オリバー「駄目です、完全に包囲されてます!」サイモン「……筏を出せ、海に逃げるぞ!」トビー「艦長!?」
前回のタイトルを微修正しました(小声)
アイリとの衝突に悩むマリー。これまでは、時々怒られながらもずっと仲良くしてきたからね。まあどんな仲の良い人とでもぶつかる事はあります。
私は何もアイデアを出せないまま、艦長室で大人しく分数の割り算に取り組んでいた。
アイリさんは夜には出て来て、美味しい晩御飯を作ってくれた。その時には二、三、言葉を交わす事も出来たが、わだかまりが無くなったというのには程遠い状態だと思う。
「明日には出港したいですね……それで、ぶち君なんですけど」
「港や町の中で居そうな所を探してみたんだけど、見つからなかったよ。姉ちゃんもしかしてあいつとも喧嘩したりしてない?」
いやー、いくらなんでも猫と喧嘩した事はないよなあ。あったっけ? うーん?
◇◇◇
そして翌朝。ロイ爺とアレクは昨日発注した品物の受け取りに、カイヴァーンはぶち君を探しに行った。ウラドと不精ひげは積み込み準備だ、私は真面目の商会長服で留守番をする。
「おはよう、船長」
「おはようございます……」
アイリさんは相変わらずだ。挨拶は普通にしてくれるけど、どこか素っ気ない。
以前、ブルマリンでアイリに言われた別れの言葉が脳裏を過る。(※第一作)
―― マリー船長。短い間だけど、お世話になりました。正直妹が出来たみたいで楽しかったわ
こんな事をしていて、アイリがふらりと居なくなってしまったらどうしよう。そんなの嫌だよ、どうしよう、早く謝らなきゃ、いや違う、謝って欲しいんじゃないんだ、アイリさんは説明を求めてるんだ。だけどその説明が出来ない……どうすりゃいいんだ。
「船長、ボートが来たから荷物の検収を頼む」
ああ、不精ひげが台帳を持ってやって来た。ウラドと不精ひげは忙しいんだから、私がやらなくちゃ。だけど仕事に逃げてるみたいで、気分は良くない。
「ブルバル川上流で採れた美味しい米だ、大切に売ってくれよな!」
「ハタの塩漬けだよ、大丈夫、日持ちするから」
「この町のヤシ油は上等だぞ! みんなそう言うんだから」
商品を積んだ荷船が、次々とやって来る。
ここの地元の人々は男女問わず陽気で親切な人が多い。私がやましい気持ちを抱えて元気をなくしているせいもあるけれど、今はそんな人々の笑顔が眩しくて仕方ない……景気も良いんだろうな。皆さんとても楽しげに働いてらっしゃる。
ウラドと不精ひげはテークルを使い、商品を次々と荷船から釣り上げ、下甲板の荷室へと荷物を釣り下ろす……私はその横で、ただ荷物の種類と数を数えて台帳に記す。
その、最中。
「オアーオオ!? オアーオ! オアーオー!」
突然吊り荷の上で猫が騒ぎ出した!? 見れば、釣り上げられたゆらゆら揺れる不安定な箱の上で、一匹のぶち猫が総毛と尻尾を逆立てて鳴き喚いている……って、そんな所で何してんのぶち君!
「フギャッ、フギャアアッ!」
ぶち君が慌ててバタバタするので箱は余計に傾く、ああっ、危ない!? 見回せば荷船の漕手もウラドと不精ひげも皆心配顔でぶち君に注目していた。傾いて揺れる箱から落ちないよう、必死にしがみつくぶち君……心配は心配なんだけど、ちょっとだけ面白い……
「ウラド早く! 早くテークルをこっちに!」
「し、しかし慌てると箱がさらに傾いて猫が落ちる」
箱はどうにかフォルコン号の甲板に降ろされた。私は飛びついてぶち君の首根っこを捕まえる。
「カイヴァーンはあんたの事探しに行ってるんだよ、それを何でこんな所からコソコソ帰って来るの。傍迷惑だと思わないの?」
「船長、猫を叱っても仕方がない」
つまみあげた猫に説教をする私に、ウラドは冷静にそう言ったが、
「夜中に艦尾窓から帰って来た船長に、それを言う資格があるのか……」
不精ひげなどはそうボヤきながら肩を落とす。
私の手を逃れ甲板に降りたぶち君は、しばらくの間踊るようにくるくる回ったり飛び跳ねたりしながらニャーニャー喚き続けていたが、やがて急に飽きたのか、ふいと向きを変えて艦尾の方に去ってしまった。
◇◇◇
やがてフォルコン号はすっかり出港準備を終えた。カイヴァーンもフォルコン号の船鐘の音を聞き分けて戻って来た。
