周りの船の航海士「なんなんだあのサルみたいな女の子は!」周りの船の水夫「おたくの船長だろあれ!?」アイリ「すみませんすみませんすみません」
フォルコン号は前作で、レイヴン王国南西部コンウェイ港で仕入れた錫地金と地元産チーズ、羊毛などを積み込んでおりました。
カンパイーニャは海洋王国アンドリニアを支える造船の港だった。それはアンドリニア王家がコルジア連合王国に併合された今でも変わらない。
―― トントントントン! ゴスッ、ゴスッ……カンカンカン!
港の周辺にはいくつもの造船ドッグがあり、朝から景気のいい槌音を響かせている。
どうにか船酔いから回復した私はアレクと共に交易所へ向かう。不精ひげ達はこの港で売りたい品物を降ろす作業を始めている。
「あんた今入った商船の船長さんかい? この港の取引なら俺に任せてくれ!」
「乳製品の積荷なら私が一番高く買うぞ、交易所に行く必要は無い」
私とアレクは、交易所に着く前から場外市場の商人にさんざん呼び止められる。ここは景気の良い、活気のある港町のようだ。
「何だかんだ言って、今一番お金があるのはコルジアだね……勢いが違うよ」
アレクもそう言って舌を巻く。
コルジアの景気がいいのは勿論、海外からの富がもたらされるからだ。新世界から、中太洋、果てはその先の大平洋まで、コルジアの船はどこまでも行く。
交易所も朝から賑わっている。様々な得意品目ごとに分かれた仲買人を相手に、アレクは立ち話程度の商談を始める。
「錫地金か、いいじゃないか、サフィーラまで持って行くよりここで売りなよ。失望はさせないと思うぞ」
「レイヴン産のチーズだって? ハハ、珍しい物を持って来たな、試食させてくれ……うん? 何だ、悪くないじゃないか」
工業製品では評判の良いレイヴンも食品では今一つだが、このチーズは私も出来がいいと思う。レイヴンにだって美味しい物はありますよ、たくさん。
「どうする船長? 少し時間を掛けて売った方が、儲けも大きくなりそうだよ」
アレクが少し悪そうな顔をして私にそう囁く。私も悪そうな顔をして囁き返す。
「じゃあしっかり時間を掛けて、少しでも高ーく御願いしますよ……ククク」
◇◇◇
私が居るとまた変な安請け合いをして品物を安く売ってしまうかもしれないという事で、アレクは遠回しに、私に交易所から出て行くように伝えた。
「あれ、姉ちゃん取引の方はいいの?」
「アレクの兄貴一人の方が都合がいいみたい。私も荷下ろしを手伝うわよ!」
仕方なく船に戻った私は、滑車や網を使って荷下ろしをしているカイヴァーン達にそう言って、作業に加わろうとしたのだが。
「ぎゃあああこの荷物超重い何これえええ!」
「錫地金の箱はいいから! 姉ちゃんじゃ持てないから!」
箱を持ち上げようとすれば腰砕けになって落としそうになり、
―― ゴーン! 「痛ッ!?」「船長、それは支柱の索だ!」
ロープを引けば不精ひげの後頭部にブームをぶち当て、
「危ない姉ちゃん!」「船長ッ! 吊り荷の下に入るなッ!」
結局カイヴァーンとウラドに怒られ、作業から外されてしまった。
◇◇◇
意気消沈した私が艦尾楼の上でいじけていると、旅支度を終えたロイ爺が舷門まで出て来るのが見えた。私が見ている事に気づくと手を振ってくれる。
「それじゃあ船長、すまんが」
私が笑顔で手を振り返すと、ロイ爺は頷いて舷門を降り、荷物を積んだボートの隙間に乗り込んで行く。
……
どうせ、他にやる事も無いしなあ。
ロイ爺は海千山千のしっかり者だし、大丈夫とは思うけど……近頃は陸の旅も決して安全ではないのだ。私も何度も旅人が山賊に襲われる所を見ている。
