カンガ「とりあえずやる気のある奴を集めただけの親衛隊ですよ、大丈夫ですか」クヌトラ「紳士さまは言いました、僕の冒険はすぐ始まるって!」
マリーが意識的に? 無視してたアイビス領事プレドランがとうとう向こうからやって来ました。しかし事態はもう彼の手には負えなかったようです。
一人で出掛けたマリーは、西の空の薄明かりが消える頃になってようやくフォルコン号に戻って来た。
「それで、ゲスピノッサはどうしたの!?」
「ラランジェは大丈夫ですの!?」
アレクが、そしてなぜかイルミナがそう矢継ぎ早に問い掛けるが、マリーはそれには答えず、ハリシャの方に足早に歩いて行く。
「ハリシャちゃん、一つ聞かせて。もちろん知らなかったらいいんだけど……ジュリアンが乗っていた船に、マカーティっていう不気味な狼顔の男が乗っていたかどうかなんて……知らないよね?」
「いいえ……あ、あの、でも、ジュリアンにはマイルズさんっていう優しい先輩船乗りのお兄さんが居ました、狼っぽくてかっこいい人でした」
ハリシャはただ何とかしてマリーの役に立とうと思いそう言ったのだが、マリーはそれを聞いて青ざめる。
「マリー船長! どうして答えて下さらないの!」
「イルミナさん! マイルズ・マカーティは貴女が乗ってた船に乗ってましたよね、その船には左目の下に傷のあるジュリアンって男の子も乗ってましたか!?」
マリーは追って来たイルミナの方に振り返りそう迫る。すると今度はイルミナが後ずさりし、目を逸らす。
「乗ってたわ。それがハリシャが探してるジュリアンかは解らないけど。二人は狼と子羊のような、不思議な仲良しに見えましたわね」
「もう間違いねえですわ、あんにゃろう、よりによってゲスピノッサんとこに再就職したのかよ……」
頭を抱えるマリーに、不精ひげが近づいて言う。
「あの……俺達に協力出来る事はないのか?」
マリーは顔を上げる。不精ひげはいつの間にか覆面をやめていた。サイモンとその部下達の間には顔見知りは居なかったらしい。
「あれ? アンタさっき助けに来てくれたわよね?」
「何の事だ? 船長が絶対に誰も降りるなって言うから俺達全員船に居たぞ」
マリーは0.1秒でその事を考えるのを放棄し、皆に告げる。
「ゲスピノッサの力は今はそれ程でもないし、他の海賊も奴隷商人も決して一枚岩ではないのよ。ともかく奴が今ラランジェを襲う事はなさそうですわ、ならば我々のすべき事は最初の予定通り王様のお使いをしっかりやる事でしょう! とんだ寄り道になったけどさっさと次へ行こう、さあ真っ暗になる前に船を出すよ!」
フォルコン号の面々は早々にマリーを問い詰める事を諦め出港準備に掛かる。サイモン達も黙って仕事を始める。マリーの周りにはイルミナとハリシャとぶち猫だけが残った。
「ジュリアンの船は奴隷商人なんですか……? だけどジュリアンは本当に助けてくれたんです、私を奴隷から解放してくれたんです」
「大丈夫、わかってますハリシャちゃん……イルミナさん、そろそろ話して下さいよ、貴女が乗っていたピンネース船の話を。貴女が乗っていたのは、ゲスピノッサ一味の船だったんですか?」
この時マリーは完全に油断していた。もしも今たまたま皆が仕事に出払っていなければ、次のイルミナの発言はリトルマリー組の水夫に聞かれていた。そうなれば大変な事になっていただろう。
「さあ。だけどあの船で私、貴女のお父様、フォルコン船長にお会いしましたわ」
マリーは0.2秒で辺りを見回し0.1秒でイルミナに飛びつく。
「な、何ですのいきなり」
「その話だめ、だめーッ! 船長室、ああっ無いんだった、士官室に、ハリシャの部屋に行きましょう、船長命令です今すぐ何も言わず行くさあ早く!」
◇◇◇
波止場の騒動はただの乱痴気騒ぎへと姿を変えていた。ルールも審判もないものだから、次第に興奮した男達が飛び入り参加して来て、滅茶苦茶になってしまったのだ。
