サンズ「あの……貴方は何故ここに?」コンドル「ハハ、言っても信じないだろうけど、親子喧嘩のせいでさ」
更新が遅くなり誠に申し訳ありません。活動報告に泣き言を書いたので御時間のある方はご覧下さい! へけっ★
「マリーがやるなら」という条件の下で集まってしまった連合軍。
自分が戦争を起こす事に怯え、躊躇するマリー。そこにやって来てしまったヒーロー。
そして始まる嵐の予感……でももうちょっとだけ余波の話がございます。
レイヴン海軍の二隻は、中継用のボートと陸上班を繰り出し、ラランジェ沖をぎりぎりまで広い範囲で哨戒していた。
陸上班の指揮を任されていたのはサイドキック号で艦内最年少の15歳、士官候補生のロクスターという少年だった。
ロクスターは今しがた沖のボートからの信号弾の知らせを、ラグーン内に居るフォルコン号へと中継した所だった。
「凄い、フォルコン号はもう動き出したぞ!」
ロクスターはラランジェ港の様子を望遠鏡で見ながら興奮して叫ぶ。
少年は、厳格で怒らせると滅茶苦茶怖いトレヴィリアン艦長が本気でマリー船長を尊敬している事に非常に驚いていたし、自分と同じ歳の少女であるマリー船長自身にも大変な興味を持っていた。
「早いですね、海軍ならまず会議ですよ」
ロクスターより15歳年上で、少年の教育係を勤める海兵スマイリーは手をかざし肉眼でフォルコン号を目視してそう言う。
「きっとマリー船長も艦長の事を信頼してるんだ。羨ましいなあ。スマイリーはマリー船長と一緒にスペード卿の手下と戦ったんだろ? いいなあ、俺もそっちに行きたかったなあ」
「冗談じゃありませんよ、いつの間にか脱走兵にされてたなんて真っ平ですぜ。それでどうします? 急いでボートを出せば水路を通るフォルコン号に拾って貰えるかもしれませんよ」
「最高のアイデアだ! みんな撤収だ、水路に漕ぎだしてフォルコン号に乗り移らせてもらうぞ!」
◇◇◇
ラランジェ港の中央波止場でも、騒ぎは起きていた。
「フォルコン号が出て行くぞ! 外洋の浜辺で信号弾が上がってた、レイヴン海軍が敵を見つけたんだ!」
「畜生、俺達も行くぞ!」「だめだ、修理が終わってない」
しかし復讐に逸るゲスピノッサの残党の船団は修理や改修の途中で、陸で療養している乗組員も多く、すぐに出航出来る船は居なかった。
一方ラランジェの海洋商人の中にはいつでも行けるよう、出撃準備を整えて待機していた者も居た。レモーラ号のジャドウ船長などだ。
「今度こそ手柄を立てるぞ、出撃だァ、錨を上げろォォ!」
「船長! あの覆面の御仁が戻っていません!」「何ィィ!?」
ジャドウはコンドルとマカーティを船で食客として養っていた。しかしコンドルはこの肝心な時に居なくなったという。
「……居ない奴を待ってる時間はねェ。元死刑囚の若先生はどうした」
「俺ならここだ」
マカーティはその声に答えるように、マストからするすると降りて来た。こちらはずっと海軍の動きに注目していたらしい。
「レイヴンはフォルコン号を海賊として追っていたはずなんだがな……俺自身海軍艦長としてあの艦を追った事もある。だがその後で俺は奴の力を借りなくてはならなくなり、結局借りた……そして大小14隻の海賊船団をほぼ一人で全滅させ、首謀者のヴィクトル・アナニエフを生け捕りにした男、それがあの船の船長だ」
マカーティはジャドウ達に背を向け、外洋の彼方を見つめたままそう言った。彼はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの事を言ったのだが、聞き手のジャドウ達はそれをマリー・パスファインダーの話だと受け取った。
