第3話 戦うか死ぬか
目の前に魔錬機なんてものを突き付けられた以上、もはやマグナ達に「申し出を断る」という選択肢は完全に存在していなかった。
幸いイライジャらアルクス雅国の人間は、少なくとも表面上はマグナたちに友好的に接してきた。なので、彼らの申し出の通り食堂へと案内された。
温かなスープと柔らかいパン、そしてメインに肉料理が置かれた食事を頬張りながら、マグナ達はイライジャから現状についていくつかの説明を受けた。
まずここがガルダナ大陸にある六大国と呼ばれる列強国の一つ、アルクス雅国の都市である神殿都市クレインだということ。
そしてそのアルクス雅国が、【勇者】としてマグナ達を召喚することとなった。【勇者】とは、異世界から召喚された【ギフト】と呼ばれる特別な力を持つ人物だ。
そしてその【ギフト】とは、この世界における魔法にカテゴライズできない不思議な力のことだ。召喚された転移者は必ず何かしらの能力を持つようだ。
……とまあ、いまだ記憶が薄らぼんやりとしているマグナにとっても、「よくあるファンタジー世界」における「よくある勇者召喚物」のあらましだと感じられた。ただ一点、魔錬機の存在を除いてだが。
「どうでしょう? ギフトと言う強力な力を得て戦い、報酬は望むがまま。地位も名誉も金も女も。喜ぶ方も多いのですがね」
「いらないからさっさと帰してくれ。それとも魔王を倒すまで帰さないとでも言うつもりか?」
まるでセールスマンの様ににこやかに語るイライジャに反論したのはマグナだ。そういう前に出る性格ではないが、神殿での一件からの流れでそうなった。
「フフ……」
「何が可笑しい?」
「いえなに、ニホンから召喚された方は、皆そろって同じことを聞くものですから。とりあえず、あなた方が戦うのは魔王ではありません」
「じゃあなんだ? 魔獣か?」
「違います。人間です」
「――に……!」
イライジャの言葉に動揺が広がる。女子の何人かにいたっては、手にしていたフォークを落とすほどに動揺している。そんな事まるで考えていなかったからだ。
「毎度不思議に思うのですが、魔族だって言語を解すし社会性はありますよ? 本質的には人間と戦うのも魔族と戦うのも変わらないはずですが?」
事も無げにそう告げるイライジャに、マグナは何も反論することができなかった。受け入れたのではい。単純にあまりの落差に言葉を失った。
これまで想像していたのは、魔錬機というロボットを除けば、良く聞くチート能力持ち異世界転移勇者の冒険譚だった。それが突きつけられたのは人間同士の戦争だ。
「ふっざけんじゃないわよ! なんで私たちが戦争なんか。今すぐ私たちを元の世界に帰しなさいッ!」
ブチ切れた女子の【佐々レイラ】が立ち上がった。それが呼び水となって、他のクラスメイトも口々に不満の声をあげる。
「お帰しするのは無理だと言ったはずです。それは我々の魔法が劣るだとかそういう意味ではなく、シンプルに物理的な話です」
「どーいう意味よ?」
「単純です。あなた方は元の世界で死んでいます。死者は生者として帰ることはできません。覚えていないのですか?」
そんな馬鹿な。そう反論するより前に、イライジャの言葉を聞いてマグナの脳内で記憶がフラッシュバックする。
(横転するバス。宙を舞う荷物と身体。阿鼻叫喚の車内。そうか、俺達は修学旅行に向かう途中で、それで――)
ギリギリと痛む頭に、鮮明な記憶が再現される。それが嘘ではないと確信する程度には実感がある。間違いない。マグナ達は死んだのだ。先ほどとは打って変わって沈黙へと変わったクラスメイトの絶望の表情には、自分が死んだという認めがたい現実がある。
「どうやら思い出したようですね。ニホン国が存在する世界で不慮により死亡した人間の魂をこの世界に呼び出し、新たな命を与えることこそがこのガルダナ六大国に伝わる秘儀|《勇者召喚》。門を通して呼び出したというわけではないのです。元の世界であなた方は既に死んでいる。ですので、『帰す』と言うならば『殺す』と同義になります。私はそうはしたくない。無益です」
