4 遭逢 (3)
孤児院の近くでダンテとは別れた。ダンテは孤児院まで箱を持って送ってくれると言ったが、それこそどこのお嬢様だと思い、頑として辞退した。ダンテは商売柄かよく気がつくし、何より親切過ぎる。あれじゃ体がいくつあっても足りないのではないだろうか。
孤児院に着くと、アデルを待ち構えていた子供達にたちまちの内に囲まれた。正確にはアデルの持ってきたビスケットを待っていたと言うべきか。
「待ってみんな。これは明日の売り物にするのよ。明日売れ残ったら食べてもいいけど…」
「司教さまがみんなで半分こずつなら食べていいって。一こを二人で半分こよ」
得意げに話すのは九歳のエメだ。利発な子で最近では年上の男の子ですら口先で押し負かしている。
アデルがその話は本当かと顔を上げると戸口から丁度司教さまが出て来る所だった。どうやら外の騒ぎが聞こえたらしい。
司教さまに確認をすると、今日は明日の用意で昼食の準備が間に合わず皆大して食べていないので、その代わりにビスケットを半分ずつ間食する事にしたらしい。成る程と納得したアデルはエメや小腹を空かせたちびっ子達に引っ張られるようにして屋内へと入った。
いつものように文字を教えて計算の練習をした後、翌日のバザーの準備を皆で分担した。行事の度に催すバザーは皆慣れたもの。段取り良く各自の仕事を終えると明日は台を並べて品物を置くだけとなり、アデルは孤児院を出、大伯母の家に戻った。
夜になっておばさんの家の薄くてゴワゴワする布団の中で、アデルは昼間の出来事を思い出していた。
普段ならばこんな風に考え込んだりする事もなく、とっくに夢の中へと微睡んでいる頃だ。けれど今夜は違う。昼間の事が何故か妙に気になって眠れないのだ。
とても上品な紳士だった。身なりも色目こそ地味にしていたが上着の生地やタイの質の良さは隠しようがない。こんな辺境の片田舎の町には不釣合な人なのは丸分かりだった。きっと身分のある人なのだろう。けれどそんな人が自分にあんな風に親切にしてくれるなんて。落としそうになった箱を支えてくれたばかりかあまつさえ孤児院まで代わりに持とうとまで申し出てくれた。嘘みたい。
「レディーだって。ふふふ」
彼の言葉を反芻し、こそばゆくなって顎の下にあった上掛けを鼻先まで引っ張り上げる。妙な笑い声が漏れるが気にしない。
明日はバザーだというのに、今夜は眠れるだろうか。
外の楡の木では夜の闇に紛れて小夜鳴鳥が鳴いていた。
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翌日は朝から気持ち良く晴れたいいお天気だった。
教殿でのお祈りを終えた人々の波を迎えるように、バザーの軒が立ち並ぶ。孤児たちの出品は勿論の事、篤志による品々が人目を惹くように工夫を凝らして並べられていた。
アデルが昨日持ってきたビスケットも順調に売れているようだ。台に並べた数が減って隙間が見える。
但しアデルの今日の持ち場は小物雑貨のコーナーだった。この半年程の間に大伯母や孤児たちとせっせと編んだレース編みや編みぐるみの小物が丁寧に台の上に並べられている。
一つ一つを取って見ればなかなか良く出来ていると思えるのだが、全体的に見てみると些か華やかさに欠ける為か、売れ行きはパッとしない。
何かいい方法は無いかと考えてみて、ある事を思いつくとアデルは教会の表に走った。
雑貨の側に水の入ったグラスをコトリと置き、具合良く配置する。グラスには今、表から摘んできたばかりの蔓薔薇が三輪挿してあった。他にも幾つかの花を雑貨の間に散らしてみると、それなりに女性の目を惹く華やかな雰囲気になったように思えた。
「これはお嬢さんが作った物かな?」
一人満足気に頷きながら台を見ていると、斜め後ろからそう声をかけられ、横から伸びてきた手が台の上に並べられていた雑貨の一つを手に取った。
それは白い綿の編み糸に縁を緑色に替えて編んだドイリーだった。アデルが好んで孤児に教えた一品だ。
「いえ、それは私では……」
言いかけて相手を振り返った所で驚きに目を瞠いた。そこには昨日、街中でビスケットの箱を落としそうな所を助けてくれた紳士が微笑んでいた。
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