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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
サン=モストロの城

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312/321

クワク「こんな物は看守にも仲間にも見せられない……参ったな。どこに隠そう」

今度はマリーの話です、更新間隔も開いているのに、二つの話を交互に書いて申し訳ありません。

こちらの前回の話でマリーはサン=モストロ市街の、カーターとアイリの居る宿の方に、義理の父ザナドゥに会いたいと言うユッタを連れて行きました。

そしてユッタの為に新しい服を作って欲しいと言って、生地と一緒に渡した謎の材料。それはアイリやアイリの師匠トリスタンが「船酔い知らずの魔法」と呼び、蒼竜フェアシュタンデンが「竜の魔法」と呼ぶ、不思議な力を服に付呪する為の触媒でした。

 サン=モストロの城には兵士などの他に、たくさんの収監されている人々が居る。その為、毎日ある程度の物資が海路から運び込まれ、運び出されている。


 城から運び出されている物には、奴隷達が着る服などもある。イスマエルは()からの命により、奴隷達の身なりを出来るだけ清潔に保つ事を徹底させていた。真水で体を洗うのも、洗濯の済んだ服に着替えるのも、奴隷達の権利ではなく義務である。


 城内の奴隷達はただ収監されているのではなく、いくつかのグループに分けられ作業に従事させられていた。

 インディゴは北大陸でも高価で取引される染料で、この地でも伝統的に生産されていた。収穫された藍の葉を水槽で発酵させ、上澄みを取り除き沈殿物を集める。ここではその、インディゴに至る前半の作業が行われている。

 他にはパーム油の精製作業もある。これは煮沸したヤシの実を足で踏んで潰し、分離した油分を掬い取るという作業だ。パーム油は輸出品となる他、ラゴンバ達も日用品として使用している。

 女子供にはタカラガイの選別の作業がある。大きさや形、傷の有無で選別した貝殻に穴を開け、決められた数ずつ紐で綴じるのだ。これはこの地域のラゴンバが伝統的に通貨として使っているものである。


 そうした作業をさせるのは、単にその作業で利益を挙げる為だけではない。監督官は作業を監視していて、それで商品(・・)の等級分けをするのだ。

 健康で良く働く奴隷には高い等級をつける。健康でも反抗的だったり、怠け者だったりする奴隷には、それなりの等級をつける。

 この手法を開発したのは先代の支配者、ゲスピノッサである。


 ゲスピノッサの奴隷は新世界で人気商品(・・)となっていた。等級分けに信憑性があり、高い奴隷を買えば高い満足を得られるし、そうでない奴隷を買うならそれなりの用心が要るものの、安くつくと。

 ザナドゥはその面では完璧にゲスピノッサの商売を踏襲していた。ザナドゥの売る奴隷は等級が揃っていて、それは新世界の総督や農場主にとっては都合が良かった。


 そして奴隷達の多くは、ここで作業を頑張れば借金を完済出来て、故郷に帰らせて貰えると信じ込まされていた。実際、これまでにも多くの奴隷がここを去っている。残された奴隷達の思いは、彼らのように故郷に帰りたいというものだった。

 しかし実際には、ボートで城から連れ出された人々の行き先は等しく奴隷運搬船で、行き先は新世界の市場である。



   ◇◇◇



 朝。ヤシの実や藍の葉などの加工前の原料、兵士や奴隷の為の食料、その他諸々の物資がボートで、サン=モストロ城の地下の船着き場に運び込まれて来る。


「止まれ! 荷物を検める」


 城の地下の直接海に面した船着き場で待っていた兵士達は、一つ一つの樽や木箱を調べる。

 これもゲスピノッサ時代からの伝統だが、奴隷達の食事は意外なほど充実している。運び込まれて来る食材は決して豆やモロコシだけではない、多様な野菜、それに鮮魚、精肉、果実と様々だ。

 それは勿論、健康な奴隷を高く売る為であり、反抗心を削ぐ為であり、海の彼方へと売り飛ばされる運命に気付かせない為のものであり、決して奴隷達の幸福の為などではない。


「いつもの荷物だ、とっとと検収してくれよ」

「そうは行かん、イスマエル氏の指示は絶対だ」


 食料品などを運んで来る出入り業者の顔ぶれはいつも決まっているのだが、兵士達は一つ一つの樽や木箱をチェックする。中に魔女が入ってるかもしれないとイスマエルに言われているのだ。


