第6話 その名はレイド
信じられないので周囲をもう一度確認。よしオーケー……いや、オーケーじゃないか? そう心の中で問いかける。誰もいない。これはたぶん、少なくともドッキリじゃない。であれば、真実もしくは白昼夢や幻覚の類だ。
試しに頬をつねってみる。痛い。保証はないが、どうやら現実に相違ないようだ。
マグナは、おずおずと〈レイド〉と名乗った魔錬機へと話しかけた。
「えーっと、レイドとか言ったか?」
(その通りだ。私の名前は〈レイド〉。断じてくず鉄などではないので間違わないでもらおうか)
テレパシーのようなものだろうか。マグナより少し年上――スカッと爽やかな印象を受ける青年の声が頭の中へと響く。
(ところで君の名前は?)
「マグナだ。松平マグナ」
(マグナか。よろしく頼む)
「え、あ、うん。こちらこそ。えーっと、〈レイド〉はこの魔錬機に封印でもされているのか?」
とりあえず可能性として尋ねてみる。魔法なんてものがある世界だ。そういう事があってもおかしくない。
(そうではない。いま君の前にある魔錬機、それが私だ)
「つまり魔錬機自体が意思を持って喋っている?」
(肯定だ)
魔錬機が意思を持つなんてこと、座学では何も説明されなかった。けれど目の前のくず鉄――改め〈レイド〉が、喋っているという現実がある。少し考えて、マグナは質問を続けた。
「なあ、魔錬機ってみんな意思を持つもんなのか? 他の機体も喋るとか?」
(それは否定する。私がスペシャルな機体だからだ)
「スペシャルな機体……つまり、この声が聞こえる現象は俺のギフトではないと?」
(そうなるな。会話は私の能力によるものだ)
もしかしたらついに自分のギフトが覚醒したかと思ったが、どうやら違うみたいだ。「無機物の声を聞く力」なんてものを一瞬でも考えた自分が恥ずかしくなる。
(しかしギフトか。となると君は異界人――勇者なのか?)
「そうだよ。ただしギフトは持っていなくて、魔力も微弱な無能勇者だけどな。勇者や異界人についての知識があるんだな」
(私が建造された時代にも勇者はいたからな。それにしても魔力が微弱? それは何かの間違いじゃないのか?)
「どういう意味だ?」
マグナのギフト無し魔力微弱という判定はあまりにもおかしいと、この一ヵ月間あのウォルデンという老人は何度も彼を調べた。しかし残念ながら、その判定を覆す答えが見つかることはなかった。
(私は長い間その――人間で言うと眠っているような状態だった。しかしここしばらく前から魔力が注がれることによって目覚めた。マグナ、君の魔力だ)
「確かにここしばらくはお前を掃除していたけれど、それこそ何かの間違いじゃないか?」
(いいや、私はこの会話をしている間も君から魔力を感じる。マグナ、君には間違いなく魔力が存在する。それも他の勇者に引けを取らないレベルでだ)
☆☆☆☆☆
「――ねえマグナったら!」
「――え? うわっ、セイラ!?」
「もうマグナったら私の話ちゃんと聞いてくれてた?」
「……ごめん、セイラ」
「もおー」
可愛らしく頬を膨らませるセイラに平謝りをする。
まったく聞いていなかった。マグナの頭の中は、あの喋る魔錬機〈レイド〉の事でいっぱいだ。
あれからすぐに訓練中のセイラたちが帰ってきたので、〈レイド〉との会話もそこで打ち切られた。喋る魔錬機――〈レイド〉の事はみんなには内緒にしてある。その方がいいと思ったからだ。セイラにだけは話そうかとも考えたが、やっぱりやめることにした。
まだいろいろな事が判明して、それから相談するべきだ。もしかしたら妙な事に巻き込むかもしれないと、マグナは彼なりにセイラの身を案じていた。
「うーん、でも今日のマグナは何か嬉しそうだね。何か良い事あった?」
「え? うーん、どうだろ? いつもと同じ一日だった気がするけれど、あはは」
嬉しいかと聞かれれば、嬉しいのだと思う。なにせ魔法も使えないような魔力だと散々馬鹿にされていきた彼に、魔力がある――のかもしれないと言われた。それも他勇者と同じくらい。その事実にマグナは高揚していた。
「……ふーん。ま、私はマグナが笑顔ならそれでいいよ」
そんな事を言いながら優しく微笑むセイラに、マグナはドキリと心臓に悪いと思いながら、もっと彼女の優し気な笑顔をながめていたかった。
☆☆☆☆☆
「へえー、ならお前はずっと前に造られて、何かあって眠っていたってことか」
(そうなるな。私を造ったのは当代の名工だった。だがいつしか倉庫の片隅に追いやられ、ただ朽ち果てるだけの身となった)
あれから数日、〈レイド〉との会話はマグナの新しい日課となった。〈レイド〉は目覚めさせた彼に恩義を感じているらしく、知っている範囲で何でも答えてくれた。
最初は「格納庫の片隅のくず鉄が何を知っているんだ?」とも思ったマグナだが、これが案外馬鹿にならない。休眠中だった〈レイド〉は人間で言うなら半覚醒状態だったようで、周囲から聞こえてくる様々な情報を分析し蓄積しており、現在の世界情勢もある程度把握しているらしかった。
(【原初の勇者】、彼が打ち立てた統一国家が長い時を経て分裂したものこそ、ガルダナ大陸の六大国だ。風の神を祀るアルクス雅国はそのひとつだな)
「つまりアルクスと同程度の規模の国があと五つ。それらがお互いに敵対しているってことか?」
(その通りだ。もう何百年も六大国を中心に戦争を繰り返している。原初の勇者を召喚した巫女が残した《勇者召喚の秘儀》を使用し始めてからは、戦争が激化するばかりだ)
「他国の勇者……」
マグナは自分の中で引っかかっていたものに一つ納得がいった。
雅国が勇者を召喚しているというのなら、当然他国も勇者を召喚していて不思議ではない。イライジャはさも「チート能力で無双するだけの簡単なお仕事」といったようにマグナ達へと語ったが、実態はこの有様だ。3年2組の生徒たちは、訓練が完了次第、同じ勇者を相手とする厳しい戦場へと送られるだろう。
「なあ〈レイド〉、この世界から帰――」
「おいっ!」
〈レイド〉との会話に夢中になっていたマグナは、後ろから近づいて来ていた人物に気がついていなかった。そこには髪を短くそろえた、いかにもスポーツマン然とした男が怒り顔で立っていた。
「川尻……」
「おい、サボってんじゃねえぞ無能勇者!」