誤字から始まるプロローグ
意識が沈んでいく感覚。
微睡みにも似た安らかさの中、どれだけ体を動かそうとも、おれの身体は無反応を返す。まるで水の中で藻掻いているかのように手応えがない。
次第に不安が募っていく中で、『最適化が完了しました』という無機質な声と共に急速に意識が浮上する。
温かくも不安になる午睡から、太陽の下に引き込まれる。
「ここは……」
目を開けば、そこには0と1でできた電子の海。
コミュニティエリアの機能を一部流用したのだろう、見覚えのある白いサイバーシティの上空だった。
暫く手を握ったり、ジャンプしてみたりと体を動かしてみるが、違和感はない。
おれの意識も感覚も確かにそこにあったし、目の前の電脳都市が偽物にも思えない。
………いや、まぁ広義の意味では仮想空間は偽物なんだろうが、そういう意味ではなく、本物のように見えるくらいリアリティがあるという話だ。
「………行ってみるか」
どうも、待っていても案内役らしきものが来ないので、空中に足を置くように虚空に身を晒す。
すると、独特の浮遊感と共に身体が浮く。
「確か、こうやって……こう!」
同時に身体の後ろを蹴ると、気持ちのいい風と共に空中をそれなりの速さで移動する自分のアバター。
「あはははっ!久しぶりだけど気持ちいい!」
車よりちょっと遅い程度の速度で電子の空を飛行するアバターは風の感覚も相まって中々に爽快だ。
コミュニティエリアならここから特定のパスワードを打ち込んで目的のエリアに移動するんだが、ここはゲーム。
どうやら目的地は決まっているようだ。
「下に行けそうだな……行ってみよ」
身体の上下を反転して後ろを蹴ると同時に下の電脳都市に向かって落ちていく。地上が近くなると足を地に向けて体幹を調整するとやがて速度が落ちていき、普通に足元から着地できた。目で見て着地余裕だったので、余程のことがない限り頭から衝突とかは無さそうだ。
だが、周りを見れば目に入る扉には全て『錠前』のマーカーが浮いており、許可無く通行不可能である事が示されている。
また、人波なども視界内には無いため、人の多い所を目指すといった解決法も見込めそうもない。
「扉は鍵付き、道路は無人……何処行けばいいんだ?」
『お困りですね!』
「うわぁ!」
独り言を呟くと同時に目の前にポンッと軽快な音と共に妖精らしきものが現れる。
らしきもの、と言ったのは翅や服装が近未来的なデザインだったり、声が合成だったりしたので妖精というよりは妖精型のアンドロイドといった方が納得いきそうだったからだ。
『失礼。ワタシはDF07TF。
通称、「でふてふさん」です。驚かせてしまい申し訳ありません』
「でふてふさん?……微妙に言いにくいな……」
『通称は開発の趣味です。既存の呼び名を微妙に改造するのが今のブームらしいです。
というわけでワタシが案内係です。なんでも聞いてください。どや?』
……いろいろと濃い。
が、一応求めてた案内役だし、色々聞いてみよ。
「あの鍵付きの扉とかは?」
『ゲームを始めれば解禁される課金ショップなどです。公式サイトからできることはここでも一通りできます。どや?』
「それはすごい。ちなみにゲーム始めるにはどうすればいいの?」
『それはもうちょっと進んだ所にある建物ですね。こっちです』
そういって背を向けて先導するでふてふさん。ついてこいとの事なのでついていくと、やがて役所のような建物が見えてくる。
『ここが冒険者登録をするところです。ここで自分のデータを作成し登録、プレイヤーとして向こうに行くための準備をします。ささ、中に入って』
「お、おう」
パタパタと音を立てながら背中に回り押してくるでふてふさん。
手のひらサイズの割には以外に力強い誘導に逆らわずに建物の中に入る。
建物は外観と同じく白の壁床の所々に謎の発光するラインが見える近未来的な意匠である。
もう少し進むと、やがて大きな盾に交差した剣を重ねたマークを刻んだ旗が見えてきた。
「あのマークは?」
『向こうの世界の冒険者のシンボルマークです。ありきたりでワタシ的にはもう少し捻れなかったのかと疑問ですが、プレイヤー的にはこれから行く場所がわかりやすいので、旗だけ置いてます』
なるほど。つまりはログインしたらまずこのマークを掲げた場所に行けば迷わないということでもあるのかな?