「喧嘩は! やめて下さぁぁぁい!!」
そこへやって来たのは不揃いな服の上に揃いのオレンジ色のベストを着た大勢のラゴンバの男達と、それを率いる少年だった。
「なんと、クヌトラ王子自らお出ましか」
「ちょっと待て、ゲスピノッサは? 覆面はどこ行った?」
「とっくに消えたわよ、もう」
これまでラゴンバ達は港湾地域には近づかず、この辺りは北大陸人の占有地のようになっていた。しかしクヌトラは彼らを恐れず、港の平和は自分達で守るのだという強い気持ちでやって来た。
「全員武器を収めて下さぁぁい! 怪我人は居ませんかぁぁ!」
「王子、俺達は武器は抜いてない、素手で掴みあって戦っていたんだ」
港の男達も大人しく引き下がり、騒ぎはすぐに収まった。
また、大きな怪我をした者は居なかったが鼻血を流してる者や打撲を負った者はそこそこ居た。
「畜生、俺は負けてねえッ!」
「やめろよ、王子がそう言ってんだから」
ラゴンバの男達と港の男達、そして港の女達は、協力して事態を収拾する。
◇◇◇
ネイホフはどうにかあの騒ぎからゲスピノッサを引っ張り出し、路地裏を通ってバーグホンド号の錨地の方に脱出させていた。
「親分、魔女は仕方ないとしてあの覆面野郎との喧嘩は無理筋ですぜ、勘弁して下さいよ」
「おめえも楽しんでたじゃねえか」
「楽しいもんですか! あいつら人の顔面を蹴りつけやがった、おー痛ェ」
「すまねえ兄弟、こいつは俺のけじめの一つだった、まあ今回ので気は済んだぜ、あの覆面野郎が魔女の手先のアルバトロス、マリキータ島で俺を捕まえた張本人だった」
「後から来た、俺と戦った方の若い奴は何なんですか」
「ああ言ってなかったか、あれがマカーティ、ジュリアンが元々乗ってた船……ストームブリンガー号っつったか、そいつの船長を名乗ってた奴だ」
「ええ!?」
アマレロ沖で会合した時、ネイホフは船に残っていたので、マカーティを遠目にしか見ていなかった。
「あの船、いつの間にか見掛けなくなったと思ったら船長自らこんな所まで追い掛けて来たんですか……どんだけ執念深いんですかね」
「単にマカーティが船長だってのは嘘だったんだろう。こっちは船長の俺が応対したのに、向こうは船長を名乗る三下を向けてやがったんだ」
「ああ……なるほど。とにかく、あいつらの狙いもジュリアンですか」
ネイホフは心配していたが、バーグホンド号は魔女の襲撃を受けていなかった。件のジュリアンも岸辺で先輩水夫達と剣の稽古をしている。
「離岸するぞ! 早く片付けろ」
ゲスピノッサはシンプルにそう号令する。ゲスピノッサの部下の一人が尋ねる。
「親分、魔女はどうなりました、それに波止場の方での騒ぎは」
「こっちでは何も起きなかったか? ならそれでいい」
マリーはゲスピノッサが用意した金を受け取った。それが今後どういう意味を持つか解らないが、ゲスピノッサからすればそれだけで危険を冒しラランジェまで来た甲斐があった。
「ジュリアンお前も、ここに居るうちに誰か訪ねて来たりしなかったか」
「へ? おいらこんな所に知り合いなんか居ません」
「そうかい、そりゃ結構」
意味深に笑って通り過ぎるゲスピノッサを見てジュリアンは小首を傾げる。船長が自分を金貨6,000枚でも売らなかったという事を、少年が知る事はなかった。
◇◇◇
ジャッカス号の乗組員達は、戻って来た自分たちの船長にキャプテン・ゼットという新しいあだ名がついた事を知らなかった。
「船長いいんですか、フォルコン号は出掛けて行きますよ」
「ああ。もういい……ゲスピノッサとパスファインダーの間には何らかの手打ちが成立したようだ。そんな親分同士の対決の後で、アイビス領事のプレドランの野郎は泡食って一人で姐さんの所に来たぜ。全くえらいシーンを立て続けに見ちまった、緊張し過ぎてヘトヘトだ、もう休もう今日は。そんで明日から元通り、ケチな使い走り稼業に戻ろうや」
