ロブ「おーい色男、この洗濯物干しといてくれ」ジュリアン「やめて下さいそのあだ名!」
モーラはこちらの世界でいうインドです。タルカシュコーンの港で、モーラからの移民の女の子に出会ったマリー。
或いは、ジュリアンの行動の結果奴隷から解放されたものの、ジュリアンにはそのまま置き去りにされてしまったハリシャが、船乗りの女の子に出会った話。
「お待たせしました、こちらがダル豆の煮込み、こちらが鶏肉の煮込み、それに焼き立てのチャパティです、そのままでも、煮込みに浸してもどうぞ」
チャパティは平らに焼かれた小麦でクレープに近いかもしれない。
そして煮込みは本当に不思議な口当たりと香りがして……辛い! 辛い! 辛ぁぁぁい!? 胡椒を振ったステーキの何十倍も辛いよ!
なのに……なのに何故こんなにクセになる!?
「何でこんなに辛いのにやめられないの!? 美味い! 辛ぃーい!」
私はチャパティで包んだ鶏もも肉を頬張り、身悶えする。
「美味しいけど、こんなに贅沢にスパイスを使って大丈夫なの?」
アイリさんがそう尋ねると、給仕をしてくれている先程の女の子は、少し考えてから答えてくれた。
「鬱金とクミンとコリアンダーは近くで手に入るんです、この店ではそれに新世界から来た唐辛子を入れてますが、それも近くの農家に栽培をお願いしてる物なんです」
女の子の言葉は片言のアイビス語だったが、話は十分に伝わった。胡椒みたいな原産地以外では栽培出来ない高価な香辛料を使わなくても、こんなにスパイシーな料理が作れるのね。
カイヴァーンはこの味が初めてではなかったらしい。
「チャパティもいいけど、俺、カレーは米で食べたい。姉ちゃん、米貰っちゃだめ?」
「あ、船長、俺も米が欲しい」
そして文句を言ってた割には食べ始めたら態度の変わった不精ひげもそんな事を言う。
「それじゃ、米二人前追加で御願いします」
私がそう言って顔を上げると、給仕の女の子は目を丸く見開いて私を見ていた。
「何か?」
「あっ、ああごめんなさい、ただ今、お父さん! 米二人前御願いしまーす!」
この子はご両親の仕事を手伝ってるのね。偉いなあ。まだ12、3歳くらいに見えるのに。
◇◇◇
食後にはラッシーという甘いヨーグルトをいただく。辛さに疲れた舌に心地よい甘さと滑らかさ……ああ、幸せ……そんな多幸感に浸る私に不精ひげが言う。
「いやあ美味かった、この店にして良かったな」
「アンタ嫌な予感がするって言ってたじゃん」
「なあ、さすがにもういいだろう? 俺は遊びに行っても」
とにかく一人で遊びに行きたい不精ひげ。集団行動を乱すなよ……と思ったけど、ぶち君なんかここまでついて来たのに、店の前を素通りしてどっかに行っちゃったのよね。
「明日の10時までにはフォルコン号に戻って来なさいよ?」
「もちろんだ、それじゃ!」
言うが早いか、不精ひげは席を立って外へすっ飛んで行く。
「いいの? あの人だけそんな自由にさせて」
アイリさんはそう言って忍び笑いをする。
仕方ないじゃん。どうせ遊びに行くフリをして、リトルマリー号のフォルコン船長の消息でも探しに行くんでしょ、あいつ。もしかするとロイ爺とアレクも出掛けてて、船に残ってるのはウラドだけかもね……困ったものだ。
「あ、あの……貴女は船長さん……なんですか?」
給仕のお盆を抱え込んだ女の子が、私にそう尋ねる。ふむ。やはりこの恰好だとそう見えますか? それとも私、そんな風格を知らない間に漂わせちゃってたかな? 参ったな、そんなつもりはなかったのに。
「ええ。私はフォルコン号船長、マリー・パスファインダーと申します」
私は気品のある仕草でそう答える。でもよく考えたら不精ひげが私の事船長って言ってたな、二回ぐらい。
「本当なんですね! すごいです、とてもお若く見えるのに……それでは皆さんも船乗りなんですか?」
ハリシャというこの女の子は、ヒュッツポット号という船を知らないかと言う。ヒュッツポット号……聞き覚えがないですね。
