プロローグ
「よく100回の転生に耐え100の世界を救ってくださいました。本当にありがとう‼」
女神様はそういって俺をたいそう強く抱きしめる。
彼女の胸の中心には火がともっているため、抱きしめられた時正直ギョッとしたが、その炎は心地よい暖かさを感じさせるだけで俺自身が燃え盛るなんて心配はないようだ。
「女神さまは現世で誰にも必要とされず死んだ俺に、生きる意味と使命を与えて下さいました。その恩に報いるためなら世界なんて何度でも救って見せます」
女神さまの豊満な胸を堪能しながら俺は胸の内を告げる。
「・・・・。 本当に申し訳ございません。本来なら他にもっとたくさんの死者の方を転生させて私の抱える100個の異世界を救ってもらうはずだったのですが、なぜか私のところに流れ着いてきたのはあなたの魂しかありませんでしたので・・・・」
そう、本来なら無数に流れてくる死者の魂から女神が選別をして、チート能力を与えて異世界を救わせるというシステムであるのだが、なぜかこの女神様の元へ流れついた魂は俺しかいなかったのである。
「いえ、女神様の与えて下さった能力はとんでもなく強いので特に手こずることなく魔王を倒せました。ですので俺にはたいして負荷はかかっていませんよ」
女神さまは口元に力を込めると伏し目がちに小さく首を横に振った。
「そんなはずはありません。普通の人なら100回も転生させれたら魂が壊れ廃人か狂人になっていたでしょう。こうして正気を保っているあなたでも恐らく、その魂はボロボロのはずです」
この話は初めてであったころに何度も説明を受けたものだ。 それでも俺は女神様に何か恩を返したかったから、次の魂が流れてくるまでの間自分ひとりで異世界を救うという契約を交わしたのである。
で、結局俺が100個の異世界を1人で救ってしまったわけだ。
「とにかく何かお礼をさせて下さい」
女神さまは両手をきっちりと揃えて、深くお辞儀をする。
「・・・・では、俺を何の能力も持たないただの村人として異世界に送ってくれませんか」
「え?」
女神様は腰を曲げたまま顔だけをこちらに向け、さっきまで美しい曲線美を描いていた眉を歪に吊り上げている。
刹那の沈黙の後、彼女は床に向かってコホンと小さくせき込んで、水色の美しいドレスの裾を正しながら上体を起こす。
「その・・・・良いのですか? せっかくあなたに授けたチートな能力を手放してしまって」
「ええ・・かまいません」
少し食い気味で答えてしまった。
「それはあなた自身が今まで上げてきたレベルもリセットしてしまうということですか?」
「そうです。1000を超えたレベルもチート能力みたいなステータスも、知識もすべてリセットしてただの村人として転生したいのです」
そういうと女神様はさっきまでの威厳のある表情とは打って変わって、拗ねた少女のような顔つきになっていく。
「えええええええ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! おねぇぇぇぇちゃん心配!!!!!!!」
女神様は床に寝っ転がり手足をジタバタと床に打ち付ける。
「今回の女神モードは長かったですね」
これが彼女【女神:ニイモ】。
彼女はなんと俺がまだ日本にいるときから俺を・・・・狙っていたらしい。
弟が欲しかったという・・・・。
天界から現世を眺めているときに俺を見つけ、本来なら死んだあと他の女神の元に向かうはずだった俺の魂を、自身の元に無理やり引っ張り上げたようだ。
正直そんなことしたから、他の魂たちが流れてこないのではないかと俺は考えている。
「なんでも願いを叶えてくれるのではなかったのですか?」
ため息交じりに問いかける。
「でもぉ、異世界は魔物が絶対居るから、力がないと危険だよ?」
ウルウルとした瞳をこちらに向ける。
「大丈夫ですよ。俺はただ田舎でのんびり過ごしたいだけなんですから」
「・・・・」
ニイモは視線を横に向け、思案顔で黙り込む。
「ゆーちゃんさ――」
「その呼び方やめて下さい」
日本では 佐々木 雄介 という名前であったためしばしばそう呼ばれる。
「戦うことに疲れちゃったんだよね」
ニイモは突然駆け出し、先と同じように俺を抱きしめる。
「わかってたの。あなたが転生を重ねていくうちに、戦いに虚しさを感じているってこと。 私はそれなのにあなたの優しさに甘えてばっかりだった・・・本当にごめんなさい」
俺はニイモの両肩をそっと掴み彼女を剥・・・そうとしたがすごい力で抵抗してくる。
コイツ・・・。
「スーーーーーーーーーーーーー!」
ニイモは俺の頭の匂いを嗅いでいた。
「きもちわるぅぅぅぅぅぅい!!!」
変態女神を突き飛ばす。
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「――ともかく。俺はただ平和に暮らしたいだけですから心配しなくても大丈夫です」
数回のセクハラ攻撃を交わしされ服がボロボロになった女神は、さっきまでのことがなかったかのように魔法で服を修復する。
「わかったわ。あなたがそこまで言い切るのなら良いでしょう。 あなたをただの村人として転生させます」
やった!