船長はそう言って、船尾の船長室に戻ろうとする。船員達はそんな船長をじっと見ていた。
「何だよ、お前ら」
「いえ別に……だけど最近の船長、ちょっとかっこ良かったなあって」
「そうそう! 絶対的に不利に見えたパスファインダーに加勢するって言い出したり、ゲスピノッサの船団に堂々と突っ込んでったり」
「サイモンに船を乗っ取られたと思った時はゲンナリしましたけど、何なら船長、こうなる事を予想してたんですか?」
船長は肩をすくめて震える。
「バカ言ってんじゃねえよ、命あっての物種って知らねえのか。とにかくお前らも休め、休め! 俺も船長室で寝る、明日まで起こすなよ!」
遠ざかるフォルコン号を後目に、ジャッカス号はようやく安寧の眠りにつく。
◇◇◇
マカーティとコンドルはラランジェ港の場末の酒場に居た。どちらも濡れ雑巾で膝だの肩だのを冷やしている。
「ちょっと性急に動き過ぎたよね。一度落ち着いて、ここで何が起きているのかちゃんと調べるべきだろう」
「イルミナは目と鼻の先に居たんだ、後悔はしてねェ、反省はしてるが」
マカーティはコンドルの顔を横目で見てそう呟く。台詞とは裏腹に、マカーティの心中は揺れていた。
フレデリクは凄い奴だ。何しろ途方もない大騒ぎを起こしてまで自分を処刑から救ってくれた命の恩人だし、自分が土下座してまで乞うた助力に応え、考えもしなかった方法で大軍の敵をぶちのめしてくれたスーパーヒーローなのだ。
そんな男を相手に劣情を催してしまった自分とは、一体何なのか。
「はぁぁあ……」
深いため息をつくマカーティに、コンドルは恐る恐る声を掛ける。
「ああ、あのさ、屋根の上からフライングクロスチョップをかましてごめん、だけどあの時お前赤いドレスの女の子を襲おうとしてたろ、そういうのは良くないから」
「何度も言ってるじゃねえか。あれは女装してる男で、本当は賞金12,000枚の大物海賊だと」
「もっ……もし本当にそうだとしても、あの光景を知らない人が見たら、お前がいたいけな女の子を襲おうとしてると誰もが思うだろ?」
コンドルはマカーティに自分の娘の話をするのは控える事にした。マカーティはいい奴だとは思うが娘はマカーティの事が好きではないかもしれない。マカーティがマリーを男だと思っているなら、そのままにしておこうと。
「あんな所をさっきの血の気の多い奴等に見られてたら、お前だって袋叩きに遭ってたぞ」
「ああ。そいつは思いつかなかった。クソッ……次はこんなドジは踏まねえ、俺は冷静に、容赦なくフレデリクの野郎を捕まえて」
「も、もう冷静じゃないじゃないか、駄目だってそれじゃ」
そこへ。
「ちょっといいですかい、兄さん方」
数人の子分を連れた、いかにもやくざ者の親分という風情の、だが片腕を三角巾で釣っている厳めしい男がやって来て、二人に声を掛けた。マカーティもコンドルも半身を浮かせて油断なく立ち上がり掛ける。
「お控えなすって、どちらさんもお控えなすって。手前ジャドウと申します、今はレモーラ号船長として、ラランジェ港を仕切りクヌトラ王子の新政権を屋台骨から支えるマリー・パスファインダー大親分の、右腕と呼ばれる! 渡世人にございます……先程のゲスピノッサ船長との、玉の体を張っての決闘、このジャドウ、感服致しました」
警戒する二人を見てジャドウは部下達を下がらせ、一人で近づいて続ける。
「こんな豪傑が場末の酒場で、雑巾で打ち身を冷やし安酒を召し上がってるのはどうにも見るに忍びねえ、どうか御両名、ここはこのジャドウの顔を立て、うちの食客になってはいただけませんか」
船長Zの活躍を物陰から見て嫉妬の炎を燃やしていたジャドウは邪悪な笑みを浮かべ、手揉みして二人の顔を見比べる。







