ベネロフ「そうなさってくれるんですか……ありがとうございます、坊ちゃん……これで心残りも無くなりました。へへっ、俺も異世界転生しよーっと」
お芝居での悪者退治が、まさかの天下の大掃除に。
マリーの一人称に戻りますよ!
「ああこれで終わりだァ!」「ワルバルのクソが!」「地獄に行っとけ!」
密輸団の頭目っぽい奴が倒されると、悪党共は我先にと洞窟の出口へ殺到して行く……って、外は大丈夫なの!? サフラーンさん達も逃げてくれた!?
「カイヴァーン、あとよろしく」
「よろしくって、ちょっと!」
私はカイヴァーンに一声掛け、三階の出入り口の方から外に飛び出す……サフラーンさんはどこ……ああっ!? 居た、乾いた葦原の影に、それに足元に誰か倒れてる!?
「サフラーンさん!」
私は急いで崖を駆け降り、サフラーンさんに近づく、倒れてるのは誰!?
「あ、ああ、マリーさん……御無事で良かった」
「こんな事になるとは思ってもいなかったんです、中には本物の密輸団が居て、あの、お怪我はありませんか!? この人達は隊商の人ですか!?」
「いや、そいつらも密輸団の男共だよ……逃げて来る途中でサイラスを連れ去ろうとしたんだ」
どうしても心配だからとついて来たサイラスさんは、サフラーンさんの後ろで震えていた。
「申し訳ありません……! 私などがついて来たせいで、かえってサフラーン様を危険に晒してしまいました、私どのような罰でも受けます、ですからどうか私をこれからもサフラーン様の隊商に置いて下さい!」
私はもう一度、足元の男共を見る。周りには抜き身の曲刀が二本転がっているが、いずれにも血の痕は無い。
「サフラーンさんが……倒したんですか?」
「いや、こいつらを倒してくれたのは貴女の猫だよ」
確かに、悪党共の頭の近くには得意げに胸を張っているぶち猫が居るのだが。
「そんな訳ないでしょう、サフラーンさんが戦ったんですよ」
「ははは……まあ少し、御手伝いはした。だけど最初に草むらから飛び出して盗賊の顔に飛びついたのはこの猫だよ、それで私もやらなくちゃと思ってね……サイラス、心細い事を言わないでくれ、謝るのは私の方だ……この猫が居てくれなかったら、私はお前を助けられたかどうか」
サフラーンさんは振り返り、サイラスさんの肩に手を置く。
……
「友人のナーディルの件はもう良さそうです。隊商に戻りましょう、それから町の人達に知らせて、応援を呼びます」
「そ、そうか。とにかく、マリーさんに怪我がなくて何よりだった」
私は無傷だったけど……カートンさんはかなりの怪我を負ってしまった。バクロさんも脇腹を撃たれているし、ピロさんもあちこちに擦り傷を負っている。
◇◇◇
夜中だというのにも関わらず、結構な騒ぎになった。
例の軍事顧問団とやらは、たまたま近くの集落に巡回警備に出掛けていて不在だそうである。冗談じゃない、あいつら絶対知ってたろこんなの。
応援に来てくれたのは町の自警団である。誘拐の被害者の皆さんに近い民族の人達だ。
「やっとゲスピノッサが居なくなったのに、また密輸団が出たのか!」
「畜生、あいつら人を何だと思ってやがるんだ」
「アイビス人の軍事顧問団とやらは何をやってるんだ!」
「待て、密輸団をぶちのめして捕虜を救ってくれたのもアイビス人の若者なんだ」
暫くすると、捕虜になっていた人々と、逃げきれず逮捕された十数人の密輸団の悪漢、そしてカートンさん達三兄弟が、自警団の人々に囲まれて町に戻って来た。
「みんな! 英雄達の帰還だ!」
「たった三人だと!?」
「三人でこんなにたくさんの悪党を倒したのか!」
人々が傷だらけのカートンさんの周りに集まる……ちょっと待って皆さん、気持ちは解るけど怪我人に手荒な歓迎はやめて!
