とあるギルドの受付紳士
帝都にある冒険者ギルトに一人の受付係がいる。
彼の名はマイルズ。長く冒険者ギルドに勤め、数々の冒険者のサポートをしてきた誇りを胸に日々を過ごしている。
頭髪は少し崩れたオールバックに、白髪の混じったダークブラウン。
ブラウンの瞳に黒縁の眼鏡をかけた、どこにでもいるような中年の男性だ。
年はすでに40も半ばとなるが、ギルドの仕事に対しての情熱をもって取り組んでいる。
「マイルズさん、お疲れさまです~!」
受付で書類を整理していたマイルズに声がかかる
「おや、『炎竜の牙』の皆さんではないですか。レノ君、お疲れ様です。首尾はどうでしたか?」
「へへっ、マイルズさんのおかげで順調に依頼の消化できたよ」
『炎竜の牙』のリーダー、レノと呼ばれた青年は収納の魔道具から大きな袋を5個、テーブルの上にどかっと置いた。
受け取った袋の中身を確認すると、討伐対象の素材がぎっしりと詰まっていた。
「これはこれは大量ですね。さすが我がギルドの第 3 位。」
「いつも俺たちにあった依頼を回してくれるからだよ。本当助かるよ。これ、報告書な。」
「確かに受け取りました。」
マイルズは笑顔で報告書を受け取る。
「ちょっと時間がかかりそうですのであちらでお待ちください。終わったらこちらの魔道具でお知らせします。」
レノへ呼び出し用の小型魔道具を渡し、ほかの職員に声をかける。
「シェリー、アイン、この素材を鑑定部へ回してくれますか?」
「は~い」「はい!」
シェリー、アインと呼ばれた二人は、それぞれ袋を抱えてあわただしく走っていった。
「それにしてもさすが『炎竜の牙』ですね。よくぞここまで成長してくれたものです。」
マイルズは報告書を見ながら、ふっと笑みをこぼす。
「彼らがこのギルドに足を運んだのは 6 年前でしたか。」
待機所で歓談している レノ達に視線を移す。
ふっと、彼らが初めて現れたときことが頭に浮かんできた。
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『炎竜の牙』の面々はマイルズが担当した中でも優秀だと思えるような存在ではなかった。むしろ、体格も小さく、身に着けているものもぼろぼろ。
特に剣術や魔術の心得があるわけでもなく、同じ時期に登録を行った冒険者と比べると、明らかに見劣りしていた。むしろ向いていないように見えた。
「ここで冒険者になれるのか!?」
元気でハリのある声がギルド内に響き、彼らが現れたときは私自身、大変驚いたものだ
帝都はこの国の中心都市であり、人口も多いため依頼も多く、報酬が高額なものもある。
ほかの地域にはない難易度の高い依頼も多く取り扱っているため、大きく稼ぎたいと考えて訪れる冒険者もいる。
だが、命を落とす可能性も非常に高い職業であり、夢や希望だけではできない危険な仕事だ。
帝都の冒険者ギルドでは、無駄に命を散らさないよう、冒険者の質を一定水準以上に保つため、新規登録の際には登録者の経歴確認、実技試験を含めた慎重な確認を行っている。
対応を行っていた職員も、彼らの状況を見て、登録を辞めるように粘り強く説得をしていた。
だが、彼らの意思はとても強かった。
何度も冒険者ギルドを訪れ、何度実技試験でボロボロになっても、何度他の冒険者から罵られても諦めなかった。
彼らが初めて足を運んでから 1週間後。とある冒険者から手紙が届いた。
手紙を送ってきた冒険者は、過去に私が担当をしていたパーティのリーダーだった男だ。
彼からの手紙には、こう記してあった。
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マイルズさん。
お久しぶりです。ヴァンです。
こうして手紙を書くのは初めてですね。。
あれからどのくらいの時間がたったかわかりませんが…こうして便りを出すことを許してください。
この手紙が届くころにはもう到着しているかもしれませんが、帝都の冒険者ギルドを少年少女の4人組が訪ねるはずです。
彼らはスクーバ地方で魔獣に襲われた村の孤児です。
親を亡くし、友達を亡くし、魔獣の被害を少しでも減らしたい、という強い意志を持っています。
彼らの気持ちは痛いほどわかる。僕もそうだったから。
だけど、僕はまだまだ自分のことで精いっぱいで力になってあげることはできません。
もし本気で誰かを守るための力を身に着けたいと思うなら、帝都の冒険者ギルドへ行けと伝えました。
