太鼓や笛をかきならす、往路に襲撃して来たラゴンバの盗賊共「お前たち宿敵! 友と書いて宿敵!」「懲りずにまた来い宿敵!」「おれたちいつまでも宿敵!」マリー「やかましー! 静かにしろ寝れねーだろー!!」
やあ、俺はキャプテン・フォルコン。訳あって今はコンドルって名乗ってるんだ。なあお父さん達、あんた自分の娘の賞金手配書を見た事があるかい?
「はうああぁぁああ!?」
手配書には嫌に精細な版画の似顔絵もついていた。その似顔絵は、コンドルがとてもよく知っている少女の顔そっくりだった。
一方。それを横から覗き込んだマカーティは溜め息を突き、呆れ声で言う。
「なんだ、ハズレかよ。こんなもん俺だって持ってるわ」
マカーティは懐に持っていた折り畳んだ紙を開いてみせる。そこには表情は違うが同じ少女と思われる似顔絵が描かれていた。
『指名手配書
マリー・パスファインダー
航海者、銃士、剣士
賞金12,000枚
生死を問わず レイヴン連合王国』
「ぎゃあああああああ!?」
「何騒いでんだよ覆面野郎。これはフェイクだ、役立たずの偽手配書だよ……こいつの本当の名前はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト、そう、イルミナ嬢を誘拐したあの大海賊野郎だ」
マカーティはそう言って手早く手配書を引っ込め、懐に戻そうとする。
「待て待てマイルズ! もうちょっとよく見せろ! ていうかお前何でこんな物隠し持ってたんだよ!」
「別に隠しちゃいねえが、見せびらかすもんでもねえからな」
いや、ストームブリンガー号はそのフレデリクを追っているのに、マカーティがこの手配書を仲間にも見せず隠していたのはおかしい。コンドルはそう思ったが、よく考えたらこんな物海賊共に見せびらかされたら、もっと困る。
「いやだけど、待てったら、こんな小さな女の子がこんなどでかい賞金で手配されてるのはおかしい、何かの間違いに決まってるじゃないか、こんな」
コンドルは自分が金貨10枚で買った方の手配書を見る。非常によく描けた版画だ、自分が知っている少女に生き写しだ……こちらはきりりとした表情で描かれているが、マカーティが持っていたのはもっと可愛らしく描かれていた。
「だからフェィクだって言ってるだろ、こいつは小さな女の子なんかじゃねえ、女装した男なんだ」
「はぁあ!?」
「俺は実際に女装したこいつを目の前で見た事がある、俺はすぐにそれがフレデリクだと気づいた、だが周りの奴は誰一人それを見抜けなかった、俺の副長でさえもな」
コンドルは実際には、イルミナをさらわれた河口の戦いで、マカーティがあれはフレデリクだと言っていた人物を見ている。
そして実はそれ以前に、マリーと一緒に居る時に知り合いになった水夫のオロフからも、おかしな話を聞いている。
―― あれはフレデリクだろ? 何で女装してたのかは知らねえが
オロフはマリーを女装した男だと思い込んでいた。コンドルは訝しんだが、ストーク人の冴えない中年男でならず者のオロフがマリーの友達だとも思えなかったので、その事については深く考えない事にしていた。
自分がプレミスで出会ったのは本物のマリーだ、それは絶対に間違いはない。
だけど自分があの河口で見た、アイマスクで目元を隠していたマリー、あれは本当にマリーではない別の誰かだったのか?