「若先生、あんたがそこまであの大親分と縁のある御仁だとは思っていなかったぜ……だが、俺の目に狂いはなかった!」
ジャドウは部下達の方を見て得意げに胸を張る。
「縁じゃねえ、因縁だ……俺には奴に会ったらやらなきゃならねえ事が一つある。ジャドウ船長、あんたが俺をこの船に乗せてくれた事、心から礼を言うぜ……スプリットセイル何もたついてやがる、フォルコン号に振り切られんぞ!」
マカーティはそう怒鳴りながら、バウスプリットの方へと大股に歩いて行く。
そしてジャドウ船長のレモーラ号は、真っ先にフォルコン号について行く。
◇◇◇
一方、ハリシャは海兵たちに食べさせる為の新鮮な野菜を入れた籠を背に、市場から波止場へと駆け戻って来ていた。
「大変! フォルコン号が……!」
しかし彼女の目の前で、フォルコン号は帆を張り増して外洋の方へと向かって行ってしまった。フォルコン号の副船長のロイも、後から追いついて来る。
「ハリシャちゃんは足も速いのう、わしでは追いつくのも一苦労じゃ」
「ロイさん! フォルコン号が行ってしまいます、どうして!?」
「う、うむ……ハリシャちゃん。聞きなさい」
ロイは呼吸を整えつつ、ハリシャに波止場の係船柱を指し示す。ハリシャは泣きそうな顔をしながらも、指示された通りに座る。
「マリーから言われておったんじゃ。次の出航では海戦になる可能性が高いから、戦闘向きでない乗組員は降りていて欲しいと……わしは見ての通りの年寄りじゃし、今のフォルコン号は人手不足ではないからの」
「そんな……私は密航者だから仕方ないけど、ロイさんは副船長です、親分は、マリー船長は私を船から降ろすために、ロイさんまで降ろしたんですか?」
「いやあ、わしが心配だからハリシャちゃんをつけてくれたんじゃろ。マリーは優しいからの。大丈夫、何事もなければフォルコン号はちゃんとここに戻って来るから、その時に改めて乗ればええ」
ハリシャは思う。優しいのはロイだ、ロイは未熟な自分を気遣ってそう言ってくれているのだ。
だけど自分は立派な海賊になるため、優しい義理の両親の元を離れてまでこの旅を始めたのだ。立派な海賊とは何か。それは勇気を持って自分の信念を貫き、助けたい人を助け、返したい恩を返す、海のヒーローなのではないか? マリーのような。ジュリアンのような。
「……私、知ってる船長さんに相談してみます!」
結構な重さのある野菜の駕籠を担いだまま、ハリシャはボラードから立ち上がり駆け出して行く。
「ハリシャ……? おおおい、待つんじゃハリシャ、やれやれ、これでは小さなマリーじゃ」
ロイはそれをどうにか追い掛けながらいぶかしむ。ハリシャに、マリーの他の船長の知り合いが居たのだろうか。
ハリシャが向かったのは波止場の一番隅に停泊していたカラベル船、ジャッカス号の所だった。小型帆船のジャッカス号は桟橋に直付けで停泊していたが、今まさに渡し板を外して出港しようとしていた。
「待って! ディエゴさん!」
ハリシャは外される寸前だった渡し板を踏み越え、ジャッカス号の甲板に降り立つ。甲板で出港の指揮を執っていた、ディエゴさんと呼ばれた男は黒い帽子を被り黒いアイマスクをしていた。
今では船長Zと呼ばれるようになってしまったその男は以前、別荘襲撃事件の時に乗せたモーラの美少女に聞かれ、本名を教えていたのだ。
「ハリシャちゃん? 君は何でここに、ってうわああ!?」
船長Zは腰を抜かしそうになる。ハリシャの後ろから走って彼の船の甲板に飛び乗って来たのはフォルコン号の副船長のロイではないか。
