第5話 くず鉄の声
「これより魔錬機の操縦訓練を開始する。おい無能勇者、お前は掃除をしておけよ」
「わかりました……」
彼以外の班員が乗った五機の魔錬機が、先導する教官機に続いて歩いていくのを、マグナはさも羨ましそうに見送る。見送る彼の手には掃除道具。みんなはロボット、マグナは掃除道具。
ギフト診断の日――マグナが無能勇者の烙印を押された日からひと月程が経った。
あれから二週間は座学があり、その後太田教諭と運転手の松永を除いたマグナ達三十人は、六人ずつの班にわけられいくつかの拠点で訓練を行っている。
その訓練の対価として彼らは身の安全と身分の保証がされ、この世界の通貨で報酬も貰える。訓練以外だとある程度の行動の自由すら許されている。
班分けしたのは分断工作と思わない事はないが、あの日イライジャが語った約束はおおむね果たされていると言っていい。ちなみにマグナ達の班――元サッカー部の川尻マサヤを班長とする川尻班の拠点は、アルクス雅国の国都シュルティアだ。
風の女神の名を冠したという雅国の中枢に配属されたからといって、彼らが優遇されているわけではないというのはマグナの存在からして明らかで、せいぜい過ごしやすい気候で良かったくらいの感想しか彼にはない。
なにせここが雅国の国都だと言っても、ギフトはなく魔力も微弱な彼の仕事と言ったら雑用くらいなものだからだ。なので、今日も今日とて彼は掃除をしているわけだが――
「おい、あれが例の無能勇者だと」
「プフッ、勇者のくせに俺達より魔力が低いんだってな」
(くっ……、雑音に気にせず仕事だ仕事。じゃないとまたなんか難癖つけられちまう)
――と陰口をたたかれるように、まだ配属二週間にしてもうすっかり「魔力微弱の無能勇者」という肩書がこの国都シュルティアでも広まりつつある。
事実彼の魔力にも乏しい。その低さはこの世界の現地人の平均と比べても微弱なもので、多くの魔力を持つ勇者の平均と比べるというのは馬鹿馬鹿しいほどだ。
マグナが座学で得た知識によると、魔錬機は魔力をエネルギーにして動く。彼には魔錬機を動かす最低レベルの魔力もない。なので動かせない。勇者として役に立たない。だから無能勇者。はい、証明終わり――と、実に簡潔な図式だ。
しかし、アルクス雅国は拉致紛いな召喚をした責任を一応とるということなのか、”無能勇者”と蔑まられる彼を放逐するなんてことはせず、とりあえず生活させてくれている。
訓練の代わりの労働として各種雑用。最近はもっぱら掃除だ。
他の班員が魔錬機を動かしている間、彼は格納庫をひたすら掃除する。格納庫の片隅には試作機だか実験機だかの魔錬機が並んでおり、それをひたすら磨かされる。
それらの試作機は雅国の連中が「くず鉄」と呼ぶレベルで使いようのない品らしく、掃除する必要背があるかは甚だ疑問だ。
使いようのない品を磨く使いようのない人間。まあつまり、松平マグナの立場は最悪だ。
☆☆☆☆☆
「元気出してよマグナ」
「そう言ってくれるのはセイラだけだよ」
雅国の連中どころか、最近では元クラスメイト連中にすら軽く扱われる彼を慰めてくれるのは同室のセイラだけだ。異世界召喚とかいう不条理な事態にあって同室として過ごす中、彼らは自然に名前で呼び合っていた。
「でもずっと掃除だぜ? 気が滅入るよ」
「掃除だって大事な仕事だよ」
「まあ、追い出されないだけ有情とは思うんだけどね」
「それにほら、今はなくてもマンガみたく覚醒して能力に目覚めるとかさ」
「だといいんだけどねえ……、そう言えばセイラのギフトってなんだけっけ?」
