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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
海賊王の冠

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オドラン「兵士じゃないまま戦場に行けば、お前の身も、仲間の身も危うくなる」

ゲスピノッサの遺産となった、奴隷にされた人々と、マリキータ島に密かに蓄えられていた武器。図らずもそれを受け継ぐことになったマリーは。

 アイビス領事プレドランは、今回は中央波止場に堂々と寄港したフォルコン号の元にいの一番に駆けつけた。しかしマリーはそこに乗っておらず、乗組員達は船長がどこに居るか知らないという。

 そこでプレドランは港の事務所や取引所、船長達が好んで集まる酒場などを駆け回ったが、マリーはどこにも居ない。


「マリー・パスファインダーはどこだ! あの女、またしてもアイビス領事であるこの私を無視するつもりか、ええい! マリー・パスファインダーを見た者は居ないのかー!」


 そんな、いつになく勤勉に自ら汗水垂らして駆け回るプレドランの元へ、領事館の書記官が駆けて来る。


「閣下ー!」

「何だッ! マリー・パスファインダーが見つかったとでも言うのか」

「見つかったじゃありませんよ、領事館に来たんです、閣下は不在だと言ったら急ぎの用だと騒ぎだして、どこに行ったと詰問されて、どうか一刻も早くお戻りください、見た目は小娘ですが、あれはとんでもない大海賊なのでしょう!?」



 怒っていると聞かされたプレドランは、顔を青くして領事館に駆け戻る。マリーは留守番の執事が客間へ通そうとするのを断り、玄関ホールで待っていた。


「パッ、パスファインダー閣下! 留守にして申し訳ありません!」


 プレドランはまず、そう下手に出てマリーの怒りを鎮めようとする。しかし振り返ったマリーは怒っているとは到底思えないような、卑屈な笑みを浮かべていた。


「とんでもございませんアイビス領事プレドラン閣下、お約束もなく突然訪れた不作法、何卒お許し下さい」


 それを見たプレドランはホッとするよりも早く、これはもっと悪い事が起きるのではないかと想像する。マリーはその間に、滑るようにプレドランに忍び寄る。


「こちらにお目通しをいただけませんか、閣下」


 プレドランはマリーに手渡されたその、ザナドゥによるラランジェ襲撃への参加を促す檄文をぼんやりと見てしまう。


「ひいいいっ!?」


 そして悲鳴を上げる。

 その時マリーの手は既に、プレドランの手首をしっかりと掴んでいた。


「ご覧の通りです、ザナドゥとかいう海賊は愚かにも閣下が守護するラランジェの港を襲撃しようとしております、悪党風情がアイビス国王の正規軍が守備するラランジェを攻略する? ハハッ、笑っちゃいますねぇ、身の程知らずですねぇ」

「身の程知らずはッ……!」


 マリーの手を振り払いながらそう叫びかけた所で、プレドランは自制する。現時点でより恐ろしいのは後で来るザナドゥの大軍ではなく、目の前に居るパスファインダーだ。


「我らがプレドラン閣下はアンブロワーズ・アルセーヌ・ド・アイビス、我らが国王が御自ら任命された勅任領事! そして海賊行為は人類の敵ですからね、もちろん! 生意気な海賊など、一捻りにして下さいますよね?」


 しかし机に片手をついて恐怖に震え苦悩する自分の周りを回りながら、歌って踊る小娘を見ているうちに、プレドランもどんどん腹が立って来た。


「パスファインダー卿ッ……解っているのか、ザナドゥは恐ろしい奴だ、その勢力は既にかつてのゲスピノッサを越えているのだぞ! そして私には戦力など」


 顔を上げ、今度は怒りに震えるプレドランに構わず、マリーは玄関ホールの反対側に行き、日除けの鎧戸を一気に開ける。


「あ……あああ!?」


 窓の外の領事館の外庭には、一人残らずマスケット銃を担いだラゴンバの戦士が並んでいた。その数、千人あまり。


「え……えええ!?」


 さらに、領事館の中庭には次々と台車のついた大砲が運び込まれて来る。中庭にあるのはまだ5門程度だったが、桟橋から連なる道を追加の大砲が次々と転がされて来るし、桟橋ではまだ盛んに荷揚げが行われている。


「私共も微力ながら協力させていただきます。プレドラン閣下、まずはこの砦を貸してはいただけませんか? ここは港を見下ろす高台にあり眺めもよく、砲台を置くにはうってつけです、敷地も広いですからマスケット兵を駐屯させるにもいい」


 そしてマリーは言葉を失ったプレドランに背中を向け、運び込まれる大砲を見つめたままサラリと言い放つ。


「ちょっと待てェ! いやお待ち下さい、砦というのはこの、私の領事館の事ですか!?」

「クヌトラ殿下の塔より高い所にあるとは、さすがプレドラン閣下、有事にはラランジェの人々は自分が守るという覚悟でいらっしゃる。ところで私の賄賂は役に立ちましたか? それから、使用人の家族など、非戦闘員はラグーンの向こうの閣下の別荘に避難させてはいかがかと」



   ◇◇◇



 やがて領事館の建物から出て来たマリーは、待たせていた、目下の所はパスファインダー商会の商品だという人々の元に戻る。


「あの、お嬢さん、あんたが何も言わないから何人か逃げてしまったぞ、海賊共の見張りも居ないし」

「そんな事よりお嬢さん! ラランジェのクヌトラ王子が、ラゴンバの為の近代的な国を作ろうとしてるって本当か、お嬢さんがその手助けをしてるというのも」


 ザナドゥやゲスピノッサの支配の元で一括りに奴隷とされていた人々の中にも、教養のある者や時勢に詳しい者が居た。彼らは浜辺からここに来るまでの間にラランジェの人々から様々な話を聞き出していた。