「戻ってたのかぶち猫。まあ何にせよ良かった」
猫はいいなあ。どこに行って何をしていたか何て聞かれないんだもの……どうせ魚屋のあとでも追い回して、おこぼれの小魚でも貰ってたんだろうけど。
「それじゃあ、行きますか……」
私はキャプテンマリーの服に着替えていた。ここからはまた波高い泰西洋を行く事になるし、今回はムスタファ国王の親書を携えての出港になるので、あまりいい加減な恰好は出来ない。
それにこれはブルマリンでアイリさんを追い掛けて連れ戻した時に着ていた、その後ボロボロになったけどアイリさんに直して貰った、大事な服なのだ。
「不精ひげ! いつも通り御願い!」
「アイキャプテン! ばつびょお~」
折からの北風に煽られ、フォルコン号はいつも通りきびきびとした走りでタルカシュコーン港を出港して行く。
……
この港には王の親書を届けた後で、もう一度戻って来る事になるだろう。
イルミナさんの事、私は諦めた訳ではない。
だけどなあ……あの人、もう少しこう、何とかならないのかしら。うーん。
出港してしばらくの間、私は艦尾で遠ざかって行くタルカシュコーンの街並みを見つめていた。
「船長」
そこにアイリさんがやって来て、小さな声でそう言った。船長、って……何でそんな余所余所しい言い方をするんですかアイリさん。どうしよう。振り返るのが怖い。まさか別れ話を切り出されるのか? そんなの嫌だ、私はこれからもアイリさんと一緒に居たい。そんな事を考えていたせいで、私はすぐに振り向く事が出来なかった。
「昨日と一昨日はごめんなさい。私、船長には本当にとても良くして貰っているのに。そんな私が保護者気取りで貴女に小言を言うのはおかしいわよね」
「待って下さいアイリさん、私は……ええええ!?」
何とか弁明しなきゃと思い、慌てて振り向いた私が見たのは……あのタルカシュコーンの港のモーラ料理店で働いていた女の子、ハリシャちゃんを連れたアイリさんだった。
「どどど、どうしたんですかアイリさん!?」
とにかく驚いた私はアイリの後ろに居るハリシャちゃんを小さく指差しながらそう叫んだのだが。
「どうって……そんなにおかしいかしら? 私がマリーちゃん、いいえ、船長に謝罪するのは」
「いやそうじゃなくて! どうしたんですか、その、あの……」
「え? 何が」
アイリさんもウェーブのかかった髪を揺らしながら、後ろを振り向いて、
「えええ!? 貴女確かどこかで会った……せ、船長、どうしたのこの子?」
そう言って私とハリシャちゃんを何度も見比べる。ちょっと待て、アイリさんも驚いてるじゃん、じゃあこの子、アイリさんが連れて来たんじゃないの!?
「ごめんなさい、船長さん! 私、船長さんの船に勝手に乗り込みました!」
ハリシャちゃんはそう言って腰を90度曲げ、勢いよく御辞儀をする。それからまた顔を上げ、真っ直ぐに私の顔を、強い意志を秘めた瞳でしっかりと見つめる。
「御願いします! どんなにきつい仕事でもします、甲板で寝るのも平気です、私をこの船で働かせて下さい!」
操帆を終えてくつろいでいた不精ひげも、操舵輪を握っていたウラドも、檣楼に居たカイヴァーンも、出港作業の後で船室に戻ろうとしていたロイ爺も、料理当番の準備をしていたアレクも、慌てて駆け寄って来る。
私は一度息を飲み、次には唾を飲んで、どうにか声を絞り出す。
「あの……ハリシャちゃん。貴女まさか、船乗りになりたいの? 何で? どうして……」
ハリシャちゃんはますます強い決意に燃える瞳で私の目を射抜く。一体何が? この12歳くらいの可愛い女の子に、ここまでの熱情を吹き込んだのか?
「私、マリー船長みたいな立派な海賊になりたいんです!!」
艦尾の手前の小さな階段でつまずいた不精ひげが転び、不精ひげにつまずいたウラドが折り重なるように転倒する。ロイ爺とアレクはお互いの物陰から走って来たためぶつかって共に倒れ、仰向けになったアレクの腹の上に、静索の最後の一段を踏み外したカイヴァーンが背中から落ちる。
ぶち君は、艦首楼の上でこちらに背中を向けて寝転がったままだった。
ハリシャちゃんはもう一度、勢いよく深々と頭を下げる。
「海賊は出来ないけど、きっと覚えます! どうか御願いします、私をマリー船長の手下にして下さい!!」