 洗って干した服を、そのまま満載にしたボートもやって来る。長さ10m、幅1m、漕ぎ手は二人だけという粗末なボートだ。


「待て、一応確かめる」


 兵士の一人が、城の下の水路に入ろうとしたボートを止め、槍の柄で洗濯物の山を何度か突く。


「もういい、通れ」


 兵士は手を振って洗濯屋のボートを先に進ませる。ボートを漕いでいた二人のラゴンバの若者は肩をすくめ、櫂で水路を少し進む。

 荷下ろし場ではラゴンバの作業員が待ち構えていて、漕ぎ寄せられたボートから、いくつもの大きな駕籠かごへと、衣類を移して行く。

 この石畳で出来た人工の入り江には三本の桟橋があり、それぞれに様々な荷物が積み下ろしされている。作業員も兵士も少なくないし、周囲は開け広げだ。


 それでも。洗濯物の山の中から、大きなローブが一枚、続いて小さなローブが一枚、まるで幽霊のように、自分で立ってボートから岸壁へ移った事には、誰も気付かなかった。兵士達はイスマエルに言われた通り箱や樽の検品に精を出していたし、洗濯物を荷揚げしていたラゴンバ達は、すっかり虚を突かれていた。

 大小のローブは一度、そのまま桟橋にだらりと広がった。周りにもたくさんの洗濯物が無造作に積まれているので、一見すると中に人が居るようには見えない。


 二枚のローブは少しの間そのままで居たが、また次の隙を突く。大ローブは立ち上がると小ローブを抱え、一緒の駕籠に飛び込み、他の洗濯物を引き込んでカタツムリのように蓋をする。


 洗濯の済んだ衣類を桟橋に降ろした洗濯屋のボートには、代わりにこれから洗濯をする衣類が、無造作に積み込まれて行く。

 それが終わると、洗濯屋の二人のラゴンバはボートに乗って櫂をあやつり、そそくさと岸壁から離れて行く。洗濯の済んだ衣類を駕籠にしまう作業はまだ終わってないのだが、二人にはそこまで付き合う筋合いはない。

 洗濯された衣類の回収をするラゴンバ達は、その姿を少し恨めしそうにちらちらと見る。彼等は皆、自分達も借金とやらを返して、この城を出て故郷に帰りたいと考えていた。


「早く片付けよう」


 そんな彼等の中のリーダー役の男が、余所見をしている仲間達に声を掛ける。しかしこのグループは奴隷商人達の計らいで全て違う部族の者同志で組み合わせてあり、互いに言葉が通じない。それでも男達は気持ちを通じ合わせ、協力して働く。

 そんなリーダーの男が、一つの駕籠を動かそうとして、違和感に気付く。


「……この駕籠だけ重いな」


 天日で干された衣類でも、数がまとまればある程度重いのは当然だが、これは少し重過ぎる……これはきっと、生乾きの衣類がだいぶ入っているのではないか。

 男は眉間をしかめて首を振り、その他より重い駕籠の背負い紐に腕を通し、立ち上がる。男はさらに空いた手で別の駕籠を前に抱える。

 周りの男達も或いは駕籠を背負い、或いは駕籠を抱える。男達はしばらくそのままたたずむ。

 やがてその様子に気付いた兵士が四人ばかりやって来て、階段を登るよう指し示す。ラゴンバの作業員達は黙って従う。



 洗濯物を背負った作業員達は階段を二階まで登り、鉄格子の扉の前まで来る。


―― カチャ、ガチャ。


 一緒について来た兵士の一人が、その扉についた鍵を開ける。ラゴンバの作業員達は大人しく、駕籠と共に扉の中へと入る。


―― ガチャリ。


 作業員が全員入ると、兵士達は扉に再び鍵を掛け、廊下を去って行く。

 残された作業員とリーダーの男は、区画の奥の居住エリアに入って行く。ここは鉄格子の扉を取りつけられる前は、砦の兵士の為の居住区だった。

 男達はそこで、駕籠の中の衣類を棚へと移し始める。

 リーダーの男も、前に抱えた駕籠を一旦降ろして、それから背中に担いだ少し重い方の駕籠を降ろす。男は、こちらに入ってる洗濯物はもう一度干さないといけないと考えていた。しかし。


「ぷはっ!」


 その駕籠は確かに少し重かったが、人間が入っている程重くはなかった。だから男は、その駕籠の洗濯物の中からターミガン風の小柄な老人が飛び出して来た事に驚き、腰を抜かし座り込んでしまった。