「その船には別の名前があって……ストームブリンガー号ともいうそうなんです」
ん? それはどっかで聞いた事のある名前ですよ? それも今年に入ってから……その瞬間私の記憶に、舷側に水車を取り付けたボロ船が蘇る。
「その船ってボロボロのゆっくりした船だった?」
「いえ、新しい、すいすい進む船に見えました」
良かった。まあ、あの船じゃタルカシュコーンどころかロングストーンにも辿り着けないとは思うけど。
「じゃあ私が知ってるストームブリンガー号とは違うわね……でも名前が二つある船には近づかない方がいいと思いますよ、普通、船の名前は一つなんです」
私がそう言うと、ハリシャちゃんは気まずそうに笑い、声を落とす。
「本当かどうか解らないけど、その船の水夫さんも、自分は海賊だって言ってました」
「ええっ……えー、駄目ですよ、女の子が海賊なんてものと」
口をきいちゃいけません、私はそう言い掛けて慌てて口をつぐむ。カイヴァーンはあまり気にした様子も無かったが。
「ごめんなさい、変な話をして」
「いいえ。女の子の船乗りなんて珍しいと思ったんでしょ? 私も最初は船酔いが酷くて大変だったけど、慣れればどうって事ありませんよ。ははは」
私が少し気取ってそう答えると、アイリとカイヴァーンは目を逸らす。ハリシャちゃんは……小さな溜め息をつく。ちょっと感心されちゃったかしら?
「でもね、船乗りにだけは惚れちゃいけませんよ、お嬢さん。船乗り男は勇敢で気さくで親切だけど、みんな気まぐれでホラ吹きなんだから。ははは」
今度はアイリさんは深く頷いたが、カイヴァーンは目を細めて私に抗議の視線を向ける。
「ごちそうさま。とても美味しかったですよ」
私は支払いをして店を出る。ハリシャちゃんは店の外まで見送りに来てくれた。
「きっとまた来て下さいね」
料理店の店員さんなら、そう言うものなのだろうけれど。私には何となく、ハリシャちゃんにはもう少し私に聞きたい事があるように見えた。
「俺はぶち猫を連れて帰るよ。今日は見晴らしが良くて涼しい所に居ると思う」
カイヴァーンはそう言ってその辺りの路地に入って行く。彼はぶち君がだいたいどの辺りで昼寝をしてるのか解るらしい。
「アイリさん私もちょっと用事が出来たので、先に船に戻っていて下さい」
私はそう言って立ち去ろうとしたが、アイリは既に私のジュストコールの後ろ襟を捕まえていた。
「あら、こんな遠い勝手も解らない異国の町で何処にどんな用事が出来たのかしら? 私も御一緒させていただこうかしら?」
そう言ってついて来てしまったアイリと共に、私は行きに四輪車で通った道の方へ行く。しかしのあの新世界から来た六人組の演奏家は姿を消していた。
「ありゃりゃ、もう居ませんよ……残念」
「場所を変えたのかしらね」
行きに新世界の六人組が居た場所には地元の方らしい四人組の演奏家が居て、打楽器と鐘を使ったこれまた見事な演奏をされている。なんとも陽気で軽妙なリズムだ、周りには踊っている人達も居る。私もキャプテンマリーの服でなかったら、ラゴンバの感謝の踊りを披露するのだが。
新世界の音楽もいいけど、これはこれでいいわね、このまま少し聴いて行こうか……私はそう思ったのだが。
「待てー! この覆面野郎!」
通りの向こうで罵声がする……見れば、覆面をした体格のいい男が数人の男達に追われてこちらにやって来る……ってあれ不精ひげじゃん!
「どうしたの不精ひげ!」
「せっ、船長、俺に構うな!」
私はすぐに目の前を通り過ぎた不精ひげを追う。アイリさんは手を伸ばすが、私を捕まえる事が出来なかった。そして盛装のアイリさんは私を追って走れない。
「止まれぇぇ覆面!」「覆面ー!!」
後ろから恐いおじさん達が、凄い剣幕で追って来る。
「こっち!」
「船長ッ……」
私は不精ひげを、物陰の多い市場方向へ誘導する。







