プロローグに至る日常
リメイクのリメイク(?)
ニコルちゃん視点だと風呂敷畳めないくらい重要設定が序盤でポンポン出てくるのでリナ視点に戻したってことなんだ。
誠にすいません。
20☓☓年、VRゲームが世間に公開されて久しい頃。
人々はあらゆる行動が現実と同じレベルでバーチャル空間でできるようになり、各々の目的でコミュニティを築き、笑い、泣き、喜ぶ時代。
「あー、やっべ。……おやつのプリン腐ってるわ……」
「何日前のだそれ」
「1ヶ月前」
しかし、仮想が現実に取って代わるというような事はなく、人々は今も生身の身体を持って世界と対話している。
この二人もそんな一般人の一人である。
今時珍しい木造建築の家屋の中で冷蔵庫を開いて苦い顔をする黒髪の少女………のような少年と、その少年の声を聞いてきたはいいものの、同じく冷蔵庫の中をみて苦笑いをする中年の男。
これでも親子であるが、顔立ちは似てない。少年の童顔女顔に対して彫りが深く髭が目立つ顔立ちの父親だ。
少年は適当に冷凍庫からアイスを一本取り出すと口にくわえて玄関に向かう。
「おれもう行くわ。時間無いし。このナマモノは道中で捨てることにする。そろそろ冷蔵庫の無断占有にかあさんも怒ってたし」
「おう、そうしろ」
玄関に置いてあるリュックを背負い、無造作に散らかる靴達から迷わず一組の靴を取り出し履くと、玄関を開ける。
そこで思い出したように
「そういや、美羽はー?」
「あの子ならもう行ったぞ?」
「りょかーい。それにしても臭うな……どこに捨てようか」
最後の懸念を解消すると、既にプリンに未練のない様子の少年は玄関を開けて一人で外に出ていった。
やがて少年がたどり着いたのは、学校である。
少年の年齢的にそこまで怪しくはないが、外見だけは美少女なのでかなり目立つ。
もうここに通って1年になる少年は立派な先輩なのだが、いまだに後輩どころか同級生の男子にすら距離を掴みかねている。だって人を目の前にした途端あからさまに意識しだすのが何か嫌、とは少年の言葉である。
後輩女子よりも先輩男子に人気な少年なのであった。
「よっ、早いな」
「ヒビキ、お前も早いな」
「まぁなー」
生まれ持った外見による今までの苦労を思い出して遠い目になりながら校舎を進むと教室の前で声をかけられる。
それは少年の親友のヒビキである。小学校から今、高校まで同じクラスから外れたことのない、いわゆる幼馴染みというやつだ。
「そういや、知ってるか?『ルート・エデン』!」
「あー、なんか聞いたことあるけど……ゲームだっけ?」
適当に談笑しながら教室に入って席に付いた時に突然話題を変えるヒビキに少年は付き合う。
足りない頭を回して記憶を探ると、直ぐに該当の単語に思い当たることがあった。
聞いてみると案の定当たっていたようだ。
「そそ。VRゲーム自体は珍しくないけど、これはVRシステムを創った人監修の完全新作なんだよ!……今までのVRゲームは何か、あれだったろ?」
「そうだな……」
「今回こそ、本物の別世界ってやつが見れる!って期待しちゃえるってもんよー」
「まぁ、VRコミュニティエリアとかは普通にクオリティ高いもんな。それを造った人が監修してるなら確かに……」
「だろだろ?興味湧いてきただろー?」
今までの技術的問題か資金的問題かは知らないが、美麗グラフィックを謳ったVRゲーム達のコレジャナイ感を思い出して同意するが、今回のはそれらとは一線を画すのだとヒビキは語る。
確かに最初に造られたVR空間……いわゆるコミュニティエリアと呼ばれる個々人のチャットルームを電脳世界化したようなツールはまさに別世界のような出来だった。
電子の海を生身で潜る感覚は得も言われぬ感覚を覚えたものだ。
しかし、同じシステムを使っているというのに、VRゲームとなれば何故かコミュニティエリアのような別世界と言えるような没入感は味わえなかった。
……というのも紙芝居のような空や定型文しか言わないNPC、風すら吹かない大地を見せられて別世界と言い張ることができないのは当たり前だが。
これには、コミュニティエリアの出来が良かっただけに期待させておいてガッカリ……という人が多かったようだ。
「ゲームか……あんまりやったことないけど」
「やっぱ興味あるよな!そう思ってこれ!」
「?」
「お前の分まで確保しておいたぜ!」
そう言ってヒビキが差し出してきたのは、認証コードが書かれたカードのようなものだった。
「なにこれ?」
「何って、βテストの抽選券だけど。一人で複数当たる事はないけど、片方はちゃんとおまえの名義で登録しておいたから、当たりさえすれば一緒に遊べるぜ」
押し付けられた2枚のカードのうち片方を見て聞くと答えが返ってくる。
抽選券……当然だが当たるかは運に左右される。
「ヒビキだけ外れるとか………無いか」
「俺が外れるならお前も外れる筈だし」
「そうだなー、お前幸運だけはいいもんなー……」
過ぎった考えは完全に言葉になる前に自分で否定した。
目の前の商店街の福引き一等ハンターヒビキは真顔で己の幸運を全く疑わない姿勢を見せた。
スマホゲームのガチャ報告を学校でやっても別に問題視されない程度には課金に対して寛容になった現代では、コイツの他人から吸い取ってると言っても驚かれない程の豪運は羨ましくも周知の事実なのであった。
「席につけー、先生様のお通りだー」
「おっと、話はここまでだリク。抽選券はなくすなよ!」
「了解。はよ行ってきな」
「サンキュ。おーい、先生ー!」
聞き慣れた怠そうな声に会話を打ち切り、抽選券を懐にしまいながらヒビキを見送る。「すんません先生!お察しの通り宿題やってません!」「そんな気はしてた。はい追加の課題」というヒビキと怠そうな声でズシリとした課題の山をヒビキに手渡すハバキ先生の会話を聞きながら、準備をする。
