第7話 最底辺のヒエラルキー
「サボってんじゃねえぞ無能勇者! 俺達がクソ大変な訓練してんのに、まったくお気楽な野郎だぜ」
そう言って声を荒げるのは川尻マサヤ。元の世界ではサッカー部に所属していた体育会系で、短くそろえた黒髪と日焼けした肌が特徴だ。今ではアルクス雅国側から指名され、マグナ達の班の班長ということになっている。
こちらの常識を埋め込まれた際の副作用で少し記憶があやふやだが、マグナと彼はそう悪くはない関係だったはずだ。しかし今では――、
「おい何とか言ったらどうなんだよ無能野郎! お前がサボって俺達の扱いまで悪くなったらどうすんだ!」
――今では、こうやってマグナの事を無能だと馬鹿にする。元の世界では同じ平凡なクラスメイトだったはずだ。けれど、この世界へと召喚され構築されたヒエラルキーではマグナは無能でマサヤは班長。天と地だ。
「サボってねえよ。そう見えたのなら悪かった」
「ああん? 言葉で謝って済む問題じゃねえわ。土下座の一つでもしてみせろよ!」
川尻は班長という今の自分の立場に酔っている。そしてこんな異常な状況に置かれたフラストレーションを発散したいだけだ。それくらいで済むのならと、マグナはゆっくりと膝をつき――。
「ちょっとやめなよ川尻君! マグナ、土下座する必要なんてないよ」
マグナ達の異様な雰囲気を察したのか、魔錬機から降りたセイラを先頭に、残りの班員が駆け寄って来た。
咎める声を上げたセイラとは対照的に、関わり合いになりたくなさそうにしているのは気弱な男子の柴田ショウタ。そしてセイラを止めるような仕草をしてみせたのは女子の平手リカと金森カナコだ。
「止めてくれるなよ瀬名。こいつには自分がお荷物だという立場をわからせねえといけないんだ」
「無茶苦茶だよ! だいたいギフトがなくて苦しんでいるのはマグナの方じゃん!」
「……ちっ! 無能の松平をそこまでかばうのかよ」
セイラの助け舟自体はありがたく感じるマグナだが、明らかに川尻マサヤは苛立ちを増している。この反応、どうも川尻は瀬名セイラのことが……。ここは話題を変えて――。
「川尻、聞いてくれ! 俺達はこの世界の事をあまりにも知らなすぎる。他の国も勇者召喚をしているなんてイライジャは教えてくれたか?」
「……あん? 他の国? なんでお前がそんな事知ってんだ?」
「〈レイド〉が教えてくれたんだ。なあ〈レイド〉」
(その通り。私の名前は〈レイド〉。マグナには恩がある。私の知る限りで君たちの疑問に答えよう)
「な! 〈レイド〉に色々聞いてこの世界の事を知れば、帰る方法だって……!」
そうだ、帰れるかもしれない。召喚されてまだ一ヵ月だが、剣と魔法の世界はもう十分だ。そんな感情がマグナの奥底から湧いて溢れ出る。こんな危険な世界よりも、エアコンの聞いた部屋でコーラでも飲みながらゲームする、文明と享楽の世界がいい。だからみんな――。
「お、お前は一人で何を言っているんだ……?」
怒りを通り越してドン引きしているといった具合の、川尻マサヤの顔があった。
「一人で? 何言ってんだ、お前たちも〈レイド〉の声が聞こえただろ?」
そう言ってみんなの顔を見ると、首を横に振る柴田ら他の班員たち。みんな川尻と同じようにドン引きといった表情だ。
「まさか聞こえなかったのか……? セ、セイラは? セイラは聞こえたよな?」
「ごめんマグナ……、私もマグナが何を言っているのか全然わかんない……」
マグナは一縷の望みにかけてセイラへと尋ねるも、虚しくも彼女は首を横にふるだけだった。その目には明らかに困惑している。
「おい〈レイド〉、これはどういうことなんだ!?」
(うむ……、どうやら私の力も戻り切っていないようだ。聞こえるのはマグナだけのようだな)
「そんな……」
マグナの問いただしに、〈レイド〉も「おそらくだが」といった調子で答える。〈レイド〉の声はマグナにしか聞こえない。それはそれで特別な能力のようだが、今現在の状況で都合が良いか悪いかで言うならば――。
「おい、行こうぜ」
――明らかに都合が悪かった。
残念な物を見る目を一瞬だけマグナへと向けた後、川尻マサヤは他の班員を引き連れて去っていく。
「その……マグナ? 辛いことはあると思うけれど、気を確かにね? 話し相手にならなってあげるから」
セイラもそんな事を言いながら立ち去っていく。
(ふむ。あのセイラとかいう娘は良い子だな)
「あ、ああ、そうだな……」
この日から、マグナの称号は “無能勇者”から“頭のおかしな無能勇者”へと変わることになった。
☆☆☆☆☆
「とりゃあああっ!」
「やあああああっ!」
マグナが残念な子認定されて数日。モスグリーンの機体色をした二機の一つ目魔錬機――〈単眼鬼〉が模擬戦を行っている。片方は川尻機、そしてもう片方は瀬名機だ。
川尻マサヤが刀を打ち込むも、瀬名セイラはそれに素早く対応。逆に川尻機の持つ刀を払い飛ばした。勝負あったか? いや、そう考えるのは早計だ。
「出て来い刀!」
川尻機の〈単眼鬼〉の手に新たな刀が握られた。これが彼のギフト、《武器錬成》だ。どこからともなく――正確には大気中の成分や地中の成分を集めて理論上あらゆる武器を錬成するらしい。もっとも、まだ彼は刀や鈍器程度しか錬成できないようだ。
「もらったあああっ!」
もちなおした川尻機の刀が瀬名機へと迫る。だが――。
「《雷撃》!」
「うおっ!?」
瀬名セイラが乗り込む〈単眼鬼〉の構えた右手から、バチっと雷光が迸って川尻機を襲う。
攻撃を受けた川尻機は刀を落とし、そのまま態勢を崩す。その隙をついて今度は逆に瀬名機が川尻機の操縦席に刀を突き立てた。
「両者そこまで! 瀬名セイラの勝利!」
見物人として来ていた騎士たちからもワッと歓声が起こる。魔錬機を使った戦いは、娯楽としても人気だ。
(ほう、地属性魔法相当の《武器錬成》に、風属性魔法相当の《雷撃》か。使いこなせればどちらも強力な能力に育つだろう)
「解説ありがとさん。俺もああいう派手な事ができたらねえ……。ん? そう言えば〈レイド〉の見立てだと、俺にも魔力があるんだよな?」
肝心なところを聞いていなかった。魔力があれば俺も魔法を使えたり魔錬機を動かせるはずでは? けれど実際のところ、マグナは魔錬機を動かせなかったし、練習してみた魔法もちっとも使えなかった。
(その事についてだが、私はある仮説を考えたんだ)
「仮説?」
(そうだ。君は魔力がないという判定がなされ、実際魔錬機を動かせなかった。しかし私は君に魔力を感じる。それについての仮説だ)
「聞かせてくれ」
(うむ。マグナ、君の身体には古代魔法の力が流れていると私は考えている)