13話 真夏の夜の夢
「おう、今日の夜、泳ぎ行こうぜ」
友人の関口が私に電話をして来た。
私は学校から帰り、玄関を入ったところに置いてある電話を取ると、それが関口だった。
彼は開口一番そう言う。
夜に泳ぐ。
私は深夜の海で泳いだ事があるが、あれ程怖いモノはない。
気が進まず、私は関口の誘いを断り、制服を着替えた。
するとまた電話が鳴っているのに気付く。
「おう、今日、行くやろ」
今度はFからの電話。
しかも電話に出たのが私かどうかも確認せずにFはそう言う。
どうやら関口と一緒なのだろう。
私は何処で泳ぐのかをFに訊いた。
「うちの学校のプール」
プールか……。
それなら海の何も見えない怖さはないのかもしれない。
「お前が来んと始まらんやろ」
などと勝手な事を言い始める。
その年の夏は暑かった。
と言っても今程では無いのかもしれないが、とにかく暑い夏だったのを記憶している。
それでも学校のプール。
そんなところで見つかると逃げ場はない。
私は大丈夫なのかどうかをFに訊いた。
「今日から学校の用務員が田舎帰っておらんのよ。だから夜の学校はパラダイスや」
パラダイス……。
何を持ってパラダイスなのかわからなかったが、とりあえず渋々だが、参加する事にした。
まあ、行くだけ行ってプールに入らなければ良いか……。
そんな事を考えながら私は着替えも持たずに彼らに夕方合流した。
駅前のパチンコ屋から関口が出て来るのが見えて、私は手を挙げて関口を呼ぶ。
「おう、悪い悪い。Fは女連れて来る筈やから」
と言う。
女……。
聞いてないな……。
「何か中学の時の同級生の女が何人か来るらしいから」
関口は嬉しそうに言い、私と二人でいつもの喫茶店に入った。
今日はパチンコの成績も良かったらしい。
しかしこいつ程パチンコに行ってれば、学校の先生等にも見つかりそうな気がするのだが、そんな話を聞いた事が無い。
関口の話では関口とFと私、それに何人かの女が来るとの事だった。
それでもあまり気乗りのしないまま、関口とアイスコーヒーを飲んでいると、窓の外に女を連れたFの姿が見える。
しかし、連れている女は一人。
「あれ、加奈子だけやん……」
関口はそう言ってタバコを消した。
店に入って来たFは店のおばちゃんにアイスコーヒーとアイスティを注文して私たちの座る席に座った。
「後で三人合流するから」
Fは私の横に無理矢理座った。
そして加奈子を私に紹介した。
加奈子は女子高に通っているらしく、Fや関口とはよく一緒に居たらしい。
そしてよく喋る子だった。
そんな記憶しかない。
関口がパチンコの景品で取った腕時計を何度も何度も見ているのに気付く。
「セキ、亮ちゃん来るからってそんなにそわそわせんでもえーやろ」
Fと加奈子はそうやって関口を茶化す。
どうやらその亮ちゃんって子に関口は気があるような様子だった。
「アホ、そんなんちゃうわ」
そう言う関口もまんざらでも無さそうだった。
後の三人が合流したのはその後一時間程してからだった。
それで喫茶店を出て、飯を食う事になり、近くの中華屋へ七人で入った。
その中の関口が好きな子、亮子。
四人の中でも少し影のある無口な子だった。
中華屋のテーブルに座った時、その亮子が私の隣に座った。
そして適当に注文して飯を食いながら中学の同級生同士色んな話をしていたが、私にはわからない話で、黙ってその話を聞いていた。
その時だった。
私の隣に居た亮子が小声で言う。
「あんたも同じらしいな……」
私は亮子に微笑んだ。
そのやり取りをFが向かい側からじっと見ている事に気付いた。
店を出て、Fたちの高校までバスに乗る事になった。
バス停でバスを待っている間、私は缶コーヒーを飲み、Fと関口はタバコを吸っていた。
加奈子、亮子、愛、真紀。
Fたちはそう呼んでいた。
バス停待っている間も、大声を出して騒いでいたが、私はどうもその輪に入れず、遠巻きにそれを見ていた。
すると亮子が私の傍に来て、
「つまらんやろ……」
