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フォルコン「ハッハーッ! ロイも隅には置けないな!」 

ロイの息子? イサークが決闘の為に選んだ競技はなんと「牛乗り競争」

それは牛の扱いにも慣れたマリーの「船酔い知らず」のいい餌食でした。

「貴方は……本当にロイ爺の息子ではないですって!?」


 私達は村の広場から少し離れた池のほとりに居た。周りには他に誰も居ない。


「あの……君のような若い女の子には話しにくいんだけど……何と言うか、計算が合わないんだ。お袋がロイさんと付き合っていた時期と、俺が生まれた日が……お袋は俺に嘘の誕生日を教えていた。役所の俺の出生記録の方が正しいとすると、俺はお袋の腹の中に14ヶ月も居た事になる。俺がそれを知ったのは、大人になってからだった」


 そういう話はよく解らないので、私には目を逸らす事しか出来ません。


「お袋はあれでも若い頃は美人だったらしい。港町の宿屋で看板娘をやっていて、そりゃあ色んな男にモテたんだと……それでまあ、ロイさんもその一人ではあったんだと思うんだけど、やっぱりどう考えてもロイさんは俺の親父じゃないんだ、俺もお袋も、ロイさんからこんなお金を頂く訳にはいかないんだ」

「だ、だったら……」

「あ、ああ……」

「だったら最初からそう言えばいいじゃないですか!?」


 本日二度目のぶち切れである。


「何だよそれ!! そんな事が解ってるのに何ですって!? ロイ爺の事、あんた一体何て言った! あんた、ロイ爺の事を……」


 私は今日の記憶を探る。探る。探る……

 よくよく考えると、イサークさんは金は受け取らない、ロイ爺は父親ではない、自分がそんな金を受け取る筋合いは無いとは言ったものの、ロイ爺の悪口は一度も言ってなかった。


「その金そのまんま、あいつの足元に叩きつけてやるなんて言うから……」


 急激にトーンダウンした私は、小さな声でモゴモゴとそう抗議する。


「それはその、売り言葉に買い言葉で……本当に申し訳ない……とにかく……ロイさんは貧乏商船で下働きみたいな事をしてるんだろ? 金の余裕なんてある訳無いじゃないか、本当に勘弁してくれ、ロイさんのお金は受け取れない」


 イサークさんのこの言葉は、見えない矢となって私の胸にグサグサと刺さった。面目ない……面目ない……うちの馬鹿親父のせいで、面目ない……


「それから……マリーさんも見たと思うけれど、うちのお袋は最近ボケて来ててね。感情の起伏が酷くて……その上夜中に村の中を歩き回ったり、すぐ隣の村から帰れなくて迷子になったり……そもそもどうしてロイさんの事を俺の親父だと言っていたのかは解らないが、事実と向き合うにはもう遅いんだ。本当に、本当にロイさんには申し訳無いと思う」


 私は腕組みをして思案する。

 イサークさんの喧嘩腰は、ロイ爺に自分達を見捨ててもらう為の窮余きゅうよの策だったのか。


 馬鹿だなあ、みんな。


 マヌエラさんは何でロイ爺をイサークさんの父親って事にしたんだよ。だけど人間、貧乏しても後ろ指差されても、生きていかなくてはならないのだ。

 イサークさんが父親の居ない子と言われないよう、マヌエラさんは誰かを父親にしなくてはいけなかった。そして女手一つでイサークさんを育てなくてはならなかった。


 今さらマヌエラお婆さんを責めても仕方が無い。イサークさんは自分を育ててくれた母親を守りたい。そしてロイ爺にこれ以上苦労を掛けたくない。

 とは言え、もう少しスマートな方法は無かったんですかねェ。


「あの、一つだけ……今のロイ爺は貧乏商船の下働きなんかじゃないです、裕福な商船の副船長で、給料も普通の水夫の何倍も貰ってます。このお金を受け取ってもらう事はロイ爺の心からの望みなんですよ、何とか受け取ってくれませんかね?」


 まあ、ここ半年くらいは。

 しかしイサークさんはそれを聞いてもまだ、首を横に振る。


「マヌエラの息子の俺ですら、酷い話だと思うんだよ、お袋のした事は……俺がロイさんの立場だったらと思うと、自分の身さえ憎たらしく思えて来るんだ。お袋は俺を守る為に、ロイさんを犠牲にしたんだからな……」


―― これはロイ爺……ロイさんが貿易商船で昼も夜も働いて稼いだお金だよ!

