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冒険者マリー・パスファインダーの日記  作者: 堂道形人
人生という名の冒険
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風紀兵団「風紀ある市井!」「風紀ある市井!」ジュリアン「姉ちゃん! こっちだ、早く!」クラリス「ジュリアン、私もう走れない……」ジュリアン「もう少し! もう少しだけ頑張って!」

実際には、グランジなんて言葉が発生したのも1990年代じゃないですかね? そこはまあ、フィクションの世界なのでお許し下さい、そもそもバニーガールなんて物からしてですね(略)

 アイビス人のクラリスと弟のジュリアンは、一年前に両親を失った。二人はそれでも生まれた町で、協力し合って何とか生きて来た。そこに現れたのが例の、あの、緑色の憎い奴、風紀兵団である。


「ご安心下さい。ハワード王立養育院へ行けば、貴方達は18歳まで平和で清潔な環境で、安心して暮らす事が出来るのです」


 実の所、クラリスは養育院へ行くのも悪くないと考えていた。しかし弟のジュリアンが猛反対したのだ。養育院は男女別の施設でそれぞれ別の町に建っており、そこに入ったら姉とはほとんど会えなくなる。


「ああっ、待って下さい! クラリスさん、ジュリアン君! 王立養育院は素晴らしい場所なのです、待って下さい!」


 風紀兵団に追われた二人は住み慣れた町を離れ、コルジア国境を越えた。そして何とかコルジアで仕事を見つけようとしたが、外国人の孤児を雇ってくれる商人や職人には、なかなか出会えなかった。


「姉ちゃん一人くらい、おいらが絶対食わせてみせるから!」

「わ……私だって頑張って仕事を見つけるんだから!」


 それでも二人は助け合い、励まし合って、コルジア本土よりは外国人でも仕事を貰い易いと言われるロングストーン市国までやって来た。

 そしてジュリアンはこの町で、溝浚どぶさらいの仕事を見つけたという。用具小屋の屋根裏に寝泊まりする事も許されて、ロングストーンでの二人の生活は始まった。

 しかしそれは本当に最低限度の生活で、用具小屋は本来人の住む環境ではなかったし、ジュリアンの収入ではその日の二人分の食べ物を買うのが精一杯だった。


 両親が居る間にそれなりの教養を身に着けて貰っていたクラリスは、弟の為にも何とかいい仕事に就こうと毎日町を巡った。

 そして実際、給仕の仕事ならどこにでもあったのだが。


おいらがもっとたくさん働いてお金を持って来るから! だから姉ちゃん、大人の男にお酌をして回るような仕事はしないで!」


 弟がどうしてもそう言い張るので、クラリスはなかなか仕事に就く事が出来なかった……そこで出会ったのが、怪しい零細海運会社の求人情報である。いや、クラリスはそんな言い方をしなかったが、つまりはそういう事だ。


「海運会社が事務員を探しているんですって、国籍年齢性別不問、未経験者歓迎、アットホームな職場です、だって」

「怪しいよ姉ちゃん! 俺が噂を聞いて来るから面接に行くのは待って!」


 そして戻って来たジュリアンが言うには、その会社の船は実際にはアイビス王国の許可証を持つ私掠船で、商売より海賊狩りを本業とする大変な荒れくれ者集団らしい。傘下の船も人相の悪い海賊上がりの強面こわもてぞろいで、賞金8,000枚の悪の密輸商人、ゲスピノッサと関わりがあるという噂まであるのだと。

 ただし、商会長は背の低いせた女の子だという話もある。


 町に流れ着いたばかりの孤児の自分を雇ってくれそうな会社など他に無い。溝浚どぶさらいの仕事だって、クラリスは断られてしまったのだ、女の子の力では出来ない、そう決めつけられたのである。


「これでも私、お姉ちゃんなんだから! このままジュリアンの荷物になるくらいなら、風紀兵団に捕まった方がマシだわ、私、面接に行って来る!」



   ◇◇◇



「……だけど噂はみんなでたらめで……パスファインダー商会の船乗りさん達は良い方ばかりですし、お給料も大人の男の人に負けないくらいいただいてます、それにジュリアンと一緒に住める清潔なお部屋だって借りていただけました!」


 私は腕組みをして天井を見上げ、目を細めていた。パスファインダー商会のヤシュム航路の船乗りさん達は、噂通りの海賊上がりのごろつき共である。


「船乗りの皆さんはいつも事務所ではニコニコしていて、船長さん達はよくお土産を持って来てくれます、私が仕事でお待たせしてしまっても、皆さん、ゆっくりでいいんだと言って下さって」


 どうやらクラリスはヤシュム航路の船乗り(ごろつき)共のアイドルになっているらしい。本人にはその自覚は無さそうだけど……そりゃ癒されるわよね、事務所にいつもこんな可愛い女の子が居たら。



   ◇◇◇



 クラリスは四年前に読み書きと算盤を教える学校に行かせて貰ったという。弟のジュリアンも10歳になったらそこに行く予定だったのだが、二年前、姉弟の母が病気に倒れた。治療費は重く家計にのしかかり、ジュリアンは学校に行けなくなってしまった。だからジュリアンは今も読み書きが出来ない。