と言う。
私はそんな事は無いと返事をしたが、彼女はそんな私を笑う。
「つまらんって……。私でも。中学も一緒違うし、昔話でも盛り上がられてもな」
そう言うとクスリと笑った。
私は苦笑して缶コーヒーを飲み干した。
亮子は騒ぐ五人を振り返って、
「なあ、あの中で誰が一番最初に死ぬと思う……」
と言う。
私は返答に困り、適当に誤魔化した。
すると、
「私にはわかるねん……」
と言い私の顔を見て笑った。
その表情が何故か恐ろしいモノに見えた。
そこにバスが到着し、私たちはバスに乗った。
バスの中では騒ぐ事も無く、静かにつり革を掴んでいた。
「何か変な事言われたか」
Fが私の横に立ち小声で言った。
私は苦笑しながらFに頷く。
「アイツ、お前に似てるで。何て言うか、オーラみたいなモンが……」
Fはそう言うと私を肘で突いた。
夜の学校というモノは気味が良いモノではない。
私たち七人は学校の裏へ回り、誰も居ない静まり返った敷地内へと入った。
「普段、人気の多い場所が静かやと何かちょっと気持ち悪いな……」
関口は何処で手に入れたかわからない鍵でプールの入口の錠前を外した。
学校の傍に出来たばかりのコンビニで色々と買い込んで来たビニール袋をガサガサと鳴らしながら関口が中に入る。
私たちも関口の後を追う様にプールサイドに入った。
水泳部のコーチ何かが座るための安っぽいベンチに私は座ると、関口が脇に置いたビニール袋から缶コーヒーを取り出して開けた。
皆、ワイワイと声を上げて、プールサイドを走っている。
水着を持って来る気など皆無かったのかもしれない。
誰もそれらしいモノを持って要らず、荷物を放り出して、走り回っている。
私はその様子をじっと見つめて、缶コーヒーを飲んだ。
気が付くと、Fが服のままプールに落ちて、水面から顔を出す。
月が出ていてやけに明るい夜だった。
Fに続いて、加奈子がプールに落ちた。
愛と真紀はプールサイドに座り、靴下を脱ぐと足先を水の中に浸けている。
関口と亮子は私の横に来て、
「あいつら、ようやるわ……」
と言いながら二人で並んで立っていた。
「セキ、早よう来んかい」
とプールの中からFが大声で呼んだ。
関口はTシャツを脱いで、そのまま走ってプールに飛び込んだ。
亮子はその水飛沫を避ける様にして、私の横に座った。
さっきの亮子の言葉が気になったが、私は彼女を見る事も無く、じっとプールではしゃぐ連中を見ていた。
愛と真紀が加奈子に引き摺り込まれる様にプールに落ちる。
Fが私を呼んでいるのが聞こえる。
「行かんの」
亮子が私の横で言う。
私は首を横に振って缶コーヒーをベンチに立てた。
私は亮子に行かないのかと訊いたが、
「私、今日生理やから……」
と言って、私が置いたコーヒーに手を伸ばして飲んでいた。
そして関口がベンチに置いて行ったタバコを取り火をつける。
タバコも吸うのか……。
私は彼女の置いた缶コーヒーを取り、キャッキャと騒ぐプールの中の連中を見ていた。
「なあ……」
亮子は煙を吐きながら私を見ている。
「あんたの力はFに聞いてる。それが万能でない事も」
私は小さく頷く。
「私も同じ。F程感じていたら、私は気が狂ってるかもしれん」
亮子はそう言って歯を見せて笑った。
私も同じだと彼女に伝えると、彼女は咥えタバコのまま、足を延ばして背伸びをした。
「そうよなぁ……。Fには今この瞬間にも、誰にも見えんモノが見えてるんやろうな」
私は缶コーヒーを脇に置き、水を掛け合うFの姿を見た。
Fには誰にも見えないモノが見える。
私にも見える事があるのだが、それはいつもではない。
日によってその力が強くなったり弱くなったりする。
「私はさ、人の寿命が見えるねん……」
私はその亮子の言葉に彼女を見た。
驚いた。
寿命が見える。
それであんな事を私に訊いたのか……。
私は視線をプールに戻した。
人の寿命が見える。
そんな事が本当にあるとしたならば、それはこの世で一番残酷な力なのかもしれない。