―― 命のあるうちにねえ、少しでもマヌエラさんに罪滅ぼしがしたいと


 そういえば、私はイサークさんにそんな事も言ってしまった。うーん。そんなの聞かされたらますますこんなお金受け取り辛いよね。


「頼むよ! な、何なら俺が受け取ったって事にしてくれてもいい、そうしておいて何かの折に、その金をロイさんの老後の幸せの為に使ってくれ、頼む!」

「いいんですか、私みたいな余所者の小娘をそんな風に信じて。私が自分のお小遣いにしちゃうかもしれないとは思わないんですか?」

「いや、信じる! マリーさん、あんたみたいに義侠心のある小娘、いや失礼、女の人は見た事がない!」


 困ったなあ。そんな下駄げたを預けられてもねえ……私がロイ爺の為にお金を使う事は難しくないけど……いや、無理だよ、そんなの。


「やっぱり無理ですよイサークさん。マヌエラさんは仕方無いとして、貴方だけでもロイ爺に会って、ちゃんと話をして下さいよ。私だってね、そんな秘密を抱えたまま、ロイ爺と顔を合わせて生きて行くのは無理ですよ」


 イサークさんはがっくりと肩を落とす。それから暫く、首を振ったり、頭を抱えたりしていたが。


「そうだな……最初からそうすべきだったんだろう。お袋の事は……俺のお袋なんだから俺が解決すべきだ。マリーさん。俺をロイさんの所に案内してくれないか」



   ◇◇◇



 私達は、ロイ爺の待つ街道の休憩所へと歩いて行く。


「あの、イサークさん。私そういうの解らないんですけど……自分が騙されて他人の子供を養育していたと知ったら、男の人はどう思うんですかね」

「俺はそういう目に遭った事は無いが、多分男が人生の中で出会い得る災難の中では、最悪の五本の指に入ると思う」


 ……


 ロイ爺は優しい人だから、そんな、ぶち切れたり泣きわめいたりはしないとは思うけど……だけど、心の中ではどう思うのだろう……


「あの、イサークさん。ロイ爺はどのくらい、この村に来てくれたんですか? 五年に一度くらい?」

「いや。俺が小さい頃は年に二、三度は来てくれた。その頃はお袋もあんなに気難しくはなくて……まあ俺が大きくなってからは次第に来る回数が減って、15年前からは数年に一度くらいになって」


 15年前からというのは、ロイ爺が乗っていた商船、ハーミットクラブ号が私の父に買い取られ、リトルマリー号と名前を変えられた時期と一致する。


「お袋のロイさんに対する態度が冷たくなりだしたのはそれからだった。俺もお袋に言いくるめられるまま、ロイさんの事を父としたう事をやめて、船に乗って好き勝手に暮らしている奴なんだと思うようになった」


 そうか……ロイ爺がここにあまり来れなくなったのはそれからか……本当の親子だったかどうかは別として、マヌエラさん達とロイ爺の関係が悪化した事には、私の父の放蕩ほうとうが関係していたらしい。


「あの、イサークさん。やっぱりやめませんか?」

「ええっ? な、何をだい」

「ロイ爺に会って全部話すっていうのはやめましょう、だって私が黙ってたら済む事なんですから! このお金はロイ爺が船を降りる時に退職金に上乗せして渡します、それでがいいです、そうしましょう、ね?」

「い、今さら何を言うんだ、ロイさんはこの先の休憩所に居るんじゃないのか?」

「違います、ロイ爺はカンパイーニャ港に帰りました! 向こうには居ません!」


 私はイサークさんの前に飛び出し、両手を広げて道をふさごうとする。


「マリーさん、俺はもう全部話すって決めたんだ、そして今まで父親代わりになってくれた事にちゃんとお礼を言う、それから……とにかくお袋がした事について謝る、謝って謝って謝り倒す、それがマヌエラの息子である俺の使命だ。そう教えてくれたのはマリーさん、あんたじゃないか」


 イサークさんは私を避けて通ろうとするが、私もここは容易には譲れない、いいじゃん、私が悪魔になってロイ爺にイサークさん達はお金を受け取ってくれたと言えばいいのだ、今さら昔の事でめる必要はない。


「言ってません、そんな事は言ってませんよイサークさん、賢く誤魔化ごまかして生きて行きましょう、それが皆の為になるのなら神様だって許してくれますよ!」


 私は左右にヒラヒラと動きながら、イサークさんの行く手をさえぎる。


「何を言ってるのか解らないぞ!」

「ロイ爺には私が上手い事言っておきますから!」

「何を上手く言っておくんじゃ?」


「ぎゃああああ!?」「おヤッ……ロイさん!?」


 ロイ爺はそこへ、背後の街道沿いの松の物陰を回って現れた。

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