第4話 無能勇者の烙印
「では皆さん、順番に老ウォルデンの前に置かれた水晶に手をかざしてください」
異世界生活二日目。朝食をとったマグナ達は、いよいよギフトなる特殊能力の判別をするために集まっていた。
彼らをこの世界へと召喚した張本人だという老ウォルデンの前に水晶玉が置かれている。どうやらあれを使ってギフトを判別するらしい。
「じゃあ、出席番号一番の俺からいかせてもらう」
そう切り出し前に進んだのは【池田イッセイ】だ。思い切りが良い性格の空手部で、義侠心に溢れた頼れる男だと評判だったというのは、未だ薄らぼんやりとしているマグナの記憶によるものだ。
「ではどうぞ、こちらへ」
「おう」
イライジャに促されて、イッセイが水晶に手をかざす。するとウォルデンは何か呪文のようなものを唱えて水晶玉を覗き込んだ。
「おおっ、見えましたぞ! 魔力も充分。そしてこの者のギフトは、光属性魔法相当の身体強化!」
「身体強化? そいつは良い。オラアッ!」
ウォルデンがそう宣言したやいなや、イッセイは跳躍してイライジャへと殴りかかった――。
「突然こんな世界に連れてこられてむしゃくしゃしてんだッ! 一発殴らせろ!」
「イッセイ!」
誰かの、いやマグナの声かもしれない。止める――いや、後押しするような声だ。イッセイの拳は素早く、イライジャの顔面めがけて打ち込まれ――
「まったく、なめられたものだ」
「ググッ……! くそっ……」
――なかった。武術の素人であるマグナには何が起こったかわからない。けれど殴りかかっていたはずのイッセイは、一瞬でイライジャによって組み伏せられた。
「ギフトとは言わば才能の芽。判明したからと言っていきなり使えることはそうそうない。格闘術を嗜んでいる君ならわかるだろう?」
「うるせえ……!」
イッセイの行為は明白な反乱だ。このような殺伐とした世界において反乱者の末路は一つ。カチャリと音をたてて、イライジャの部下たちが刀を抜く音がマグナの耳に聞こえる。
助けるべきか、見捨てるべきか。マグナの頭の中でぐるぐると二つの考えが暴れまわる。心情としては助けたい。なにか助け舟を出して、せめてイッセイが殺されるのは防ぎたい。しかし具体的な方策が見つからず、一歩が踏み出せないところでイライジャが口を開いた。
「欠落者が。反抗、反乱、その程度想定していないと思ったかね? だがその闘争心は良い。鍛えればこの戦乱に相応しき勇者となるだろう」
イライジャはそう言うと、イッセイを解放した。
マグナたちが、そして何より当のイッセイ本人がわけもわからず茫然としていると、イライジャはパンパンと二回手を打ち鳴らした。
「さあ、アクシデントはあったが続行だ。次の者は前に」
イライジャから馬鹿丁寧な口調が消えた。同時に柔和な笑みも消え、彼の赤い瞳に冷徹さが宿った。これが彼本来の気性だろうとマグナには直感的に感じられた。
「俺を許すのか……?」
「ここで殺すのは無益だと判断したまでだ。生兵法の勇者もどきなど、どうとでもなると示したまでのこと。他の者たちも勘違いするなよ。契約が成った以上、貴様らは客ではなく我が国の戦力だ。忠実に使えるのなら飴をやるが、従わぬのなら鞭をくれてやる。さあ、次の者は前に!」
イライジャの語気は先ほどよりもだいぶ強いものだった。しかしそれほど強く宣告されなくても、マグナの頭の中から反抗するという考えはとっくに消え去っていた。フリーズした彼らにイライジャが今度こそ腹を立てる前に、動いた人間がいた。
「出席番号順というと、次は俺の番か」
そう落ち着いた声で発言し、まるで先ほどまでの事など何もなかったかのようにスタスタと歩いて行ったのは、身体能力をみせれば運動部から引く手数多、学力テストを受ければ学年どころか全国でもトップクラスの成績を叩きだす男、【織田ハルト】だった。
☆☆☆☆☆
「――ん……? んんッ? これは……!」
天から才能を与えられる人間がいるという。俗にいう天才という奴だ。
マグナは、目の前の織田ハルトこそが天才と呼ばれる人間であると、悔しいが確信していた。だって彼はろくに勉強をしているふうでもないのに驚くべき成績を示し、その細身の体のどこにそんな力がと言いたくなるほどにスポーツでも活躍する。