「こんな力の事はFにしか話してなくて。今日はあんたが来るから、話をしてみろって言われてん」
如何にもFらしい。
私はそう思った。
「友達に話すとさ、気持ち悪がられるやん……。自分の寿命なんて聞きたくもないやろうし」
私は頷いた。
確かに寿命がわかるからと言ってそれを聞きたいと思う人は少ないのかもしれない。
「去年、おばあちゃんが死んでんけどさ。寿命見えてるのに、おばあちゃんは元気でさ、けどやっぱり死んだ。突然やったけどな」
霊が見える奴が存在しているんだから、寿命が見える奴が居てもおかしくはない。
私は自分をそう納得させながら亮子の話を聞いた。
しかし、そんな力は御免だ。
私は缶コーヒーを飲み干して、靴下を脱いでプールサイドに座り足を浸けた。
「辛いだろう……。そんな力……」
私は背中越しに亮子に言う。
亮子も靴下を脱いで私の横に座り、同じ様に足を浸けた。
「うん……」
亮子は爪先で水を蹴り上げながら言う。
「けど、仕方ない」
私は彼女を憐れむ様な目で見ていたのかもしれない。
「後から、おばあちゃんの妹に聞いたんやけどさ。どうやらおばあちゃんにもこの力があったみたいでさ。って事は、おばあちゃんは自分の死期を知ってたんやなって思って」
「隔世遺伝ってやつか……」
亮子はコクリと頷いた。
「おばあちゃんのお母さん、私のひいおばあちゃんは霊媒師って言うの……、そんな事やってたらしくて。田舎では伝説の女みたいに言われてたらしくてさ」
彼女の言葉はもう何も入って来なかった。
Fとは毛色に違うスペシャリスト的なモノだろう。
私はそれでも彼女の「人の寿命が見える」って話を受け入れらず、黙って話を聞くしか無かった。
人の寿命が見える。
それは辛い未来を感じてしまうという事。
占いや霊媒師の世界でもそれを相手に伝える事はNGとされていて、医者の余命宣告に近いモノなのかとも思った。
「あの子らの寿命ってのもさ……」
亮子はプールの中ではしゃぐ連中を見ながら言う。
私は彼女の言葉を止めた。
彼女は私の顔を覗き込む様に見ながら、
「やっぱ、聞きたくないか……」
彼女のしてみれば。
一人で抱え込むのは辛い事なのかもしれない。
しかし、私もそれを聞く勇気はなかった。
「でもさ、寿命って変わるんよ。人生って選択肢の集まりやん」
確かに人生は選択肢の集合体で、そのどの道を進むかでその人生は変わって来る。
それは私自身も感じていた。
「どう生きるかで、その人の人生は変わって来るんよね。だから今私に見えている寿命って、今見えてるモノでしか無くて……」
私は彼女の話を聞きながらプールの中のFに視線をやった。
Fも私の視線に気付き、私を見ていた。多分、亮子がこんな話を私にしている事に気付いているのだろう。
私はFには寿命の話をしたのかを亮子に聞いた。
「したよ……。けど、Fも同じやったわ。自分の寿命なんて聞きたくないって言われたわ」
Fもそう言うだろうと私は思った。
聞いたところで対処の仕方なんてわからない。
明日死ぬと言われたら、最後の一日をどう生きるのかなんて高校生の私には皆目、見当もつかなかった。
私は自分の寿命もわかるのかと彼女に訊く。
彼女は笑って誤魔化す様に俯いた。
寿命など知らない方が良い。
プールを出た私はびしょ濡れのまま前を歩く連中を見ながらそんな事を考えていた。
結局私もプールに引き摺り込まれ、同じ様にびしょ濡れになった。
早めにプールから出て、服を絞った事もあり、かろうじて乾き始めた服で歩いていた。
深夜にびしょ濡れの高校生が歩いている。
それだけで怪しいのだが、私たちはそのまま深夜までやっている喫茶店なのかバーなのかわからない店に入った。
関口がそのマスターと知り合いだったので、とりあえず服が乾くまでその店に居る事になった。
Fが私の横に座り、小声で言う。
「どうやった……。寿命は聞いたか」
私は首を横に振り苦笑した。
「そうよなぁ……。それが何十年先の話でも、聞くには勇気いるもんな」