 だけど今なら経済的に余裕がある。先々の事を考えたら、ジュリアンにも読み書き、算盤を身に着けさせてあげたい。姉のクラリスはそう考え、その事をジュリアンに告げた。溝浚どぶさらいの仕事を辞め、学校に行かないかと。しかし。


「……嫌だ! 俺は姉ちゃん一人ぐらい俺が食わせるって言ってるのに、何で姉ちゃんは解ってくれないんだよ! 姉ちゃんの仕事、お酌こそしてないけど、大人の男のご機嫌取りみたいなもんじゃないか! あのサッタルってデカブツなんか、いつも姉ちゃんの事ジロジロ見て鼻の下を伸ばしてるじゃないか!」


 ジュリアンも、最初は清潔な家に住める事を喜んでいた。自分の事より、姉をちゃんとしたベッドで寝かせてあげられる事が嬉しいと言っていた。

 だけど姉の仕事は気に入らなかった。事務員だと言って雇われた姉は、船乗りの溜まり場のような場所でいつも大人の男共に愛想を振りまいている。少なくとも、ジュリアンの目にはそう見えていたのだ。



   ◇◇◇



「弟がそんな事を考えていたなんて……私、全然気づかなかったんです。その日から私達、喧嘩ばかりするようになって……ジュリアンをあんな風に怒らせているの、私、辛くて……!」


 私は失礼にも、涙目でうつむくクラリスちゃんの前で、ベッドに寝転がって頬杖ほおづえをついて目を細めていた。


「いやあ……よくぞ私に話してくれました。ジュリアン君は本当にお姉ちゃんが大好きなのね」


 弟くんにしてみれば、自分のせいで故郷を離れる事になったお姉ちゃんを、自分が絶対に守るんだと意気込んでやって来た、希望の町ロングストーンなのである。

 溝浚どぶさらいというのは誰かがやらなきゃならない仕事ではあるが、牛糞集めと同じくらい臭い仕事でもある。そんな事でも頑張って、お姉ちゃんに飯を食わせてやろうと思っていたのに。


 お姉ちゃんが仕事を見つけた事については、ジュリアン君も文句の言い様がなかった。彼だって大好きなお姉ちゃんを溝浚どぶさらいの用具小屋の屋根裏に住ませるのは心苦しかっただろう。

 だけど自分が食わせてやると言って連れて来た姉に、結局食わせてもらっている事には、負い目を感じていたんだと思う。

 お姉ちゃんはいい給料をもらって来るだけではなく、水夫達のアイドルのような事をしている……サッタルかぁ。あの大男の夢は可愛いお嫁さんを貰う事だって、元海賊の水夫共が噂してたなあ。海賊なんかやってた割に、めちゃくちゃ内気シャイでロマンチストなのよね、あの人。


「ごめんなさい……マリーさんには本当に良くしていただいているのに」

「それはこっちの台詞セリフですよ。クラリスちゃんに辞められたら本当に困るもの、何とかしてジュリアン君に納得してもらえる方法を考えないと……ジュリアン君、船乗りになる気は無いのかしら? うちの船乗りは給料も悪くないでしょ?」

「でも……ジュリアンは船の仕事なんてした事ないんです」

「最初はみんなそうですよ、12歳なら見習いを始めるにはちょうどいい頃じゃないですかね。ヤシュム航路の船なら月に三度はロングストーンに戻れるし、何だかんだ言って、船乗りって男の子ならちょっとは憧れる職業でしょ?」


 私はふと、ロイ爺の顔を思い出す。


「あまりロングストーンに戻れなくてもいいなら、このフォルコン号に乗ってくれてもいいですよ。給料はヤシュム航路の何倍も貰えますよ! 仕事はちょっとだけキツいけど」


 レイヴン海軍やアイビス海軍から逃げ回るだけの簡単な仕事です。アットホームな職場だよ。


「いずれにせよ、一度ジュリアン君に会わせてはいただけませんか? 私からもお話しさせて下さい」


 船乗りが嫌なら仲仕なかしでもいい、私だって、この港でなら港湾役人さんに一目置かれる程度の海運会社の商会長なのだ、口利きくらい出来ると思う。

 ていうか、溝浚どぶさらいの仕事の給料だっておかしいよ。ああいう人の嫌がるキツい仕事は給料だけはいいはずなのに、ジュリアン君、誰かにだまされて安く下請けさせられてるんじゃないかしら。そんな奴が居るなら、とっちめてやらないと。



   ◇◇◇



 私はクラリスと連れ立って船を降りた。まあ、フォルコン号ではサウロさんが手配した業者が荷下ろしをしているのだ、少しくらい留守にしてもいいだろう。

 商会がロングストーンの駐在員の為に借りた社宅は、町の山の手にあるアパートメントだ。九尺二間の裏長屋などではない、2DKの大邸宅だ。


「どうぞ、散らかっていてごめんなさい」


 私はそう言われてクラリスちゃんとジュリアン君が暮らしている部屋に入る。部屋は全く散らかってなどいなかった。私の艦長室よりよっぽど片付いている。

 しかし、入ってすぐのへっついと食卓のある部屋の真ん中の、小さなテーブルの上には、木炭か何かで乱雑な、間違いだらけの字を書かれた布が広げられていた。


『おデ、ひとり、いきる、おマエ、しあわせになれ ゆ゛ぃあん』


 深刻な事態が発生したのにも関わらず、私は吹き出しそうになってしまった。

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