聞いたことない人とかいるのか、というほど聞き慣れたチャイムとともに、学校のホームルームが始まる。
少年……リクの一日が始まった。
___残念!あなたの冒険は終わってしまった!!
「ちっ」
何度目かわからないゲームオーバー報告にコントローラーを投げるとベッドに転がる二十代前半の茶髪の女性。
かなりラフな格好で暗い部屋の中ゲームをしている彼女はいわゆる引きこもりというやつ………なのだが、月に一度のバイトで破格の給料を儲けてくるエリートでもあった。
尚、何故そんなバイトを受けられたか、もっと言うと何故採用されたのかと言うと『コネ』と言う他ないのだが。
「ユウマー、久世さんちのハルカちゃんが来たぞー」
「ん……」
短く小さな返事。多分聞こえてないが、家族を信頼している父親は再度呼びかけることはなかった。
しばらくして、家に人が上がったのか玄関が騒がしくなり……その音もリビングの辺りに移動していった。
「…………」
それを確認して幽鬼の様にようやく立ち上がるユウマと呼ばれた彼女は、しかし立ち上がれれば早いのか、意外にもしっかりとした足取りで階段を下りて下階のリビングに向かう。
「………ぅ」
「上がらせて貰ってるよ、ユウマ」
電気の灯りに一瞬目を焼かれ、うめき声を上げて手を翳す。声が聞こえたリビングのテーブルの辺りを見るとそこには自分と瓜二つな女性が小さく手を振っている。その容姿は二人とも似通っており髪型と配色が同じなら別人とは思われないレベルだ。ちなみに久世さんちのハルカさんは白髪でロングヘアだが、ユウマは茶髪でセミロングである。二人とも綺麗な碧い瞳をしている。
ユウマは小さく頷くとテーブルを挟んで対面のソファーに座った。
「……バイトは終わったはず」
「今回は違う用事だよ?……実はβテストの応募枠の一覧にリクくんの名義があってさ」
「……何も聞いてない」
「あっ、じゃあ単純に興味があっただけなのかな?……とりあえず本題はそこじゃなくてさ」
「……姉に隠し事とは」
「束縛する姉は嫌われるぞー?本題に入ると、このリクくんにもユウマと同じ措置を望むならできるけどっていう話」
「……いらない」
「あっ、じゃあ普通に一般応募として扱わせて貰うね。落選しても文句言わないでね」
「………………いっしょにあそべない」
「落選したらそうだね。その時は正式版リリースまで待とうね?」
「………なんとかして」
「流石にこれ以上職権乱用すると私のクビが飛びかねないから。ただでさえユウマを雇用する時も無茶したんだし」
「むぅ」
「あーもう、かわいいなぁ!」
「俺にもよくわからんユウマの超圧縮言語に対応している……だと……!?」
暫く続く一見一方通行の会話を見てそれが確かに意思疎通できている事を理解した父親は戦慄する。
そんな、俺でも3回に一回は外すのに……!?と白目を向いていた。
「あ、リュウキおじさん、話はそれだけなので、ここでお暇頂きたく……」
「まぁ待てって、ハルカちゃん。久しぶりだし暫く居てもいいんだぞ?」
ソファーから立ち上がり、ペコリと頭を下げると直ぐに帰り支度をするクゼハルカ。それを見た途端話は終わったとばかりにスマホを弄りだすユウマ。
しかしユウマの父親リュウキが引き留める。
「すいません、仕事があって……」
「マジでそういう言葉子供から聞けるんだね。おじさん驚いた」
引き留める……が、学生と引きこもりしかいない家族を持つリュウキには些か刺激が強すぎる発言に一瞬硬直してしまう。
その横をスルっと通り玄関から「じゃあまたねー、ユウマ!」と言って去っていったハルカ。ユウマはそれに「ん」としか返さなかった。
どうしても二人を比べてしまい溜め息を吐くリュウキ。高校時代から天才と呼ばれた親友同士、どこで差がついたのか。
リュウキにはわからなかった。
「………プリンすてたんだね」
「ん?ああ、リクのか。腐ってたからな」
「………いらないなら食べたのに」
「いらないんじゃなくて、忘れてただけじゃないか?」
父親と数秒話してすぐ自室に帰っていくユウマ。その背中を懐かしそうにリュウキは見ていた。
「ほんと、母さんに似てるなぁ……」
「……なによ」
「母さん!?いたの!?」
思わず呟いた言葉はリビングに放置されていた洗濯物の山の下からぬるっと現れた妻のジト目に塗り潰されたのだった。