カートン「いや待て待てそんなに飲めねーから!」ピロ「そんな怪我で酒飲んで大丈夫なんですか兄貴」人々「キャッキャ」
マリーの冒険の一つが、終わりが近づいているみたいです。
カートン達にお金を渡したいというだけの話が随分膨らんでしまいましたが、いつも通り、結果オーライに落ち着いたようです。
最後に、私はサフラーンさんの隊商を訪れた。
「あ、ああ、来て下さったんですねマリーさん……はは、今となっては貴女に御会いするのは少々気恥ずかしい所もあるのだが」
「え……? すみませんこんな時間に、だけど今は一刻も早く港に帰らなくてはならなくて。それでその……実はもう一つだけ御願いが」
私はカートンさん達へのサリームの手紙とお礼の報酬を、サフラーンさんに託した。サフラーンさんは間違いなく渡すと約束してくれた。
「貴女は自分も密輸団を壊滅させた英雄の一人だという事は、黙っているのですね……いや、私には解ります。貴女にとってはこの程度の冒険は日常茶飯事なのでしょう」
「あはは……決してそんな事はないんですけど早く帰らないと怒られるので、足止めされないうちに帰ろうかと。それからここにマリーとカイヴァーンが居たという事だけは、どうかカートンさん達には秘密にして下さい」
サフラーンさんは二度頷いてから、一度かぶりを振る。
「実はねマリーさん。少し前まで、私は貴女に求婚しようと考えていたんです」
……
ええ……ええええ!? 求婚!? 球根とかじゃなくて!? 誰に? 私に!?
いやちょっと待て。この人ロヤーちゃんと結婚したばかりじゃん、何考えてんだアンタは、本当に見た目ばかりで頭は空っぽのただ女好きなだけの人なの!?
「あの……それは一体どういう」
「我々の文化では男は財産があって健康であれば、四人まで妻を持つ事が出来るのです……勿論、様々な制約や条件もあるんですが」
「一度聞いてみたかったんですけどね! 一人目と二人目の奥さんはどう思われてるんですか? ロヤーちゃんの事を」
私は思わず、ぶっきらぼうにそう言ってしまった。
サフラーンさんは、無言で満天の星空を見上げ、少しの間固まっていたが。
「二人共、とても喜んでいるよ……可愛い孫が出来たみたいで嬉しいと」
何かを察した私は、暫くの間固まっていた。
「隊商の長の仕事にも色々あるんだよ。私の父も同じ仕事をして私を育ててくれたんだ。私にはそうして受け継いだ砂漠の隊商という文化を未来へ繋いで行く責任がある……オデリスで鮮やかに野菜を売り捌く貴女を見て、貴女とならばそれが出来るんじゃないかと思ったんだ。貴女はきっと良い隊商の妻になるとね……だけど貴女は大変な冒険者で、そんな所に収まるような人ではなかった」
私は溜息をつく。あんまり大人の事情に踏み入るなって事は、不精ひげの一件で学習したはずなんだけど。
「サイラスさんはいいんですか」
「うん? うん……」
夜空を見上げていたサフラーンは、今度は地面に目を落とす。
「サフラーンさんは喧嘩をしないって言ってたのに、サイラスさんを守る為に戦ったんですよね」
「いや、まあ……私が喧嘩をしないのは父の教えでね、金持ちは喧嘩をしてはいけないと。その一方で父は英才教育として私に様々な格闘術を学ばせた。私は決して戦えない訳じゃないんだよ、戦いたくないだけで」
「サフラーンさんはサイラスさんの事が好きなんでしょう? サイラスさんは頭が良くて綺麗でいつもサフラーンさんの事を考えてくれている人なのに、どうして結婚しないんですか」
私は、単刀直入にそう尋ねた。
サフラーンは後ろに腕を組み、私に背を向ける。
「彼女は同じ隊商で育った幼馴染でね。だが私の父は隊長だったが彼女の両親は奴隷の身分だった。父の方針で隊商の子供達は分け隔てなく育てられ、私達は身分の事など考えず仲良く育った。父が早くに亡くなり、成人したばかりの私が隊商を継ぐ事になった時、私には二つの選択肢があった。一つ。彼女を奴隷身分のまま妾にする。一つ。自分が彼女の養父となり奴隷からの解放を宣告する」
