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 30 森森 (3)

 




 チチチッと小鳥の囀る声が聞こえた。


 アデルは自由の利かない身体が硬っているのを感じながら目を覚ました。

 不安やその他諸々の負の感情で一杯だった昨夜、眠る事など到底出来ないと思っていたが、森の中を全力疾走したせいか知らぬ間に眠りに落ちていたようだった。身体のあちこちが痛い。


 森中でジンキムに捕まったアデルは再び薪小屋へと連れて行かれ両手両足を縄で縛られ口には猿轡をされていた。



 昨夜、ジンキムは言っていた。



「大人しくしてたら痛い目には合わねえよ。

 なあに、二、三日の辛抱だ。王都から来る奴が逃げ出したお前に呆れて帰れば解放してやる。

 その後はまぁ、そうだな、暫く今まで通りに働いて、二年もすりゃ年頃だ、オレが嫁さんにしてやるよ。それでいいってお前のおばさんも言ってんだ。


 いいか。よく聞け。

 王都まで行って貴族の妾になったって本妻にいびられて苦労するだけさ。若い内はかわいがられてもそのうち飽きて捨てられるのが落ちだぜ。

 それに比べりゃこんな田舎でもこのまま昔馴染みに囲まれて暮らした方が歳とってからも良かったって思うさ。オレが旦那になってやるんだ、感謝するんだな」



 後ろ手に縛り上げられ、捕まった時に数度張られた頬が腫れじんじんと痛む上から猿轡をされながら、アデルはそんな話を聞かされ漸くこれはおばさんとこの男とが前もって示し合わせ自分が嵌められたのだと分かった。


 そしてここ暫く街で感じたあの居心地の悪い視線の意味も…。


 アデルが王都へ行く話はどこをどう間違ったのか、学校へ行くなどと云うのは建前で、本当は貴族の妾になりに行くのだと噂されていたのだ。

 きっとワイデマン侯爵が街によく来訪していたのも良くなかったのだろう。他人(ひと)は皆、自分の物差しでしか物を見ないのだから。


 外から刺す日の光に、既に夜が明けたのが分かった。小屋の中は薄暗く、空気はまだしんと張り詰めたような清涼感を感じるので朝のうちと言えるだろう。


 アデルがいなくなった事をおばさんはなんと説明するつもりなのかは知らないが、司教さまやワイデマン侯爵はきっと納得しないだろう。

 必ず自分を探してくれる筈だ。大丈夫。それまでに自分に出来る事は…

 そう考え、ひとしきり身体を捩ったり頬を床に擦り付けたりして何とか身体の自由を得ようとしてみたが、木こりが本職のジンキムの馬鹿力でしっかりと結えられてはどうにもならなかった。




 ******




 アデルを迎えに来る為にフレデリック・ワイデマン侯爵が用意しレイモンが乗って来たのは紋無し黒塗りのシンプルな箱馬車だった。ガタゴトと揺れるその箱馬車内には今、レイモン、サミュエル司教、ダンテの三人が乗っている。

 後にはもう一台、幌馬車が続き、中にはアデルを探す為に駆り出された男達が数名乗っていた。


 車窓から移り行く景色を眺めていたレイモンは思いも寄らない事の成り行きに頭痛を感じた。



(まったく、こんな事になってるだなんて、侯爵様が知ったらどれほど驚かれることか)



 火急の用件で行けなくなった侯爵に、代理で少女を迎えに行くように指示された時を振り返る。

 あれ程動揺を隠し切れていない侯爵は見た事がなかった。

 そんな中でも侯爵が気にかける事を忘れなかった少女。それだけ侯爵にとって重要人物であるのだろう。



(今回無事に王都まで送り届け試験を受けさせなければ、今後侯爵様の御前には立てなくなるかもな)



 その為にも先ずはこの事態をなんとか乗り切らなければならない。相手が自分の予想通りの小悪党である事を願った。


 おばさんの家に近づいた手前で馬車は一度止まり、ダンテを降ろすと再び馬車は走り出した。





 ******





 刺々しい雰囲気の中、レイモンとサミュエル司教がアデルのおばさんと向き合っていた。


 おばさんの家に馬車で到着した司教一行は司教とレイモンの二人が話を聞く為屋内に入り、他の男達には外で待って貰っている。



「だから何度も言ってるだろう? 朝起きたらアデルはいなかった。テーブルには置き手紙が一枚あって、なんて勝手な子だろうと思ったね。周りを振り回しておいて。

 あたしも直ぐに大伯母さんに知らせなくっちゃと思ったけど、こっちだって色々と都合があるんだ、朝ごはんも作らないとないし、他にもなんだかんだとね。

 それにダンテが来ただろう? ならもうあたしが行くことないんだ。

 あたしだってあの子のせいで予定がめちゃくちゃなんだ」



 先程から黙っておばさんを観察していたレイモンが話し出した。



「成る程、よく分かりました。今回の件で()()()()()()()さぞ狂ったことでしょう。

 けれどそんな事は関係ないんです」



 途中やっと分かったかとばかりに表情を変えかけたおばさんの口元が、ガラリと変わったレイモンの言い様に引き攣った。



「私は侯爵様の命を受けて動いています。

 侯爵様は私にアデルさんを無事に王都までお連れして、学園の試験を受けさせるよう仰った。私は必ずそうします。誰にも邪魔はさせません」



 そこでガタンッと席を立つとテーブルに両手をついておばさんの方へと身を乗り出し圧をかけて言った。



「もし邪魔するような者がいればそれ相応の報いをうけさせますよ。侯爵様はそれだけの力をお持ちです。その者は後悔するような事にならなければいいですね」









お読みいただき、ありがとうございます。

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