん自信あるか」


関口の変な質問だったが、私もFも黙ってしまった。


「まあ、実際にドッペルゲンガーに会ってしまって死んだ人の話も聞けんしな……」


もしかしたら、死ぬ人は皆、ドッペルゲンガーに会っているのかもしれないしな。

と私が言うと、二人は黙り込んでしまった。


人の死期ってのはドッペルゲンガーが教えてくれるのかもしれない。


二人は妙に納得していた。


その後、関口はもう一勝負して来ると言ってパチンコ屋に戻って行った。


私とFはしばらくそこに居ると言い、関口を見送った。


「しかし関口ってビビりよな」


とFは関口の背中を見ながら言う。


確かに超常現象的な話には弱い。

Fに巻き込まれて何度もそんな事に付き合っているからかもしれない。

それでも一緒にいる良い仲間でもある。


二人でベンチに戻り、私は缶コーヒーを飲んだ。

そして顔を上げると、そのベンチの傍に知らない男が立っていてじっとこっちを見ているのに気が付いた。

それと同時に耳鳴りがして、私は顔を顰めた。

するとFがその男を睨む様に見ている事に気付く。


何だ……。


私はFと一緒にその男を見た。


「見えるか……」


男はそう言うと私たちの向かいに座った。


「お前と話すのは初めてやな……」


その男はそう言う。


「死んだ先輩や……」


Fはそう言うとタバコに火をつけた。

何故か周囲の音が何も聞こえなくなり、その先輩の声だけが頭の中に響く。


「何で此処に来た……」


Fはタバコの煙を吐きながら言うが、先輩は答えなかった。


「頼みがあってな……」


私とFは先輩をじっと見て話を聞いた。

すると腕時計を外してFに渡す。


「これをアキに渡しといてくれ」


先輩はそう言うと立ち上がった。


「アキって誰やねん……」


Fも立ち上がって言う。


「お前ん所に行く様にするから……」


そう言って先輩は微笑んだ様に見えた。


「頼んだで……」


そう言うと先輩はその日陰になった場所を出て行った。

すると音が戻り、耳鳴りが止んだ。


Fは手に持った腕時計を見る。

フェイスの硝子は割れて、針も止まっていた。

そんなに高価なモノでも無く、何処にでもあるような腕時計だった。


アキって誰だ。

と私はFに訊いた。


「多分、あの先輩の彼女ちゃうかな……」


とFは言って私にその腕時計を渡した。


「不良は時計なんてせんのにな……。あの人、不良じゃなかったんかもしれんな」


そう言うとタバコを床に落として火を消した。






その数日後だったか、関口と喫茶店に行くと、Fが女と話をしていた。


「あいつ、女連れとる……」


店の外からそれが見えて、関口がそう言った。


私にはその女が先輩の言う「アキ」である事が何故かわかった。


店に入ると、Fが私たちに手を挙げて呼んだ。

Fはその女に私と関口を紹介し、私たちに、


「マサノリ先輩の彼女のアキさん」


と紹介した。

そしてテーブルの上には先日先輩から受け取ったフェイスの割れた腕時計が置いてあった。


「これ、もらう約束しててん……。これじゃ使えんやろうけど」


とアキは寂しそうに笑いながら言う。


「直せば使えるやろ……。買った方が安いかもしれんけど」


Fはそう言うとアイスコーヒーを飲む。

アキはその言葉に苦笑しながら頷く。


「私さ、マサノリが死ぬ前に何度もマサノリに似た人見たんよね……。マサノリに訊くと自分じゃないって言うし」


私とFは顔を見合わせて頷く。


「何とかって言うやん。自分の生き写しみたいなん、自分で見ると死ぬって……」


「ドッペルゲンガーな」


Fはテーブルの上のタバコを取って火をつけた。


「そう、それ……」


アキは顔を上げて言った。


「だから、気になって、気を付けてよって何度も言ったんやけど、何か山走るチームに入ったからとか言って……」


彼女の話は続く。


「死んだ日も止めたのに行くって言って聞かんから」


私は俯いたまま頷いた。


「けどね、何か近くに居る気がするんよね。何か怖い話に聞こえるかもしれんけど、やっぱ好きな人やったら死んでも傍に居てくれてるって考えると少し嬉しい気もするし」


関口は少し嫌そうな表情でその話を聞いていたが、私とFはその彼女の言葉に微笑みながら頷いた。


「傍に居ると思うで。アキさんに新しい彼氏が出来るまでは」


アキはその言葉に嬉しそうに笑っていた。


「先輩はアキさんと一緒に居れん事が心残りなんやろうな……」


Fはタバコの煙を吐きながらそう言う。


「霊ってのは必ずしも怖いモンじゃないねん。強い味方になるモンも居るねん」


そのFの言葉に彼女は泣きながら強く頷いた。








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