32 森森 (5)
アデルは薪小屋の中、縛られた状態で発見された。
意識はしっかりしており大した怪我も無かった事から一日遅れとはなったものの、翌日早朝に何事もなかったようにレイモンに連れられて出発した。
森番のジンキムはレイモンがアデルを救出している間に姿をくらましたが、取るものも取り敢えずに去ったのでは先も知れている。例えほとぼりが冷めた頃に戻ったとしても街にサミュエル司教がいる限り、肩身の狭い身の上となるだろう。
アデルがジンキムから聞いた話により、身内が招いた事件と知った大伯母は真っ青になり動揺していた。
その後のレイモンと司教との話し合いで今回の事は公にしない代わりにおばさんはアデルとは今後一切縁を切ると約束し大伯母がその保証人となった。
やり方が悪質だったとして、レイモンは最後まで事件として届けようと主張した。
事件として届けを出せばおばさんは牢屋に入れられてジンキムは二度とこの界隈へは戻っては来れないだろう。
ジンキムには悪いが彼に対しては誰も何も思う所もなく当然の結果と思えた。
ただおばさんに関しては、唯一人、違う考えを持つ者がいた。大伯母だった。
事件後、連れてこられたおばさんは最初はしらを切り通そうとしたが置手紙について言及されると観念して全て白状した。大伯母はアデルに
「アデル、お前は怖い思いもしただろうし、あの子のした事は人として許されない事だと分かっています。今回の事はあの子が悪い。まさかこんな事を引き起こすだなんて。
あの子は最初からお前を王都にやるのを反対していた。結局最後まで考えは変わらなかったのに、私はそんな事少しも気が付かなかった。
いえ、分かっていても私の決定には従うものと頭から決めていた。
けれどあの子は…今となってはもう二人しかいない私の血縁なんだ。どうか牢屋に入るような事にさせないでおくれ。今後は私がしっかりと見張りましょう。
私が甘いと言われても仕方ない。
けれどあの子にお前を預けたのは私で、それなら今回の件は私にも責任があります。あの子が牢屋に入るなら私もあの子と一緒に罪を償わなくてはいけない」
他にも誤解があったのだと言い出したのを司教は苦虫を潰したような顔で聞いていた。
ワイデマン侯爵の使いだと言うレイモンにはそれは脅しに等しいと言われ、そんな話は聞く必要はないと言われたが、アデルは自分が王都へ出るにしろ、試験に受からずここへ戻るにしろ、これまで面倒をみてくれた大伯母との間に変な確執は残したく無かった。
それでアデルも大伯母の頼みを受け入れ司教とレイモンと相談し、おばさんとは縁切りだけの結果と相成った。
早朝の馬車の中、アデルはレイモンに改めて昨日のお礼を述べるとレイモンは
「間に合って良かった。アデルさんの身に何かあったら侯爵様がどれ程お怒りになるか。今回も急な用事で来れなくなって、本当に残念がっておられたんだ」
そう、あれは残念どころではない。とても気落ちし、動揺すらしていた。周りにそうとは知られぬように隠してはいたが…。
「侯爵さまはお忙しいのにわざわざこんな辺境まで来て頂くなんてとんでもないです。今までだって用事のついでとはいえ勉強を教えて頂いたり、本当に申し訳なく思ってたんです」
侯爵の話になった途端、少し眉を下げて話すアデルを見て、子供らしからぬ謙虚な様子にレイモンは驚きながらも感心した。
「アデルさん、そこは素直に有り難く思ってたらいいんじゃないかな。侯爵様もその方がお喜びになると思うよ」
アデルは素直にはいと、返事した。
(孤児とは思えない、真っ直ぐに育った娘だな。きっと周りの人達にも好かれてきただろう)
ガタゴトと揺れる馬車内で、アデルはこれからの行程の説明を受けた。
これから六日かけての王都への旅路となる。着いてから試験を受けて合否の発表を待ち、再び町へ戻るのに全部で二十日程の予定である。
アデルは今度町へ戻ってももうおばさんの家には戻らない。大伯母さまは"うちの客間を使うといい"と言ってくれたが合格すれば翌月には町を離れる身、もし不合格だったとしても良い機会だ、これを機に自立しようとアデルは考えていたので、大伯母さまには断って孤児院に間借りする事にしていた。
それから十日後の昼前、王都の学園の受付で入学の手続きをする一人の少女ーーアデルの姿があった。
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