「待ってくれ、怪我人がたくさん居るんだ、悪党に鞭で打たれたらしい、早く診てやってくれ」
自分も怪我人のカートンさんはそう言って、捕虜となっていた人達を指し示す。
「それから、俺達は三人じゃねえ、五人だった、あと二人、一緒に戦ってくれた奴が居るのにそいつらの姿が見えねえんだ、二人とも三角頭巾で顔を隠した背の低い男だった、誰か見なかったか!?」
その話はもういいので、私は人垣の向こうからカートンさん達に手を振る。私は勿論、かつらも付け眉毛も付け髭もつけていた。
「カートンくーん、やっぱり君は私が見込んだ英雄だー、ありがとうー」
「そこに居たのか爺さん! ナーディルは!? ナーディルは居たのか!?」
「居たとも、私の友人のナーディルは居たよ、君のお蔭で会う事が出来たよー」
カートンさん達はそのまま人波に飲まれて、町の中央の方へと連れて行かれる。
「結局、姉ちゃんの思惑通りになったな」
振り向けばカイヴァーンも戻って来ていた。上手い事抜け出せたみたいね。
「ごめんね、また危険な事に巻き込んで」
「何言ってるんだよ、一緒に来て本当に良かった」
カイヴァーンはカートンさんの影になったかのようにその背中を守り、たくさんの悪漢をぶちのめしてくれた。カートンさん達も強かったものの、本当に、カイヴァーンが居なかったらどうなっていたか解らない。
「あの」
そこに、人垣から離れた小さな男の子がやって来る。
「貴方達も、さっきお父さんとお母さんを助けてくれたお兄ちゃん達だよね? 本当にありがとう」
私とカイヴァーンは顔を見合わせる……私達さっきは頭巾で顔を隠してた、ていうか私なんて今老サリームの恰好をしてるのに、何故ばれるの。子供の目は侮れない。だけど少年、そこまで見破ったならお姉ちゃんまで見破っておくれよ。
「お兄ちゃん達は、神様の使いなの? 僕、あの時神様に御願いしたんだ、お父さんとお母さんを助けてって」
「え、えーと、それは……」
この子の神様がどんな神様か解らないけど、神様は忙しいから、いつも助けに来てくれるとは限らないんだよなあ。こういうの、何て答えるのが正解なのかしら。
「すみません、うちの子が……!」
そこへ、子供の母親らしきお姉さんがやって来る……そして何か、カイヴァーンを見て酷く驚いた様子で、口元を手で覆い隠している。
「え……俺? それとも……もしかしてこの首飾り?」
カイヴァーンは首にマリキータ島で見つけた黒真珠の首飾りを提げている。
「あ、あの……どうか差し支えなければ、その首飾りの由来を……教えてはいただけませんか」
「マリキータ島の沈んだ船の残骸に潜って見つけたんだ。俺が見つける前はたぶん海賊で奴隷商人のゲスピノッサが持っていたんだと思う」
「そ……そんな……あの! 貴方はベネロフさんという水夫を知りませんか!? 以前ゲスピノッサに捕まっていた時に、私を逃がしてくれた方なんです、あの方がどうなったのか、私、とても気になっていたんです」
カイヴァーンは私の顔を見る。ベネロフ……? 聞いた事のあるような無いような……カイヴァーンも心当たりは無さそうだ。
「もしかして、貴女はそのベネロフさんって人に、この首飾りをあげたの?」
カイヴァーンはそう尋ねる。それを聞いたお母さんは、声を上げて泣きだした。
「ベネロフさんは最初、私に夫と子供が居る事を知らなかったんです、だけどそれを知ってからもどうしても助けると言って下さって……! 私、せめてもの御礼にと思って、隠し持っていたその首飾りを、ベネロフさんに差し上げたんです!」
カイヴァーンは腕組みをして星空を見上げた。私には何が起きているのかさっぱり解らない……やがて。
「神様って、意外と近くに居るのかもしれないな」
カイヴァーンはそう呟き、首飾りを外して、お母さんに差し出す。
「待って下さい、いくら何でもそんな……!」
「きっと、この首飾りが俺達をここに連れて来たんだ……全く、やっとゲスピノッサから逃れたのに、何でまた密輸団に捕まってるんだよ」
お母さんの後ろから、別の男の人が出て来る……この少年のお父さんだな。
「それは、あの……俺の借金のせいで……」
「これだけの数の黒真珠があれば、何とかなるんじゃないの? 俺は家族に弱いんだ。頼むから受け取ってくれ、ベネロフって人もきっとそれを願ってると思う」