「アンタ達も、どーしても! 今すぐ故郷に帰りたいって人は帰っていいわよ」


 マリーは質問に答えず、そう言い放つ。この時までにはラゴンバ達は誰が何語を訳せるか見つけていたので、マリーのアイビス語はすぐに、様々な部族から集められた仲間達に翻訳して伝えられた。


「待ってくれ、俺達にも考えを言わせてくれ!」


 そして彼らは自分たちの中から、教養と強さを備えた若者をリーダーとして選び出していた。

 ただ一人マリーの前に進み出た、アマンクワという名のこの男はアイビス語がよく出来たが、奴隷商人に知られると警戒されると考え今までその事を隠していた。


「我々はやっぱりあんたがかつてゲスピノッサからたくさんの人々を取り返した英雄、マリー船長だと考える。マリー船長、あんたは今、ラランジェを守る戦いを始めようとしてるんじゃないか? 教えてくれ、誰がラランジェを攻撃しようとしているんだ? どうせラゴンバが強い国を持つ事を良く思わない、奴隷商人や海賊の親玉なんだろう?」


 マリーは俯き、考え込む。アマンクワの周りにはラゴンバの中でも血気盛んな者が集まり出す。


「アマンクワ、彼女に何て言ったんだ、俺達の意思を伝えたのか」

「マリー船長はなぜ何も言わない」


 さらに大柄で力の強そうなラゴンバの勇士が、アマンクワに迫って言う。


「クヌトラの為なら、ここに奴隷商人や象牙商人とは違う俺達ラゴンバの為の砦を作ろうとしている王子の為なら、俺達は戦いたい、命懸けで戦う、そう言ってくれたのか!?」


 アマンクワも最初はマリーにその事を伝えるつもりだった。しかしマリーの表情から何かを察し、それを言わずにいたのだが。


「余計な事考えんじゃないわよ!」


 まるで、出身部族の言語で話すその勇士の言葉に反発するように。マリーは、潮風に鍛えられた声を張り上げた。


「アンタ達にはザナドゥって奴の手下の攻撃に備えて貰うわ! 奴らが攻めて来たらその鉄砲を振りかざし声を上げて! ここには強く賢いラゴンバの戦士が大勢居て鉄砲もこんなに持っている、お前達はここに入れない、奴らにそう誇示するのよ!」


 マリーがそう叫ぶと、通訳の出来る者は一斉に言葉を伝え合いだす。そして様々な言葉で仲間達に、マリーが言った事を伝える。少し遅れて、男達の間に歓声が広がる。


「やっぱりそういう事か!」「ラランジェの為に!」「クヌトラ王子の為に!」

「俺達も命懸けで戦うぞ、マリー船長、それでザナドゥって奴に勝ったら俺達は奴隷から解放して貰える、そうなんだろ!?」


 マリーは。


―― ドォン!!


 いきなりスカートの脇を跳ね上げ太腿のホルスターから短銃を抜き、空に向け発砲した。


「話聞けよ!」


 男達が静かになる。通訳の出来る者が、小声で周りにマリーの言葉を伝える。


「遠くから敵が来たら銃を振り回して威嚇する、その間に女子供は町から逃げる、アンタ達の仕事はその時間稼ぎだ! いいかよく聞け、首尾よく女子供を逃がして、そしていよいよ敵が近くまで迫って来たら、アンタ達も逃げろ! 銃は持って帰ってもいいけど重かったら海かラグーンに捨てて、脇目も振らず走って逃げろ、侵略者と命懸けで戦おうなんて思うんじゃないわよ!? ここは別にアンタ達の故郷じゃないんだから!」


 マリーはゆっくりと、大きな身振り手振りを加えて叫ぶ。

 アマンクワはマリーの言葉に驚き、青ざめる。


「そんな……それじゃクヌトラ王子はどうなるんだ? 俺達の国は? ラランジェは……マリー船長、別に奴隷でも構わない、俺達は戦えるし戦いたい、王子とラランジェの為に戦わせてくれ!」



 マリーの故郷ヴィタリスの、彼女が住んでいた小屋は衛兵詰所の隣にあった。


―― いいか、銃と男だけでは、兵士は出来ない。


 衛兵隊長のオドランは訓練を始める前に、いつもそんな事を言っていた。


―― 規律を持ち、仲間とお互いの役割を確認し合い、訓練を繰り返す、兵士というものはそうして出来上がるんだ。



 腕組みをして斜めに構えていた赤いドレスの悪役令嬢、マリー・パスファインダーはアマンクワとその周りの男達に向き直り、腕組みを解いて地団駄を踏みながら、犀角海岸の人々がある程度共有している地元の言語で叫び出す。


「ザナドゥは勇気と独立心があるラゴンバが死ぬ事を何より喜ぶんだよ、ザナドゥが一番嫌がるのは、アンタ達が、生きて、喜んで、家族や仲間と自由に飯を食い、歌を歌い、笑う事、もう一度言うわ、敵が近づいて来たら逃げろ、勝手に命賭けんな、アンタ達はアタシの大事な商品なんだから、言う通りにしなさいよ!?」

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