秘密の青い空 【月夜譚No.246】
気弱な彼は、いつもおどおどしている。席が右側最奥なこともあってか常に教室の隅にいるような生徒で、授業中も教師に当てられると肩を聳やかし、休み時間にクラスメイトが声をかけようものなら飛び上がって逃げていきそうな勢いなのだ。
そのせいで、彼の周りにはあまり人が近づかない。皆、彼のことを嫌っているわけではない。怖がる彼を気遣ってそっとしておいている――というより、面倒なことになるのは避けたいので遠巻きにしているのである。
彼自身もそれで良しとしている風なので誰も何も言わないが、気にならないといえば嘘になる。
だから、その日の放課後、誰もいなくなった教室にぽつんと彼だけが残っているのを見かけて、彼女は声をかけた。
「まだ帰らないの?」
「――!」
驚いた彼が目を丸くして顔を上げる。
その瞬間、見えてしまった。彼の手許に開かれたノート――その中に広がる青く美しい空を。
彼は慌ててノートを閉じ、広げていた色鉛筆を手早く学生鞄に突っ込んで、逃げるように教室を駆け出ていった。
彼女はぽかんとそれを見届けて、ふと手に触れたものを持ち上げる。そこにあったのは、彼が落としていったであろう青色の色鉛筆。
彼女はふふっと笑みを零した。
あんなに素敵なものが描けるのなら、もっと堂々としていれば良いのに。
窓を見上げた彼女は、夕暮れの空に彼の秘密の青空を重ねて見た。