「あー危なかった、脇腹を棒で突かれて笑いそうになったわ、何であれで気付かないんじゃ全く。ほれ、ここはもうお城の中じゃ」


 周りに居たのはこの作業グループの男達だけだった。男達は皆、自分の駕籠を降ろしながら、目を丸くしていた。

 小柄な老人が飛び出して来た駕籠からは、さらにもう一人、小さな影が飛び出して来た。


「お城だけど、牢屋の中じゃない。本当にパパに会えるの?」


 今度は金色の髪を持つ、色白の年端も行かぬ少女である。ラゴンバの男達は大口を開けて硬直していた。

 ターミガン風の老人は駕籠から這い出し、辺りをきょろきょろと見渡す。


「あー、そうじゃな……大丈夫、ちょっと待って」


 居住区には今戻って来た男達の他に誰も居ない。皆、一階の作業場で働いている。

 ターミガン風の小柄な老人は唖然としている男達を後目に風のように駆け出し、今入って来た隣の部屋の鉄格子の扉に飛びつくと、


―― ガチャガチャ……ピン。


 鉄格子の間から手を伸ばし、鍵穴に錐と針金を押し込んでぐりぐりと回したかと思うと、ものの数秒でその扉を開けてしまった。


「あー、鍵はかかっとらんようじゃ、さあ行こうお嬢さん」


 老人は幼女の方に振り返り、手招きする。

 しかしそこに突進して来たのはここまで二人が入った駕籠を背負って来た、小さなグループのリーダー格の男だった。名をクワクと言う。


「待て、待ってくれ! 何なんだあんた達は、どうやって俺の駕籠に入っていた!?」


 クワクは困惑していた。この二人はまともな来訪者には見えないし、老人は今、たぶんまともではない方法で鍵を開けた。その事が看守達に見つかったら、自分達まで鞭打ちの罰を受けるのではないか。

 そして自分がこんな事を訴えても、どうせ言葉は通じない。看守にも、この老人にも。クワクは暗い気持ちになる。


「あー、あなた、力持ち、ありがとう、ありがとう」


 しかし老人は、犀角海岸である程度通じるラゴンバの共通語をごく僅かながら知っており、それを使って会話をする意思を持っていた。


「そんな訳ないだろう、人間二人の重さじゃなかったぞ」

「わたし小さい、あの子供小さい、あなた力持ち」

「だからそんな訳が……それはもういい、あんた達がどこかへ行くのは構わない、だけど元通り鍵を掛けて欲しい、鍵が開いているのを看守達が見つけたら、俺達が脱走を企てたと言い出すかもしれない、それは困る」


 クワクは藁にもすがる思いで、身振り手振りを加え老人に説明する。老人の眉毛は長くもこもこしていて目が隠れているし、口元も完全に髭に覆われていて、どんな表情をしているのか全く解らない。


「うん、うんうん」

「……解ってくれたんだよな? 相槌を打ってうなずくだけじゃなく、何とか言ってくれ」


 そうこうしているうちに、金髪の小さな女の子の方も老人の元にやって来る。女の子はラゴンバの子供用のローブをそのまま着ていた。


「何て言ってるか解るの」

「大丈夫、ワシはラゴンバの言葉も使えるからね。ともだち、感謝、感謝」


 老人(サリーム)はごく簡単な言葉でそう言いながら、大柄なクワクの手を両手で握り、激しく上下に振り回す。


「さあ行こう、ここからはかくれんぼじゃぞ」

「ここまでもかくれんぼじゃない」


 そして老人はクワクの手を離し、少女に手招きして、鉄格子の扉を開け、外に出てしまう。


「待ってくれ、ちょっと……」


 クワクは声をひそめて呼び止めるが、二人は構わず廊下の向こうへと消えて行く。



 残されたクワクは少しの間頭を抱えていたが、とにかく扉をきちんと閉め、そこから離れ仲間の元に戻る。


「何も見なかった事にしよう。あの扉は看守が鍵を掛け忘れたんだ、鞭で打たれても、そう言い張るしかない」


 クワクはそう言って仲間達を見回す。グループは内陸から来た者、アマダルから来た者、もっと南から来た者で構成されていて、互いに言葉がほとんど通じない。それでも彼等は、気心で通じ合っていた。


「作業に戻ろう」


 グループは衣類を棚に分類する仕事に戻る。クワクも同じ種類の衣類をまとめ、同じ棚に入れて行く。

 そんな作業に戻って、数分後。


―― コン


 背後で小石が転がる音を聞いたクワクが振り向くと、鉄格子の向こうに、先ほどの老人が戻って来ていた。老人は軽く手を振ると、


―― ガチャリ。


 どこからか盗んで来た鍵を使い、鉄格子の扉に鍵を掛ける。クワクは驚きに目を見張っていた。あの老人はザナドゥの手下ではなく侵入者なのだと思うが、そんな老人が、わざわざ自分達の為に危険を冒してそうしたというのか。

 しかし。クワクがお礼を言うべきか考えた、次の瞬間。


―― ポイッ……チンチリリン


 老人はその鍵をクワクの方に投げて来た。鍵は石畳の床に転がって軽やかな音を立てる。クワクは慌ててそれに飛びつく。


「待て、こんなのは要らない、元の場所に戻せ!」


 クワクがそう言って顔を上げた時には、老人の姿は消えていた。

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前科n犯の海賊「ホッホッホッ、こんな粗末な牢ブレイビスの監獄に比べたら子供のお遊びじゃのう」
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