この一ヵ月、マグナは自分にギフトがない落胆で、クラスメイトのギフトがどんな能力かまるで把握していなかった。セイラも気を使ってか、部屋では自分からギフトの話をしないのでわからない。いい機会だから聞いてみようと思った。
「ふふふ、じゃあ私の手を握ってみて」
蝋燭と月明かりだけの証明に照らされたセイラが、そうやって微笑む。
同室で一ヵ月過ごす中で、だいぶ慣れてきて家族感覚になってきたが、こうしたふとした仕草にドキリとさせられる。
「手を……?」
「そう。はーやーくー」
駄々っ子みたいにごねるセイラに押されて、少し緊張しながら手を掴む。
「わ、わかったよ――ってうおっ!? 静電気!?」
セイラの手を掴んだ瞬間、バチバチっと静電気のようなものを感じて手を放す。
「あ、ごめん! 痛かった?」
「いや、驚いただけで痛くないよ。もしかしてこれが?」
「そう。えーっと、風属性魔法相当電流操作……だったかな? とにかく電気を操れるんだって。まだ強く使っても、ちょっと痺れさせるくらいなんだけどね」
風属性……この世界の魔法は、六つの属性からなるそうだ。それは風、水、地、火、それに光と闇。雷や電気を操る魔法は風属性の区分だと言っていたから、セイラのギフトはそういう区分の能力なのだろう。
「あーあ、ドライヤーとかあったら使えたのかなー?」
「ああ、それ良いな。そう聞くと便利な能力じゃん」
「そうだよね! それに鍛えたら蝋燭じゃなくて電球も使えるかも」
やっぱり自分の能力というのはセイラも嬉しいのか、興奮した感じでぐっと顔を寄せてくるので、マグナは少し緊張してしまう。
「――。あ、蝋燭もったいないしそろそろ寝よっか? お休み」
「……? ああ、お休み」
ささっと二段ベッドの上へとセイラがもぐりこんだので、彼も蝋燭の火を消すとベッドに入った。
明かりが消えると、召喚された日と同じ満月の淡い光だけが部屋を照らす。気遣ってくれるセイラの優しさ、そんな彼女が見せたギフトに嫉妬する自分。ぐるぐると渦巻く感情は、マグナに自身の無力さを十分すぎるほど思い知らされた。
☆☆☆☆☆
「さてと、今日も元気にお掃除頑張りますか」
働かざる者食うべからず。というわけで今日も今日とてマグナはくず鉄磨きだ。
試作機や実験機でも、座学ではわからなかった魔錬機の仕組みも色々とわかるし、こうやってロボットを掃除することになるなんて夢にも思わなかったし、慣れれば案外楽しいものだ。
――と、自分を納得してみせるが、冷静に考えると魔力微弱の自分にはその魔錬機を操縦する能力はないという事実に思い至りへこむ。
「あーあ、せめてお礼でも言ってくれたらなあ……」
無機物相手に朝から晩まで向かっていると気がおかしくなりそうだ。いや、同室のセイラがいなかったらとっくに気がおかしくなっていたのかもしれない。
(私は感謝しているぞ)
「ああ、そうかいありがとうよ」
へえ、感謝してくれているやつもいるのか――っと一瞬思ったが、ここは格納庫の片隅。マグナの知る限り、この場には彼一人だけだ。しかし、先ほど響いた声は彼のものではないもう少し年上の男の声。おかしくないかと疑問に思い周囲を見渡す。
「だ、誰か隠れてるのか?」
歩きながらざっと見た感じ、誰もいない。気のせいか? 「まさかもう俺の頭は……」とマグナが自分の精神を不安に思った時だった。
(隠れていない。ここに私はいるぞ)
「げっ、またか! 全くどこに――」
再び男の声が響いた。聞こえる方向には、この格納庫の中でも飛びぬけてボロな一機。マグナがここ数日熱心に磨いていた機体だ。
「まさか……くず鉄が? いや、そんなまさ――」
(くず鉄ではない。私には【レイド】という名前がある。訂正してもらおう)