2 遭逢 (1)
アデルは今年の誕生日で13才になる。
誕生日はアデルの養い親から伝え聞いた日付なので、正真正銘、アデルの誕生日に違いなかったーー多分。
この年頃の娘と言えば成長著しく背丈が伸びるばかりか初潮を迎え身体付きも女らしく丸みを帯び初め、その様は花が美しく咲く為に、まだ青いその蕾が僅かに花弁に色を付けふっくらと膨らみはじめたような、そんな時期であった。
実の親にも養い親にも縁の薄かった孤独なアデルだったが、そんな彼女も他の娘達と同じようにこの時期を迎えつつあった。
ほっそりした身体は何処か嫋やかさを感じさせ、淡い鳶色の髪は艶を増し、煌めく翠の瞳は瑞々しい生命力を映していた。
今日もアデルは朝からおばさんの家の水汲みと朝食作りを担当し後片付けを終え家の掃除と鷄小屋の掃除に餌やり、洗濯迄を終えるとおばさんから預かった荷物を抱え大伯母の家へと向かった。
今日は大物の洗濯がなく、すぐに済んでよかった。天気もまあまあなので帰る頃には洗濯物も乾いているだろう。
これがシーツや余所行きの服などがあれば大変だった。後一時間は余分にかかったかもしれない。
出来れば今日は大伯母の家から早めに孤児院へ行きたかった。明日は教殿でバザーが開かれる為、準備があるのだ。子供達と一緒に小物に値札をつけたり、出品するお菓子を焼いたり。熨斗ひのしをかけた方がいい物もあった筈だ。その方がきっと売れ行きも違うだろう。
明日の天気はどうだろう。この後午後からは快晴に向かうのだろうか。そうして明日は朝から青空が広がり、人の出足も良ければいいが。
一日の段取りをあれやこれやと考えながら歩いて行くアデルの姿を通りの向こうからじっと見つめる人物がいた事に気がつく筈もなく、アデルはただの田舎の町娘にしては品があり過ぎるとよく言われる整った顔立ちを少し顰めながら足早に歩いた。
「おはようございます。大伯母さま」
いつものように戸口を開けて大伯母のいる居間へと入り、大伯母に朝の挨拶をする。ここへ連れて来られた頃からの習慣だ。その後おばさんから預かった荷物を一つ一つ説明し終えたらその荷物を使う場所へ片付けたり持って行ったりするのが大伯母の家での一日の最初の仕事だった。
大伯母は耳が遠いので、はっきりゆっくり、なるべく簡単に説明する。見せた方が早い物は勿論見せる。大伯母も目で確認すると一々尤もらしく肯いてみせたり二言三言呟いたりしながら仕舞う場所や置く場所を細かく指定する。
その後今日一日でアデルや大伯母が家の手伝いに来て貰っている近所のカーラさんにしておいて欲しい事を書き出したメモが渡されー時にはキッチンのメッセージボードに挟まれていたりもするーそれを見ながらアデルは本日の時間の配分を考えるのだ。
中にはその日一日では無理な仕事もあったが、そんな時は二、三日内に済ませるもの、次の週まで回さざるを得ないものなどを選り分け大伯母の了承を得た後、メッセージボード横のカレンダーに書き込む。カレンダーには予め季節毎の行事や家事の予定も記入されており、予定が立て易くなっている。大抵はカーラさんが舵を取ってくれるのだが、アデルの成長と共に年々任される仕事も増えてきていた。
今日はこの後洗濯してから簡単に部屋の掃除をしたら、昼餐の用意迄は少し時間が空くのでその隙にメモの買い出しを済ませてしまうつもりだった。そうすれば午後から孤児院の方にかかり切りになれる。
カーラさんは今日は夕餉の用意まで来ないので、その手伝い迄に戻れば大伯母も今日は何も言わないだろう。勿論、午後のティータイムの用意は簡素ではあるがちゃんとしていくつもりだ。昨日おやつ用に焼いたクッキーにドライフルーツを添えればいいだろうと見当をつけ在庫を確認する。
壁にかかったエプロンを身に付け、ブラウスの袖を捲るとアデルは仕事に取り掛かった。
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昼餐を大伯母と一緒に取り、後片付けを終え午後のティータイムの準備を整えると、アデルは大伯母の家を後にした。手には昨日、おやつ用とは別にカーラさんと焼いたバザーで売る為のビスケットの詰まった箱を抱えていた。一つ一つは軽いビスケットも何個も詰まっているとなれば結構な重さだ。
大伯母はこのビスケットが今朝の朝食だった。明日の朝もこのビスケットの筈だ。せめて明後日の朝食はマフィンか何かビスケットとは違う物をバザーで買ってこようと思う。
歳を取り、朝から火を起こして食事を作るのがすっかり億劫になった大伯母は、朝はなるべく簡単で常温の状態でも食べられる物で済ませようとする。なので大抵ビスケットやマフィン、少し塩気のあるケークサレなどの他に、前日帰る前にフルーツのコンポートを仕込んでおいて食べて貰うようにしている。
お湯だけは居間にサモワールを置いて沸かす事が出来るようにしており、お茶を淹れることが出来るから安心だ。毎日お茶も飲まずにアデルの到来を待たれているかと思うと、気になっておばさんの家を出るまで落ち落ちしていられない。
人の往来する道を進み孤児院へと向かって通りを渡ろうとしかかったその時、後ろから名前を呼ばれて振り返った。その拍子にアデルを後ろから追い越す人影とぶつかりビスケットの入った箱のバランスが崩れる。
「ぴゃっ」
……何とも間抜けな奇声を上げてしまった。ぴゃって、なんだ、ぴゃって。
そんな冷静な気持ちとは裏腹に、ビスケットの入った箱は手からするりと滑り、蓋部分が浮き中身のビスケットが覗く。町の往来であわやの所で大きな腕が伸ばされアデルの手の上を滑り行く箱をしっかりと押し留めた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ここでいう"ビスケット"とは、拳大くらいのサイズのものをご想定下さい。
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