イルミナ「何でついて来るのよ、このねこ」猫「拙者はお主を監視しているのだ」
学園ラブコメとかでよくありますよね。朝、遅刻だ遅刻だーって走ってて曲がり角でぶつかった人が転校生だったりするやつ。あーっ、アンタあの時のパンツ一丁の男!
カムアイ王はようやく、お付きの人から押し付けられた服を着る。
私は密かに思う。人生で六人目、女王を入れれば七人目の王様は、私の知ってる変な王様ランキングで一、二を争う変な王様だった。
「お前の船は遠くからでも非常に目立つ、お前がこちらに向かっている事は早くから斥候に知らされていた。私は自分の目でお前が何者なのか見極める為、あそこに居た」
「へ……陛下はいつもあの恰好で、単身偵察を行ったりするのですか?」
「そうだ。あれがポポル族の戦士の伝統的な戦衣装だ」
そう言っている王の後ろで、お付きの人の一人が小さく頭を左右に振っている。
私はこの王様あたまおかしいと一瞬思ったが、よく考えたらバニーガールの恰好で船長になろうという私も大概だし、人の事は言えない。
「さて。お前がタルカシュコーンの使者だと言うのなら、あんなにも堂々とやって来た事にも説明がつく。遠路はるばる、良く来たな」
「恐縮です。まずはこのムスタファ王の親書を御受け取り下さい」
私は先程の、王に仕える賢人らしい老人に親書を渡す。老人はその書簡の外観を検めてからカムアイ王に渡す……きちんと服を着たカムアイ王はごく普通の強く賢い王に見える。
「……だがお前はアイビス人商人でもあるのだろう。お前がこの地に来たのは、利益を上げる為でもあるはず」
王はタルカシュコーンからの親書を開き、文面に目を走らせながらそう言った。私は悪びれずに応える。
「仰せの通りです。私は商売もさせていただきたいと思っています」
「……ふん」
私の話を聞き流しているのか、親書の内容を読み流しているのか。王は気の無い様子で生返事をしていたが。
「タルカシュコーンの……ムスタファ殿のお気持ちは解った。返書は用意させる。とは言えここは2000kmの彼方、海からも遠く離れた内陸の町だ。ムスタファ殿の志に対して私が出来る事など、それこそ返事を書く事ぐらいだが」
やがて顔を上げて、そう言った。この人もイマード首長の親書を見た時のムスタファ国王と同じで、その内容にあまり期待していない様子だ。
さて。このまま帰るのでは子供の使いになってしまう。多少失礼な事を言ってでも、話を繋がないと。
「陛下のアイビス語はとても正しく綺麗です。どちらで学ばれたのでしょうか」
私はそう切り出す。王は私を見下ろしたまま、少し考えてから答えた。
「まず陛下と呼ぶのはよしてくれ、何か違う気がするからな。そうだな……私には立派な兄が居た。それはご存知か」
「はい……亡くなられたと伺いました」
「戦いの中で命を落とした。その事は戦士を束ねる王であれば仕方のない事だが。兄はまだ若く、兄の息子も居るので、私が代わりの王になる予定はなかった」
王の弟カムアイは重臣達に代わりの王に推されるまで、兄の計らいで自由な戦士として生きていたという。
それで若い頃に一人でラランジェに行き、正体を隠したままアイビス語を学んだのだそうだ。
「……私はラランジュでクヌトラ王子にも御会いしました」
私が次の札を切ると、カムアイ王はようやくこちらに興味を持ってくれた。少なくとも私にはそう見えた。
「なんだと? クヌトラに……あいつはどうしていた? 元気なのか?」
「見た目にはお元気そうでした。だけど何かを憂いている御様子でもありました。何を憂いているのかは、深い事情を知らない私には解りませんが。王はクヌトラ王子には会っていないのですか」
王は腕組みをして黙り込む。しまった、ちょっと踏み込み過ぎたか。カムアイ王は前の王の妻、つまりお兄さんのお嫁さんに警戒されてるらしいのよね。
私がそんな事を考えていると、不精ひげが後ろから声を潜めて聞いて来る。
「……いつの間に王子様に会ったんだ? 船長」
「王の御前ですよ、不精ひげ君」