帝都なら貴方がいるから。
少しの路銀を渡し、簡単な装備を整えてそちらへ出発させました。
以前、あなたの言葉を信じ切れなかった僕がお願いしても…到底受け入れてもらえないかもしれません。
ですがマイルズさん。どうか彼らを導いてあげてほしい。お願いします。
僕らを導いてくれたように。
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「導いてあげてほしい…ですか…。」
ふぅっと息を吐き、ふっと天井を見上げる。
彼らとは、とある依頼を受ける、受けさせないで食い違いを起こしてしまい、私の目の届かないところで依頼を受け失敗。
彼以外のメンバーを失うことになってしまう…という事態が発生していた。
当時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。生き残った彼の表情、担当でありながら、彼らの気持ちに寄り添えず、止められなかった私の未熟さ。
彼は帰還した翌日、姿を消した。
そんな彼が生きて、まだ冒険者を続けていたのに本当に驚いたと同時に、無事であったことへの嬉しさと、あの時の後悔の念が入り混じった様々な感情が湧き上がってきた。
私はその件があってから担当するパーティを取っていなかった。また、取るつもりもなかった。だが…
「私に…できることがあるでしょうか…あなたたちに寄り添えなかった私に…」
ふっと目を閉じ、気持ちを落ち着ける。そんな時、ひときわ大きな声がギルドの中に響いた
「今日こそ認めさせてやるからな!!!」
「私たち負けないから!!」
「…む」
「ふぁ~あ。」
ギルドの入り口に4人の少年少女がたっている。
「うわ!またきたぞ!あいつら!」
「懲りないね~」
集まっている冒険者や職員がざわざわしている。
マイルズは眼鏡をクイっと引き上げる。
彼らの諦めない様子を見ていると、その強い意志が別のベクトルに向かってもよくはない。
どこまでできるかわかりませんが…私が彼らの道標になれるよう、全力を尽くしますか。
「…仕方ありませんね。できる限りのことはしましょうか。」
そう呟いてマイルズは席を立ち、入り口に立つ4人組の前に歩いていく。
「やぁみなさん。私はマイルズ。貴方たちの強い意志はわかりました。冒険者の登録を認めましょう」
「本当か!?」
「ま、マイルズさん!?」
レノと、冒険者職員が驚く。
「ええ。ですが条件があります。」
「条件!?どんな条件なのよ!認めてもらえるなら何でもやるわ!」
快活な少女が勢いよく言う。
マイルズはにっこりと笑い、4人を見まわしながら話す。
「あなたたちは冒険者になるための実力が足りていません。そのため、このまま冒険者になったとしても、1か月後には皆さん生きていないでしょう。」
4人の顔には悔しそうな表情が浮かぶ。いや、1人は何考えているかわからないぼーした表情ではあるが…。
「そのため、まず1年。私の組む育成カリキュラムをこなしてもらいます。その後、再度実力試験を行います。そこで、4人全員が水準を満たしていると判断した暁には、あなたたちを正式な冒険者として認めます。」
冒険者ギルド内がざわつく。
「お…おい…あのマイルズの育成カリキュラム…!??マジかよ…」
「マイルズさん…そんな…」
「おいおい…あいつら死んだな…」
レノがその力強い瞳でマイルズの目を見つめる。
「1年、頑張ればいいんだな?」
「ええそうです。」
「わかった。みんな、それでいいか?」
レノがほかの3人へ促す
「ええ!やってやるわ!」
「うむ」
「はぁ~い」
「では。私がこれから貴方たちの担当者です。あらためてよろしく。」
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「マイルズさん!なににやにやしてるんですか?」
炎のような赤い髪が特徴的な『炎竜の牙』のメンバー、ミルザが話しかけてくる。
「いやなに。つい、君たちが初めて来たときのことを思い出してね。」
「あー!ちょっと黒歴史!!やめてよ!!!」
ミルザは槍の扱いを覚えると、あっという間に上達をした。
この帝都でも 3 本の指に入るのではないだろうか。ちなみに、パーティ名が『炎竜の牙』で定着したのは彼女の力が大きい。
「はは。あれから6年ですね。皆さん本当に成長しましたね。」
マイルズは書類の処理をしながらミルザに話しかける。