否定したい。だけどイライジャが嘘を言っていないのは、彼らの身体が、心が覚えている。マグナ達は死んだ。元の世界に帰ることはできない。
「あなた方がどうしてもというのなら、この場を立ち去っても構いません。召喚の際にこの世界の一応の常識と言語は記憶されているはずです。ですが身分もなく、あてもなくどう生きるのですか? 力を手にして野山で暮らす? 行きつく先は討伐対象の山賊です。それならいっそ私たちと取引をするべきだ」
「取引……?」
「はい。私たちはあなた方を客人として迎えます。あなた方が戦う対価に、私たちは身分を用意し、報酬を用意し、生活の保障を行います」
「連れ去ってきた家畜と取引するってのか?」
「何を仰いますか。私たちはあなた方を家畜と思ってはいません。客人です。現にこうして上等な食事を出し、もてなしているではありませんか」
確かにこの神殿の大部屋は見事なもので、出されている食事も上等だとマグナは感じる。
「それでも!」
三年二組の担任である太田シズカが立ち上がった。
「それでも! 生徒たちを戦場に放り込むなんてことはできません!」
「確か太田シズカさんと仰ったかな? なんとも責任感の強いご婦人だ。心配するなとは言いませんが、勇者である皆様にはギフトという才能があります。そして勇者はこの世界の人間に比べて、魔錬機への適正と魔力の基本値が高い。ギフトと合わせれば戦場では一騎当千です。さあ選んでください。戦場で立身出世しこの世の贅を尽くすか、この場を立ち去り惨めに野垂れ死ぬかを」
☆☆☆☆☆
戦うか野垂れ死ぬか選べ。
そう迫られたマグナ達三年二組の面々は、ひとまず態度を保留しアルクス雅国に従うことにした。そこは日本人。先延ばしとグレーな返事に関しては世界一だ。
何より情報が少ない。ざっと説明を聞いただけで、まだギフトや魔法というものがなんなのかも詳しくは理解できていない。情報を得れば交渉もできる。太田教諭もそういったマグナ達の考えには納得してくれた。
「えっと、ここか……」
形式的にアルクス雅国の保護下に入ったマグナ達には、部屋が割り当てられた。マグナは部屋の番号が書かれた紙を片手に扉を開ける。
文明レベル相応に簡素な造りだ。とりたてて豪華ではないが、雑には扱わないという意思は見える程度の部屋。
置いているのは二段ベッド。「二人部屋だと聞いているけれど、ルームメイトは誰だ?」と疑問に思い探してみる。妙にテンションが高かった中川だとちょっと嫌だし、文武両道の織田あたりだと頼もしいが性格がとっつきづらい。
「あ、松平君。よろしくね」
「あれ、瀬名さん? よろしくってどういう意味?」
声をかけられたので振り向いてみれば、そこには少し照れたような表情の「瀬名セイラ」が立っていた。
「そのままの意味だよ。私が同室。よろしくね、松平君」
「え? ええっ!? 間違いじゃないか? ちょっと言ってくるよ」
「全員男女ペアで同室なんだって。変更も無理みたいだよ。さっきレイラも散々文句言っていたけれど『そういう決まりなので。嫌なら出て行ってどうぞ』って言われてたし。止めるの大変だった。文化が違うのかな?」
――え、ええ……。そりゃまあ、瀬名さんと同室とか言われたら俺は嬉しいけど? 可愛いし。嬉しくないか嬉しいか聞かれたらそりゃ嬉しいよ? 可愛いし。でもそこはほらね、俺は紳士だし……。
「だからよろしくね、松平君」
「え、ああ、うん。よろしく瀬名さん」
などとマグナがつまらない建前をあれこれ頭の中で言い訳をしていると、セイラは邪心なくにっこりとほほ笑んで手を差し出した。マグナは慌てて手汗をシャツで拭うと、おずおずと手を握り返した。
霞がかかったような元の世界の記憶、これから自分たちが置かれる状況、そして自分が死んだという事実。異世界一日目の夜は、中々眠れないマグナにとってやたら長く感じた。