Fはそう言うとテーブルの上に投げ出していたタバコを取り、火をつける。
「俺も聞けんかったわ」
Fは私を見て笑っていた。
結局その日は朝方までそのバーに居て、始発で私は帰った。
その数日後だった。
私はFと会うためにいつもの公園に居た。
待ち合わせの場所に関口がアイスを食べながらやって来た。
「おう、もう来てたんか」
と私にアイスをくれた。
溶けかけたアイスを開けて、殆ど飲むアイスを私は食べて、日陰でFを待った。
白のタンクトップに膝までで切ったジーパン姿でFがやって来た。
「悪い悪い……」
Fはそう言うと自転車を止めて、私と関口の居るベンチに座りタバコを咥えた。
「セキ、腹減ったわ」
といきなりFは言う。
「金あるなら飯食いに行こうや」
「アホ、金ないからお前に言うとんねん」
と二人はいつものやり取りをしていた。
関口は牛丼くらいならと言い、三人で公園を出た。
「加奈子があの後風邪ひいて高熱出しとったらしいわ」
関口が振り返って私たちに言う。
濡れたままで長時間居た事もあり、風邪もひくだろうと私が言うと、
「でも、他は誰も風邪ひいてないやん」
とFは笑った。
牛丼屋で並んで座り、私たちは牛丼を食べた。
そしていつもの喫茶店へ行き、アイスコーヒーを頼んだ。
「亮子の話、怖かったやろ……」
Fはタバコの煙を吐きながら言う。
私は小さく頷き、コーヒーを飲んだ。
「亮子の話って何よ……」
と関口は食い付く。
関口のお気に入りは亮子。
それは気になるだろう。
しかし、あの力を持つ亮子と関口が付き合う事は多分ない。
それを受け入れる度量が関口には無い気がした。
「その内話すわ……」
とFは関口の肩を叩いて言う。
「待て待て、お前ら二人とも知ってて、俺が知らんっておかしいやん。しかも亮子の話やろ。何か嫌やわ……」
関口は怪訝な表情で言う。
それもわかるが、聞かない方が良い気もした。
人一倍そんな話が苦手な関口だった事もあり、Fは亮子自身の話を避けて話を始める。
「亮子のひいばあさんは有名な霊媒師でさ、伝説の女って言われてたらしいわ。何か死んだ人と話しが出来るとか、病気の原因が何やとかズバリ当ててたらしい」
Fはアイスコーヒーを飲みながら話す。
「ああ、またそんな話かよ……。それが亮子と何の関係があるねん。亮子自身が霊媒師やって言うならまだしも……」
Fはじっと関口を見ていた。
「まさか……。亮子も……」
私とFは顔を見合わせて黙り、次の瞬間声を上げて笑った。
「何やねん……。勘弁してくれよ」
関口はアイスコーヒーを一気に飲み干して、お代わりを頼んでいた。
「でもよ……」
関口は身を乗り出して来た。
「一回だけ、前に言われた事があるねん。亮子に」
私とFは再び顔を見合わせて、関口を見た。
「週末に先輩らと海に遊びに行くって話を中学ん時にした事があってんけど、亮子が止めとけって言うんよな。まあ、たまたま腹壊して行かんかってんけどさ、そん時に先輩が海で溺れてん。まあ、死にはせんかってんけど、もしかしたら溺れてたんが俺やったかもしれんやん。あいつそんな事もわかるんやろうか……」
もしかしたら、彼女にはそんな事が見えていたのかもしれない。
それどころか、関口に薬でも盛って腹を壊させたのも……、そこまでは考えすぎなのかもしれないが。
Fはクスクスと笑いながら、
「でも、亮子のひいおばあちゃんはどうやら人の寿命が見えてたらしいで」
と小声で言い、私を見た。
私はコクリと頷いた。
「寿命……。怖いな……」
関口はそう言うと顔を引き攣らせていた。
結局、関口はその夏に亮子と何度かデートをしていた様で、私やFにもデートで二人で行った東急ハンズで買ったモノをくれたりした。
「俺は男になるで」
などと言い、薬局の前の怪しい自販機で例のモノを購入したりしていたが、それを使う事も無く撃沈。
告白して振られたと秋まで落ち込んでいた。
「セキが落ち込んでると、金がないな」
とFも少し荒れていたのだが、皆の平和のために関口には健全で居て欲しいと思った事を覚えている。