「ただし、記憶だけはリセットできません。 何回か教えましたが、魂と脳は深くつながっているため、記憶・・・つまり脳に手を加えるということは魂にも負荷をかけることになります。 無論私ならば最小限の負荷であなたの記憶を消すことはできます。 しかし100回転生しボロボロになったあなたの魂はその程度の負荷ですら致命傷になる可能性があるのです」
やっぱりな・・・それは何となく予見していた。
100回の転生をしたのにもかかわらず奇跡的に正気を保っていられたんだ。
このくらいは許容できる。
「わかりました。では儀式に移ります」
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儀式を終え、俺のステータス、チート能力はリセットされた。
「では、行ってまいります」
俺がそういって転送用魔方陣に向かおうとすると、ニイモに服の袖を掴まれる。
「これ、持っていってほしいな」
渡されたのは真っ黒に輝く指輪であった。
「これは?」
「お守り。またしばらく会えなくなるからさ、これをお姉ちゃんだとおもって持っていてほしいの・・・・だめ、かな」
重い・・・けど、今までいろいろ我儘きかされてきたし、このくらいなんてことない。
「わかりました。 大切にします」
指輪を右手の人差し指にはめる。
その後、号泣するニイモの顔をみながら俺は転生した。
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【佐々木が転生してから約6年後】
「この指輪外せねぇじゃねーか!」
強引に引っ張るがその指輪はビクともしない。
「まずいな、これが外れないと俺の目標が・・・・」
佐々木はしばらく考え込む。
「仕方ない・・・切り落とすか」
腰に携えた小刀を取り出す。
「これあんまり切れ味よくないからな・・・まぁその方が燃えるか♡」
刃を右手の人差し指にあてがう。
指の第一関節付近まで指輪がハマっているため、間接に刃を入れることはできない。
つまり骨を切ることになる。
何度も何度も打ち付け、ノコギリの様にギコギコと刃をこすりつけなければならないだろう。
それはとてつもない激痛が走るに違いない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
佐々木の全身から汗が吹き出し、呼吸は荒くなる。
――――しかしこれは緊張しているためではない。
佐々木は興奮していた。
100回の転生、年数にして数千年に及ぶ彼の人生で彼に深い傷を負わせたものはいない。
彼の戦いは彼の持つチートすぎる能力で一瞬にして決着がついてしまうからだ。
戦いは彼にとって退屈でしかなかったのだ。
そしてそれは彼の中に強い願望を生み出した。
【命を懸けたギリギリの戦いがしてみたい】
その願望はさらに様々な小さい願望を生み出した。
【激痛というのを感じてみたい、体の中に刃が入ってくる感覚を知りたい】
「はぁ!!」
掛け声とともに佐々木は小刀に体重をかける。
その瞬間、指から鮮血がブワッと吹き出す。
この時間を味わい尽くすために彼はゆっくりと、ゆっくりと皮膚を、筋肉を断ち切っていく・・・・・。
「はぁ・・・これが・・これが刃物に切られる感覚!」
少し遅ればせながら、激痛が彼の体を駆け巡る。
「これが痛み・・・・これが激痛ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
彼は興奮のあまり鼻血を流すが、本人はそれに気づいていない。
夢中で、ひたすら夢中で指を切っていた。
しかしすぐにその刃は動きを止める。
骨に到達したのだ。
「ここからだここからだここからだここからだここからだここからだここからだ・・・お楽しみはここからだ!!」
彼はゴリゴリという鈍い音を鳴らしながら躊躇なく刃を前後に動かす。
「これが骨を切られる感覚かぁぁ、皮膚や筋肉を切るときと感覚が違うんだなぁぁぁぁ」
佐々木は首を動かし肩で口から垂れている大量の涎を拭う。
「楽しいたのしいたのしいタノシイ!! みんなこんな感覚を味わっていたのかよ! うらやましいなぁまったくもう!!!」
人気のない森の中に彼の狂気に満ちた笑い声が響いていく。
100回の転生で彼の魂はとっくに壊れていたのである。