ロイ「ホッホ、これでハリシャちゃんも一人前の海賊じゃのう?」アレク「ククク、お声が高うございますご隠居様」
突如発生したクーデター騒ぎ。だけど不精ひげはその予兆を見抜いていました。
サンチェスはコルジア生まれの航海者だったが、今は南大陸中西部で傭兵団を率いていた。彼が航海者を辞めたのは所有していたカラベル船が座礁で失われてしまったからである。
「どういう事だサンチェス、我々の計画は漏れていたのか」
「落ち着け族長、堂々としていろ!」
狼狽えるカゲルキに苛立ちながら、サンチェスは自身も周囲に目を凝らす。
―― パン! パン!
「やられたぁあ! 助けてくれ」
そこへまた後方から軽い破裂音と誰かの悲鳴がして、
「助けてくれ、敵襲だ!」
さらに誰かの叫び声がする。
それなりに経験を積んだ傭兵であるサンチェスは違和感に気づき、近くの傭兵仲間に呼び掛ける。
「待て、今のは銃声じゃねえぞ」
―― ドォン! ドドォォン!
「グワッ!」
しかし次の瞬間、今度は本物の銃声が何度か響き、別の誰かの悲鳴が響く。
「そいつは同士討ちだ、やめろ、撃つな!」
それは実際不精ひげの陽動策だった。彼はこの集団が言葉の通じない者同士で編成された寄せ集めである事を見抜き、夜陰に乗じて接近し少量の炸薬を鳴らしラゴンバの言葉で叫んだのだ。不精ひげが覚えていたのはやられた、敵襲だ、助けてくれの三つだけだったが。
その後に響いた銃声と悲鳴は本物である。焦った襲撃者は暗闇に潜む味方を撃ってしまった。
―― ドドーン! ドォーン!
マリーと不精ひげが大急ぎで決めた作戦は、とにかく混乱を起こしその間にカムアイ王を避難させる事だった。しかし。
「お前など呼んでない! 怪我をする前に帰れ!」
「頼むから一緒に来ておねがい!」
マリーが小さな手で押そうが引こうが筋骨隆々の豪傑であるカムアイはピクリとも動かない。だが次の瞬間。
「「危ない!」」
―― ドドォーン!
お互いを突き飛ばすように同時に飛び退いた二人の間の空間を、炎を纏った鉛玉が通過して行く。
「撃てっ、撃てーっ!」
十分な数の松明を持つ襲撃者達は散開して辺りを照らし、二人を追う。
「カムアイを討ち取れ!」「奴を逃がすな!」
「小僧も逃がすな!」「待て、カムアイが先だ!」
その時には銃士姿のマリーは既に近くの背の高いアカシアの木に駆け上っていた。マリーは背中のケースからヴァイオリンを取り出し滅茶苦茶に弾き出す。
―― ヴアヴオオンヴアンヴォヴォヴア゛ヴアヴヴァヴァヴァ゛!
「何だこの音は!?」「やめろ、気持ちが悪い!」
タルカシュコーンの人々と同様、この辺りのラゴンバ達も音楽が好きである。だからこそリズムとビートにはうるさいし、こんな変則的なメロディは受け容れ難い。そして彼等はヴァイオリンの音を聞くのも初めてだった。
サンチェス傭兵団の北大陸人達も呆気に取られていた。彼らの何人かはヴァイオリンという楽器は知っていたが、これを聴かせている人物が何を考えているのか全く想像出来なかった。このヴァイオリン奏者は腕が悪過ぎる。
「かっ、構うな、さっさと撃ち落とせ!」「だめだ、カムアイが先だ!」
「ええい耳障りで不気味だ、あの小僧も撃ち殺してしまえ!」
ついにはサンチェスまでもがそう叫ぶ。マリーは涙を拭って演奏を止めその場所から飛び退く。
―― ドーン! ドォーン!
二発の銃声が響き、先ほどまでマリーが居た辺りの枝の葉が飛び散る。
「もういい、早くカムアイを見つけて殺せ!」
「奴はどこだ!?」
サンチェスが、その部下が叫ぶ。そして、辺りは静かになる。
「見失ったのか……?」
「それなら最初の予定通り、奴の館を焼き討ちにする。ラゴンバは勇気を尊び、臆病を軽蔑する、そうですなカゲルキ族長? 逃げ隠れしている間に居館を焼かれるような弱い者に、王でいる資格はない!」
「おおおお!」「おおっ……!」「……そうだな」
サンチェスの呼び掛けに、ラゴンバのはぐれ者達は力強く応える。カゲルキの部族の男達は控え目に、そしてカゲルキ自身は俯きがちに応じる。
しかし。
「ふざけるな。誰がいつ逃げ隠れしたと言うのだ」
カゲルキやサンチェスの部下達が捜索していた方向とは反対側から、カムアイは再び、怒りの表情で腕組みをしたまま現われた。
「きええいっ!?」
それは位置的には自身の安全の為後方に居たサンチェスの真後ろだった。雄大な筋肉を持つ褐色の偉丈夫に見下ろされ、サンチェスは思わずおかしな悲鳴を上げ腰を抜かす。
彼の部下も、そしてカゲルキと他のラゴンバも呆気に取られる中、カムアイは顎でサンチェスを指し、アイビス語で言う。
「お前たちの大将が転んだぞ。助けてやったらどうだ?」
そこへ更に、樹上から小さな影が飛び降りて来てカムアイの腕に飛びつく。
「バカー! こっち来い、早く!」
「誰が馬鹿だ、触るなヘンタイ娘」
小さな影、マリーは青ざめ死に物狂いでカムアイの腕に抱き着いて引っ張ろうとするも、やはりカムアイは全く動かない。
「私はここで戦う、足手まといのお前は消えろ!」
「わあああ!」
カムアイはマリーを力づくで引き剥がそうとしたが、マリーは自分から手を離した。そして。
―― ビターン!