この話には続きがある。
成人して働き始めた頃の話になる。
Fは関東で就職し、久々に里帰りをするという事で私と二人で会う事になった。
関口にも声を掛けたのだが、どうしても仕事で来れないという事だったので、とあるバーで二人で酒を飲む事にした。
関西弁が抜けきれないFだったが、気味の悪い紫に近いダブルのスーツを着てやって来たFに、
「お前は鯖か」
と突っ込んだのを覚えている。
大きなボストンバッグをバーの端に置いて、私たちは立って飲むそのバーで酒を飲んでいた。
「一緒に夜中のプールに忍び込んだ事あったな」
という話になり、笑いながら話をしていたのだが、そこでFの表情が曇った。
「加奈子、覚えてるか」
私は良く喋る子という印象しか無かったので、それを伝える。
加奈子と真紀は高校を出て一旦は就職したらしいが、バイトでやっていた水商売の方が稼ぎが良かったらしく、仕事を辞めて水商売の世界へどっぷりと浸かったらしい。
加奈子は変な男に掴まり、結構な額の借金を抱えてしまったそうだ。
そして男にも逃げられて、加奈子には借金だけが残ってしまったらしく、それを苦に病んでしまい、実家に戻った後、どうやら自殺したという。
「良い奴だったんだけどな……」
Fは私が薦めた酒をロックでチビチビ飲みながらそう言う。
「亮子、覚えてるか」
私はコクリと頷く。
「亮子が言ってたんよな……。加奈子の事、あの子はそんなに長く生きれんからって」
私はFをじっと見た。
その時まで忘れていたのだが、亮子に見える寿命の話。
Fも何も聞いていないのだろうと思っていたが、そんな話を聞いていた事をその時初めて知った。
友人の寿命を知るなんて事がどんなに辛いか。
私は想像も付かなかった。
真紀の方は加奈子が死んだ事がショックで、自分も夜の世界は辞めて、地元の居酒屋で働き始めたって言っていた。
この話は関口も知っているらしい。
「そんな事も全部、亮子は知ってたのかもしれんな」
Fはそう言うとタバコに火をつけた。
私も、同じ様にタバコを咥えると亮子について尋ねた。
「うん……。実は亮子は高校出てすぐに病気で死んだ」
私は驚いて顔を上げた。
「セキが亮子に入れ挙げてたやん。あの後、俺、亮子に言ったんよ。関口は良い奴やから付き合ってみたらって」
私はタバコに火をつけて、煙を吐いた。
「私もそう思うよ。だけど、私はアカンねん。セキの事悲しませてしまうからって言うねん」
私は胸の中に重いモノが沈殿して行くのを感じた。
関口と亮子が付き合わなかったのは、亮子が自分の寿命を知っていたからだったのだろう。
「亮子もセキの事は満更でも無かったんやと思う。それこそ、俺やお前が告白してても亮子は断ってたんやろうな……」
私はじっとグラスの中に浮かぶ氷を見ていた。
そして、私はその氷を見つめたままFに訊いた。
「なあ、F……」
Fは顔を上げて私を見ていた。
「あの時は、俺もお前も亮子に寿命を聞かなかったやん……」
Fは頷いた。
「今、もし聞けるなら訊くか……」
Fはタバコを咥えて口元を歪める様に笑った。
「どうやろうな……。自分の生き死にに関してを聞くのは怖いな。今でも。だけど」
Fはまだ長いタバコを灰皿で荒々しく消した。
「もう少しトシ取ったら訊いても良いかもしれんな」
そう言うと顔を上げて私に微笑んだ。
同感だった。
私もその時はまだ訊けない気がしていたが、生きる覚悟が出来るトシになれば訊いても良い気がした。
それが「不惑のトシ」なのかもしれない。
私たちにとっての「伝説の女」は若い頃に亡くなっていた。
あの日、「誰が一番最初に死ぬと思う」と訊いた彼女。
その答えは彼女自身だった。
もしかするとそれを伝えたいが為の問いだったのかもしれない。
自分の寿命を知り、それを高校生の自分が一人で抱えきれなかったのだろうか。
もう、Fもこの世を去った。
これもあの夏の日の夜に彼女には見えていたのだろうか。
もう今となってはそれもわからない。