「本当~。あの時のカリキュラム…もう今は思い出したくないわ…」
ミルザは頬杖を突きながら「むぅ」という表情をしている。
「マイルズさん、鑑定と査定が完了しました。こちらが素材の買い取り分報酬です。」
「ありがとう、シェリー」
素材の査定書と、報酬が入った袋をシェリーから受け取り、討伐依頼の報酬を金庫から取り出す。
呼び出しの魔道具のスイッチを押そうとしたが、すでにレノ達、『炎竜の牙』のメンバーはそろって目の前に立っていた。
「マイルズさん、終わった?」
「もう慣れたものですね。それではこちらが報酬となります。査定書とあわせて確認してください。」
レノは対面に座って報酬と、査定書を確認する。特に問題はないと思うが、大事なことだ。
金貨を収納の魔術具に収めるとレノは少し真剣な表情でこちらに向かって口を開いた。
「今後のことで相談なんだけど」
「はい、どうしましたか?」
マイルズは、レノの真剣なまなざしから、何か大きな決意をしたのだな、と悟る。
「帝都からしばらく離れようと思う」
ギルドの窓から優しい夕日が差し込んでいる。少し思案げに上を向いたマイルズは顔を戻す。
「ふむ…それは、遠征をするということですか?それとも、休暇ですか?」
「…拠点を別の地域に移そうと思っているんだ。」
「拠点を移す…と。あぁ…そうか。最近は帝都周辺での大きな被害を与える魔獣の被害は減少傾向にありますからね。」
帝都は冒険者も多く、高難易度や高報酬の依頼は継続してあるものの、周辺の町や村を壊滅させるような、大きな被害を与える魔獣は減っている。
それこそ、現在は一つの村を壊滅させるような魔獣にはなかなかお目にかからなくなっている。
これも『炎竜の牙』の功績の一つ。
彼らは、これまでに村、町を壊滅に追いやってきた魔獣を体系的にまとめ、適切な対処法を構築し、その情報を惜しみなく開示している。
いまは帝都の冒険者ギルドにもその情報が共有されており、どのパーティで挑んでも、その対処法を実施することで撃退できるまでになった。
また、たとえ魔獣が現れたとしても、村や町に対して対策方法を共有しているため、応急的な対応ができるようになった。
そのため、救援到着まで被害を最小限にして時間が稼げるようになり、魔獣の影響で崩壊する村や町が劇的に減少したのだ。
「ああ。俺たちは魔獣の存在に苦しんでる人たちを助けたい。だから、今、最も魔獣の被害が多い地域や国に拠点を移そうと思っているんだ。」
レノ君の瞳には、初めて会った時と変わらない炎のような意志が揺らめいている。
彼らが冒険者になろうと思った目的は、魔獣の被害を減らす、といったものでしたね。
ならば、私ができることは背中を押してあげることでしょうか。
「わかりました。貴方達の意思を尊重します。」
私は引き出しを開けて、リストを取り出し、レノ君の前に差し出す。
「…これは?」
「これは、現在魔獣の被害が深刻な地域、国の一覧です。貴方達の出身地、スクーバ地方は現在、帝国で最も被害の大きな地域ですね。」
「え…!?どうしてマイルズさんは俺たちがスクーバの出身だと…」
レノ君をはじめ、ミルザも驚きに目を見開いている。他の2人は…相変わらず読めませんね。
それは内緒です、と言いながら人差し指を口元に持ってくる。
「スクーバはもちろんですが、そこに隣接する、ギニョル、アランバは大きな脅威にさらされています。もしほかに拠点を移すのであれば、このあたりから始めるのが良いでしょう。」
「マイルズさん…」
「この6年、貴方達を支える傍ら、行動を見てきました。これまで残してきた実績も十分です。そろそろ大きく羽ばたいてもよいでしょう。貴方達の力を必要としている人々がまだまだ沢山います。ぜひ、その力を助けを求めている人のために使ってあげてください。」
にっこり笑いながら伝える。レノ君は我慢ができなかったようで、その瞳からは大粒の涙がこぼれた。
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1週間後、彼らは旅立っていった。
見送りはいらないと言っていたが、せっかくなので城門で見送らせてもらった。前に進んでいく4人の後姿が消えるまで。
レノ、ミルザ、エドゥ、ララ。君たちならきっとできるよ。
これまで帝都を旅立っていった偉大な先達のように。
…この1か月後、私がこの帝都を離れることになるとは思ってもいなかったが。