「それは……」
私は何か言葉を絞り出そうとしたが、私の人生経験では、こんな時に発するべき言葉は見つからなかった。
「私は、大好きな人がずっと奴隷身分のままだなんて嫌だと思い、後者を選んだ。私は彼女の父になってしまったから、もう結婚は出来ない」
そして私の人生経験では、こんな時に発するべきではない言葉を止める事が出来なかった。
「後悔は……しなかったんですか?」
サフラーンさんは苦笑いを浮かべて振り返る。
「後悔しない時は無い! 毎日毎日、朝から晩まで後悔してるとも! わははは……だけどマリーさん、私はもしあの日に戻れたとしても、何度でも同じ選択肢を選ぶよ」
「すっ、すみません無神経な事を聞いて!」
「いいんだ、隊商の連中は私に気をつかってあまりこの話をさせてくれないからな、久し振りに誰かに話せて良かった! マリーさん、どこかにいい男は居ませんか? 私がサイラスを嫁にやっても後悔しない程の、優しくて財産があって愛情深い男は!」
そんなものこっちが知りたいよ、私はさすがにその言葉は飲み込んだが。
「サイラスさんは……何とおっしゃってるんですか?」
サフラーンさんは、再び私に背を向ける。サフラーンさん口では笑っているけど、目にはいっぱい涙を溜めていたな。
「先程の通りさ……私の側に居て私を助けると言って聞かないんだよ」
―― マリー、人生は冒険だ、たっぷり楽しまないと損だぞ。アハハハ!
私は父の言葉を思い出していた。
幼馴染達の争いを止める為、自分が育って来たのと全く違う世界へ飛び込んだロヤーちゃん、色々な思いを抱えて隊商を切り盛りして来たサフラーンさん、そんなサフラーンさんを支えると心に決めたサイラスさん。
サフラーンさんは私を冒険者だなどと言ったけど、真の冒険者は貴方達ですよ。どうかサフラーンさん達の冒険が幸多い物になりますように。
水夫のベネロフさんというのはどういう人だったのだろう。私は会った事は無いと思うが、カイヴァーンは何か縁に感じる所があったようである。
カートンさん達はこれからどうなるのだろう。役立たずの軍事顧問団に代わりこれからもこの町を守るのだろうか。この成功を胸に堂々と故郷に帰るのだろうか。冒険とは未知の世界に向かって行く事だけじゃない。危険を冒してでも、願いを叶えようとする試みの全てを言うのだ。
多分父が言いたかったのはそういう事なのだと思う。たぶん……
私は隊商の外でラクダと一緒に待っていたカイヴァーンの所に戻る。
「色々とお世話になりました。最後までお願い事ばかりで申し訳ありません」
「とんでもない。貴女と冒険が出来て楽しかったよ」
遅い時間だというのにも関わらず、ロヤーちゃんとサイラスさんも、サフラーンさんと一緒に見送りに来てくれた。
「マリーちゃん……また奴隷商人をやっつけたって本当?」
「ロヤー様から貴女はあのゲスピノッサを打ち破った英雄だと聞きました、そうとは知らず大変失礼を致しました」
「あ……それはあの……いえ……本当に申し訳ありません、サフラーンさんを危険に晒すつもりはなかったのです」
「危険な事などない! なあサイラス? 私がどんなに恰好よく悪漢共を打ち倒したか、ロヤーに語って聞かせてくれ。はははは」
町の中心部から、賑やかな音が聞こえて来る……ソヘイラ砂漠より南に住む人々の多くは音楽とダンスが大好きで、誰もが気ままにそれを楽しむ姿がよく見られる……あれはきっと、カートンさん達を称える宴が始まったのね。
「さあ、私達は一刻も早くゼイトゥーンに帰らないと」
「首長のお使いの途中だってのに、姉ちゃんも良くやるよ、本当に」
ぶち君はラクダの鞍袋の中から顔だけ出して寝ている。何だか大仕事をやり遂げたとでも言いたそうな寝顔である。
「元気でねマリーちゃん! またいつか会えますように!」
「ロヤーちゃんも! きっとまた会おうね!」
満天の星の下、私とカイヴァーンはゼイトゥーンに向けラクダを走らせ始める。