アイリさんは食材を買いに行ってるし、不精ひげとカイヴァーンはボートを漕いでいて、船に居るのはウラドだけだ。
私は艦長室に駆け戻る。
折角商会長服を着たのに何だけど、別の服に着替えよう。この服は商談や交渉事には映えるけど、旅装束には向いていない。
何にしようか……山道や森の中を歩き回るなら、やっぱり銃士マリーの服かしら。地味なズボンに地味なブーツ、ありきたりなシャツとベストを組み合わせた労働者らしい服である。私が生地から自分で仕立てた。
そうそう、私の本業は針仕事ですよ。他にも畑仕事や機織り、家畜の世話、漬物作りから魚の下拵えまでおおよそ百の仕事はこなす、私は清く貧しい百姓なのだ。船乗りはほんの真似事、世を忍ぶ仮の姿である。
◇◇◇
銃士マリーの服に着替えた私は、レイピアのような物をベルトに提げ、艦長室からそっと忍び出る。
甲板ではウラドが大砲の部品の分解整備をしている。塩気の混じった古い油を拭き取り、新しい油を塗り直すのだ。
アイリは食料の買い出しに行っている。カイヴァーンと不精ひげはボートを漕いでいるだろう。
私は目を閉じ、いつも折々に読み返している航海日誌の、今は亡き父の船長哲学の文言を思い出す。
船長は自分勝手であれ。
思いつきで行動しろ。
普段は怠けてていい。
そして、いざという時には役に立て。
フォルコン号は今日は接岸していない。錨地に泊めてあるので、陸との間はボートが無いと移動出来ない……普通なら。
だけど私が今着ている銃士マリーの服。これは私が縫製した後で、アイリさんが魔法を掛けてしまった「船酔い知らず」の魔法の服なのだ。実際私は先程まで軽い船酔いに煩わされていたが、もう何ともない。この服を着ると、船の揺れを全く感じなくなるばかりか、手摺りの上でもロープの上でも、はたまたどんな高い所だって平地のように歩けるようになってしまうのだ。
フォルコン号にはもう一艘小さなボートがあって、それをウラドに漕いで貰って上陸してもいいのだが、そういう事をするとウラドが後でアイリから叱られる。どうして様子のおかしいマリーを上陸させたのかと。
法令順守意識の高いウラドは私の船長命令に逆らえないだけだというのに。そんなのはウラドが可哀想だ。
私は勇躍し、帆桁を蹴って、静索を片手で掴み、身体を振ってさらに支索へと飛ぶ。これだけで甲板は7、8mも眼下になってしまった。
「船長!? 一体何を」
ウラドが慌てた表情で私を見上げる。
「ちょっと出掛けてくるわ、大丈夫、ボートは要らないから」
私はそう言って艦首についてる棒につながる支索を駆け下り、その先端から跳躍する。行き先は隣に係留していたキャラック船だ。
「ひえっ!? な、何だ? 女の子!?」
「ごめんなすって! ごめんなすって!」
他所さんの船の船尾楼の上に乱入した私は、そのままそのキャラック船の舷側の手摺りの上を駆け抜け、途中で静索へと飛び移りメンマストを駆け上がる。
キャラック船のマストの天辺は水面から40m程の高さがあった。ここからはカンパイーニャ港の景色が一望出来る……素敵な街ですねェ、たくさんの建物の煙突から煙が上がってる。あの煙一つ一つの下に、どんな生活があるのだろう。
「そこの女の子ー! 何やってんだぁぁー!」
「危ないぞぉぉー!」
おっといけない、景色に見とれてる場合じゃなかった。
私は支索からマストへ、マストから帆桁へ、係留している色んな船の間をサルのように飛び回り、カンパイーニャ港の波止場へと辿り着いた。
さあ、早くロイ爺を探さなきゃ。







