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 8 契機 (3)




(今日も会えるかな)



 朝、顔を洗ったボウルの水面に映る自分の顔を見つめながら、アデルは思った。

 見ながら跳ねた髪の毛先を水で湿らせチョイチョイと整える。





 バザーの後アデルは孤児院で紳士と再び会った。

 どうやら紳士は司教と知り合いのようで、最初に町で会った時に既視感を覚えたのも、その前に孤児院で見かけたことがあったのかもしれない。

 司教はアデルに紳士が貴族である事、それも王都でもかなり有力な侯爵である事を教えてくれた。それを教えてくれた時の司教のアデルを見つめる複雑な表情をアデルは知らない。だってアデルはその時、高位の貴族と聞いて自分の失態を振り返るのに忙しかったから。



 (そのような高い身分の人と司教様はどうやって知り合ったのだろう?)



 不思議に思ったけれども、どちらにもそれを聞く機会もなく、分からないままアデルと侯爵との交流は続いた。



 侯爵は孤児院に来ると必ずアデルに声をかけてゆっくりと寛いでいく。アデルと話をする為に、孤児院へ来ているのではないかと思う程。流石にそんな馬鹿な話はないと直ぐにその考えを打ち消したが。



 だが、侯爵は王都とこの辺境の町を幾度となく往復するようになった。その度に孤児院を訪れてはアデルに本やら女性用の小物やら編み糸や何やらとお土産をくれ、時間の許す限りお喋りを楽しんだ。その内容は侯爵が観てきた王都の珍しいお芝居の話の時もあり、アデルが見つけた猫の親子の様子であったり。


 何気ない会話が積み重なるうちにアデルはすっかり侯爵に心を許すようになっていた。

 いや、それも今更かもしれない。

 このような身分の方には失礼かもしれないと思いながらも、アデルは最初から何故か侯爵に親近感を覚えずにはいられなかった。

 妙な安心感というか、同じ類の人間というか。

 勿論、貴族と平民では分厚い身分の隔たりがある。だだっ広い大河程の隔たりだ。アデルは町から出たことがないから、大河を見た事は無いがきっとそう。

 そしてそんな事はアデルも重々承知でいるのだが。

 それでも自分でも説明のしようのない何かをアデルが一人で勝手に感じているだけだ。

 其れくらい、いいではないか。

 そう開き直って自分に言い聞かせるアデルだった。



 大伯母の家から孤児院に向かい、小さい子達にカードを使って数字を教えていると、いつの間にか視界の端に壁に寄りかかってこちらを眺める侯爵がいた。



(いつのまにいらしたんだろう)



 不思議に思いながら、切りのいいところで終えると子供達は庭へと飛び出して行った。



「こんにちは、ワイデマンさま」



「こんにちは、アデル。今日も先生役、お疲れ様」



 フレデリックは先ほどまで一生懸命に子供達に教えていたアデルに労いの言葉をかけると、抱えていた紙包みを差し出した。



「来る時に丁度焼き立てだというのでね。持たされたんだ」



 笑いながら差し出されたそれは、フレデリックがこの町で定宿にしている店の女将が、彼が孤児院を訪ねていると知りしょっ中持たせてくれるようになったパンだった。



「わぁ、あったかい。いつもありがとうございます」



 渡された包は確かにまだ温かい。彼が来てからそれ程時間は経っていないようだ。

 包みを開けて中を覗いてみると、ふわっといい匂いが立ち昇った。




 場所を庭に移して二人並んで木陰のベンチに座った。

 このベンチは以前教殿の修理の余りの端材で有志の人に作ってもらった物だ。バザーの時など人々の休憩用に持ち出されたりと何かと重宝している。


 ベンチから子供達を見守りながら、二人で取り留めのないお喋りを愉しむ。それがフレデリックが孤児院を訪ねて来た時の日課になりつつあった。

 此処からなら子供達が喧嘩した時や転んで怪我をした時など必要な時には直ぐに飛んで行けた。



「毎回感心しているんだが、教えるのがとても上手だね。アデルの教え方が上手だから、皆、覚えが早いようだ」



「そんなこと…。褒めてくださるのは嬉しいですが、皆の覚えがいいから上手く見えるんです」



 フレデリックが褒めると嬉しそうに顔を綻ばせ、それでも謙遜するのを忘れないアデルに、フレデリックもついつい甘くなる。



(きっと本気でそう思ってるんだろうな。なんと言っても自分が褒められるよりも子供達を褒めた時の方が嬉しそうなんだから)



 そう考えながらフレデリックはそんなアデルをとても好ましく思った。



 バザーで話しかけてから早数ヶ月。この町へも四度目の訪問になる。最近では王都からこの田舎町までの道のりにも慣れて効率良く往復する術も身に付けた。今や馬上でも眠れる。人間、何事もやれば出来る。



(もっとも、こんな生活は余り長くは続けられないが)



 あれからフレデリックは調査を続けていたが、なかなか捗らなかった。司教にも協力してもらい、それとなくアデルの後見人である老婦人へも聞き取りをして貰ったがアデルとアデルの両親が実の親子ではないという証言は得られなかった。

 かと言って実の親子であるという証拠も無い。

 アデルが親子で住んでいた村に三人で住みだす以前を知る者が見つからなかったからだ。


 また、アネットの方面からも調査を続けているが、其方からの報告は滞っている。催促しても、"秘密裏に"と条件をだされては難しいとの一点張りで、どうにももどかしく思うのだった。





お読みいただき、ありがとうございます。


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