欠点と言えばせいぜい気迫なく自己主張しない性格くらいなもので、それも驕りなく協調性のある性格と言ってしまえば美点だ。
つまり天に文武二物を与えられた天才。それが織田ハルトという、細身で黒髪の見た目からは想像もつかない能力を持つ同級生に対するマグナの認識だった。だが、それはどうやら間違いだったようだ――。
「す、素ん晴らしいッ!!! この魔力量、この老骨が今まで見たなかで一番ですぞお!」
――天は織田ハルトに二物を与えたのではない。三物――いや、もしかするとそれ以上のものを与えたのだ。
「ウォルデン! それほどまでかこの男は!?」
「まさしく! まさしくですぞイライジャ様! 間違いありません! この男の能力は我が国に繁栄をもたらすことでしょう!」
「ほう、そこまでのお墨付きか。期待しているぞ、織田よ。名をあげれば雅王陛下へのお目通りもあるだろう」
「そうか」
興奮するウォルデンや一気に態度を軟化させたイライジャをよそに、織田ハルトはこともなげにそうつぶやいた。
その後も能力判定はスムーズに進行していった。ハルトほどの能力を持つ者はいなかったが、いずれも勇者としての能力にそん色はなく、イライジャも苛立ちを落ち着かせ満足気に頷いていた。
「次!」
いよいよマグナの番が回って来た。
少しの緊張、そして興奮。嬉しさを爆発させて叫び倒している中川ほどではないが、“自分だけの能力”と言われて楽しみに思う程度にはマグナも男だった。
「さあ、手を」
「ああ」
心臓の鼓動がまわりに聞こえるんじゃないかってくらいドキドキする。そんな自分を落ち着かせるために一つ呼吸をいれて、汗ばんだ手を開いて水晶玉へとかざした。
「ふむ……ウウン?」
――なんだ?
戸惑い、そして疑問。今まで手をかざして十秒もしないうちに能力を読み上げていたウォルデンの動きが止まった。そう、織田ハルトの時と同じように。そのまま「うんうん」と唸りながら一分程の静寂。
静かに過ぎ去っていく時を、マグナは興奮しながら待っていた。
これはもしかしたらあるのかもしれない。あの天才織田ハルトと同じような力――いや、もしかしたらそれを超える秘めた能力がと期待して。
そう、伝説的でオンリーワンな力。そしてその力で世界を救い、皆を元の世界へと帰して、英雄として大活躍する主人公ムーブを決める感じを。
「いや……。そんな……やはり……」
「どうした老ウォルデン。さっさと読み上げろ」
やがてもごもごと何事か言い淀んだウォルデンを、苛立ったイライジャが問いただした。
(そうだよ早く俺の素晴らしい能力を宣言してくれ。そして伝説のサーガの幕開けだ!)
落ち着かないマグナもそんなイライジャに内心同意し、ウォルデンの言葉を今かと待った。一方のウォルデンは瞑目し少し考えるような仕草をした後、仕方ないとばかりに目をカッと開いた。
「ははっ、イオバルディ殿。……では、この者の魔力は微弱。ギフトは無し!」
瞬間、世界が止まった……ように感じられた。
高らかに宣言したウォルデンは二の句を告げず、イライジャを始めとする騎士たちはフリーズ。マグナはマグナで、「ナシ」という能力の意味を考えるが、フルーツしか頭に思い浮かばない。
「ギフト無し!? ウォルデン、そんなことが起こりえるのか!?」
「い、いえ、ワシも驚いているところで……。しかし何度見てもこの者のギフトは無しとしか……」
ハッと目覚めたイライジャが問いただし、それを皮切りに騒めきがどっと広がる。
ギフト無し。それは能力が存在しないという事。本来授かるべきはずのものを授かっていない。そんな信じがたい事実に、マグナら3年2組の生徒たちもようやく思い至り始めた。
「それ魔力も微弱だと!? 使い物にならんではないか、この無能勇者が!」
ウォルデンと何事かを言い合っていたイライジャの最後の一言は、明らかにマグナに向かって吐かれた。
勇者は高いはずの魔力が微弱、会話の内容からすると彼のギフトは無し。特別な力はない。そして極めつけは無能勇者扱い。つまりこれは――。
「俺の異世界人生、ばりばりばっきばきのハードモード?」
誰に問いかけるまでもなくそう口から出た。