まさかそんな事をされるとは微塵も思っていなかったカムアイの頬に、マリーの全力ビンタはヒットした。
アルセーヌに食わせた時よりは、いい音がした。
「な……何すんだゴルァァア!」「ぎゃああああ!!」
マリーはすっ飛んで逃げる。カムアイは激怒して追う。
サンチェスは尻餅をついたまま呆然としていたが、気を取り直して叫ぶ。
「何をしてる! 奴らを撃ち殺せ!」
その、1秒後。
―― ドグワァァァン!!
背後で、大きな爆発音が響いた。それは大砲から放たれた大きな砲丸が地面に衝突して辺りの土砂を飛び散らせた時の音に似ていた。直後に。
―― ドゴォーン!!
遠くから。具体的には大河の岸辺の方から大砲を撃つような音が響いて来た。
「な」
―― ドグワァァン! ドッゴォォン! ドォーン、ドバァァン! ドドォーン!
さらに立て続けに近くに砲丸が着弾する音と遠くで大砲が放たれる音が響く。
サンチェスの部下の一人が叫ぶ。
「サンチェス! やっぱりあの船だ、奴らが撃ってるんだ!」
サンチェスも今朝、トムバに20mを超えるマストを立てた帆船が接近しているという知らせは受けていたし、偵察も出していた。しかしその大袈裟な船は芋やバナナを売りに来ただけの商船だという。乗組員も10人も居なかったと。
サンチェスはこの襲撃の司令官ではない。彼自身はあくまで雇い主の命令を受けて働いてる傭兵に過ぎない。彼も襲撃計画を実行する直前に現れたその帆船を不気味には思っていた。しかし彼には計画を中断する権限はなかった。
それでも彼はカムアイの館を焼き討ちした後で、言いがかりをつけてラゴンバ共にその船を襲わせ強奪するつもりでいた。雇い主は喜ぶだろうし、自分も船長に返り咲けるかもしれない。
◇◇◇
めちゃくちゃなヴァイオリンの音を聞いたら、その数十メートル手前を狙って威嚇射撃をするように。不精ひげはそう言い残してマリーと共に船を降りた。
アイリとカイヴァーンはかなり抵抗したが、船長命令一点張りのマリーと、両手を合わせてペコペコ頭を下げる不精ひげに押し切られ、渋々船を守る為に残る事を承諾した。
大砲の発射準備は不精ひげとウラドが事前に全て整えていた。後は火縄を火門に押し込むだけである。そして。
―― ……ヴアヴオオンヴアンヴォヴォヴア゛ヴアヴヴァヴァヴァ゛……
「聞こえたわ! 船長のバイオリンよ! ウラド、距離解る!?」
「ニックの予想通りの距離だ、仰角はこのままでいい!」
「よし、みんな撃つんじゃ!」
火縄はロイ、ウラド、アレク、カイヴァーン、そしてハリシャが持っていた。
「わわ、私無理です、大砲なんて撃てません!」
「大丈夫、人には当たらないから!」
「大砲を撃つ機会なんて滅多にないよ!」
ハリシャもカイヴァーンもアレクも耳に詰め物をしているので、大声でそう言い合う。アイリは檣楼で監視を担当していたが、ハリシャが躊躇しているのを見てやはり自分が代わろうと思い、その背後に駆け寄る。
「早く! マリー船長が危ないわ!」
「! はい!」
しかし。アイリの声を聞いたハリシャは結局最初に発砲した。
―― ドゴォォォォン!!
「ハリシャに続くんじゃ!」
フォルコン号右舷の5門の18ポンド砲が順に火を噴く。この大砲は海賊ファウストが仲間の技術者と共に密造した特別な物で、パッケージ化された砲弾と後方から装填出来る機構により速射を可能とした物なのだが、それは十分な数の熟練の砲手が居ればの話であり、今回は一発撃ったら終わりである。