貴族マリーの私はすまし顔をして背中を向けたまま、不精ひげに答える。
少しの間、静寂が流れた……やがて王は腕組みを解き、再び私を真っ直ぐに見て口を開いた。
「マリーと言ったな。ついて来い」
砦の北側にはバオバブの巨木が生えていた。幹の直径は10mを越え、梢の天辺まで40mはあろうかという大物である。
砦の周囲には他に木造の矢倉が二つあるが、それぞれ10m程の高さしかなく、周囲の構造物と比べずば抜けて高いこのバオバブの巨木には25m地点まで登れる静索のようなものが掛けてあり、その上には檣楼のような見張り台がある……まずい。これは……
「お前はこんな物がなくても登れるだろうが」
王はそう言って静索をするすると登り始める。あ、あの……私が高い所に登れるのは船酔い知らずの魔法というズルのおかげで……
今着てる貴族マリーの服にはその機能は無い。だどそれを言うのは恰好悪いので、私は死ぬ気で王を追い掛けて静索を登る。ひいっ、高いっ。
「ここからなら、遠くの集落が見えるだろう。解るか? あの地平の彼方だ」
幸い、巨木の上にきちんと板を張って造られた檣楼は立派なガレオン船の装備のような、広くて丈夫な手摺りのある安定した場所だった。必死で檣楼に登りついた私は、王が指差す先を見る。
「小高い丘の上に、村があるのが見えます」
「それから、向こうの谷間を見ろ」
王は120度移動し、私達が登って来た川が作る湖の向こうを示す。そちらの彼方には、森林に覆われた谷間に、微かに人造物らしい木造の尖塔が建っているのが見えた。
「あちらにも村があるのですか」
「そうだ。この二つの村は別の部族が治めていて仲が悪い。親の仇という程に」
どうにか王の隣に並んだ私はその横顔を見上げる。王も、こちらを向いた。
「この木の上から見える範囲だけでも、そんな争いの種がある。これでも今はだいぶましになったのだ。少し前まで、各部族は競ってお前達北大陸の商人がもたらす武器を買い求め、敵対する部族を制する事に躍起になっていた」
私は平和そのものに見える草原や森林を見渡す。
「北大陸の商人から見れば、それは絶好の商機なのだろう。族長達は武器を求め、対価として北大陸商人が求める象牙や犀角、毛皮、金鉱石、そして……制圧した部族の民を、奴隷として支払う」
私は今まで、南大陸で起きている事を漠然としか知らなかった。
ゲスピノッサと戦って捕虜になっていた人を解放した時は……私はただ、父の手伝いをしていただけなので、深くは考えていなかった。この捕虜の人達はゲスピノッサ一味に野蛮に襲われ略取された人達なんだろうと、その程度に考えていた。
だけどこんな、一本の木の上から見えるくらい近くに居る人同士が争い、敗れた方が奴隷として売り飛ばされる、そんな事が本当にあるの?
「お前は既にトムバの民に野菜や芋類を売っていたそうだな。そして干し肉やモロコシ、工芸品を買い入れたと」
「あの、町の皆さんも取り引きをしたいとおっしゃいましたので、もちろんこういう事は王である貴方の許可を得てすべきかとは思いましたが」
王は、目を瞑る。
「民はお前達が持って来る商品を待ち焦がれていて、私にはそれを止める力は無い。トムバでの取り引きを禁止した所で、お前達は別の所で取り引きをするだけだ。そんな事をされるくらいなら、私の目の届く所で取り引きをしてくれた方がマシだ……マリーとやら。お前がトムバで自由な取り引きをする事を私が保証する」
カムアイ王はまだ少し納得が行ってないという風だったが、そう言ってくれた。
私は安堵した……現地当局者の許しを得ずに取り引きをする事に多少は気が引けてたのだ。
「ありがとうございます……」
私がそう言って腰を折った瞬間。誰かが私の前に、カムアイ王と私の間に飛び出した。
「ほほほほ! やりましたわねマリー船長、自由貿易の許可を得ましたわ! 範囲も期限の指定もなく、品目の指定もないのかしら!?」
それはたった今必死の形相でレイヴン風のドレスを着たまま静索を登って来た、レイヴンの伯爵令嬢、イルミナ・リンデンだった。