「ふう、ふう……」
ロイはごく普通の老水夫のようなふりをして、肩で息をしている。
Zは青ざめる。彼はなるべく早く犀角海岸で請け負った仕事を片付けて、この辺り一帯から離れようと思っていたのだ。
「お邪魔してすまん、船長……ハリシャちゃん、他所さまの船に無断で乗ってはいかんぞ、マリーじゃないんだから」
「ごめんなさい、だけど私……ディエゴ船長、私達を乗せて行ってくれませんか、ディエゴ船長もマリー船長を追い掛けるんですよね!?」
ハリシャは両手を合わせ、祈るようにディエゴに上目遣いに問い掛ける。
その言葉に反応したのは、ジャッカス号の他の乗組員達だった。
「どうなんです、船長? フォルコン号を追い掛けるんでしょう?」
「きっとそうですよね!?」
「なんか最近の船長、人が変わったみたいにかっこよくなったもんな」
「周りの船乗りからも一目置かれてて、俺達も鼻が高いぜ!」
乗組員達は能天気に盛り上がる。
ディエゴこと、船長Zは叫びだしたい気持ちを抑えて必死に考えていた。これ以上危険な事に巻き込まれるのは御免だし、ザナドゥとの戦争に駆り出されるなど冗談じゃない。
だけど目の前に居るのは、見た目は人畜無害な初老の水夫だが実はパスファインダー一家の大幹部で、ファミリー内での席次はあの化け物のサイモンより上らしいロイという男だ、滅多な事は言えない。
「……この船の行き先はミニッツ砦だ。配達の仕事を請け負っているからな」
Zはハリシャや、他の人々に背中を向け、慎重に口を開く。たちまち乗組員が抗議の声を上げる。
「そんな、エールの配達なんか後回しでいいじゃないですか」
「そうですよ、今回もフォルコン号に加勢しましょうよ」
ロイは何かを察し、Zと乗組員達の間に入ってから、ハリシャの方を向く。
「ジャッカス号にはジャッカス号の仕事があるんじゃ、騒がせて済まなかった。さあ降りようハリシャちゃん」
ハリシャは肩を落として俯き、その姿を見た乗組員達はざわつく。
別荘襲撃事件の時に乗せて以来、乗組員の間でもハリシャの美少女ぶりは度々話題になっていた。
「ハリシャちゃん、ずいぶんたくさん野菜を背負ってるけどお使いをして来たのかい?」
「フォルコン号の乗組員が食べるはずの野菜だったんです。私がゆっくりしてたせいで届けられなくなって」
「そんな、あの船が急いで出てったんだろ」
「なあ船長、この野菜うちの船で買い取ったらどうだ」
「そうだそうだ、俺達最近新鮮な野菜を食べてないぞ」
能天気な乗組員は尚も騒ぐ。Zは警戒を解かず、まだ皆に背を向けていた。
「お前ら野菜を買って来てもろくに食べないだろ……料理の仕方がわからんなどと言って」
船長の言葉に、乗組員達は顔を見合わせる……そのうちの一人が、意を決してハリシャの方を向く。
「それじゃハリシャちゃん、うちの臨時の乗組員になって、料理をしてくれたりは……ないか?」
船長でも航海士でもないその水夫の一言に、他の乗組員達はパッと盛り上がる。
「そうだそうだ!」「フォルコン号はラランジェに戻って来るんだろ!?」
「ミニッツ砦に行ってラランジェに戻るまでの間だ、なっ!?」
「ハリシャちゃんも船乗りなんだろ、陸で待つよりいいって!」
部下達は一体何の話をしているのか? だがそんな事はロイが許さないはず、Zはそう思い冷や汗を流しながら振り向く。
「ディエゴ船長、フォルコン号が戻るまで厄介になる訳に行かんかね? こう見えてわしもハリシャも一人前の船乗りじゃ、足手まといにはならんと思うよ」
しかし、ロイは苦笑いをしながらそう言った。