「まぁいいや。キャラクリ画面もう開けるの?」
『受付で開きます』
「おっけ」
旗を横切って受付らしき台に来ると、背中を押していたでふてふさんが台の上に乗り、こちらを向いて手を差し出してきた。
『こちらが設定画面になります』
「でふてふさんが出すの?」
『何か変でしたでしょうか?』
「いや……」
それができるなら合流して最初に出してくれた方が助かるのではと思ったが、なんとなく聞くのはやめた。多分、無粋だと思ったので。
『最初に個人情報を設定します。アバター使用時のパスワードもここで設定します』
「ふんふむ」
VRコミュニティで慣れた動作だったのでサラリと設定する。
『次にゲーム内設定ですね。まず容姿です。現在でふてふさん補正を働かせたデフォルトアバターがこれになります』
「うわ、これはなんとも美少j………なにゆえ??」
『でふてふさん補正は今の容姿をより良い方向に活かす補正が売りですので』
つまり童顔低身長のおれだとそれがより強調されるのか……リアルより良い容姿になるのはいいけど、コンプレックスも強調されるのはちょっと……。
『ちなみにこちらデフォルトなので、種族もデフォルトのヒューマンに設定させてもらっております。……兎獣人だとこんな感じ』
「うわやめろあざとい!……ヒューマンで」
『了解です』
我ながらうさみみは無いわ……似合ってるから余計に。
「もうちょい男らしくできない?」
『こんな感じでしょうか?』
「うーん、なんか違和感…………デフォルトでいいか」
『了解です。容姿の設定を完了します』
「はぁ〜」
低身長でイケメンとか微妙に理想には合わんな。特に低身長なとこ。かと言って美少年になるのも自分じゃない感じがして違和感が……ならもうデフォルトの美少女寄りで妥協しとこう。
身長がもうちょい弄れたら……と思ったがリアルと感覚的にズレが生じるので過度な改変はNGらしい。
落ち込んでいたが、次の言葉ですぐ復帰する。
『次に取得スキルの選択です』
「おお、何があるの?」
やっぱゲームだけあってスキルとかあるのか!
システムは?取得難易度とか決まってるの?とりあえずテンプレとかある?
疑問は湧くが一応説明を待つ。
『スキルには三種類あり、アクティブ、パッシブ、エクストラがあります。
基本的にアクティブ三種、パッシブ三種、エクストラ一種を取得したスキルの中から付けたり外したりしてスキルを構成します』
「なるほど、取り外し可能なタイプ。外したスキルが破棄されるとかはないよね?」
『はい、ないです。保持スキルの欄から自由に取り外し可能です。注意点としてカテゴリ毎に一度につけられる量が決まっているだけですので』
「ほんほん、ちなみに初期スキルは何個取れるの?」
『エクストラ一つが確定で手に入りますがランダムです。他はカテゴリ問わず、3つ自由に選択できます』
とりあえず、リストを見せてもらう。
アクティブにあるのは
・ファイア
・アイス
・ウィンド
・ロック
・ヒール
・ウォール
の恐らく基礎魔法と思わしきものだけ。
パッシブは
・火魔法入門
・氷魔法入門
・風魔法入門
・土魔法入門
・回復魔法入門
・防壁魔法入門
・剣の使い手
・槍の使い手
・弓の使い手
・盾の使い手
・初撃ボーナス
・不意打ち
・採取の心得
・盗みの心得
・戦いの心得
・会話の心得
ぱっと見ただけでもこれくらいある。
どうやら〇〇魔法入門とかはその属性の威力を上昇させるもの。〇〇の使い手とかも同じみたいだ。不意打ちと初撃ボーナスは、初撃、或いは不意打ちでの攻撃が高威力になるパッシブ。
〇〇の心得はロールプレイや戦闘スタイルなどの本来のゲームでは個人の経験に左右される技能をシステム的に取得できるやつみたいだ。まぁ、ここらへんはコミュ障がスキル一つでコミュ障じゃなくなるみたいな領域の話だし、ゲーム的なシステムで完全にできるのか疑問が尽きない。
ここらへんのスキルはちょっと最適化される、程度に見といた方がいいだろう。
エクストラは
・先制時攻撃力上昇
・後攻時防御力上昇
の2つだけ。ぶっちゃけパッシブと分ける必要がわからない内容だし、他で代用できそうなので後回しが良いだろう。
悩む……けど。
「とりあえず、『ファイア』『剣の使い手』『火魔法入門』で」
『了解しました。設定完了です。『剣の使い手』を選択されましたので初期装備に『初心者の剣』が追加されます。大事に使ってくれると嬉しいです。どや?』
「おお、ありがとな」
『では最後に名前ですね。こちら、キーボード入力になります』
「あ、そうなの」
まぁ、オンラインだし、プレイヤーネームは基本的に英語或いはローマ字だし、日本人ならキーボードの方が早い……か?
えーと、おれってこれがゲーム初めてだからいつも使ってる名前とかないんだよな。本名使うのもあれだし。
「本名のもじりとかでいいか」
リノとか。
えーっと、r、i、n、………キーボードなれねぇな。
「よし、オーケー」
『設定完了しました。『リナ』様ですね』
「あ」
『では、これからの冒険の日々を応援しています!』
「ちょっ待」
『ではまた!どや!』
うわぁーー!!誤字ったぁーーー!!!!!