あの日マリーは目の前に現れたコンドルの額を、短銃の台尻で殴った。コンドルはそれを思春期の娘の照れ隠しだと思っていたのだが、本当はあれはマリーによく似た全然別の男だったというのか? そう考えたら、自分が殴られた理由にも納得が行く……
「いやそういう問題じゃないから!!」
考え事をしていたコンドルはいきなり顔を上げてそう叫ぶ。
「冗談じゃない、一刻も早くフォルコン号を見つけ出さないと! 何やってんだマイルズ、酒なんか飲んでる場合かよ、お前のお姫様だってフォルコン号に乗ってるんだろう!?」
「俺は最初からずっと、そう言ってるんだがな?」
いつの間にか、片腕の悪党は居なくなっていた。
◇◇◇
「誰か右腕のない痩せた男を見なかったか!? 野郎、人の持ち物袋を漁りやがったんだ!」
同じ頃、コインブラ砦の近くの荷揚げ場で、置き引きに遭った水夫が仲間達と共に方々の船乗りに犯人と思しき男の行方を尋ね回っていた。
「誰か知らねえか! 右腕のねえ乞食野郎だ!」
そこに、一人の男が立ちはだかる。
「片腕のない男というのは、俺の事か? 確かに手が片方しかないと出来ない仕事もあるだろう、だけど片腕のない男がみんな泥棒や乞食をしている訳じゃねえ」
その男の左手は義手だった。足もブーツを片方しか履いておらず、もう片方は単純な杖先のような義足をつけている。
「あ……あんたの事を言ったんじゃねえ、悪く思わないでくれ」
「そいつに何を盗られたんだ?」
「レイヴン王国発行の手配書だ、この辺りじゃ出回ってない最新の奴だ……しかも俺の仲間の一人が、そいつを最近見たと言ってるんだ」
「……ちょっと待て。俺の名はサイモン。そこのジャッカス号のヒラの水夫だが」
元レイヴン海軍ブラックバード号艦長、ティモシー・サイモンはマリー・パスファインダーを追うべく、部下達と共にかつての身分を隠し、古い小さなカラベル船、ジャッカス号に乗り組んでいた。
「その手配犯ってのは、賞金12000枚の大物か?」
「なっ……そそ、それは簡単には話せねえ」
「パーシー! あれを出せ!」
サイモンが呼び掛けると、近くで荷積み作業をしていた若くきびきびとした男が駆けて来て、一枚の丸めた紙を取り出しサイモンに渡す。サイモンはそれを開いて見せる。
「お前の仲間が見たのは、この女か?」
それはやはり、マリー・パスファインダーの手配書だった。しかしその似顔絵はフェザント人画家ジェラルド・ヴェラルディの作品を元に、レイヴン人画家が魔改造した、本人とはかなり雰囲気の違う物だった。
「あ、あんたも持ってるのか!?」
「お前の持ち物袋から盗んだ訳じゃないがな」
「わ、解ってるって、俺が持ってたのはこんなんじゃねえ、もっとその、可愛らしく描けてるやつだ……」
サイモンは手配書を丸めると、その水夫に差し出す。
「お前にやろう」
「え……ええっ!? い、いいよそんな、これはお前のだろう、俺のじゃねえ」
「遠慮するな」
後ずさりする水夫に大股に歩み寄り、サイモンはその手配書を押し付ける。
「良かったな、手配書を取り戻せて」
水夫の仲間が近づいて来て、その肩を叩く。サイモンはその仲間に聞く。
「恩に着せる訳じゃねえが、この女をいつどこで見たか教えては貰えねえか」
「いいとも。一週間前のラランジェだ、ラゴンバ共の市場に居たぜ」
「それは……間違いないのか?」
「さあ、こんな小娘の航海者なんて他に何人も居るとは思えねえけどな。だけどあの小娘、わざわざ犀角海岸まで来ておいて、米を売ってキャッサバを仕入れてたぜ! ハハ、やっぱ小娘はバカだなァ、象牙や犀角、それに奴隷を買えばいいのによ……ほんとにあんなのが、金貨12000枚の賞金首なのか?」
「……パーシー、皆を集めろ。ラランジェに急ぐぞ」
ヒラ水夫だというサイモンは身を翻し、浜に投錨しているジャッカス号の方へと歩いて行く。
手配書を押し付けられた水夫は落胆していた。彼が取り戻したかったのは賞金でも情報でもなく、毎晩寝る前に眺めてニヤニヤしていた、あのはにかんだような表情の、可憐な少女の肖像画だったのに。
◇◇◇
ジュリアンは小一時間、ゲスピノッサに掛け算の基本を叩きこまれていた。やがてゲスピノッサは仕事があるからと言って出て行ったが、ジュリアンには課題が残されていた。
「3×3が9、3×4が12、3×5が15……」
自分が姉と喧嘩をしてしまったのは、姉が自分を学校にやろうとしていたのがきっかけだった。
学校に行くには金がかかるが、自分は金を持っていない。だから学校に行くとしたら姉に金を払ってもらう事になる。それだけでもう嫌だ。自分は可憐で嫋やかな姉を自分が養ってやると誓ったのに。
第一自分は勉強が嫌いだ。一度無料で字を教えてくれるという寺子屋に行った事があるのだが、先生は嫌味で感じが悪いし、生徒は陰湿ないじめっ子ばかりだった。
だから自分は、仕事を休み姉の金で学校へ行くのなど絶対に嫌だと思ったのだ。
けれども。
海賊として世に出てみたジュリアンが痛感したのは、自分の教養の無さだ。学がないというのは武器がないのに等しい。誰が素手で銃や大砲を持った相手と戦いたいと思うのか。
「4×1が4、4×2が8、4×3が12……」
教養は武器だ。剣や銃のようなものだ。持っていたからといって戦いに勝てるとは限らないのだが、持っていないと話にならない。
そして。どういう気まぐれから知らないが、奴隷商人でとびきりの悪党のゲスピノッサは、自分に教養を与えようとしてくれているのだ。
「5×3が15、5×4が20、5×5が25」
ジュリアンは真面目に、船長にやれと言われた課題に取り組む。やはり勉強は好きではないし、数字を見ているだけで眠気が押し寄せても来るのだが。







